58 聖女特訓②
聖女特訓初日終了です。
報告のための騎士は夕方来る予定になったそうなので、私たちは転移棟からまた宮廷に戻った。黒猫のパルは香澄様の膝の上から降りようとはせず、明らかな寝たふりをし始めたので仕方なくそのまま連れて来た。白猫のアルテには会えなかった。人がたくさんいるのが苦手らしい。
今日は人を送ったけど、明日から荷物だけ送るんだそうで、めいっぱいに支援物資を送る予定なんだって。それが続けば人がいないことが分かって顔を出すこともあると思いますとアイザックさんが言っていた。
そして今。香澄様の部屋のバルコニーにいる私たちの前には土の入った素焼きの鉢と種が包まれた紙が置かれている。
「では、これから豊穣祈念の練習を行います。まずはそこの土に祝福をかけましょう。土は使い古された栄養のない土に、肥料の元になるものを混ぜ込んでいます。これを腐葉土に変えるわよ。アーテル、見せてあげて。」
鉢の上に両手をかざして、聖女の力を放出する。治癒ともまた違うなぁ。使い道によって魔力の質を変えるってことなのかなぁ。
「こんなものかしら。」
何かが動いたりっていう特別な変化はなかったけど、見た目としては土が黒くなった気がする。
「さわりごこちをくらべてみてもよいですか?」
「良いですよ。」
まだ何も施してない土はカラカラで冷たいけど、アーテルの鉢の中は少し湿っていて、フカフカで、ほんのり温かい。
「はっこうしてる?」
「肥料を作るイメージだから、そういう風になるんじゃない?」
「つちのなかのびせいぶつがかっせいかした。それではっこうして、ひりょうになる。そういうこと?」
「理屈を言えばそうね。」
「チッソは?しょくぶつがそだつのにひつようなさんだいようそのひとつだけど、ひりょうのもとにははいってないはずなのだけど。」
「特に意識してないわ。空気が入るようにとは思ってたけど。固い土じゃ芽吹きもしないでしょ?」
「なるほど。それで、びせいぶつがチッソをとりこんだんだね。おばあさま、ひりょうのもとはなにがはいっているのでしょうか。」
「麦わらよ。あと、厨房から出た油粕ね。」
「ありがとうございます。」
「みんな理解したかしら?」
「だいじょうぶだとおもいます。」
「二人は?」
「だいじょうぶです。」
「りかいしました。」
「それでは始めなさい。」
理屈は分かっても、問題は聖女の力なんだよなぁ。魔力がシンプル過ぎて認識しづらいというか。
ん?シンプル?
もしかして、本来の魔力原子って、聖女の力のことだったりしない?普通の魔力より軽いし、効果も〝対象の性能を上げる・変える〟という共通点があるから全く別物とも思えない。
魔力であって、魔力でない。同位体ってことだ。この考え方、瘴気でも思ったけど、普通の魔力が全ての基本だと思ってた。でも、違ったんだ。
聖女の力を基本の元素だとすると、魔力は安定同位体で、瘴気は放射性同位体。うん、これなら関係性は分かる。
つまり、魔力は意思の力で姿を変えるのだから、今の魔力を軽くなるように考えれば良い。中身を抜いて、もしくは変化させて、一番シンプルで安定した状態、さっきアーテルと香澄様から教えてもらった聖女の力の状態へと変化させる。
とにかく軽く、軽く、軽くなるように念じて、全身の魔力を聖女の力に整えたら、両手から放出。イメージして、願う。
植物がよく育つ、いい土になりますように!微生物さん、元気をあげるからがんばって!こっちの世界はきっと、好気性球菌じゃなくて好魔性球菌なんだ!事実は知らん!とにかくがんばれ!切り返しは出来ないから、魔力が水と空気を鉢の底まで引っ張って行くイメージ!
肥料の元を分解して、空気中から窒素を取り込んで、湿った感じの、それでいてフカッとした、どこかのアイドルがウン、いい土やねって食べちゃうような、そんな素晴らしい土になるのだ!!
前世で見た教育系バラエティー番組の一コマを思い出しながら、というかむしろ土作りの参考にしながら、ウンウン念じながら、聖女の力を微生物がもういいよーと言っているような気がするまで流し込んだ。
「できました!」
声を上げて気付いたけど、私がトップバッターだった。
「チェックするわ。」
「センパイ、よろしくおねがいします!」
ペッコリ45度のおじぎをしたら、何よソレ、またなのソレ、とでも言いたげな顔をされたけど、気にしな……あ、今日の付き添い、ドロシーだった!気にしなくちゃいけなかった!
チラリと見遣れば、薄らと唇を開いて瞠目している。怒ってるようには見えない。今のやりとりが頭に入らないくらい驚くことがあったらしい。
今、なんかビックリすることようなことあったっけ?
「あつっ!」
「えっ、ダメ?ひりょうのはっこうって60どくらいよ?」
「熱すぎない?」
「かはっこうにはなってないはずなのだけど。90どいじょうになるとチッソがなくなっちゃうから。」
「そうなの?」
「そうなの。でも、たねをちょくせつうえるにはおんどがたかすぎるかも。」
「では、冷めるように土を混ぜて熱を逃しましょう。ドロシー、手伝ってあげて。」
ドロシーは声をかけられてはっとした。
いつも冷静(息子さんの話になると怒ってる時あるけど)なドロシーにしては珍しい。それでもすぐに持ち直すところがドロシーのすごいところ。マーガレットが信用してるだけあるね。
「かしこまりました。」
「ごめんね、ドロシー。つちしごとなんてさせて。」
「いえ、良いのです。どうすればよろしいですか?」
「いちどしたのあさぬのにつちをひろげようかしら。20どくらいまでにさげたいのよ。あついからきをつけてね。はちにはさわらないで、スコップでだしましょうか。」
「かしこまりました。」
ドロシーにスコップで出してもらった土を私もスコップを持って麻布に広げて行った。鉢底の方は鉢の中で天地変えをして、触れるくらいになったら土を鉢に戻す。服についた土を払って、手を洗いに行って戻ってきた。
その間も、二人からは完了コールが聞こえない。どうしたんだろ?
「ああ、ヴィオラ、悪いんだけど。二人にどうやったのか説明してくれない?」
「それはかまわないけれど……ふたりはどこでつまづいているの?」
「せいじょのまりょくをあんていしてだせないのです。」
「だから、はちぜんたいにちからがとどかなくて。」
「ヴィオラも先程の魔力交換では二人とさして変わらなかったのに、直ぐに扱えるようになったでしょう?どのようなイメージをしたのか、教えてあげてくれないかしら。」
「かしこまりました。これはわたくしのすいさつなのですが、まりょくげんしのほんらいのすがたは、せいじょのまりょくげんしではないのでしょうか。ふつうのまりょくとおなじまりょくでありながら、いしつにかんじるというのが、わたくしふくめ、せいじょのまりょくをたいかんしたかたのきょうつうするいけんです。じっさいにきょうのまりょくこうかんでたいかんして、せいじょのまりょくがふつうのまりょくよりかるいとかんじました。なので、まりょくげんしりろんからかんがえると、ふつうのまりょくはあんていどういたいであり、げんしかくのかずがおおいために、せいじょのまりょくよりおもさがあるのではないかとかんがえました。」
「またとんでもないことを思いついたわね。同位体ってなんだったかしら?」
「げんそはげんしかくのなかのようしのかずできまるのよ。でも、ちゅうせいしがくっついて、おなじようしのかずでおなじせいしつなのに、しつりょうがふえるの。ちゅうせいしがくっついていても、とくにへんかがないのがあんていどういたい。げんしかくのバランスがわるくて、ふあんていなじょうたいからあんていしたじょうたいにもどろうとするのがほうしゃせいどういたい。ほうしゃのうをもっているわ。」
「ほうしゃのう……。」
オリヴィアは茨城出身だから、原発がある県だもんね。敏感にもなるよね。
「そうよ。また、しょうきのもとがまりょくならば、それはほうしゃせいどういたいであるとおもったのです。しょうきにとりつかれたどうぶつはまものとなり、さいしゅうてきにはじかいするとさきほどロセウスしだんちょうからおしえていただきました。しょうきは、まものがじかいしてもきえないのではないのですか?」
「ええ、その通りだわ。聖女が浄化しない限り、屍からも瘴気を撒き散らすの。」
「ならば、このりろんもあながちまちがいではないとおもいます。せいじょのまりょくは、まりょくのほうしゃせいどういたいにさようして、あんていしたじょうたいにもどすことができるのだとおもいます。」
「この短時間によくそこまで考えたわね。」
「りくつがわからないとなにかあったときにこわいでしょ。はなしをもどして、ふつうのまりょくからせいじょのまりょくにへんかんするには、とにかくかるく、ふようなものをとりのぞき、とりのぞいたもののエネルギーもそうさいしながら、ととのえていきます。ふたりも、さっきおばあさまとアーテルのまりょくをかんじたでしょう?まりょくくんれんとおなじで、じぶんのまりょくがおばあさまとアーテルのまりょくにちかくなるようにイメージすればいいのよ。ポイントは、かるく。とにかく、かるくなれ、かるくなれ、げんかいまでかるくなれってねんじたのよ。せいじょのちからはとてもシンプルなんだもの。」
「二人とも、分かったかしら?」
「はい、わかりました。」
「ヴィオラのいったようにためしてみます。」
「あ、むぎわらはこうきはっこうだから、はちのなかぜんたいにくうきがいきわたるようにしてね。ほんとうはきりかえしっていって、まぜてつねにくうきにふれさせなきゃいけないんだけど、まりょくがひつようなものをひっぱっていってくれるわ。」
アーテルと一緒に二人の作業を見ていると、パルが昼寝に飽きたのか、香澄様の膝から降りてみんなの鉢の周りをぐるぐる回っている。
「にゃん!」
「え?」
「にゃっ!」
「あっ!」
「オリヴィア様!」
オリヴィアの手に猫パンチが炸裂した。オリヴィアについて王都に残った侍女が慌てて駆け寄る。血は出てないみたいだし、爪は出てなかったのかな?
「こら、ダメでしょう?」
私が抱き上げると、ほぼ身長が変わらず、後ろ足が地面についてしまった。むしろびよんと伸びたパルの耳は私の頭を越している。これで生後半年って、いくらなんでもデカすぎじゃない?
「みゃん!みゃん!みやぁ〜ん!!」
今度はスカーレットの方に行きたいらしい。身体を捻るので、支え切れずに離してしまった。反動で尻もちついたよ。イテテ。
パルはスカーレットと鉢の間に入り込んで、胸に両前足を置いて立った。猫パンチだと怒られるってことも分かってるみたい。
「もしかして、もうやめろっていってる?」
「そんな感じよね。」
二人の鉢を覗き込むと熱気を感じた。なるほど、発酵が終わったのを教えてくれたのか。過発酵にならないところを見極めたんだ。
「おまえ、かしこいのね。」
頭を撫でてやるとグルグルと喉を鳴らして嬉しそうにする。可愛いなぁ。
「アーテルににてるわよね?」
「どこが?」
「きんのめで、くろいから。あと、アーテルもねこめじゃない。」
「やめてよ。」
「ねこ、きらい?」
「好きだけど。」
アーテルもしゃがんでパルを撫で始めた。お腹を見せてくれたので、二人でパルの大きいお腹をひたすら撫でていると、麻布の端のほつれた糸にじゃれはじめた。
私たちはそれを眺めながら、スカーレットとオリヴィアの鉢の土の温度を下げる作業が終わるのを待っている。
「アーテル、ヴィオラ、戻ってちょうだい。これから種を植えるから。」
紙を開けば、種が入っている。柑橘の種のような、硬い、丸い、白い種。既にぴょっこり小さな根が出ている。
指で土にくぼみを作り、そっと土を寄せる。じょうろで水をたっぷり与えて、ここから私たちの仕事。まずはアーテルのお手本だ。
種を植えた辺りに集中して、力を注ぐのね。少しすると、土が盛り上がり、閉じた芽が頭をもたげる。そして、ぴょこんと芽が開き、双葉になった。
「おおー、すごい。」
「もうめがでましたわ!」
「しんじられないです。」
これを自分でやれと言うのだから困ってしまう。むーん。栄養を一気にあげすぎても根腐れしちゃうし、細胞分裂のスピードを早めるのかなぁ。そこだけ時間を進ませるって、おかしいもんね。
従姉妹の子どもが、春のお彼岸と夏のお盆で急激に成長してたことがあったな〜。春に身長が並んだと思ったら、夏には越されてたもんね。
そうなると成長ホルモンかぁ。植物の成長ホルモンってどんな成分なんだろ?根っこに与える魔力に成長に必要な物を取り込めっていう命令を出して、芽には細胞分裂を早くしろって命令を出すとか?
でも、出来るかな?左右で違うことをすればいいんだよね?根っこの養分吸収の方が簡単にイメージ出来るから操作が苦手な左手で、細胞分裂促進はイメージが湧きにくいからまだ扱いやすい右手でやってみる?
なーんか魔力を意思で動かすって、プログラム組むみたいだよな〜。魔法陣もそうなんだけどさぁ。
「なにかおかんがえがあるのですか?」
スカーレットに話しかけられてビクッとしちゃった。また思考の渦にダイブしてたわ。
「あ、ごめんなさい、なにかしら?」
「おもいついたことがあれば、おしえていただきたいのです。むさくでいどむよりはせいこうりつがあがるので。」
「ああ、そういうこと。」
教師なら少しは自分で考えろと言ってしまうところだけど、魔力に関しては先生も「そういうイメージで」としか言ってくれないもんなぁ。横目で香澄様を見ると、またパルを撫でていた。言って聞かせてが足りないってアーテルが言ってたけど、ホントそう。こういうことをします、じゃあやってみて、だもんね。無理無理。
オリヴィアも聞きたいと言ったので、今考えた事を二人に説明する。アーテルは、そこまで深く考えて魔力を与えたことがないらしい。自分も試してみると言って、鉢に向かい合った。聖女の力の扱いが一番長けているアーテルに試してもらおうと思ったのが間違いだった。
「うわぁ……。」
「これは……。」
「すごい……。」
さっきは芽吹くのがやっとだったのが、あっという間に私たちの顎下くらいまで成長したよ。土の栄養不足を感じた(根っこに与えた魔力が仕事しなくなった)ので、この大きさで止めたらしい。
気付いた香澄様がアーテルに声をかけた。
「あら、すごいじゃない、アーテル。」
「ヴィオラの理論を実践しました。驚きです。」
「まあ、ヴィオラは本当に賢いわね!けれど、実践出来なければ意味がありません。さ、自分でも試してみなさい。」
その通りでございます。さて、自分の鉢と向き合うことにするかね。まずは種。根っこを伸ばして、芽吹かせる!ここまでは左手だけでオッケー。次は右手から違う作用をする魔力を、魔力を、魔力を、あーッ!!これが難しいのよ!
ゲッ、二人はもう発芽まで辿り着いてる。私だけじゃん!不器用さらしてるの!!
「焦らずに左右交互にやってみたら?与えた魔力はしばらくは留まって意思通りに作用するわよ。」
「いいじょうほうをありがとうぞんじます、アーテルセンパイ。」
「だから、なんなのよソレ。」
「じぶんのぶきようさにじぶんであきれているのです、アーテルセンパイ。」
ああ、また呆れ顔をされてしまった。胸に突き刺さるぜ!!
なんとか発芽まで漕ぎ着けて、アーテルにアドバイスされたように魔力を交代で与えて行くと、グングン伸びてアーテルの鉢の木と同じくらいになった。よくやった、私。
枝にはよく見ると棘がある。葉っぱもやっぱり柑橘っぽい。
「みかんなのかしら。」
「ピンク色のね。」
「えっ、ピンクなの?」
「そうよ。食べたことないの?」
「ピンクのかんきつはたしかにたべたことある。あれかぁ。」
「東部の特産品のひとつよ。お日様が好きな木だから、日当たりのいい、温暖な地域で育つの。」
静岡とか和歌山とか愛媛とかバレンシアとかシチリアとか、そういうところを思い出した。東部はいいところらしい。いつか行ってみたいな。
いつも不遜なアーテルだけど、ススッと少し近寄って小声で話を続けてきた。
「梅もあるんだけど、みんな毒だと言って食べないのよ。梅干しの作り方、知ってる?」
「かんじゅくしたうめのみにたいして20%のしおでつければいいんじゃないの?アルコールどすうのたかいおさけでようきとうめをしょうどくして、しおをまぶして、おもしをすればいいのよ。うめずがあがったら、みっかくらいてんぴぼしして、さいごのばんはよつゆにさらすんだったかな?アーテル、うめぼしすきなの?」
「前に香澄が食べたいって言ってたのよ。やっぱり作り方は知らないらしくて。」
「あかじそがあるかはわかんないけど、しろづけならいまいったほうほうでできるよ。うめしゅもおいしいし、うめじゅーすもさっぱりしてていいよね。あと、かんろにもおいしいとおもう。どうなべでにると、うめのあおがきれいにしあがるんだよ。」
「本当に色んなこと知ってるわね。ありがと。作ってもらえるように頼んでみるわ。」
あ、ご自分で作るんじゃないんすね。まあ、二歳児には無理だな。出来たらお裾分けしてねと頼んでおいた。梅干しも梅酒も梅ジュースも甘露煮も、前世の祖母が作ってくれた思い出の食べ物だ。
庭にあった三本の梅の木から実を取るのよく手伝ったなぁ。梅干しだけは取り寄せた梅で作ってたけど。伝聞でどこまで出来るか分かんないけど、ちょっと楽しみ!!
今日の訓練はみんなハナマルもらって終了!幸先いいわぁ!!
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