56 聖女特訓①
おはようございます。
御技の特訓の開始です。
よろしくお願いします。
アーサーを眺めつつ、三十分くらい執務(と言えてしまうレベルのことをやらされているのが悲しい)をして、バインダーをダスティンに渡すよう預けて、急いで移動。今日は珍しくドロシーに抱っこされている。余り私とアーサーの育児には関わらないんだけど、今日はアンが自分の両親とデズモンドの両親に挨拶に行くということで、昼間はお休みらしい。
「ごめんなさいね、いそいでもらってしまって。」
「いえ、これくらいなんてことないですよ。こちらこそ伯父が無理難題を押し付けて申し訳ございません。」
「おじ?」
「ご存知なかったのですね。わたくしはルーフス侯爵の弟の娘です。ダスティンはわたくしの伯父なのですよ。」
確かに、色味は違うけど、ドロシーも赤い髪をしている。緑の目がとても綺麗だ。
「しらなかったわ。わたくし、しらないことだらけね。」
「これから学んでゆけば宜しいのです。ヴィオラ様は既に立派に国の役に立っておられるではありませんか。わたくしの上の息子など、勉強となると既に拒否反応を示してしまって、ヴィオラ様の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですわ!」
ホホホ、と上品に笑うけれど、ドロシーは豪胆な人だ。お母様とは王立学院で同級生で、侍女だけど親友でもあり、ママ友でもある。
「おこさん、よくなってよかったわね。わたくしがせいじょのみわざをおぼえていれば、なおしてあげられたのに。」
「いえ、小さな子には聖女の御技は良くないのですよ。免疫をつけるために、命の危険がない限りは自然治癒を待つのです。」
「そうなの。でも、かんびょうもたいへんだったでしょう?ドロシー、つかれているのではなくて?」
「いえ、我が家は人手は多いので、ちゃんと休めておりますよ。主人は王宮に詰めたままになってしまいましたが。」
「さいがいがおきてしまったのだから、ぎょうせいふはてつやでしごとよね。」
「早々ない事ですが、残念ながらそうなりますね。先程書き付けていらした事が実現すれば、そういったことも減るでしょう。完成すれば、ヴィオラ様の功績は後世にも語り継がれることでしょう。」
「やあね、みんなおおげさなのよ。おばあさまからえたいかいのちしきをわたくしなりにかみくだいてつたえているだけなのよ。」
「それでも、見たこともないものを聞いただけで理解して再現出来るというのは才能ですわ。伯父が期待するのも無理はありません。」
姪っ子に苦笑されてるよ、ダスティン。
「あんなおおきなしつむづくえにしょだなにはしりょうがぎっしりよ!ダスティンはわたくしからちえをしぼれるだけしぼろうとしているのだわ。」
「伯父らしいです。」
「まったく、いいめいわくよ。やすむまもありやしない。」
「それでも、伯父からの難題を熟そうとするヴィオラ様は素晴らしいと思いますわ。」
「ありがとう、ドロシー。はげみになるわ。」
「余りに酷いようなら、伯母から伯父に言ってもらいますから、遠慮なくわたくしやライナスに教えてくださいね。」
「ふふ、そうするわ。ダスティンはああみえて、きょうさいかなのね。」
「伯母は一族で一番強いですからね。」
「みかたになってくれたらたのもしいわ。」
ドロシーとまともに会話したのは初めてだけど、話の分かる人だった。仕事でまで育児はしたくないと言って、基本的にはお母様に関わることをしているんだよね。
「さあ、今日からはいよいよ聖女の御技の訓練です。より一層気合いを入れて頑張りましょうね。」
香澄様の安定の脳き……ゲフンゲフン!元気があればなんでもできる精神?気合いだ!気合いだ!精神?
まずは、香澄様とアーテルとの魔力交換から始まる。御技に適した魔力を流してくれるそうだ。私はまずはアーテルとから。香澄様はオリヴィアとだ。
「どう?分かる?」
「わかるけど、わかりません。」
「意味がわからないわね。」
「わたくしにもわかりません。」
「ふざけてるの?」
「いたっておおまじめですよ、アーテルさん。」
「じゃあ、何よ。」
「これはほんとうにまりょくなの?」
「魔力でしょ。」
「はだかんかくでどうこうするのってにがてなのよね。」
「頭でっかちね。」
「わたくしはきっとかんがわるいのです。」
「全くもう。しっかりしてよ。聖女の力の理論的な事なんて何にも分かっていないんだから。」
あぐぅ!ド正論。まずは魔力原子を思い出して……うん。魔力の全ては無理だけど、何とか状態の再現は出来る。アーテルの魔力はどうなってる?魔力に似て魔力じゃない異質なもの。原子核の構造が違う?
イメージによって力を変えるなら、アーテルの魔力をもっと観察してみよう。こんな感じっていうのが分かれば、私の魔力もそういう風に変化するかもしれない。
アーテルから流れる魔力は反発がないというか、抵抗がないというか……。ていうか、
「かるい?」
「軽い?確かに普通の魔力よりは軽いかも。フワフワしてるし、すぐにあっちこっちでくっつこうとするから、抑えるのが難しいのよ。」
「なるほど。」
本当に水素原子とよく似てる。軽くて、何にでもくっつく性質がソックリだわ。
「交代ね。スカーレット、こちらへ来て。」
私は香澄様と魔力交換だ。オリヴィアは両手のひらをニギニギして感覚を思い出してるみたい。じっと自分の手を見つめてる。
「次はヴィオラね。アーテルの魔力はどうだったかしら?」
「ええっと、かるかったです。まりょくなのにまりょくではないかんじがしました。」
「では、わたくしの魔力とも比較してご覧なさい。貴女なら何か分かるかもしれないわね。」
「はい。おねがいいたします。」
香澄様の魔力が流れ込んできた。より均一で、細かい粒子に感じる。水のような魔力を粒子で捉えられるなんて、私も成長したなぁ(遠い目)。でも、香澄様の魔力はこんなに小さな状態で、余りにも自然過ぎて不思議。
「おばあさまのまりょくはふだんからこのじょうたいなのですか?」
「そうよ。こちらに来た時からずっとそう。異界の乙女特有の性質らしいわ。」
「ちゆのまえにかんぶをしらべるときは、ふつうのまりょくにかんじましたが。」
「あれは意識的に魔力を変えているのよ。体内の異常を調べる時に反応を見るのだけど、わたくしの普通の魔力の状態ではすぐに他のものとくっついてしまうから。」
「アーテルからききました。みわざのためのまりょくは、フワフワしていて、すぐにあっちこっちでくっつこうとすると。」
「そうなのよね。だから、何かにぶつかっても吸収されないように、魔力分子を調節している、と言えばいいのかしら?」
「スキャニングはちょうおんぱけんさとおなじげんりなのでしょうか。」
「確かに、魔力が患部にぶつかる感覚が正常な状態とどう違うのかを調べるものだからね。よく理解出来たわね。」
「こちらのせかいのにんげんがちゆをふえてとするものがおおいのは、じんたいのこうぞうにかんするちしきのふそくがげんいんではないかとすいさつしました。かんぶのじょうたいのはんのうはみなおなじにかんじとっても、ただしいじょうたいをしらなければ、もとのとおりにもどせないとおもうのです。」
「半分正解で半分は違うわね。やはり、魔力そのものへの捉え方が違うのよ。歴代の異界の乙女は、わたくしも含めて、こちらの人に理解出来るように説明が出来なかったのだわ。」
「こていかんねんかあるのがやっかいですね。」
「けれど、騎士団での講義は上手く行ったのでしょう?レナードが、どうして今まで教えてくださらなかったのですかって、乗り込んできたわよ。」
「はは……。でも、レナードはすごいです。あっというまにりろんをりかいして、じっせんできていました。レナードができたからこそ、ほかのきしもイメージがよりめいかくになったのだとおもいます。きっといままでは、せいじょのまりょくとじぶんのまりょくはべつもので、ぜったいにつかえないものだとかんがえていたでしょうから。」
そういう意味では、レナードは頭が柔らかいんだな。
「あ、もしかして、おじいさまにもおなじことをおしえたのですか?」
香澄様は首を横に振る。
「あの人は、わたくしがこちらに来る前から知っていたわ。人それぞれの魔力の感触が違うのは、魔力がそれぞれに適した塊になって流れているせいではないかと考えていたのよ。訓練を通して、魔力の扱いが上手くなっていくにつれ、自分の魔力がより細かくなっているのが分かって、個人の魔力の特徴は自分の意思で変えられると気付いたの。彼の目標は聖女の魔力だった。お義母様を含め、御技の使い手の魔力は他の者より圧倒的に、貴女の言う〝サラサラ〟だったから、そこを目標にしていたそうよ。目標に到達したら今度は、異界の乙女の魔力は更に〝サラサラ〟なのではないかと仮説を立てていたの。」
「いかいのちしきもないのに、そこまでかんがえられたのはすごいですね。」
「ただ、わたくしが召喚される随分と前に先代の異界の乙女は亡くなられていたから、実際に異界の乙女の魔力を体感したことがなかったらしいのよね。わたくしの訓練のために魔力交換をした時はとても喜んでいたわ。魔力を砂に例えたのは、夫が最初だったのよ。子どもたちに教えるためにね。」
「おじいさまは、おばあさまのまりょくまでとうたつしたのですか?」
「近いところまではいったわね。ただ、貴女と同じで、自分の納得のいく理論がないと実践出来ない人だったから、最後まで及ばず仕舞いだったのよ。まだ生きていれば、貴女はお祖父様のお気に入りになったでしょうにね。きっと質問攻めだったわよ。」
香澄様は悲しそうな顔をした。お祖父様がいつ亡くなられたのか知らないけど、いい死に方ではなかったとレナードが言っていた。嫌なこと思い出させちゃったかな。
「ヴィオラ、貴女の魔力循環が疎かになっているわよ。おしゃべりをしながらでも聖女の魔力で回せるようになるにはまだまだです。意識を分散出来ないのなら、もう少し集中なさい。」
「も、もうしわけございません!」
ひえ〜!怒られちゃった!確かに意識を分散するのは苦手なんだよ〜!むしろ過集中の人間だから!
それから私はしばらくの間、黙々と魔力交換に勤しんだのであった。はぁ、匙加減が難しい。
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