488 ヒロインと悪役令嬢ズ
お楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
「櫻子ちゃん?起きてる?」
泣いて眠ってを繰り返して、今が朝なのか昼なのかもよく分からない。
「王都のヴァイオレットが貴女とお話があると言っているの。大丈夫かしら?」
香澄さんの問いかけに、うんともいやとも声が出ない。
でも、ママじゃないの?なんでヴァイオレットが?ママの手紙にはヴァイオレットも転生者で、前世の名前は高橋すみれさんって書いてあった。
会ってみたい。裕ちゃんのことを知ってる人。裕ちゃんのこと好きだったという人。あたしはまだ夢であることを願っているけれど、いつまで経っても醒めないから、何をどうすればいいのか分からないし、知りたかったし、教えて欲しい。
あたしはゆっくりと重たい身体を起こして頷いた。
「テレビ電話みたいなものだからね。」
タブレットみたいなものを渡された。王妃様の指先に何かが集まってるみたい。それがまた引っ込んだ。見えてるわけじゃないのに見える。これが魔力なのかな?何でこんなことが分かるんだろう。ゲームだって訓練しなくちゃわかんないことだったのに。
ぼーっと王妃様の指先ばかり見ていたら、画面越しにヴァイオレットに声をかけられた。
『こんにちは、星野櫻子さん。』
タブレットの中のヴァイオレットはスチルでは見たことないような優しい笑顔だった。
「あ、あの、こんにちは。」
『私のこと、分かる?』
「はい、ヴァイオレット、さん、ですよ、ね。」
『体調は変わりない?』
「あ、え、えっと、つ、疲れてます……。」
『そうよね、無理させてごめんね。櫻子ちゃんって、呼んでいい?私のことはヴィオラって呼んで。』
「あの、すみれさん、じゃダメですか?」
ヴァイオレットは、あ〜、と声に出しながら少しだけ考えて、簡単に理由を教えてくれた。
『一応ね、この世界の私はヴァイオレットで通ってるから。みんながみんな、私の前世の話を知ってるわけじゃないんだ。櫻子ちゃんにも、他の人には秘密にしておいてもらえると助かるかな。あ、そこにいる香澄お祖母様と王妃であるお母様は知ってるからね。』
何か事情があるのかな。親も知ってるのに、隠す必要あるの?それとも、そういう夢の設定なのかな?
「ヴァイオレットって、菫のことですよね?ママの手紙に書いてありました。」
『ね、前世と同じ名前で笑っちゃうよね。だけどこの顔ですみれって、違和感アリアリじゃない?』
ヴァイオレット、じゃなくて、すみれさん、はダメで、ヴィオラ、さん?は、自分の顔を指差して自嘲しながら笑った。あたしが口を半開きで無反応でいたら、ハズしたかなって呟いた。ウケ狙いだったのかな。
『お母さんからの手紙、読んだんだね。』
「ママの字だったから……。」
『ここにいること、夢だと思ってるって聞いたんだけど、本当かな?』
「夢だといいなって、思ってます。」
『そっか。』
ヴィオラさん、本題に入るタイミングを伺ってる気がする。あたしがずっと泣いてたから気を遣ってくれてるのかな。こっちから切り出した方がいいんだろうか。
『ねえ、笠間さん、元気かな?』
「裕ちゃんは、元気です。」
『それは良かった。日本に帰ったら、以前はお世話になりました、お礼も出来ずすみませんって高橋すみれが言ってたって伝えてくれる?』
「はい。あの、今までマ、母とは面識はあったんですか?ぜ、前世の頃。」
『あはは!ないない!だってアーテル丹羽瞳子じゃない。好きだったけどね。ソロになってから出したアルバム全部持ってたよ。シュガソルだと推しはリナちゃんだったの。』
「リナさん……。」
『会ったことある?』
「何度か。小さい頃に。」
『いいなぁ!あ、そうそう。オッキデンスにね、昔の聖女が描いたシュガソルの絵があるの。今度一緒に見に行かない?』
「そうなんですか?」
『歴代聖女はね、結構みんな近い年齢でこっちに呼び出されてるんだよ。手記がいくつか残ってて。今はオリエンスにあるから、見せてあげられないけど。』
向かいのソファに座っていた香澄さんが、持ってきてるわよと言った。読んだら何かわかるかな。
『初代聖女の咲良さんもトコちゃんのファンだったんだって。』
サクラが?サクラはあたしだって、ママの手紙に書いてあった。本当なのかな。
「あの、ヴィオラさん。」
『ん?なあに?』
「あたし、本当にサクラなんですか?」
だって、全然覚えてない。『キミイロ』もやったけど何も感じなかった。確かに好きなのはメインヒーローだけど、だからと言って特別な感情を抱いているわけじゃない。実感が湧かない。
『神様はそう言ってるね。』
「何かの間違いってこと、ないですか?」
『んー、こっちとしてはそれを前提に動いてるの。実際、神様の言葉通りに櫻子ちゃんは召喚されたし、寸でのところで止められたけど、櫻子ちゃんは咲良を復元した肉体に魂を入れられるところだったんだよ。』
「手紙にも、書いてありました。」
『信じられない?』
「はい。」
『そうだよね。それが正しいの。魂は死ぬとお洗濯されて、前世の記憶を消して新しい生を受ける。それがこの世の理なんだって。ルールだね。たまーに私たちみたいに前世の記憶を持ったまま生まれる人もいる。それは執着のせいらしいよ。私はそんな執着するほどの人生じゃなかったんだけどなぁ。正規ルートで来たわけじゃないから、イレギュラーなんだよ。たまたま事故に遭って、たまたまあっちの世界から弾き出されて、たまたまこっちに来ちゃったみたいなんだよね、私たち。』
たまたま。たまたまで、あたしはあの世界からママを失ったのか。
「そんな軽い感じなんですか。」
『ごめんね?気を悪くしたかな。でもね、こっちで十五年も暮らしてると、さすがにもう、ね。帰り方も分かんないし。帰ったとしても、すみれの身体はもう使えない。帰ってどうするの?って思っちゃうんだよね。アーテルはずっと諦めてなかったよ。櫻子ちゃんと柊くんに会うために、ずっと帰る方法を探してた。どんなに人にそんなの無理だって言われても、絶対に諦めなかった。』
「ママが……。」
『例えアーテルの姿であったとしても、近くにいたかったんだって。十五年ってね。そんなに短い時間じゃないよ。二人とも愛されてるね。アーテルはいいお母さんだ。櫻子ちゃんはさ、お母さんのこと、好き?』
「はい。」
『そっか。』
ヴィオラさんはとっても優しく笑った。なのに少し悲しげに見えた。横から誰かに話しかけられたみたいで、ヴィオラさんは初めて会ったときみたいな真剣な顔をした。
『ああ、そうね。ごめんね、話変わるね。あのね、手紙にも書いてあったと思うけど、この国の始祖がね。神様として、いくつもルール違反を犯したの。ひとつめは、神様は人を殺しちゃいけないのに殺してしまった。これは、聖女香澄の夫である前オリエンス公セオドアのことね。ゲームにも出てきたでしょ?』
あたしは小さく頷いた。突然死んだっていう話はあったけど、そんな設定があったんだ。香澄さんを伺うと、少し目を伏せていた。
『ふたつめは、まあ、こっちが先かな。聖女咲良がこちらでの生を終えて日本に戻るはずだったのに、引き止めたくて帰還を邪魔したの。結果として他の神々の干渉で魂だけ日本に帰る羽目になった。』
その魂があたし。自分のこととは思えないな。
『みっつめは今だね。聖女咲良を復活させようとして、櫻子ちゃんを無理矢理召喚した。』
あたしはあの人に呼ばれたのか。スチルの姿しか思い浮かばないけど。
『よっつめ。聖女咲良を失ってから、神様の仕事を放棄した。まあ、神様的にはコレが最大の理由かな。セオドアの死が決定打となって、神々は始祖を排除することを決めたの。だけど、始祖は引きこもってしまって神様でも手を出せない場所にいる。櫻子ちゃんが来たすぐ後にね、そこから出て来たんだけど、また戻っちゃったんだ。神々は地上のことに直接手を出せない。代わりに私たちで始祖を排除しなくちゃならなくってね。これがまた厄介な問題で。神々は始祖の魂を初期化して、まっさらな魂に戻して、この世界を維持して行きたい派と、始祖ごと世界を終わらせて、一からやり直したい派で分かれてるんだ。私たちが始祖を殺せなければ、この世界は終わって、魂も全てがひとつになって、初期化されちゃうの。』
話が異次元過ぎて、やっぱりここは夢なんじゃないかと思ってしまう。
『私も、櫻子ちゃんのお母さんの魂が入ってるアーテルも、他の人たちもみんな、私たちであったことがなかったことになっちゃうのよ。それって、怖くない?どんなに想っても、違う世界にすらお母さんがいなくなると思うと、どう?』
「いやです。絶対にいや。」
ママがママじゃなくなっちゃうなんていや。神様ってそんなに理不尽なの?おかしいな。さっきまでは、あたしがあたしでなくなって、別の人になれたらよかったのにって思ってたのに。ママのことは許せないなんて。あたし、都合がいいな。情けなくなって、画面から目を逸らしてしまった。
『櫻子。』
もう一度画面に視線を戻すと、ヴィオラさんの後ろにアーテルが立っている。
「ママ……?」
『ママが守るって言ったのに、ごめんね。だけど、ママはママでいたいの。もう会えなくなっても、ママは櫻子のママでいたい。お願い。一緒に戦ってくれる?』
あたしが戦う?そんなこと、出来るのかな。あたしは何にも力がないのに?
画面外から、アーテル直球過ぎ!という声が聞こえた。
『ジャーン!オリヴィアでーす!はじめまして!』
「は、はじめまして。」
オリヴィアだった。ゲームでは大人っぽくて色っぽい美人なキャラだったけど、この子、全然違う。
『あのねー、櫻子ちゃんのお役目は始祖を引きずり出すことなんだけど、出来そう?』
『アンタも大概直球じゃない。』
『手っ取り早いじゃない。』
仲、良さそう。ゲームやアニメだとこの二人、ここまでの絡みなかったのに。
『櫻子ちゃん。スカーレットです。』
今度はスカーレットだ。キツめの顔立ちなのに、性格の現れなのか、大人しい子っぽい。
『始祖はね、ずっと、貴女を待ってたの。貴女が忘れても、ずっと会いたくて待ってたの。まるでアーテルみたいにね。』
『一緒にしないでよ。』
ママ、この人たちとあんな風に話すんだ。裕ちゃんや孝ちゃんと話してる時みたい。本当に心を許してる人にしかしない態度。ああ、このアーテルは、仮にこれが夢であっても、本当にあたしのママなんだな。
『でもね、わたし、思うのよ。未練がましい男って、みっともないわよね?』
『えー!?自分だって結局ジョエルじゃん!諦めたとか言ってたクセに!』
『千年と十五年じゃ比べものにならないでしょ。』
ジョエルが好きってホントだったんだ。背は高いのに中性的な顔で男臭くなくてあたしも好きだった。怒ったりしないところもポイント高い。ジョエルも存在してるんだ。
『あー、もう!うるさいうるさい!モメるんだったら散れ散れ!』
ヴィオラさん、怒っちゃった。この人たち、いつもこんな感じなのかな。
『ごめんね、櫻子ちゃん。でもね、今みんなが言った通りなの。始祖は私たちの攻撃で弱った身体を回復するのに秘密基地にこもってる。私たちは、始祖が回復し切る前に引きずり出して、トドメを刺したい。それには櫻子ちゃんに協力してもらうのが一番早いの。世界の終わりがいつ訪れるかは、神のみぞ知る。私たちは日々、死と隣り合わせにいるの。いや、死じゃないね。消滅だ。それはアーテルも同じ。』
ぞわりとした。全身総毛立つ。
『あなたと香澄お祖母様は異界の乙女だからその前に神々が二人を責任持って日本に帰してくれる。あなたは何も心配しなくていい。怖い思いは……ちょっとはするかもしれないけど、あなたのことは必ず私たちが守るから。協力してもらえないかな?』
はいって言いたい。でも怖い。
ヴィオラさんと話しても、どうしたらいいか、結局わからなかった。
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