29 悪役令嬢オリヴィアに生まれて
今回はかなり長いです。
途中で切るような雰囲気ではなくなってしまって。
コメディが裸足で逃げ出したます。
わたしは塩谷ミル。17歳の高校三年生、だった。二年前までは。
今は、オリヴィア・グレース・オブ・オッキデンス。年齢は2歳。アウルム王国の公爵令嬢だ。
観劇の後に地震があって、すごい音と共に背中に衝撃を受けた後に目覚めた時はもう赤ん坊だった。
ここは、乙女ゲームの世界だった。わたしは悪役令嬢だ。憧れの異世界転生、と言いたいところだけど、退屈だった。娯楽がない。つまらない。将来、幽閉されるかもしれない。いいことなしだ。死にたくなかったな。
唯一の希望は、魔法だ。魔法!魔法が使える!
言葉を話せるようになって、すぐに家族に聞いた。だけど、まだ小さいからダメと言われた。やっぱりつまらない。異世界に来て、魔法が使えるなら、無双とかしてみたいでしょ?
この世界の魔法はイメージが大切だ。その点、わたしはバッチリと出来る。たくさんたくさん、RPGも、格闘ゲームも、何でもやり込んだ。三つ上の兄の影響で、男の子の好むゲームが好きだった。
好きなRPGゲームのライターが作った乙女ゲームが発売された。処女作のリバイバルと続編だ。男臭い、バリバリのバトルものが多い中で、異色の作品。気にはなったけど、それまで乙女ゲームに手を出したことがなかったから、少し躊躇した。
発売後に口コミを見ると、続編はやり込み要素が多かったので、そちらだけ一応やってみる事にした。アニメも原案だったから見たよ。この人の作るゲームがやっぱり好きだ。そう思った。
舞台化を知って、その人が脚本書き下ろしってことで、東京で専門学校に通ってる一人暮らしの兄に泊まらせてもらう約束をして、観に行ったの。すごく感動した。攻略対象をメインヒーローに絞ったからか、話のまとまりも良くて、よりキャラの内面を掘り下げていた。
塩谷ミルの人生はそこで終了。未練しかない。でも、腹を括るしかない。
考えようによってはラッキーだ。公爵家を継ぐ者としての義務はあるけど、生活には困らないし、何より成長したオリヴィアは美人だ。オリーブグリーンの落ち着いた髪色に、ハチミツのような黄金の瞳。前世ではおかしな人気のつき方をしてたけど、女神に喩えられるほどの美しさだ。前世なんか、ミルとかいうキラキラネームに平凡以下の容姿、化粧するようになって少しはマシになったけど、それでも普通くらいだと思う。
カッコイイ系美人のヴァイオレットの方が好きだったから、そっちに転生したかったなって気持ちはあるけど、派手な髪のツンデレスカーレットとロリ系アーテルよりは自分の好みに合っている。みんな美人で可愛いから、そんな風に思うのも贅沢なのかもしれないけどね。モブや平民じゃなかっただけ良しとする。
とにかく、まずは魔法。魔法が使えるようになりたい。ゲームの主人公は難なく使えていたけど、現実はそんなに甘くない。
突破口はあった。今世のわたしにも兄がいる。二つ上の兄、ユースタスだ。わたしが二歳になる前、兄は魔力訓練を始めた。余りにもせがむので両親が折れ、慣習よりも早いが父からの指導を受けることになった。同席は許されなかったけど、訓練の時間外にも自主練をしていた。魔法への憧れは万国異世界共通らしい。熱心にやっていた。
何か手がかりがないかとじっくり観察していると、ある時、兄の身体の中にゆっくりとした流れがあることに気がついた。空気みたいに透明な、だけどそこに確かにあることだけは分かった。
「おにまま、まりょ、うごく?」
乳幼児の身体ではうまく話せないのがもどかしい。せっかちな兄は、父や母のように根気よく会話に付き合ってくれるわけではない。なるべく要点だけを端的に聞くのがポイントだ。
「ん?おまえ、まりょくみえるのか?」
「うごう?」
「そうだよ。まりょくじゅんかんやってる。」
「それやる、どーなる?」
「えーっと、まりょくがふえてー、つよくなる!」
「いーこと!」
魔力循環をすれば魔力が増えて強くなる。適当な兄の言葉だから半信半疑ではあるけれど、訓練としてやらされてるなら悪いことではない。
「オリー、まりょ。ある?」
「いまくんれんちゅうなんだけど……あるよ。みえる。」
「まりょ、うごく?」
「うーん、ふわふわしてる?」
「ふぁふぁ?」
「バラバラになってる。」
「ばぁばぁ。」
「そ。もうじゃましないでね!」
わたしにも魔力はある。この世界なら当たり前だけど、自覚がない。バラバラになってフワフワしてるってどういうことだろう。
兄を見るように自分の身体を見てみた。まとまりのない魔力は認識しづらいようだ。今度は目をつぶって、意識を集中させる。目で見なくても、魔力を認識出来た。
ああ、確かにバラバラにフワフワしている。決して粒ではないけど、不規則に濃い部分と薄い部分が雲のように形を変えながら体内を漂っている。今は魔力が目に集まっているのが分かった。なるほどね、そういうことか。さっきまで目で魔力を捉えようとしたから、魔力が目に集まったんだ。魔力は魔力を介さないと感じられないのだろう。だけど、それは目を閉じていても出来ることだった。
兄の魔力は流れがあった。集めて、整えて、流れを作る。集めるのは出来ても、整えるのが難しい。兄は整ったまま流れを作っていたが、それを維持するのが難しいようだった。やりがいはある。レベル上げなんて苦じゃない。前世でもやった事だ。むしろ、自分の身体で試せるなんてワクワクする。
早速、わたしは自主訓練を始めた。いつも兄貴風を吹かして偉そうにしてくる兄より上手くなって見せつけてやろうと思った。家族や侍女の目を盗んで、夜の寝る前、朝の侍女が起こしに来る前、昼寝時間、トイレの中。一人きりになれる機会は意外と少ない。それでも合間を見つけては魔力循環に勤しんだ。
二歳になって数ヶ月後、兄が魔力を循環させるスピードを越したので、大人の目がないのを見計らって、見せてやった。兄は驚いた顔の後、怒りを露わにしてこう言った。
「いけなんだぞ!5さいにならないとまりょくつかっちゃ!ははうえにいいつけてやる!」
それは困る!怒られるのは嫌だし、魔力の訓練を止められるのも嫌だ!自分だって四歳で始めてるのに!ずるいじゃないか!
「やだ!いわないで!じぶんがへただからってやつぁーたりしないでよ!」
その後はもう取っ組み合いの喧嘩だ。お菓子を準備しに席を外していた侍女に止められるまで、短い時間だったけど、物を投げ合ったり、突き飛ばしあったりで、お互いに切り傷やアザまで作った。
お母様にはこってり絞られた。特に兄が。でも、兄はわたしが魔力循環を出来ることは言わなかった。優しさじゃなくて、プライドの問題だと思う。
しばらくして兄の魔力放出の訓練が始まった。魔石は触らせてもらえなかった。ほとんどを別室で過ごすようになったのもある。様子が伺えず、やきもきした。
わたしは魔石が欲しくなった。家の中の魔石は子どもが触れないところに置かれていた。どうしたら手に入れられるか必死に考えても、糸口が掴めない。
一歳半頃、赤ん坊の頃からたびたび顔を合わせていたスカーレットが転生者であることを知った。お互い意思疎通出来る程度に喋れるようになって、ようやく分かった。あちらもわたしに違和感を覚えていたらしい。二人とも言語獲得が早かった。
母たちは、女の子って成長が早いわね、と笑っていたが、そうではない。わたしの兄とも、スカーレットの兄とも、比べほどにならない知識量と理解力。転生者ともなれば当然のことだった。
スカーレットはやはり同じ事故の被害者らしかった。痛みの次に目が覚めた時は赤ん坊だったのも同じ。わたしとスカーレットの間に座っていた人と、前の席にいた人、あそこに残っていた四人が被害者だろう。
人数も揃ってるし、他の二人も悪役令嬢に転生してるかもね、なんてスカーレットは言う。そんなこともあるかもね、とわたしは答えた。もしそうなら、未来を変えることが出来るかもしれない。
魔法のことをスカーレットに聞いてみたが、やはり五歳になるまではダメだと言われたらしい。彼女の兄は一つ上なので、まだ魔力の訓練は始めていない。わたしは頭ひとつ抜けた優越感に浸った。何でも話してくれるスカーレットに後ろめたさはあったが、魔力のことは秘密にしていた。直情的なところがあるスカーレットは、わたしをダシに魔力訓練を親に強請るかもしれない。
彼女の聖女の御技にかける、いや、ジョエルにかける情熱は凄まじい。せっかくゲームの世界に転生したのだから、推しと結ばれたいと願う彼女。前世では年上だったようだが、夢見がちな少女のうわ言に聞こえた。
聖女の御技。確かに魅力的だ。聖女の子孫でも、女系のみに遺伝する、奇跡の力。わたしの魔力量が多いのはゲームで分かっている。飛び抜けた魔力量のアーテルはともかく、わたしはゲーム開始時点でも国内の五指に入るはずだ。ただ、使い方が未熟だから、授業中の身という設定だった。魔力量が多いだけではいけないのだ。
でも、誰よりも早く訓練を始めて、大人並みに魔力を操れるようになれたら?聖女の末裔は攻守共に強く、更に回復まで出来るなんて正にチートだ。自身に御技をかけられなくても、行動を共にする四人の悪役令嬢は全員聖女の御技を使える。タッグを組めば、負ける気がしない。
スカーレットは聖女の御技にしか興味がないようだけど、わたしの家があるオッキデンス領と彼女の家のメリディエス領は戦いを避けることが出来ない。隣接するティターンとの戦争が待ち構えている。戦闘訓練は必須なはずだ。現に、兄は剣術と体術の訓練が始まっている。いずれは槍術と弓術も始まる。魔法による戦闘訓練は殺傷能力の高さから最後に行うという。
わたしは前世で祖父が道場を開いていたので、武道を習っていた。合気道と、柔道も少し教えてもらった。あの頃は嫌々だったけど、今でも型は覚えている。体術の訓練に活かせるかもしれない。そろそろ身体能力の向上も始めた方がいいと思った。
とうとう二歳になってしまった。魔石は手に入れられないままだった。それでも、まだ諦められなかった。
ある日、母から王都へ行くと伝えられた。攻略対象や悪役令嬢と交流を図るらしい。やった!王都だ!ゲームの舞台はほとんど王都内だ。この目で見られると分かり、少なからず興奮した。
父が、オリヴィアがもう婚約者を決めるなんて、とぼやていたが、母が言うにはすぐに決まるわけじゃないらしい。定期的に交流をして、相性を見るそうだ。ゲームではわたしの相手はジョエル。だけど、スカーレットはジョエルを推している。わたしは婚約者役を譲ることにした。わたしは別にゲームに推しがいたわけじゃない。純粋にゲームが好きだっただけだ。
婚約者はいずれ誰かに決まるのだろう。わたしは次代のオッキデンス公。婿取りは必須だ。でも、結婚は出来るだけ引き伸ばしたかった。年が近い方が高い魔力の子が生まれやすいらしいから、攻略対象の誰かになるとは思っている。でも、今は考えられない。
騎士なら訓練を一緒に出来るからいいかもしれない。バーナード・ロセウス。本当ならスカーレットの相手になるはずの子。好みじゃないけど、騎士枠は彼だけだ。騎士の隠しキャラもいるけれど、攻略難易度は高いし、オリヴィアには余り関わって来ない。バーナードのことは考慮には入れておこう。
出発の少し前に父から、内緒だよ、と土の魔石のついたベビーリングを貰った。昔、オッキデンスに嫁いできた聖女が伝えた習慣で、我が家だけのものらしい。
焦茶の石は、美しいとは思わなかったけど、魔石というだけで宝物のように思えた。本当は成人の時に渡す物だけど、無事に王都から帰って来られるようにお守りにしなさい、と言われた。帰ったら返すようにも言われた。何とか理由をつけて、手元に置いておきたい。
夜にこっそりと魔石に魔力を通してみた。土、というと、何故か腐葉土を思い出した。想像したような、土くれを具現化することが出来た。
それから毎晩、後で証拠隠滅しやすいようなものを作ってから寝ることにした。魔力循環は朝の、土の魔石で石作りが夜のルーティンになった。
土の魔石は考えようによっては富を産む。この世界でも価値の高い金やダイヤモンドを作り出すことも可能だ。だけど、構成が分からないから想像が出来ない。細かい具現化は魔法陣を使った魔術の方が適しているらしい。
父に質問したら、魔石を使って金らしきものが出来上がっても、それは金もどきであって本当の金ではない、と言われた。魔法陣は要するに化学式とコンピュータのプログラミングが一体化したようなもので、物質の具現化に関しては魔石と、作る物によっては材料(0から1は作れないので物質の構成から始める手間を省くらしい)と、加工の肯定を記した魔法陣があると可能ということだった。現象の発動だと、そんなに複雑ではないらしい。魔石には物質の構成要素が含まれているから、イメージしやすい物なら魔法陣はいらないと言われた。
こういう設定は面白い。魔法という不思議現象だからか、ここがファンタジーの世界だからか、整合性がなくて疑問に思うことはたくさんあるけど、わたしは理論よりもいかに使いこなすかが大切なので目を瞑ることにした。
しかし、魔法は奥が深い。魔法陣も、自分で描けるようになれば面白そうだ。いずれ学ぶこととはいえ、やはり気が逸る。
王都へ行くと、そこはゲームで見た街並みがあった。王都セプテントリオーネスに入る正門から王宮の正門へ続く道を行く。この道は王都の中で最も美しく整えられていて、王宮の正門は王家と三公、召喚された聖女である異界の乙女以外には開けられない。特別感があって、心が躍る。
着いたその日は旅の疲れですぐ眠った。翌日は王家の馬車(王宮は広いので基本馬車や馬で移動になる)がオッキデンス家の離宮まで迎えに来る予定だった。スカーレット以外のゲームキャラに会えるのも楽しみだった。
衝撃的なことが起こった。オリエンス家のアーテルが、聖女の御技を使ったのだ。自己紹介の時から、彼女は普通じゃなかった。これは転生者に違いない。スカーレットもそう思ったようだ。
王女ヴァイオレットもそう思わせるところがあったけど、アーテルに至っては隠しもしない。わたしたちは一応、大人の前では子どもらしい振る舞いを心がけていた。頭のおかしい子どもだと思われて、ストーリーから外されないようにするためだった。
わたしはゲームに参加するため、スカーレットはジョエルのため。身の安全を考えるのなら、関わらないのが一番だけれど、欲には勝てなかった。
王女ヴァイオレットにお泊まり会に誘われて、一度離宮に戻る前にスカーレットと話をした。やはり、二人も転生者であろうというのが彼女の意見で、わたしも同意した。
夜、集まると、前世の告白大会が始まった。アーテルはとっつきにくいけど、前世ではシナリオライターの大学の友人で、作曲家だった。異世界に来て、ゲームの制作側の人に会えるなんて!感動して押し気味に話したら引かれてしまった。気まずい。
あのライターさんのゲームの音楽は大体この人が作っている。通学の時によく聞いていたのを思い出す。今となっては懐かしい。あの劇場にいたなんて!顔をよく覚えてなかったのが悔やまれる。前世で気付いていれば声をかけたのに。それにしても、前世も美人で、今世も美人なんて、アーテルは恵まれている。前々世で徳を積みまくったに違いない。
ヴァイオレットは気さくな人だった。劇場で隣に座っていたお姉さんだろう。少し安心した。泣き顔を見られたのは恥ずかしいけれど。
スカーレットとベッドに入るとわたしに、明日アーテルに聖女の御技を習えるようにお願いするつもりだと言った。わたしもそれに便乗する。一緒に習いたいから協力すると言ったら、よろしくね、と呟いてすぐに眠ってしまった。あちらでも会話をしているようだったけど、スカーレットの寝息を聞いていたら、わたしもいつの間にか眠ってしまった。
そして今朝。四人で話しながら、聖女の御技の訓練も5歳から始まったことを思い出した。ファンブックの話はスカーレットともしたことがあるのに。意外と忘れてることがあるのかもしれない。正史では、聖女の御技と言っても、魔力訓練から始めたのだろう。それじゃ、時間が足りない。
そういえば、情報元のファンブックはシナリオライターと前世のアーテルの対談が載っていたけれど、本人は読んでいないのだろうか?他のゲームの時も、雑誌で対談をしていることがよくあった。アーテルは仕事として関わっているだけであって、ゲームに興味がなければそんなものなのかもしれない。
その後、魔力訓練の許可を貰った。ようやく堂々と魔力を使える。最初は魔力交換というものだった。兄がやっていた訓練の手順とは違う。循環しながら、魔力のみを体外に放出する。今まで、体外に出した魔力は魔石に吸収されていたので、魔力のみを他人の身体に流し込むというのがよくわからなかった。
先に侍女から魔力を貰う。ああ、こういうことか。左手から流し込まれた侍女の魔力の流れを使って、自分の魔力を巻き込みながら流れを作る。他人の魔力は異物感がある。それぞれに想像する魔力のイメージが違うせいかもしれない。
魔力は、体内を巡る間に溶け込むのが分かった。侍女の魔力が分解されて、自分の魔力と一体化するのを感じられた。父は魔法に関して、座学なら質問すれば答えてくれたので、イメージがしやすかった。三人中一番に成功したのは、父のお陰だと思う。
魔力量も、三人の中では一番多くて満足だった。魔力循環を頑張ったからかもしれない。アーテルのずば抜けた魔力量は羨ましくもあるが、ゲームやアニメのアーテルは力技で押し切るパターンが多かったので、クレバーな戦い方を好むわたしは魔力操作の能力を上げていこうと思う。
午後は騎士団の見学だった。騎士団もゲームに出て来る場所だ。アニメでは、異界の乙女の魔力訓練にも使われた。悪役令嬢との能力バトルも、ここの訓練場で行われる。
ゲームでは、外観はあっても、ひとつの訓練場しか出て来なかった。案内された第二訓練場は、ゲームに出て来た訓練場と違っていた。まあ、いい。実際の騎士の戦闘と魔法が見られる!わたしは浮き足立っていた。
二人の騎士の戦いは、それは素晴らしかった!あの跳躍、空中で体勢を変えて、風の魔石の威力をジェットエンジン代わりにして、方向を転換する。リンウッドという騎士の戦い方はわたしの理想だった。ゴードンのような力技ではない、技巧派の戦い方。素晴らしいお手本だ。
試合の後、質問時間に攻撃魔法の追尾機能の話になった。敵に魔力をマーキングして、そこに向かって魔法を放つ。バトル漫画でも、そういう技を見た事がある。この世界の魔力は、時間が経つと相手の魔力と混ざったり、空気中に還元されてしまう。さっき感じた分解されていく感覚と同じ現象が起きるのだろう。
他人の魔力と混ざり合うまでの時間は、空気へ還元されるよりも長い。それを考えたら、不可能ではない気がした。実戦ではステルス機能がなければ意識して魔力を集中すれば分解を速められてしまう。でも、ただ当てるだけなら何とかなる気がする。
わたしでも、土の魔石で石ころくらいなら出せる。当てるまでのイメージトレーニングをする。石を通す管を魔力で作って、そこを通すイメージ。後ろから魔力そのもので押し出す。イメージは大事だ。なるべく具体的に発動から命中までの工程を考える。風の魔石があれば、殺傷能力は更に上がるだろう。純粋な魔力だけで押し出すことは難しいかもしれない。でも、やってみる価値はある。何より、魔法を使う許可が出た!後のことはどうでも良かった。
どうせ失敗しても二歳の子どものする事だ。ちょっとしたお遊びに付き合って、惜しかったね、よく頑張りました、でいいだろう。昨日会ったバーナードの父、ロセウス師団長はそのつもりのようだった。騎士団長は本気で出来ると思っているみたいだけど。わたしでダメなら手練れの騎士に再現してもらえばいい。
見学席から訓練場に降りて、ロセウス師団長の右肘の内側の布地の部分にマーキングする。師団長だけは軽装備なのも良かった。第二師団の騎士は重装備で訓練していた。
事前に話し合った通り、ロセウス師団長にはわたしの周りを走ってもらう。敵は動くものだ。動かぬ敵への追尾機能なんて意味がない。だけど、騎士の全力の走りはわたしには追えないだろうから、ゆっくりめで走るよう頼んだ。
魔力の管を維持するのは難しかった。距離ができる度に、繋げた魔力を薄く伸ばして、後から注ぎ込む魔力で補強する。柔軟性がないと切れてしまいそうだから、ゴムで出来た管をイメージした。具現化はしないけれど、想像した通りの性質で魔力の道が出来た。
それでも長くは維持出来そうにない。ロセウス師団長が四周目に差し掛かったところで魔法を発動する。ロセウス師団長が防御に魔力を回しているのは分かっていた。思っていたより薄めの防御だ。舐められたみたいで、少しムカついたので、最初の予定より少し強めに魔力を使った。
「ストーンバレット!」
決まった!技名を叫ぶのは大事なお約束だ。詠唱もいいけれど、あれは時間がかかり過ぎる。脳内のイメージを補助するためだけなら、短くたって発動出来る。そもそも、最初に土くれを出した時だって無詠唱だった。わたしにはこれくらいで充分だ。
具現化した石ころは、緩く弧を描いて、後ろから回り込んでわたしの真横から正面に移動しつつあったロセウス師団長の右肘裏に向かって飛んで行った。思いの外、勢いがあった。師団長が直前に、マーキングした場所に魔力を集中したのを感じられたので、溜飲が下がった。命中音がする。ロセウス師団長は、衝撃で倒れ込んだ。たかが二歳の子どもの攻撃で膝をつくなんて、騎士としてみっともない。
ロセウス師団長はキャラ紹介にはロセウス騎士団長になっていて、優しい人柄な反面、魔力操作の達人で、技巧派で頭脳派の騎士と書いてあった。そんな人に膝をつかせるなんて、わたし、才能があるんじゃないだろうか。自然と笑みが溢れた。
周りで見ている騎士たちが騒めいている。わたしの技に驚いたのだろうと思っていたが、視線のほとんどはロセウス師団長に集中していた。彼の右腕は、不自然な場所からあり得ない方向に曲がっていた。
ロセウス師団長は左手で右腕を押さえながら苦痛を耐える表情をしていたけれど、わたしの視線に気付いて彼はにこりと微笑んだ。そこでようやく、自分の顔から血の気が引いていることに気がついた。
やってしまった。やりすぎてしまった。
あれは明らかに骨が折れている。関節ではなく、関節の少し下に標的を設定したせいだ。見たこともない、異様な腕の形に、吐き気を催した。でも、こんなとこで吐いたらダメだ。だって、わたしのせいなんだから。どのツラ下げて気持ち悪いとか言うんだ。
謝らなきゃと思いつつも、口を開けば胃の中の物が出て来そうで何も言えなかった。侍女が慌てて駆けてくる足音だけはすぐに分かった。意識を逸らさなければ思いながらも、師団長の腕から目が離せない。
正直、グロは苦手だ。でも、戦場に出ればこんな光景は当たり前になる。そう思ったら、一気に戦うのが怖くなった。
瞬間よぎる、死に際の光景。痛みすらも麻痺していく感覚。身体を動せない。血溜まりの中、薄らいでいく意識。
思い出したら、ますます声が出なかった。師団長に謝らなきゃ。調子に乗ってごめんなさいって。わざと強くやりましたって。でも、謝るのも怖かった。
それに、両親にも失望されるかもしれない。今まで、聞き分けのいい、大人しいいい子で通してきたのに、くだらない理由で人を傷付けるような子だなんて思われたら、見放されるかもしれない。どうしよう、怖い。
アーテルが降りてきた。そうだ、アーテルだ!聖女の御技を使える!だけど、彼女は治癒は得意ではないと言っていた。あの折れ方は、アーテルでは治せないかもしれない。不安が募った。
見学席で後ろに控えていた騎士がやってきて、香澄様がこちらに向かっているから移動しましょうと言ってきた。良かった。きっと治してくれる。ようやく脚が動いた。
アーテルの治療は終わったけれど、痛みは止まったみたいだけど骨は付いていないようだった。侍女に促されてロセウス師団長に近寄った。
「あ、あの、わたくし、わたくし……」
なんと言ったらいいのか分からない。運び込まれた担架に乗せられながら、ロセウス師団長は優しく応えてくれた。
「無様なところをお見せして申し訳御座いません。どうか、お気になさらないよう。」
強がりではない、心からの言葉だった。本当の強さは、魔力量でも、技でもない。心の強さなのだと気付いた。聖女の御技に必要なのは、想像力と精神力。香澄様の言葉が頭の中にこだました。
優しくなりたい。もう誰も傷付けないように。強くなりたい。いつも誰かを守れるように。
評価、ブクマ、感想、お待ちしています!
励みになりますので、よろしくお願いします。




