196 幼年学校の一日2
お楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
「何で体操着?」
「アーサー様に今日より早朝ランニングに向かわれると伺いましたが?」
エレノアが苦笑しながら答えた。
マジでやるのか。子どもの身体だから疲労は回復しているが、朝から走れと……?
いつもの起床時間より早く起こされた。時計を見てなかったので気付かなかった。起こしてもらえるから、朝時計を見る習慣がない。慣れとは怖いものである。
まだ外がそんな明るくないな〜とは思ったんだよね!
体操着に着替えて、軽く果物をつまみ、お茶を飲みながら新聞を読んでいたら(市制の情報収集のため)アーサーが迎えに来た。
「ヴィオ、支度出来た?」
「もう行くの?」
「先に王宮一周して戻って来たんだ。ヴィオを付き合わせるわけにはいかないから。」
はい!?既に走って来たのに、まだ走るの!?何時に起きてんの!?
「疲れてない?無理にわたくしに付き合わなくてよいのよ。」
「大丈夫だよ。その後じじさまと太極拳もやるし。」
太極拳ね。オリヴィアが教えたやつね。オリヴィアは前世で結構いろんな武術をやって来たらしい。メインは合気道なんだけど、ネット動画でアレコレ真似して試してたんだって。
じじさま=アウルスと毎朝やってたのか。あのじいさん、夜はアーテルに教わったヨガとかやってんのよ?私より健康なんじゃない?
トコちゃんは離婚してからは東京を離れて湘南に住んでて浜辺とか凪いだ海で早朝ヨガとかやってたらしい。海に浮かべたサーフボードの上でヨガってどゆこと!?
んで、帰りに美味しいパン屋さんでパンを買ったり、モーニングやってるお店で朝食とかしてたらしい。
ナニソレおしゃれ!!住む世界が違ったわ。さすが芸能人。セレブリティ。
「とりあえず、建物の周りを走ろうか。それとも果樹園まで行く?」
「建物の周りは飽きそうだから果樹園がいいわ。」
「じゃあ、行こう。朝食の少し前に戻ってこないとシャワー浴びられないから。」
本気で言ってます?今六時ですけど?八時十五分までに登校ですよね?行って帰ってシャワー浴びて、学校間に合うの?
って間に合うか。アーサーは護衛の都合上?地下鉄には乗らずにりんごちゃんに乗ってってるからな。私も騎士に一緒に乗ってもらって迦楼羅で通ってるけど。十分もかからんわ。最速で上昇してから二分だわ。
「ヴィオの走りやすいペースでいいからね。」
「ありがとう。アーサーも時間がないと思ったら先に戻っていいからね。」
「ヴィオを置いてくなんてことしないよ、大丈夫。」
ウチの弟、優しい。フィルもアーサーのようないい子に育って欲しい。
はあ。五歩で既に疲れた。でも、わざわざアーサーが付き合ってくれてるんだから、がんばるぞ!
なんとか果樹園にはたどり着いた。アーサーの計画では果樹林の方をぐるりと回って帰るらしい。え?坂ですけど?王宮の敷地内で一番高い丘ですけど?
「あれー?ヴィオ様?めずらしいですね。」
いちごちゃんに乗って作業していたピーターに声をかけられた。おんじは定年退職したので、若いけれどピーターがここの責任者だ。
ピーターが十代ながらも部署のトップに納まることに誰からも異論はなかったらしい。鳳凰鳥を使役する平民だもんね。恐るべし。
ちなみにおんじはまだ元気だから幼年学校の用務員のアルバイトやってるよ。園芸クラブも手伝ってくれてるの。私が園芸クラブを選択した理由をお分かりいただけたかと思う。
「ちょ、ちょっと、体力、つけよ、と思って!」
息も絶え絶えに返事をする。アーサーは持ってきたリュックから水筒を出してくれた。はー!水うま!!
「それ言うの何回目ですか?毎回続かないですよね?」
「あ」
「今回はぼくが毎日つくから大丈夫だよ。」
あのねえ!と言おうとした私の発言も許さぬ速さでアーサーが答えた。人生で初めてアーサーに向かって眉間に皺作ったかもしれない。
「それなら大丈夫ですね。アーサー様はちゃーんと毎日欠かさず鍛錬してますもん。」
「みっ、三日坊主で悪かったわね!ゲホゲホ!」
ヒイヒイのところに大声出したからむせてしまった。
「ちょっと休憩する?」
「時間大丈夫かしら。」
「十分くらいなら平気だよ。」
「なら、祝福かけてってくださいよ。ちょっと病気になりそうな木が何本かあるんで。」
「とりあえず座らせて!丘一帯にかければいいの?」
「ここからこっちの、東側の斜面だけでいいですよ。
」
「分かったわ。」
草の上に座ったまま祝福をかける。最早呼吸をするように使っている。作業以下である。
なんたって、魔力量カンストしてるからね!他の三人もだよ!!
測定器が意味を成さないので、あとはもう口頭確認ですわ。魔力増えた?増えたっぽーい、みたいな。それでも初代様と同じようには御技を使えない。始祖様と初代様の魔力量、一万どころの話じゃないんじゃないの?
「ありがとうございます。助かりました。」
「どーも。」
「ヴィオは本当にすごいね。何でもないように御技を使うもの。」
「それ、色んな人に言われるけど、大したことしてないのよ?」
「リルベットにも聞いたけど、御技は難しいって言ってたよ?」
「そう?リルも年の割に上手く使えてると思うのだけど。」
「そうなんだ?本人はまだまだだって言ってたけど。」
「それは大人やわたくしたちと比べるからよ。理解力がつけばすぐに上達するわ。」
「ぼくも魔力量は増えたけど、ヴィオと同じくらいにはなれそうにないなぁ。」
「御技は原子核の問題だから、魔力原子を理解出来れば魔力量は一万くらいならいくのではないかしら。」
「父上ですらまだ8000台なのに?」
「お父様はお忙しいから訓練の時間が取れないせいだと思うわ。アーサーなら学生のうちに手が届くかもしれないわよ?」
「そうだといいな。ヴィオに追いつくのが目標だから。このまま負けっぱなしなのは嫌なんだ。」
出た、負けず嫌い。ゲームのアーサーとは違う。
ゲームのアーサーは私たち四人に負けに負けまくって自信喪失してるところに出生の秘密を知り絶望、そこをヒロインがあなたはあなたのままで価値があるとか使い古された言い回しで落とすワケですわ。
チョロインならぬチョロヒーロー。チョーロー?箱入り王子様だったんです。許したってください。
「学校じゃ負け知らずじゃない。それに魔力量なんて勝ち負けじゃないわ。繊細な魔力操作が出来て初めて役に立つんだもの。そこはアーサーの方がわたくしより優れてるわ。」
「あはは!確かに!ヴィオ、大雑把だもんね!」
うぐぅ、地下鉄の土木工事で加減間違えて無駄に穴を広げ過ぎたことは忘れて欲しい。
「ヴィオ様は大体やりすぎますよね。温室の祝福、忘れらんないな〜。」
「そんな昔の話しないでよ!忘れて!」
「まあまあ。怒ってばっかいると美人が台無しですよ。今更ですけど。」
「ほーお?ピーター。そんなこと言うならダナを紹介する話、やめるわよ?」
ダナとは私が仲良くなった下女である。たまに残ったお菓子をあげてたら懐かれた。十五歳の、なかなかかわいい女の子である。どこで見かけたのかピーターが一目惚れしたんだそうだ。
「え!ウソ!ウソです!ヴィオ様はいつもどこでもなにしてても美人ですよ!!」
「当たり前だよ、だってヴィオだよ?怒ってたって可愛いよ。」
「はう!」
アーサー!なんてこと言うの!心臓が止まるわ!ただでさえ今過重労働中なのに!
「アーサー様は本当にヴィオ様が大好きですね。」
「同じお腹で育って生まれてきたんだ。ぼくとヴィオは二人で一つだから。」
「ひう!」
何と言う口説き文句!いや、同じ腹で育ってませんけどね!アーサー、本当に悪い男だよ、アンタは!姉をときめかせてはいけません!
「時間大丈夫ですか?」
「そうだね。そろそろ行こうか。」
「ええ。またね、ピーター。」
「ダナさんのこと、頼みますよ、ホント!」
「今度ダナに頼んで新作お菓子を届けさせるわ。一緒に食べようとか何とか言って誘いなさい。そこからは自分でがんばってよ?」
「分かってます!ありがとうございます!」
ピーターと別れて来た道とは違う道を戻る。アーサーは鳳凰鳥が孵ってから足繁く通っているので全く迷わない。間隔が広いとはいえ木ばっかりなのに。
裏庭にはアウルスがいた。A3くらいの水鏡を壁に立てかけて、オリヴィアと話していた。リモートレッスンだったんかい。
「おー、遅かったの。」
「じじさま、おはよう。お待たせ。リヴもおはよう。」
『おはよー!ヴィオラいるのなんでー?』
「おは、おはよ、アウルス、オリ、はあ、ぜい、はあ」
「体力つけろって学校で言われたから今日から一緒にジョギングすることにしたんだ。」
『へえ〜、続くといいね〜。』
ピーターだけでなくオリヴィアまで!みんなひどい!
「なんじゃ、そんなに息を切らして。姫様らしい顔をせんか。ブチャイクになっとるぞ?」
『あははははは!ホントすごい顔!!』
「いや、はあ、ムリ!はあ、はあ、そんな、はあ、ヨユー、ない!」
「じじさま、ヴィオはかわいいよ?」
『あっはは!アーサー、やっさしー!!』
「あっはっは!そうじゃのー、ならブサカワかの!」
「もっ、いいから!太極拳、やれば?はあ、はあ、ちょっ、休憩!」
三十分走っただけでキツイ!間に十分休憩したのに!
私はその場で息が整うまで待って、オリヴィアの隣?に座って太極拳を眺めた。走るよりむしろこっちの方がいいのでは?いきなりランニングはつらいわ。
そう言ったら、太極拳はストレッチ代わりだから、明日からは走る距離を短くして慣れてきたら少しずつ距離を伸ばし、太極拳をメインにすることになった。
はあ。シャワーを浴びて軽く朝ごはん食べてフィルにチュッチュしたら、アーサーは学校へ勉強に、私は南棟の執務室に。
今日は私も三時間目に間に合うように登校しないと。
シャワーで汗を流したらむしろ爽快になった。若干ふくらはぎ痛いけど。筋肉つけるのに御技使っちゃダメなんだって。お母様に頼もうとしたら、困った顔をしてそう言われた。お祖母様は一言、がんばりなさい、だった。さすがお祖母様である。
というわけで、登校して参りました。
三時間目、体育。控えめに言って死ねる。
今日もグラウンド一周からのドッヂボール。アーサーに当てられた。笑ってた。嬉しそうに微笑まれた。何故?
四時間目。魔法実技。今日は午後も受けるので、いちいち帰んのめんどいからそのまま受ける。
水の魔石だった。基本的な使い方を覚えるというもの。むしろ基本的な使い方を知らん。
水を出す、お湯を出すまではやってるらしいので、氷を作る練習だって。気体である水蒸気はあまり使い道がないのでやらない。使い道、無くはないけどね。アウルス設計の発電機でタービン回すのに使ってるし。まだ実用化してないけど。色々試してるトコ。
まずは配られた指の先ほどの小さな魔石で、同じく配られたコップに氷を出すだけの簡単なお仕事です。あー、夏になったらかき氷食べたいなぁ。天然氷のヤツ。天然氷って、ゆっくりと冷やされるから、白濁してなくて綺麗だよね。氷河の氷とか、何百年も前の水でも透き通ってて食べられるらしいよ。テレビで見た。
普通の氷はあっという間に出来たから、あーいう綺麗なヤツ作ってみよう。ゆっくりと、じわじわと、不純物が混ざらないように、水が凍っていく。というイメージで。
おお!でけた!きれーい!キラキラー!
おりょ。ほとんどの子が終わってる。先生のところに持ってって確認してもらう。規定のサイズと数にはなってるから大丈夫。なはず。
「随分と時間がかかりましたね。」
今年三月に退官して転職してきた顔見知りの騎士なので、王女の私にも気安い。いや、最早騎士で私に気安くない者などいない。新人くらいだ。
騎士と私もまたもうひとつのワンチームである。数々の修羅場をくぐり抜けてきた同志だからね。ということにしておく。
「ちょっとね。まあ、見てくださいな。」
「なんですか?これは。純魔石?いや、氷か。すごい透明度ですね。」
「天然氷を想像してみたの。天然氷はゆっくり凍るから透明だし、溶けにくいし、普通の氷より硬いけれど削って甘いシロップをかけて食べるのも美味しいし、蒸留酒をロックで飲む時もあまり薄まらないからいいのよ。」
人工だけど、コンビニとかスーパーの氷もそんな感じだもんね。
「蒸留酒を、ロック……。試したいな……。」
おーい、せんせー!勤務中ですよー!お酒のことに夢中にならないでー!
「合格でしょうか?」
「もちろん、合格です!あとで教頭にもお教えせねば!」
レナードね、ハイハイ。最近、日本酒から芋焼酎にシフトしてるもんね。東部はアーテルの事業のせい?で酒どころになってるよ。発酵大国だよ。
先生が良いお手本だというので、私の氷をみんなに見せた。
「やっぱりヴィオはすごいや!」
アーサーに満面の笑みで言われた。年の功ですよ。
そして、給食のお時間です。ちゃんとあったかいです。おー、うまうま。外廷の役所に届けられている仕出し弁当屋さんにお願いするつもりだったんだけど、義務化して生徒が増えたので給食室を作り、人員を仕出し屋さんからお借りしている。学食ってそういう経営スタイルだよね?教室じゃなくてランチルームで縦割り班で食べる。他学年との交流もあるの。
味はお貴族様向けにはしてあるけど、割と質素。ギトギトのベトベトの肉だらけではない。これは最初に栄養指導した。食事の前に高学年の給食係が調べた栄養や食材の産地などについて食事の前に軽く説明する。
理科で高学年が育てた野菜なんかも材料にしていて、食育も行っています。
五時間目、教養。当分は古典の現代語訳の暗唱。覚えるのはヨユー。やはり詩歌で古典からの引用は大事なんだそうだ。
六時間目もあるけど、私はここで帰ります。お疲れさま!お先!って言ったらみんなにキョトンとされた。ごきげんようで良かったんだった。大失敗だわ。
明日は私は不登校日。午前中工部と会議して、午後は研究室と会議、残りは事務仕事。アウルスが来てから研究室の人たちとも話すようになった。
こちらでもアウルスは神様扱いで、特に兵器開発部と魔法技術部(兵器以外の魔法陣と魔石を組み合わせた魔道具を作るところ)との方々には常駐の希望が出された。
でもねー、政治のことも詳しいから、相談室から動かせないのよ。本人もこっちがいいって。
はぁ、もう疲れてヘトヘトで死にそう!怪しげな体力回復薬も飲んだし、今日も早めに寝る!おやすみ!
九月になりましたね。
これから更新できない日、一回投稿の日が増えると思いますが、よろしくお付き合いいただければと思います。
お読みいただきありがとうございました!
評価、ブクマ、感想、お待ちしています!
励みになりますので、よろしくお願いします。