174 悪役王女は呼び出しを喰らう
お楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
「うわあーーーーん!あーーーーん!やーーーー!!ひあーーーーーーー!!!!!」
アーサーがギャン泣きしております。めずらしく、赤ちゃんの頃のようなギャン泣きです。
何が起きたかと言うとですね。
夕食の後、子ども部屋で遊ぼうということになって、アレクも誘って集まったわけですよ。
んで、アーサーはひとりでおうまさんごっこをね、し出したから、ついでに軽く魔力原子理論の触りをね、アレクにお話していたのですよ。まあ、ヘクトルもいるんだけどさ。
んでね、クラヴァットピンを使って魔力原子とはなんぞやという話を実践しつつしてね。魔力交換してみっか!ってことになってね。手を繋いだのですよ。
魔力交換自体は上手く行ったんですけどね。アーサーが、私たちが何か新しい遊びを始めたんだと思ったんでしょうね。しょっちゅうやってたけどね?
トコトコやって来て、話しかけて来たんですよ。なにしてるのー?って。
それで、今お勉強中なの、っていつも通りに言ったわけですよ。最近、自分でやりたがりなアーサーはアーサーもやるぅ!と言い出したわけですよ。
もちろんまだ無理なわけで、まあ、手をつなぐくらいならいいんだけど、後で手遊び歌でも教えようかと思ってさ、ちょっと待っててねって言って待っててもらったんだけど。
三歳児の堪え性なんてね、大したことないわけ。すぐに、まーだぁー?となるわけで。それを繰り返してたらアレクがね、すまないが少し静かにしてもらえないかって言ったのよ。
んで、大泣き。大人の男の人に(アレクもまだ未成年だけど)怒られたことないからさ、怖かったのか、まあ、すごい泣き出して。
いや、アレクも気を遣ってそんなにキツく言ったわけじゃないのよ?うん。努めて優しく言おうとしてた。
でも、やっぱり焦りや苛立ちって声に出るわけよ。子どもはそういうの敏感に感じ取るからさ。
アンとモリーが慌ててアーサーのご機嫌取りを始めた。すまん、任せた。
「ごめん、今日はこれでおしまいでいい?」
「あ、ああ、いや、私が悪かった。アーサー、怒ったわけじゃないんだ。怖がらせて済まなかったな。」
少し落ち着いてきたところに声をかけたら、また泣き出した。こりゃダメだ。
「あああーーーっ!アレクあにうえいやぁーー!!きらいーーっ!ヴィオとなかよししないでーーっ!」
キュン。嫉妬?嫉妬なのね!?お姉ちゃんが他の人と仲良くしてるのに嫉妬したのね!?なんっっってかわいいの!!
アレクはガーンと背景に文字が落ちて来ている。歳の離れた弟がいるから子どもの扱いは割と慣れてるんだけど、ショックだったみたい。
ちなみにヘクトルは後ろで大爆笑してまーす!ウチの侍女に睨まれてるよッ!
次の日の朝。朝食も毎日一緒に食べてるんだけど、アーサーはアレクをガン無視。それからずーっと無視。
アレクはもう仕方ない、そのうち忘れるだろうと言って諦めた様子。ウチの弟がゴメン。
一応、ご機嫌取りにトナカイ親子とふれあい動物園の許可を出したりしたんだけどね。ダメだったわ。トナカイのことは気に入ったみたいだけど。
アルテミス御技使える説の検証がしたいなー。そんな機会ないか。
と思ってたら。
試験も全て終わり、二十七日。午前中に寮の見学に行って帰って来たアレクは昼食のあとお父様に捕まり、さあ、騎士団に訓練に行こう!とズルズルと引き摺られて行った。久しぶりのストレス解消らしい。
アーサーはお父様にズタボロにされるアレクを見に行くと言って、ダークアーサーの部分を垣間見せていた。お母様、お祖母様、何でもあらまあで済ませないでください。
私は執務室でお勉強。魔法陣は基礎を終わらせて、実践に入っている。初級編は終わった。教科書通りに作ればいいだけ。
中級は自分で考えたものを作るんだって。ボールペン!いや鉛筆を、せめて芯だけでも作りたい!ってことで、黒鉛は存在してくれていたので、現在、材料配合、焼成具合などの調整を行なっています。
まあ、この辺はまだ第二学年の内容なんで。自らハードル上げなくても……って言われたけど!
執務室のドアが叩かれ、伝令に来た事務官が焦り顔でフローラに何か伝えている。
「ヴィオラ様、至急、騎士団までお越しくださいとのことです。」
トラブルキター!んだよもうめんどくさいなぁ!お母様も一緒に行ってるんだから治癒なんか必要ないでしょ?
今日は晴れてるので笛で迦楼羅を呼び出す。あったかいところの鳥ってタンタルで聞いたけど、やっぱ寒いのが嫌なのか、秋の終わり辺りからは温室でピーターの手伝いをしてるか、私かお父様の執務室、もしくは誰かの私室にいる。ピーターの価値よ。
アリスターに同乗してもらって移動。ウチの補佐官は一応全員が迦楼羅には騎手として乗れる?乗せてもらえる?ようになった。でないと不都合が多過ぎて。
「どうしました?」
医者の問診のような言葉しか出て来ん。どう見てもトナカイが原因でしょ。トナカイ囲んでるもん。
「ヘラクレスが……。」
「ヘラクレスが?」
アルテミスじゃないの?
「雷撃を……。」
「雷撃を?雷撃?」
「あかちゃんがねー、おつののあいだに、おっきなたまをだしてねー、キュッてちいさくしたんだよ。」
「おっきなたま……魔力球のこと?」
「そ、そうだ。例の、プラズマ?を出して、そのまま投げたんだ。それで……。」
分かってたよ。うん。訓練場の向こう側に穴が空いてることくらい。風が吹き込んできて寒いよ。
「お父様?」
笑顔で圧をかけると頭を一回転しそうなくらいの勢いで横に振った。
「私は何もしていない!何もしていないが……。」
「が?」
「紫電石をだな、ちょっと試してみようと思って、使ってみたんだ。剣を新しく誂えただろ?それで、オリヴィアが言ってた紫電一閃をやってみたくて。」
「紫電一閃という言葉は技の名前ではございません。雷のように素早いというものの例えですわ。」
「うん?そうなのか?まあ、紫電の威力を試してみたくて、やってみたら、ちゃんと出来たんだ。」
「それで何故ヘラクレスが出てくるのです?」
「いやっ!えーと、威力は調整したよ?私はね?でも、ヘラクレスは子どもだから……。」
「ヘラクレスがお父様の紫電一閃を見て真似したということですか?」
「そうなんだ……。」
マジかよ。学習能力高過ぎじゃない?アルテミスはよくやったと言わんばかりにヘラクレスを舐めている。ヘラクレスのドヤ顔がすごい。トナカイなのにドヤってる。
「あのですね。こんなことでわたくしを呼ばれても困ります。確かに大事ですけど、まずやるべきことは騎士団への謝罪と穴の修理です。差し当たっての穴を塞ぐ壁くらい作れますよね?話はそれからです。はい、すぐに取りかかる!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
ん?と思ったら、エルマーもおったんかい!
お父様たちには久々に土木作業に従事してもらって、私は現場監督さながらそれを見張っている。
その後は騎士団長室に行ってレナードにごめんなさいして、きちんとした修理は見積もりを出してお父様に請求ってことになった。
「全く!なんでもかんでもわたくしを呼び出さないでください!」
帰りの馬車で苦情を申し立てる。
馬車にはお父様、アレク、私、アリスターで乗っている。ヘクトルは馭者席。寒くない?
「ごめん、気が動転して。」
「請求はこちらに回してください。ヘラクレスの責任は私の責任ですから。」
「いや、それはいいよ。しかし、パルといいヘラクレスといい、一度魔獣化した生き物の学習能力はすごいな。」
「真理を見る力が備わっているようですね。」
「呼び出された時はアルテミスの話かと思ったわ。」
「アルテミス?何故?」
「アルテが御技を使うから、アルテミスも使えるんじゃないかと思っているのだけど。一度検証してみたいのよね。」
「あの白猫か。」
「似たような名前だし、使えるかもね!」
「名前の由来が違いますし、そもそも関係ございません。」
「はい、すみません。ヴィオに怒られちゃった。」
「それが本当なら、浄化も出来るということか?」
「浄化は分からないわ。祝福は出来るの。あとは治癒かしら。わたくしは見たことがないけど。」
「アーサーの転んだ傷をよく治してるぞ。」
「そうですか。セレンの希望になるやもしれんな。」
「いつまで生きるかも分からない生き物に頼らない方がいいわよ。」
「お前なあ!」
「わたくしは短期的な安寧は意味がないと言っているのよ。もっと根本的な解決策を見つけなくちゃ。」
「例えば?」
「医療技術の発達、魔法科学の発展、文化の向上、瘴気の人為的手段による解決、まあ、最低でもこれくらいね。」
「それは、異界の乙女の召喚はしないということ?」
「最終目標はそうですわ。」
「ヴィオは、乙女の手記を内容を知っているのだものね。我が国は異界の乙女に恨まれてる?」
ダスティン、お父様になんて報告したんだろ?お祖母様のかいつまんだ翻訳ってことにはなってるけど。
「お父様はそれを知ってどうするのです?」
「決意を固めたくてね。ヴィオの理想の世界を作る手助けをする。」
お父様は驚いた私に微笑んで、頭をそっと撫でてくれた。
「それに、父上の悲願でもある。」
「お祖父様の?」
「母上を故郷へ帰して差し上げるんだ。それが父上の願いだった。」
「聞きました。異界とこの世界をつなぐ魔法陣の研究をしていたと。アーテルがその資料を持っているはずです。」
「そうなんだ。なら、アーテルがその意思を継いでくれるのかな。」
「ええ、そのつもりでいるようですわ。」
「父上は、あわよくば自分も共に異界へ行って、余生はそちらで過ごしたいと言っていた。死ぬまでには絶対に完成させるんだと言っていたんだけどね。」
「そうだったのですね。」
「一度は見てみたいですね。異界の乙女の故郷を。」
「そんなにいいものでもないかもしれないわよ。」
「夢のないことを言うなぁ。ヴィーこそ行ってみたいと言うと思っていたのだが。」
「行けるものなら行きたいわね。日本に。」
「異界は日本というのか?」
「知らなかったの?」
「初めて聞いた。」
案外、伝わってないこともあるんだな。アウルムの中で秘匿されてただけ?
「私は母上の故郷の住所まで言えるぞ!山梨県富士吉田市……」
お父様の日本うんちくが始まった。オースティン伯父様とお父様には余り日本の話をして来なかったらしいけれど、変な知識だけは豊富にある。
「私はアーテル嬢が歌った歌が印象的でした。」
「もりのくまさん?」
「違う!イエスタデイのやつだ!あれは文語をそのまま読んだものだろう?発音は失われて久しいが、それくらいは分かる!」
「ああ、あっち。お風呂で歌ってた方は?」
「あれはやめておけ。特にジョージ様には聴かせてはならぬ。」
「どんな歌を歌ってたの?」
「女の情念を歌い上げた日本の心とも言われる演歌というジャンルの曲ですわ。」
「大人な歌だなぁ。母上は子どもに教える歌を間違ってるんじゃないか?」
「畏れながら私もそう思います。」
「私はアレが好きだな!シュガソルとか言う合唱団の歌だ。母上が昔よく歌っていたんだ。トコちゃんという歌い手が特にお気に入りだったらしい。母上に教わったから振り付けも完璧に踊れるし合いの手も出来るぞ!」
おーいー!お祖母様ってば!そんな話を!ホントどうでもいいことしか教えてないな!
いや、どうでもいいことだからこそ気軽に教えられたんだな。
それよりお父様のダンスをアーテルに見せてやりたい。反応が見たい。きっと面白いことになるだろう。
春の楽しみが増えた。
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