172 王太子はサンタクロース
アレク再登場。
お楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
いつの間にやら十二月。年の瀬。
この世界にはクリスマスなんてものはもちろんない。なので、街ゆくカポーに嫉妬の目を向けることもない。
でも、新年が近づいて何となくみんなが浮き足立っている。
そんな、この世界で迎える三回目の冬。
「はあ〜〜〜。」
ため息ではない。窓に息を吹きかけてるだけだ。
キュッキュッと音を鳴らしながら、猫の絵を描く。
「犬ですか?」
「キツネだろ。」
「たぬきじゃないのか?」
「猫よ!」
補佐官も遠慮がない。画力がなくてすんませんねえ!生き物描くのは特に苦手なんだよ!
「雪、積もりそうね。」
「そうですわね。」
「ドロシー、早めに帰った方がいいのではない?馬車が立ち往生したら困るわよ。」
「よろしいのですか?」
「午後は勉強の時間だし、侍女の仕事はエレノアとサリーがいるから大丈夫よ。」
「幼年学校ももう冬休みですよね?お子さんが家にいらっしゃるなら、帰られた方が宜しいのでは?」
「……そうね。お言葉に甘えてそうさせていただくわ。」
次第に強くなって行く雪を見て、帰ることに決めたようだ。ドロシーも退勤して、ますます静かになった。書類を書くペンの音が執務室に響く。
私は知っている。アリスターがサリーにお熱(古い)だということを。もちろんドロシーも知っている。サリー本人も気付いてる。
サリーはメラク侯爵家の分家筋の養女。アリスターは次代の当主夫人となるドロシーの前では大っぴらに口説けないらしい。
なので、アリスター的にはドロシーがいない方が好都合なのだ。やることが狡い。それがみんなにバレてないと思ってるところも、なまじ顔がいいだけにちとダサい。
「はあ〜〜〜。」
キュッキュッキュッ。いや、やめとこ。消そ消そ。
「それは何かのまじないですか?」
うお!見られてた!思い切り日本語で書いてたよ!
これねー。まじない、の一種になるんだろうか。
「異界の文字でしょうか?」
「そうよ。カタカナというの。こちらの世界の名前は漢字で表せないから、そういうときに使う文字なのよ。」
「はあ。漢字にひらがな、更にカタカナですか。難解ですね。」
「そうね。でも、ひらがなとカタカナは表音文字だから覚えるのも簡単よ。」
「こちらは何と書いたのです?」
「……教えない。」
「この三角と棒の図形と、上のハートマーク?ですか?これはどのような意味が?」
「これは相合傘と言って、男女二人が一緒の傘に入ってるところよ。恋人になりたい人の名前を書いたり、恋人同士が長く続くようにとかの願いを込めて書いたりする、らしいわ。」
知らんけど!こんなモン、前世でも片手で数えられるほどしか書いたことないわ!
「あ!なら、セレンの王太子殿下とヴィオラ様の名前が書かれているのですね!」
「違うわよ!文字数がどう見てもおかしいでしょうが!」
「ですが、頻りに外を眺めているのは、アレクサンドロス殿下のご来訪を待ち侘びてらっしゃるからではないのですか?」
「違うってば!空飛ぶトナカイを見たいだけよ!」
そうなのだ。今日はアレクが編入試験を受けに来る日。雪の降る中、トナカイ親子に乗って来るんだよ。
蹄鉄に風の魔石を打ち込んで、パルみたいに空を駆けるように仕込んだらしい。
十二月二十四日。何でこんな時に来るんだよ。年明けでいいじゃん。プレゼント直接渡せるからいいけどさ。しかも、明日が誕生日!よく来るわ!
朝イチで出ると言っていたので、そろそろ着く頃だと思う。王宮の前庭に降りて来る予定。執務室の窓からそれを待ってる。
クリスマスイブだからね!やっぱりトナカイでしょ!
幸い風は強くない。ただ、雪がボタボタと降っているだけだ。粉雪なら風情もあるというものを。
「あれではありませんか?」
ジェフリーが西の空を指差す。真っ白な景色の中に、大きな白い塊が近付いてくる。ほとんど背景に同化してますけど。
「下に降りますか?」
「そうね。」
というわけで、コートを羽織り、出迎えに正面玄関へ移動。お父様も出て来ていた。足元に行くとナチュラルに抱っこ。すぐにトナカイ親子が前庭に降りて来た。
おお!久しぶりに見るトナカイ親子はかなり大きい。アルテミスお母さんまで全身真っ白だ。冬毛?と思ったら、雪が張り付いてるだけだった。
ヘラクレスも大きくなったなぁ。ツノは確かにヒョロヒョロと頼りなげだけど。荷下ろしも済まぬ間にブルブルと身体を震わせる。うわっぷ!雪が飛んできた。
「ご無沙汰しております、ジョージ様。この度はお世話になります。ヴィー、久しぶりだな。」
「いらっしゃい、アレク。こんな時期に呼んでしまって済まないね。五日間、我が家だと思って過ごしてくれ。」
「久しぶり。雪まみれじゃない。寒くなかった?」
「鳳凰石の懐炉と防御壁のお陰でそれほどでもないさ。ん?少し大きくなったか?」
スッと私の頭に伸びて来たアレクの手を、サッとお父様は身体を逸らして躱した。
「断りもなくレディに触れるのはマナー違反だよ、アレク。」
「失礼致しました。まだ幼い子どもなので、つい。」
「ふうん、そう。私の娘は小さくとも立派なレディだけどね。」
「もう、お父様、やめてくださいまし。親バカもほどほどになさって。アレク、もう中に入って温まって。荷下ろしはうちの騎士がするから。ヘクトルも。」
「お気遣いありがとうございます、ヴィオラ様。しかしながら、アルテミスとヘラクレスの借宿までは私が同行します故、ウチの殿下をお願い致します。」
「そう?」
「ヘクトルは大丈夫だろう。さ、着替えておいで。昼食を一緒に摂ろう。母上も君が来るのを心待ちにしているよ。」
「はっ。恐れ入ります。」
アレクは四泊五日、王宮に泊まって、試験を受けたり、寮を見学したりするそうな。学院ももう休みに入ってるからね。今のうちにということで。
「アウルムの王宮では子どもも共に食事をするのですか?」
「私たちはね。家族はなるべく一緒に食事をした方がいいとヴィオが言うからな。」
「はあ。」
正式な食堂ではなくサロンにいる。食卓に着いてるのはお父様、お母様、お祖母様、私、アーサー。ヘクトルは別室で食べるらしい。
「このかたも、あにうえですか?」
「まあ。」
「ふふ。」
「私は兄上ではない。君の姉の友人だ。」
「お友だちなのよ。」
「あにうえでないなら、あそべませんか。」
「遊べるぞ。アレク、後でアーサーと遊んでやってくれ。従兄が帰ってから、男同士で遊びたがってな。寂しいらしい。」
「承知しました。」
食事会は和やかに済み、アレクは子ども部屋でアーサーの相手。試験勉強しなくていいの?って聞いたら、馬鹿にするなと言われた。自信満々だな。
私は執務室に戻って、ジェフリー先生の元、魔法陣の勉強。
「魔法陣は真円の中に描かれます。仕組みが分かれば簡単です。魔力を通さねばなりませんので、こちらの魔石を砕いた専用のインクを使用します。紙でも木の板でも、インクが滲まないものなら何でも大丈夫です。転移陣や召喚陣になると、釉薬で描いたものを床にタイルのように嵌め込んで、隙間を純魔石や聖石のタイルで埋め込みます。」
ふむふむ。線は回路みたいな物か。プログラムを書き込むのね。
「基本の魔法陣は三重円です。中央に五芒星。大きさによっては八芒星などの一筆書きが出来る星形多角形を使用します。これは魔力が全体に素早くバランス良く行き渡るためです。その時の角度もきちんと当分しなければ、上手く発動しません。」
ふんふん。その辺の計算程度ならお任せあれ!
「そして、円と円の隙間を余すことなく文字を埋めていきます。物を作るなら重量、質量、素材の配合、熱量、その他必要な要素を書き込んでいきます。」
設計図も兼ねてるのか。3Dプリンターみたいな感じかな?
「例えば、レンガですと、重量、質量、サイズ、素材の配合、人の手で作る時の熱量、そういったものを記入していきます。複数を同時に作ることも、指定をすれば可能です。」
へえ、そうなんだ。機械いらずだね。
「もちろん、素材自体は別途用意しなければなりません。魔法も魔法陣も共通して言えることは、正体の分からぬ物、知らぬ物は作れないということ、命に作用は出来ないということです。」
「命に作用?」
「生物を作り出したり、死んだ者を生き返らせたりすることですよ。肉塊は出来ても、決定的に足りない何かがあるのです。」
魂の重さは何gとかなんかそういうの、あったよな。そういうことなんだろうか。私も転生者の端くれ。そういうことなら納得出来る。魔法も科学も万能じゃないってことだな。
向かい合わせに座っているジェフリーは教科書をパラパラとめくりながら講義を続ける。
「あとは、そうですね。そちらの髪飾りの魔法陣。装飾が施されているので分かりづらいようにはなっておりますが、反射効果のあるもので、実際の魔法陣はこのようになっております。前の項目は単純な防御です。違いがお分かりになりますか?」
「防御はエネルギーを相殺しているけど、反射はエネルギーも利用しているのね。」
「左様でございます。今は護身用の護符といえばほとんどこちらが使われておりますね。ヴィオラ様の護符は聖金を利用しているので、反射の攻撃がどの程度の威力になるか分かりませんが、基本的に狙われるのは頭と、そして心臓です。今でしたら上半身はその髪飾りで守ることも出来ましょうが、いずれ大きくおなりになった時には上半身に付けられるブローチかネックレスでお仕立てになると宜しいでしょう。」
「そうなのね。教えてくれてありがとう。覚えておくわ。」
「王家には代々伝わる護符も御座いますが、恐らく今回全てを聖金で作り替えることとなりましょう。ヴィオラ様は護衛騎士も付きますし魔力が豊富でいらっしゃいますから、一度反射を受けたら直ぐに護符の魔石へ触れて魔力を貯めても宜しいかと存じます。」
「なら簡単ね。魔力を頭から流し込めばいいのだから。」
「お手で触れずに魔力定着をするということですか?」
「そうよ。そうすれば手が空くじゃない。」
「それはそうですが……普通はそのようなことは出来ませんので。」
出た、苦笑。御技は全身から飛ばしたりするから、私にはそれくらいチョチョイのチョイだよ。
「では、大まかな説明はこれくらいにして、基礎から参りましょう。」
「はい、先生。」
ジェフリーはまたもや苦笑いして、ヴィオラ様に先生などと呼ばれるのは恐れ多いですね、だって!
アリスターなんか、気分がいいですねって言ったんだよ!さすがに婚約者持ちは違うね!
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