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168 悪役令嬢アーテルに生まれて

トコちゃん今昔物語。


お楽しみいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

 今日も朝が来た。目が覚める度に絶望感に襲われる。


 夢だった。夢じゃなかった。毎日その繰り返し。


 大分見慣れて来た天井も、そろそろサヨナラかもしれない。母が迎えに来たから。


 今日も夢の中で、私はアーテル・ステラだった。アウルム王国の公女。なによそれ。


 現実では、もう四十代も半ばだろう。何年もこの夢を見続けている。信じられない。


 大学の友人で、ゲームクリエイターになったヤツがいた。このゲームの一作目。アイツが初めて企画が通ったと小躍りしていたのを覚えてる。

 ゴリゴリに男くさいヤツなのに、乙女ゲームって何?


 夢で見た。ピンと来た。コレだって思った。


 全ての返事をあっそうで済ませたら物凄く怒られた。楽曲提供を依頼されて、よく分からないまま勢いに押されてOKしてしまった。ゲーム音楽なんてよく分からないのに。

 でも、お陰で仕事の幅が広がった。その後も舞台音楽とかの仕事も増えて、家にいる時間が増えた。


 結婚して、子どもを産んだばかりの私には好都合だった。


 彼には行方不明の妹がいて、一作目の主人公は彼の妹がモデルだ。夢で見た異世界を旅する妹の話をアレンジしてゲームにしたらしい。

 彼はアイツが逆ハーなんて想像つかないけどな!と笑っていた。失踪から七年。区切りの年だった。


 夢の中の私は友人の妹と同じ世界にいる。本人は見当たらない。初代聖女が、多分、その子のことなんだと思う。資料として渡されたストーリーや設定表、イラストは朧げながらに覚えている。そんな話だった気がする。


 現実の私は作曲家だ。とうの昔に自分で歌うことをやめた。仕事として歌うのはデモを吹き込むときくらいだ。


 二人目を妊娠したタイミングで所属事務所からも独立して、個人事務所を設立した。夫が全て手配してくれて、社長も任せた。それが不味かった。

 夫は仕事関係で知り合った人。一介の会社員だった夫は、手にした金額の多さですぐに狂ってしまった。暮らしていけるだけのお金は渡されてたし、こういうとき、どうすればいいのか私には分からなかった。数年後、家族を知らないのに家族を作ってしまったツケが来た。


 知らないふりをしてる間は良かった。私が稼いだお金を他の女に使われても、夫がいてくれるならそれで良かった。子どもには両親が揃っている方がいい。そう本気で思っていた。

 本当は夫のことも好きじゃなかったのかもしれない。結婚してくれるっていうから、結婚しただけなのかもしれない。


 ある時、弁護士になった友人に知られるところになった。あれよあれよという間に離婚に向けて全てが整えられていた。

 夫は知らぬうちに女を家まで連れ込んでいた。それを子どもたちが、よりによって一番見てはいけない場面を見てしまったらしい。娘がどこも悪くないのに吐くようになったのはそれからだ。


 まだ中学生だった長男から相談を受けた友人が探偵まで自費で雇って証拠を揃えてくれた。父親の不貞に薄々勘づいていたらしい。あの子は本当にしっかりしている。いや、私が頼りないだけか。


 私は両親が揃っている家族に憧れ過ぎていた。どこの家庭も大なり小なり何かしらあるものだよ、と弁護士の友人は笑っていた。


 私の大学の友人はその二人だけだ。中学から通っていた女子校では友人がいたけど、大学ではその二人しか出来なかった。それだけ、丹羽瞳子の名前は一人歩きしていた。

 男を侍らせて楽しんでいると陰口を言われたこともあるけれど、貴重な友人を手放す気にはなれなかった。


 夫には離婚を渋られたが、個人事務所の社長も降りてもらい、私はシングルマザーになった。


 夢の中では年数が経過しているけれど、夢で見る夢の長男は大学生。誕生日は迎えたので成人している。成人式までには目覚めたい。下の娘はまだ高校生になったばかりの十五歳。泣き虫な娘なのでとても心配だ。


 私はまだ病院のベッドで眠っているんだ。そう思いたかった。なのに、夢の中の私は、夢から覚めても夢の中だった。次第にその絶望にも慣れていった。

 死にでもすれば戻れるかと思ったが、意外な人物に出会って、その方法を諦めることにした。


 夢の私の祖母、北原香澄。初めてその名前を聞いた時、ドキリと心臓が脈打った。

 私のファンで、ライブの帰りにある日突然いなくなった少女。マスコミにコメントを求められて、事務所を通して、マスコミと、ご実家に直筆コメントと手紙を出した記憶がある。その後どうなったのかは記憶にない。


 本当にここは異世界なのか。この世界で、二度目の大きな絶望だった。


 私は早く目が覚めたくて、この夢から逃れる方法を知りたくて、馬鹿正直に話してしまった。今思えば、最初から香澄にだけ話せば良かったのに。夢を見出して一年。焦っていたのだと思う。

 夢の中の母は荒れ狂い、私を化け物と罵った。最後に観ていた舞台の私は、私とはまるで違う人間だった。取り憑いたと言われても否定出来ない。申し訳なさでいっぱいだった。


 二歳の春。ゲームの舞台となる王都へ行くことになった。婚約者が決まったと香澄から伝えられた。眉尻を下げながら、ゲームの話が真実であることをようやく納得したようだった。苦い顔をしていた。


 少し前から香澄の片足が動かなくなった。身を守るために教えてもらった御技も役に立たない。香澄がいなくなってしまえば、この世界とあちらの世界をつなぐ手がかりが完全に失われてしまう。

 王都行きは即決だった。いずれ私を断罪する婚約者。顔くらいは拝んでおこう。本題は、香澄の足のことだ。治って欲しい。初めて、子どもたち以外のことで心から願った。


「ねえ、アーテル。あなた、ぜんせのきおくがあったりしない?」


 ヴィオラのあの言葉は、私が今まで避けていた事実を突きつけた。私は、丹羽瞳子は、死んだんだ。あの劇場で、死んだんだ。死んで、この世界に転生して来た。馬鹿げてるけど、どうしようもない事実だった。

 その前にスカーレットとオリヴィアが現実世界でしか知り得ない言葉を言っているのを聞いて、感情がドンドン冷えていき、反比例するように心臓が早鐘を打っていた。


「ございます。いつお分かりになりましたか?」


 精一杯の返しだった。ポーカーフェイスは得意だ。炯眼でも使われない限り、私の動揺は彼女に伝わることはないだろう。


 ヴィオラはおちゃらけているけれど、人をよく見ている。職業病なのもあるのだろう。私とは真逆のタイプだ。私は余り他人に興味はない。懐に入れた人間にはトコトン甘いのにな、と友人たちによく言われていたことを思い出す。

 ヴィオラは頭もいい。色々なことを知っている。実行力もある。なのに、どこか抜けている。やらかさないか傍で見張ってないといけないという使命感がいつの間にか芽生えていた。


 ヴィオラと出会ってから、前世のことを想う暇も与えないほど、目まぐるしく日々が過ぎていく。婚約者になるアーサーも、ヴィオラが周囲に気を配って来たからか、とてもいい子だ。恋心は芽生えないけれど、いつか来るヒロインを幸せに出来るように導いてあげたい。


 ヴィオラは異界の乙女を必要としない世界を作りたいと言っている。ヴィオラといると驚きの連続で、ヒロインが来なくても、断罪されてもされなくても、どちらでも良くなって来た。ヴィオラが作る未来が見たいと思うようになった。ある意味、私の切実な願い。


 ヒロインに関することでひとつだけ、みんなに言ってないことがある。裏設定というか、酒の場の話だから、私にも確信はない。

 そして、私は、そうなって欲しくないと思っている。なのに、どこかで、そうなればいいとも思っている。

 だから、これからも、口にすることはないだろう。


 三歳を迎えた秋。


 私を遠ざけて、二年近く顔を合わせていなかった母に会った。無視でもされるかと思いきや、家に帰って来いと言う。

 虐待などの心配はしていない。万が一そうなったとしても、魔力量を考えても、戦闘訓練を受けてないけれど、逃げ切れる自信はある。


 彼女の微笑みはいつも空虚だ。そうさせたのは私だ。同じ子を持つ親なのに、配慮が出来なかった。それは私の心にしこりを作った。

 十月十日、腹の中で育つ我が子の誕生を楽しみにしていたはずなのに。結婚から十年。ようやく出来た子だと聞いた。罪悪感で目を逸らしたくなる。


 そうは言っても、私は領地に帰りたくない。香澄の不調の原因もまだ分からない。異界の乙女は七十で命が尽きるといっても、症状が出るのが早過ぎる。

 ヴィオラのことも心配だ。最近の彼女は働きすぎだ。アーサーを立派な王様にするとか言いながら、アーサーと関わる時間も取れないほどに仕事に傾注している。私が代わりにアーサーの面倒を見てるくらいなのに。

 私がいなくなれば、アーサーも遊び相手がいなくなってさぞつまらないだろう。無邪気な笑顔は、前世の子どもたちの小さい頃を思い出す。このまま健やかに育っていくところを見ていたい気持ちもある。


「ヴィオラと話をして来たわ。」


「何故です。」


「貴女がヴィオラと離れたくないと言うからじゃない。」


「そのような言い方をした覚えはございませんが。」


 何と返せばいいかわからなくて、つい冷たい物言いになってしまう。もうこの人を傷つけたくないのに。


「でも、あちらはそんなに貴女のことを思ってないのかしら。貴女の意思に任せます、ですって!帰ることになっても、永遠の別れではないのだから、だそうよ。残念ねえ、アーテル。気持ちは片道のようよ。」


 一瞬、動揺が顔に出てしまった。この人はそういうのを見逃さない。


「化け物は化け物同士、と思っていたのだけど、そういうわけではないのねぇ。ごめんなさいね、アーテル。本当の化け物は他にいたようよ。」


 他にどう答えろというのだ。そう答えるしかないような話に持っていったのは、きっとこの人だ。頭では分かっている。気持ちが追いつかない。勝手な思い込みなのも分かってる。なのに。


 ヴィオラに裏切られた気がした。

初代聖女の謎。ひとつ明らかになりました。


お読みいただきありがとうございました!

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