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15 悪役令嬢はアイドル

今回はすみれの寝言のようなものです。

よろしくお付き合いくださいませ。

 アンとモリーが部屋に入って来たら私がバンザイしてるもんだから、びっくりして固まってる。これがマーガレットならニッコリ笑って後でお説教コースだけど、この二人なら大丈夫!まだ大丈夫、多分!

 そういえば、子供部屋だと入室していいかどうかとか聞かれないんだった!油断してた!


 とりあえず、何事もないかのように姿勢を正す。今更な感じだけど……。


「おかえりなさい、アン。モリー、アーサーはよいこでねたかしら?」


「は、はい。お疲れだったのか、すぐお眠りになりましたよ。みなさまもそろそろおやすみになってくださいませ。」


「そうね、そうするわ。こんやはおやすみのおはなしはいらないわ。」


「かしこまりました。では、お支度のお手伝いを致します。」


 私たちは順番に抱っこされて、ベッドへ降ろされる。二歳児といえど、ベッドの(へり)からよじ登るのは許されない。

 私とアーテルが私のベッド、スカーレットとオリヴィアがアーサーのベッドを使う。


「おやすみなさいませ。」


 アンとモリーが退室していく。もうひとつのベッドから、どちらかのあくびが聞こえた。今日は幼児の体力でかなり頑張ったもん、疲れたよね。


「はなしはいろいろあるけれど、もうとにかくねましょう?おやすみなさい。」


「はい、おやすみなさい。」


「おやすみ、なさい。」


「おやすみ。」


 アーテルの声だけが、はっきりと、だけど優しく響く。お母さんみたいだな。お母さんだったんだろうけど。

 私がじっとアーテルを見ているので、また睨まれた。向こうのベッドからはもう二つの寝息が聞こえる。

 アーテルは気を遣って小声で話しかけてきた。


「何よ。なんか言いたいことでもあるの?」


「なんか、おかあさんみたいだなって。」


「あなたみたいな大きな子はいなかったわよ。」


「トコちゃん。」


「前世の名前は呼ばない約束じゃなかったの?」


「いまだけ。ねえ、トコちゃん。わたし、トコちゃんのこと、すきだったよ。アイドルのときも、じぶんのうたうたってたときも。あのじこのひにおもいだしたけど、わたし、こどものころからトコちゃんのこと、すきだった。トコちゃんのうた、またききたい。」


「……そのうちね。」


「ほんと?やくそくして。ゆびきりしよ?」


「子どもっぽいわよ。精神年齢、身体に引っ張られてるんじゃないの?」


「いいでしょ?こっちにゆびきりなんてふうしゅう、ないもん。たまには、そういうことしたいの。わすれたくないから。」


 アーテル、いや、トコちゃんはこっちを向いて小指を立てた手を出した。私はその小さな指に、やっぱり今でも見慣れない、自分の小さな指を絡めた。


「ゆーびきーりげんまん、うーそついたらはーりせんぼんのーます、ゆびきった。」


 二人で歌って、もう一度おやすみを言い合い、眠りについた。その夜、私は前世の子どもの頃の夢を見た。


 丹羽瞳子、トコちゃんは元々アイドルグループに所属していた一人だった。母親は有名な脚本家、離婚してるけど、父親は大御所俳優。綺麗な顔で、アイドルっぽくなく静かに笑う。そんな子だった。


 14歳でデビューして、アイドルグループの中ではトップの人気ではないけど、グループの中では一番歌が上手いと評判だった。


 7歳だった私は、テレビの中で華やかな衣装で踊るアイドルに憧れた。トコちゃんは、私にとってその中の一人だった。一番好きだったのはセンターにいて人好きのする笑顔が可愛いアイドルらしいメンバーの子。キラキラして見えた。あんな風になりたかった。


 それでも、トコちゃんに目がいくことがあった。お人形みたいに綺麗で、そこにいるだけで見る者がハッとするような凛々しさがあった。前世の母が、この子はアイドルより女優さんの方が向いてるんじゃない?なんて言ってたな。


 数年後、トコちゃんは歌唱力が認められてか、グループには所属しつつ、ソロデビューした。CMに起用されて、結構なヒット曲になったので、流行りに乗って私もCDを買った。でも、私はカップリング曲の方が好きになった。よく見たら、作詞作曲丹羽瞳子と書いてあった。


 それから何曲か出した後、トコちゃんは音楽一本でやっていきたい、自分の力を試したいと言って、アイドルグループを卒業した。トコちゃん18歳、私11歳の頃だった。

 当時は中学受験の塾通いで忙しくてあんまりテレビを見てなかったし、アイドルにはもう興味をなくしてたから、ニュースを聞いても、へえ、そうなんだ、くらいにしか思わなかった。だけど、好きだった曲の入ったCDを引っ張り出してまたトコちゃんの歌を聴くようになった。


 トコちゃんは大学に通いながら、アーティストとして活動を始めた。すぐに化粧品のCMタイアップの仕事があって、自身が出演したCMが話題を呼んだ。

 腰まであった黒髪をバッサリと切り、ショートボブになっていた。エレキギターを手に黒革のライダースーツを纏って、アイドルとは違う、野生的で挑戦的な顔をしていた。

 あの静かに笑っていた大人しいトコちゃんはどこへ行ったのか。それともこちらが本性なのか。世間には驚きを持って迎えられた。


 あまりの変わりように賛否両論ありながらも、トコちゃんはトップアーティストになった。アイドルとは打って変わったロックミュージックで、女の子のファンが増えたと聞いた。

 私も、詳しく活動を追うわけじゃないけど、アルバムが出ればそれを買って聴いていた。力強いメッセージに、励まされる気がした。


 トコちゃんは大学を卒業と同時に結婚した。子どもが出来たらしい。活動のペースを落とすという発表があった。私はそれを聞いて、トコちゃんは14歳から働き詰めだっただろうから少しは休んでほしいなと思った。

 しばらくして、トコちゃんはまたちょくちょく曲を出して音楽番組に出るようになった。最初の仕事はスポーツ番組のテーマソングで応援歌だった。私はちょうど大学受験を控えていた。また、トコちゃんに励まされたな、と思った。


 無事に第一志望の大学に合格して、あれは二年生か三年生の頃かな。トコちゃんが、二人目を妊娠したのか出産したのか、どちらだか忘れたけど、これを機に表に出るのはやめて裏方に回ります、という発表があった。引退記念のライブツアーもなかった。

 最後に一度くらい、トコちゃんの歌を生で聴きたかったな。少し名残惜しかった。


 トコちゃん。私、ホントにトコちゃんが好きだったよ。一番好きだったわけじゃないけど、いつも好きだったわけじゃないけど、ちゃんとトコちゃんのこと、好きだったよ。トコちゃんのホントの笑顔が見たいよ。歌い終わったときの、あの笑顔がまた見たいよ。


 ねえ、歌を聴かせてよ。今はもう、トコちゃんじゃないけど、トコちゃんの声じゃなくても、トコちゃんの歌が聴きたいよ。そしたら、きっと、また頑張れる。トコちゃんも、また、笑ってくれるよね?

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