10 聖女の御技
今回はちょっと長めです。よろしくお願いします。
「二人とも。大人の話を聞いているだけではつまらないだろうから、あちらでみんなと遊んでいらっしゃい。」
大事な話があるからあっちへ行けってことですね、お母様。把握、把握。
私はカスミ様の侍女に膝から下ろしてもらい(自分で降りれるけど、お姫様としてはみっともないので)、アーテルに声をかけた。
「アーテル、いっしょにまいりましょ。」
アーテルはカスミ様を見た。微笑まれただけだったが、アーテルは少し嫌そうな顔をした。
「……ご一緒いたします。」
アーテルもカスミ様の侍女に椅子から下ろしてもらう。この侍女の方、ちょっとお年を召してるけど力持ちね。抱き上げに謎の安定感があるわ。
「あら、先程みたいに手をつないで行かないの?」
カスミ様、なんてことをおっしゃるの!?ああ、ホラ、アーテルの目が、ツンドラ気候!!
「カスミ様。」
アーテルがカスミ様を睨んだ。私の方がハラハラするよ!
「アーテル、外でも家のように呼んでよろしいのよ。女の子たちはみなわたくしの孫娘なんですもの。改まる必要はないわ。」
この二人、家ではどんな感じなんだろ?アーテルがこれで通常運転なら、手はかからないが子どもらしくない。しかもカスミ様はわざとアーテルをからかっているようにも思える。
アーテルがため息をついた。これじゃ、どっちが大人なのやら。聖女様は案外いたずらがお好きなのかしら?
「分かりましたわ、お祖母様。行って参ります。」
おっ、アーテルから手をつないできた。あきらめたのね。私もあきらめたから、素直に二人でお手々つないで仲良く行こうね。
背後から大人たちの会話が聞こえる。うーん、気まずい。
「ごめんなさいねぇ、気難しい子で。」
「そんな!とてもしっかりした、賢いお嬢様ではありませんか。」
「カスミ様があのように振る舞われるところを初めて見ましたわ!仲がよろしくていらっしゃるようで安心いたしました。」
「カスミ様がアーテル様を可愛がっていらっしゃるのがよく分かりますわ。」
「あんなにお小さくていらっしゃるのに、素晴らしい才能をお持ちで、うらやましい限りですわ。わたくしの子と来たら……」
ママ友談義が始まったようだ。アーテルは渋面になっている。もう淑女の笑みはいいのかしら?家族には反抗期なの?
「あなた、ほめられてるわね。」
「そのようですね。」
「うれしくないの?」
「お世辞に舞い上がるような子どもではございません。」
うーん、お世辞ではないと思うけど。精神年齢が違うことなんて大人たちは知らないんだし。まあ、いっか。
「あちらにいったらどうする?」
「侍女から、アーサー殿下と交流するように言われました。」
椅子から降ろしてもらった時に何か話してるようだったけど、そういうことか。
「ならば、わたくしからおとうとをしょうかいするわね。そのほうがしぜんでしょう?」
託児所と化したサロンの一角では、スカーレットがジョエルに本を読んであげていて、オリヴィアがバーナードとエドワードが騎士の人形を取り合いしているのを仲裁している。ウン、スカーレット、ブレないな。オリヴィアは特定の推しがいないのかな?
アーサーは一人で木馬に乗って揺られている。あれ?ウチの弟、大丈夫かしら。お友だち、作ってあげたいのに!
「お願い致します。」
アーテルもアーサーを見ている。もう睨んではないけれど、じっと見つめている。見過ぎてウチの弟に穴を開けないでね。
「アーサー。」
「ゔぃお!」
アーサーに声をかけると笑顔で振り向いた。天使!でも、木馬から降りる気はないらしい。
「ゔぃお、おうまさんのる?」
「のらないわ。アーサー、わたくしたちとおはなししましょう?」
「あーしゃー、おうまさんがいい!」
「ヴィオラ様、無理強いはいけません。アーサー殿下、お好きなようになさってください。」
「……?」
お顔コテン!やっぱり天使!
アーテル、ゴメン。ウチの弟、難しい話し方はよく分かんないのよ。
「アーサー殿下はおうまさんで遊んでいてくださいな。」
「うん!」
アーテルがアーサーに伝わりやすいように言い換えてくれた。さすがに子どもの扱いは分かっているようだ。
「失敗致しました。ヴィオラ様とお話していたので、同じようにアーサー殿下にお話してしまいましたわ。本当に、普通の子どもでいらっしゃるのね。」
そらそうでしょうよ。異世界からの転生者なんてそうゴロゴロと転がってないよ。私たちが奇跡なのよ。
「アーサーはいいこよ。ふつうの、にさいの、おとこのこなの。いじめないでね?」
「そのようなことは致しません。」
「それならいいの。わたくしは、アーサーがだいじなの。おねがいね。」
「……かしこまりました。肝に銘じておきます。」
おもちゃをバーナードに譲ったらしいエドワードがトテトテとこっちにやって来た。この子がいずれ腹黒になるとは思えないわ。
「おうまさんかーしーて!」
今度は木馬に目をつけたのか。アーサーはちゃんと譲ってあげられるかな〜?
「おうまさん、かー!しー!て!」
アーサーが返事をしないモンだから、エドワードは強めに繰り返した。聞こえてないと思ったのかな?アーテルを見ると、その様子をじっと見ている。ちょっと怖い。
「お!うま、さん!かー!しー!てっ!」
うわわ!エドワードったら、アーサーのガン無視に待ちきれず、無理矢理乗り出したよ!アーサーもそれを拒否して無言でグイグイとエドワードの胸を押して降ろそうとしてる。二人ともそんなことしたら危ない!
絨毯の上で座って見てたんだけど、止めようとして立ち上がったら、アーテルに腕をつかまれた。ええー!あんなにもみくちゃしてたら、木馬がひっくり返って怪我しちゃうよ!
「いたーっ!ウワーン!!」
アーテルの方を見ていたから気付かなかった!アーサーがエドワードの腕を噛んだみたい!しつこくされて嫌だったのかな!?
大人たちも立ち上がって、みんなこちらへやって来た。エドワードの母親であるカエルラ侯爵夫人が駆け寄る。
「エド、どうしたの?」
「おうでいたいーッ!このこかんだ!いたいよーッ!!」
「まあ!殿下が!?」
カエルラ侯爵夫人はエドワードの怪我の犯人がアーサーと知って困惑している。謝れ!なんて言えないよね、王族に。やっぱり無理にでも止めれば良かった!
「アーサー、エドワードに何をしたの?」
「おうま、あーしゃーの。いやだったの。」
「それで、噛んでしまったの?」
アーサーがコクリと頷いた。涙目になっている。
「アーサー、嫌だからと言って、相手を噛んではいけないわ。」
「そんな!わたくしの子が無理に木馬に乗ろうとしたのでしょう!殿下は悪くありません!」
ありゃ、カエルラ侯爵夫人、アーサーを庇っちゃったよ。責められなくて気まずいのは分かるけどさ。エドワードがショックを受けて、ますます泣き出した。
「そんなことないわ。アーサーが噛んだのだから、アーサーがいけなかったのよ。エドワード、今、お医者様を呼んでもらったから、お腕を診てもらいましょう。」
お医者様と言ったら安心したのか、エドワードはスンスンと鼻を鳴らしながら頷いた。
「まあ、どうしたの?エドワード、お腕が痛いのね。こちらへいらっしゃい。わたくしが治してあげましょうね。」
カスミ様も車椅子を押してもらって遅れてやって来た。そっか、カスミ様なら聖女の御技で治癒出来るのか!
「恐れ多うございます!カスミ様直々に御技を使っていただくなど!」
カエルラ侯爵夫人は恐縮してしまった。エドワードは怪我が治ると聞いて期待していたからか、がっかりしちゃったよ。
「大したことではないわよ。小さな子が痛い思いをしている方が可哀想よ。」
「そうですが……」
カエルラ侯爵夫人はエドワードを見た。涙がまた溢れて来ている。
「ならば、わたくしが治癒をいたします。」
バッ!と全員がアーテルを見た。そうか、みんなアーテルが聖女の御技を使えることを知らないんだった。私はさっき聞いたばかりだから、反応が薄くなってしまった。
「アーテル様、御技をお使いになるのですか?」
ウィリディス侯爵夫人が驚きを持ってアーテルに質問した。
「修練を始めたばかりなので大きな怪我などは治せませんが、噛み傷や小さな内出血程度でしたらわたくしにも可能です。」
「まあ、なんと素晴らしい……」
ロセウス侯爵夫人が感嘆の声を漏らした。お母様も二人の公爵も同じような表情でアーテルを見ている。
「そうね、アーテル。貴女がエドワードを治しておあげなさい。」
「はい、お祖母様。エドワード様、腕を出していただけますか。」
エドワードは戸惑っていたが、カルエラ侯爵夫人が息子の腕を取って、アーテルの方へと向けた。
「失礼致します。」
アーテルは人差し指と中指を伸ばして、そっとエドワードの怪我に当てた。よく見ると指は少し浮いていて怪我の範囲内を往復している。スキャニングしているみたいね。
「直接怪我に触れます。痛いかもしれませんが、少しの間、我慢くださいませ。」
エドワードはコクンと頷いて唇を噛み締めた。我慢する準備は出来たようだ。
アーテルは今度は掌で怪我を包むように触れた。
「では、始めます。」
そう言って、アーテルは魔力を流し出した。聖女の御技は聖魔法にありがちな白い輝きを持つ。アーテルの掌から光が漏れる。ほう、と大人の嘆息があちこちから聞こえた。
私はアーテルではなく、カスミ様を見た。自慢げな顔でアーテルを見ている。それでいて、これくらい出来て当然と思っているようにも感じた。カスミ様はこれから始まることを知っていて、それを覆すことの出来る力をアーテルに与えたいのかもしれない。そんな気がした。
「終わりました。」
アーテルが手を離すと、エドワードの腕はすっかり綺麗になっていた。再び大人たちの驚きの声が聞こえる。エドワードも、噛まれたところとアーテルの顔をすごい速さで見比べている。
「アーテル様、本当にありがとう存じます!」
カエルラ侯爵夫人がアーテルに礼を言った。アーテルはただ微笑んで、カスミ様のお側へと行ってしまった。
あっ、アーサー!怒涛の展開ですっかり頭からすっぽ抜けてた。
「ウワーン!ウワァーーーン!!!」
アーサーが大声で泣き出した。アーテルを瞠目して見ていた大人たちはハッと我に返る。アーサーはすかさず近寄ったマーガレットに抱き上げられた。私がそばに寄ると、マーガレットはしゃがんで私とアーサーの目線を合わせてくれた。ありがとう、マーガレット。
「アーサー、じぶんがわるいことをしたってわかっているのね?」
マーガレットの胸(めっちゃ豊満)に顔を埋めて、泣き続けるアーサーの頭を撫でてあげた。いい子いい子。
「なら、ちゃんとおともだちにあやまりましょう?」
「ヴィオラ様!」
マーガレットが驚いた顔をして私を見た。ウン、王族は簡単に謝んなっていうアレでしょ?知ってるって。
でもね、ここにいる子どもたちは、一生の付き合いになるわけでしょ?共に国を背負って、その重責を分かち合って、支え合わなきゃいけないでしょ?なら、ここにいる私たちだけでも、せめて、子どもの頃だけでも、平等でいたっていいと思うのよ。
マーガレット、分かって。そんな思いを込めて、マーガレットには言葉でなく微笑みで返した。
「そうね、ヴィオラ。アーサー、エドワードに謝りましょう?お母様も、一緒に謝るわ。」
「妃殿下まで!」
「マーガレット、いいのよ。子どもたちは無礼講と言ったのはわたくしです。でも、悪いことをしたら謝らなくてはね。ね、アーサー。お母様にお顔を見せてちょうだいな。」
お母様は優しくアーサーの背をひと撫でした。自分の子じゃないのにここまで出来るなんて、お母様すごい。頭が下がるわ。私も負けてらんないな!
「わたくしもいっしょにあやまるわ。あぶないのにとめなかったんですもの。わたくしだってわるいのよ。だから、アーサー。おかおをあげて?」
私がそう言うと、アーサーはゆっくりとこちらを向いた。身動ぎしたのでマーガレットがアーサーを降ろすと、アーサーは私の手を取った。信頼されてるって実感するな〜!姉冥利に尽きる!
私はアーサーを誘導して、エドワードの前で止まった。アーサーはまだ俯いている。上手く謝れるといいな。
「アーサー、わたくしとおなじようにいうのよ。」
アーサーに囁くと、小さくだが頷いてくれた。素直だわ。
「エドワード、おけがをさせてごめんなさい。」
私がペコリと頭を下げる。同じようにアーサーも頭を下げた。
「……えどわど、おけっ、ごめん、さい。」
しゃくり上げてるからちゃんとは言えなかったけど、伝わったと思う。顔を上げるとエドワードは数回、目を瞬いて、パァッと明るい笑顔になった。
「いいよ!!」
ずっと頭を下げたままだったアーサーも顔を上げる。安堵したのか、また目尻に涙が溜まっている。私はつないだ手に力を込めた。はぁー、良かった良かった!一件落着!
今日中にもう一話くらいいければいいなと思っております。
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