それをフラグって(ry
◆
「す、すごい……あそこまで追い詰めるなんて」
「まさかここまで上手く行くとは」
作戦を立てたのは俺なのだから、計画通り……と言いたいところなのだが、正直俺も拍子抜けするほどに作戦がハマった。
ユスフは肩を負傷し、魔物の軍勢を前に窮地に陥っている。
仮に切り抜けられたとしても、あれ程の傷を負っていれば、4階層は絶対に抜けられない。その自信があった。
だが、ユスフは回復魔法で傷口を強引に塞ぎ、技能で落ちた身体能力をカバーして応戦してきた。
やはり剣の鋭さは落ちているが、それでもなお魔物達を寄せ付けない強さだ。
グールがあいつに噛みついたとき、取った──そう、思った。だが、なぜか今はそう思えなかった。勝ったなんてとてもじゃないが思えない……気迫のような、鬼気迫るものが、あいつにはある。
「っ!!?」
そんなとき、奴がこちらを見た──目が合った気がした。
「ばかな……」
そんなはずがない。ここは完全な別空間。亜空間とも言える、常人じゃ感知し得ないはずの場所。あいつが感知できるわけがない。なのに────。
背筋がゾッとした。生まれて初めて、恐怖を感じた。
「先程のようなキレはありませんが、それでも凄まじい強さですね」
「……っ」
「………?どうかなさいましたか?」
アスナは気づいていないようだ。俺の錯覚だったのだろうか。しかしあの時の…………獲物を見るようなあの目はなんだったのだ。
……まあいい。そんなことよりも次の手を考えなくては。
「ああ、いや、そうだな。まだ安心はできなさそうだ」
「もう勝ったも同然だと思ってました。ちょっと舐めすぎてましたね」
「窮鼠猫を噛む、火事場の馬鹿力……って言葉もある。あれ程の強者であれば、なおさら油断はできないか」
「ですよねぇ」
……何が足りない。あの理不尽なまでの強さ。追い詰めているはずなのに、素直にそう思えない気迫。
「…………忌々しい」
◇
剣士にとって命とも言えるほど重要な部位などこか?
俺は肩だと思っている。なぜかって? 現に今、肩に傷を負い、いつものように剣が振れなくなってしまっている。そんな状態で大勢の魔物に囲まれている。
「……チッ、これはまずいな」
とりあえず体勢を整えるのが先決か。
「嗚呼、慈悲深き我らが神よ、我に傷を治す力をお与えください。【ヒール】」
荒療治ではあるが、回復魔法で肩の傷を強引に塞ぐ。
(【パワー】【クイック】)
続いて、傷の影響を少しでも和らげるために、身体強化の技能を発動。これでも万全とは言い難いが、まだマシなはずだ。あの程度の魔物なら、これでも充分戦える。
「……くそっ、卑劣な手を使いやがって!」
絶対に許さねぇ。そう恨み言を吐いていると、何もないところからなぜか視線を感じた。
風景に擬態するタイプの魔物かと思い、囲まれている状況にもかかわらず、思わず注視してしまったが、何もなかった。
だと言うのに、なぜか目が離せない。
「ギッ!」
「っ!?はあっ!」
危なかった。何もないところに気を取られて1発もらうところだった。今は目の前の敵に集中しなければ。
なだれ込んでくる魔物たちを斬り倒していると、中にスライムが混じっていることに気がついた。
なるほど、ここのダンジョンマスターは本当に良く考えている。
スライムは物理攻撃が恐ろしいほどに効かない。上手く核を捉えないと、魔法以外では倒せない。
大抵の冒険者は勝てないだろう。ほとんどの冒険者は攻撃魔法を使えない。
魔法を覚えるためには、魔導書を買って詠唱を覚える必要がある。
しかし、魔導書は物凄く高価な代物だ。上位の冒険者でも容易には買えない。
魔導書を買う以外には、魔導師の家系か、魔導書より高い金を払って魔導師に弟子入りするくらいしか手段がないのだ。
だが、そこまで金に余裕があるわけでもなかったし、剣一筋だった俺に魔法なんて必要なかった。
……が、それはつい最近までの話だ。とある人物によって、剣術とも組み合わせることができる魔法が開発されたのだ。
「感謝するぜ、マティウスさんよ……炎の精霊よ、我が呼びかけに応え、我が剣に炎の力を与え給え、【魔法付与:炎】」
長い間冒険者を続けていて、危険だが報酬の良い依頼も積極的に受けてこつこつと貯金をしていた俺は、最近ようやく『魔法付与』の魔導書を買うことができたのだ。
『魔法付与』は、最近体系が確立された、攻撃魔法でも補助魔法でも妨害魔法でもない、第4の魔法──付与魔法に分類される。
文字通り何かに魔法を付与する魔法。つまり、剣にだって。剣士等の物理職でも魔法に手を出しやすくなる、革命的な魔法なのだ。
まだ『炎』と『氷』しか覚えられていないが、今は十分だ。
剣身が熱を帯び、炎を纏っていく。
そのままスライムを斬ると、火が燃え移った。
スライムはじたばたと身をよじるように暴れていたが、やがて燃え尽きた。
……やはり、魔法は便利だな。
スライム単体なら余裕なのだが、大勢の魔物を捌きながらスライムに対処するのはやはり厳しかった。
そして───
「喰らえっ!【灼炎飛剣斬】!!」
『魔法付与』に使えることになったことで、編み出した必殺技、【灼炎飛剣斬】。
炎を纏った斬撃が宙を舞い、その直線上にいる魔物たちを焼き斬り、瞬く間に1方面を壊滅させた。
「はあっ、はあっ、ッ!?ぐっ…………」
肩が痛む。
やはり今の傷を強引に塞いでいる状態じゃ、あまり乱発していい技じゃなさそうだ。
「【ヒール】」
だが、まだ魔物は沢山いる。多少無理してでも、この場を切り抜けなくちゃいけねぇ。
そう言い聞かせ、俺は痛みを訴え、悲鳴を上げる身体に鞭打ち、周囲の魔物を薙ぎ倒して行った。
◆◆
圧倒的だ。
あれ程の傷を負っていてなお、ユスフの剣に衰えは無い。
寧ろ、より鋭くなっているように感じる。
今も、スライムに気づくやいなや、魔法で炎を剣に纏わせ、あっさりと始末していた。
「アスナ………執念っていうものは、凄まじいものなんだな」
「はい……そう、ですね」
「何があいつを突き動かすのだろう」
「………そう、ですね………………彼にとって、それほどまでに、先日の冒険者が大切な存在だったのでしょう。家族と同等…いや、もしかするとそれ以上に…………自分の、半身とも呼べるような人だったのではないでしょうか」
「……そうか」
俺なら、こうなった時点でもう撤退している。それとも、俺もあいつのような状況になれば………あの気持ちが分かるのだろうか。俺にはその、自分の半身とも呼べるような大切な存在はいない。だから、今どれだけ考えたって分かるはずもない。だが──
『喰らえっ!【灼炎飛剣斬】!!』
「なっ………」
「嘘…でしょ……」
……なんだ今のは。
炎を纏った斬撃だと?それが空を飛び、その直線上にいる魔物達は悉くが焼き斬られていた。
「ど、どうしましょう!あんなのを隠し持ってたなんて……!あんな技があるのなら、どんな策があってもまず魔物達が耐えられません!」
「いや、待て。あいつの様子をよく見るんだ。幸いなことに、今のあいつの状態では痛みが伴うようだ。まだ勝機はあるぞ」
ユスフは回復魔法で痛みを抑え、再び魔物たちを薙ぎ倒して行く。だが傷を気にしているのか、先程よりも少し動きが鈍ったような気がする。
「あれほどの傷を負ってなお、死んだ者のために戦えるのか」
「………」
アスナはユスフを見つめて何か考え込んでいる、と言うより物思いに耽っているように見える。あいつに何か思うところがあるのだろうか………って、え?
「アスナ?今、泣いて──」
「──欠伸をしちゃっただけです。こんな時なのによくありませんね」
「……そう、だな。こんな時に欠伸をするなんて、気が抜けすぎだぞ。まだ勝敗は分からない。気を引き締め直せ」
「…………はい。すみません」
どうやら言いたくないことのようだ。考えてみれば、俺とアスナは出会ってまだひと月どころか半月も経っていなかった。話せないことくらい普通にあるだろう。あいつから話してくれるまでは、何も聞かないでおこう。
……
…………
………………
それから10分ほど経った頃。
第3階層の魔物は、全滅した。
あれぇ………?どうしてこうなった
ユスフさん第4階層まで行く予定無かったんだけど………
ユスフさん強すぎじゃん、こんなん勝てんのか?