奇跡の再開(?)
◇
俺は1階層をあっさりと突破したあと、2階層を進んでいた。
「………妙だな」
魔物の姿が全く見当たらない。
流石にこれはアルトの仕業ではないだろう。あれだけ熱烈なお出迎えを受けたんだ。流石に俺でも分かる。魔族の仕業だろう。
今度は何を考えている?また俺を囲んで叩く算段なのだろうか?あの程度の魔物なら、例え何十体集まろうとも負ける気はしないが。
「ん?あれは………」
しばらく進むと、何かが落ちていることに気がついた。形状的に剣の類だろう。
もしやと思い、拾い上げて確認してみると、やはりアルトが持っていた銅の剣であった。
やはりアルトは2階層まで降りてきていたようだ。
スケルトンは弱かったし、大方調子に乗っていたのだろうな。あれほど忠告していたというのに……それも、魔族の計算通りのシナリオなのだろう。
忙しかったとはいえ、新人を1人で行かせるべきではなかったと再度反省する。
それにしても、剣が落ちているのに辺りにアルトの気配は無い。武器を捨てて、逃げ出したのだろうか。いくら調子に乗っていたとはいえ、スケルトン如きに負けるとは思えない。どうやら、他にも何かいるようだ。
俺は警戒レベルを一段階引き上げた。
余談だが、スケルトンは冒険者協会の区分によると、最低位のFランクにあたる。新人の冒険者なら余裕で対処できる魔物だ。成人男性でも対処できるとされている。
アルトが遭遇したのは、恐らくEランクの魔物だろう。新人が互角に戦えるレベルの強さとされている区分だ。
恐らく小鬼か野犬あたりか。どちらも単体ではFランクとされているが、群れを成せばEランクと、その脅威度は跳ね上がる。
新人冒険者が対群の戦いに慣れるための練習台として、よく狩られている魔物だ。
その時は、基本的にベテランの冒険者の付き添いが必要とされている。新人に対群戦のノウハウなんてないからな。俺も昔は付き添いでよく行ったものだ。
まあ、そのくらい群れを成す魔物は恐ろしいんだ。新人が死ぬ要因には、こいつらが絡んでいることが多い。任務の途中で運悪く遭遇してしまったり、調子に乗った馬鹿がソロや少人数で討伐に向かったりして死んだやつは、悲しいことに毎年一定数存在する。
前者はまあ仕方ない。不運な事故だ。だが、後者は上層部の悩みの種の1つだ。一応ギルドも注意喚起はしてるようだが、真剣に聞かねぇやつが多いんだよな。冒険者は血の気が多い奴も少なからずいるから、仕方の無いことではあるんだが………俺もどちらかと言うと後者寄りだし。
まあ、それを乗り越えて初めて、一人前の冒険者として認められるってわけだ。
そうつまらないことを考えていると、いつの間にか階段に着いた。それに気づくと同時に、俺は武器に手をかけ、臨戦態勢に入った。
1階層の時はここでスケルトンの群れが襲ってきたからだ。一応気配は全く感じないので分かってはいるが、念の為だ。
だが、どれだけ待っても何も来る様子はない。やはり、奥で総力戦を仕掛けるつもりらしい。
「………上等だ。そっちがその気ならやってやろうじゃねぇか。どれだけ戦力を用意したところで、意味はねぇ。真っ正面から打ち破って、必ずアルトの仇を、お前の首を獲ってやるからな」
聞こえているのかは知らないが、おそらくこちらを何らかの手段で見ているであろう魔族にそう宣言して、俺は階段を降りていった。
……
…………
………………
3階層に着いた、と同時に、俺は空気の変化を感じ取った。
3階層は明らかに瘴気が濃くなっているのだ。魔物が大勢いる証拠だろう。身体にへばりついてくる感じで、心無しか身体が重い。
しばらく進むと、新鮮な血の匂いがするのを感じた。
そのまま匂いのする方へ進んでいくと、血痕があった。恐らくアルトのものだろう。
点々と、まるで俺を誘い込んでいるかのように、奥へと続いていた。
──これは罠だ。
俺はそう直感した。
しかしそう思っていても、身体は意識に反して血痕を辿っていく。
もしかしたら、アルトが生きているのかもしれないという、ありもしない幻想に、願望に、理性が押さえつけられている。
十字路に入ろうとした時、倒れている人影が見えた。まさかと思い駆け寄ると、やはりアルトだった。
「アルト!」
酷い有様だった。
身体を袈裟懸けに斬られ、大量に出血していた。
恐る恐る呼吸を確認してみると、ヒュウ、ヒュウ、と微かに息をしているのが分かった。
意識は無いが、まだ生きている!
回復薬を傷口にかけて包帯で抑え、素早く止血した。最後に……
「【ヒール】」
回復魔法を掛ける。これでひとまずは安心だろう。
「うぅ……」
応急処置が粗方完了したその時、うっすらとアルトが目を開いた。
「アルト!気がついたのか!」
「………ゆ、ユスフ、さん。来て、くれた、ん、です、ね……………げほっ、ごほっ」
「当たり前だ!もう喋るな。じっとしてろ」
「そういうわけにもいきません!早く、早く逃げないと!魔物がっ、小隊組んでて、連携してきて、挟み込んできて………っ」
「分かった分かった。とにかく落ち着け」
「落ち着けませんよ!とにかく危ないんですって──」
「──アルト。俺を誰だと思ってるんだ?レグル最強の冒険者、ユスフ様だぜ?あんな雑魚共、俺の敵じゃない」
「…………っ。うっ、げほっ、ごふっ」
「おい、大丈夫か?」
「は、はい……すみません」
そこまで言って、ようやくアルトも平静を取り戻したようだ。
だが、魔物が小隊を組んで、連携行動を取るだと?そんな戦略的な戦い方をするなんて、とても生まれたばかりのダンジョンとは思えんな。
アルトも弱っているし、ここで引き返したいところだが、このまま放っておけば間違いなく人類の脅威となり得る。ここで潰しておかないと。
「っ!?」
「アルト。俺はこのダンジョンを潰してくる。放っておくと、人類の脅威になり得ると判断した。お前は先に帰れ。これに懲りたら、二度とソロでダンジョンに挑もうなんてバカなこと──」
そこまで言って、俺はアルトの様子がおかしいことに気がついた。
「う、ぐうぅ……も、もう、止めて………っ」
頭を抑えていて、とても苦しそうだ。
「おい、アルト?どうしたんだ?」
「はあっ、はあっ……これ以上、僕を、僕じゃなくっ、ああああ!!!」
「アルト!」
嫌な予感がする。
「う、ぐっ、く、苦しい……頭が、割れる……」
頭が痛い?まさか、呪いでもくらったのか?このダンジョンに呪いをかけてくるような魔物がいるとは思えないが………。
「しっかりしろ!早く治療院の下へ行くんだ!」
「だ、め…逃げ、て…ユスフさん、逃げて、ください………」
まさか─────
「あ……が…ぐ、グォォオオオオオ!!!」
「なっ…………ぐっ」
どうやら屍人となっていたらしいアルトが、雄叫びをあげながら右肩に噛み付いてきた。
咄嗟のことで抵抗もできず、アルトは噛みちぎろうとどんどん力を強めてくる。
「ぐっ………くそっ、うおおお!!」
危なかった。何とか振り払ったが、あと少し判断が遅れれば、食いちぎられていただろう。
「ア、アルト!どうしたんだ急に!」
アルトは答えない。もう既にアルトの意識はないようだ。
「なにか、なにか戻す方法はないのか……っ」
「グルゥ………グオオオオアア!!!」
「くそっ」
俺が攻撃を躊躇っている間も、理性の無い魔物と化したアルトは攻撃を仕掛けてくる。
迎撃はできない。肩を負傷していて、剣が上手く振れないのだ。
だが、今は好都合。あまり力が乗らないおかげで、逆にアルトに致命傷を与えてしまう心配がないからだ。
「どうすればいい……?もう、殺るしか道はないのか?」
俺にはアルトを斬ることなんてできない……というより、したくない。
しかし、アルトを殺さないように手加減しながら、いずれ来るであろう魔物の群れを捌く自身は、ない。下手したら、魔物の肉壁に使われる可能性だってある。
だからと言って、ここでアルトを殺さなければ、アルトはずっと苦しむことになる。ここで楽にしてやらなければ………!
そう覚悟を決めた時、アルトが俺に背を向けて走りだしたことに気がついた。
「なっ………おい!待つんだアルト!」
アルトはどんどん俺から離れていく。
それに反して何かがどんどん近づいてくる。
「はあっ!?」
よく見ると、魔物の群れが見えた。
あの程度の雑魚がいくら群れたところで俺の敵ではないが、あれは俺を倒すためではなく、アルトを逃がすためのものだろう。
「くそっ、頭の回るやつだ。さっきので俺がアルトに弱いって確信しやがったな?」
さらに悪いことに、残りの2方面からも魔物が一斉に突撃して来るのに気がついてしまった。
「………これは、ちょっと不味いかもな」
前方にいる魔物だけなら、まだ余裕があったが、これだけの数はなかなかキツそうだ。
やはり、これは俺が思っていた通り罠だったのだ。
アルトの役割は俺の気を引くこと。そして、アルトは見事役割を果たし、去っていった。
全ては魔族の手のひらの上だったわけだ。
「クソが……」
アルトからもらった傷の影響で、俺は一気に不利な状況に追い込まれていた。