迫る仇討ちの刃
◆
ビ───!ビ───!
「っ!?」
俺が昼寝を始めてしばらくたった頃、突然警報がなり響いた。
侵入者だ。あらかじめ、誰か来た時に鳴るように設定しておいたのだ。
「来たか!!」
「はい!ステータス確認します!……えっ、嘘」
「久しぶりの客だな。どんなやつが来たんだ…………って、どうした?アスナ……なっ」
そいつのステータスを見て、俺達は絶句した。
───────────────────────
ユスフ
LV:28
種族:人間
状態:憤怒
HP:312/312
MP:187/187
STM:119(134)
ATK:133(183)
DEF:96(121)
MGI:54(79)
AGI:81(96)
TEC:67(82)
LUC:88
スキル
・飛剣閃〈SLV:10/10〉
・パワー〈SLV:3/5〉
・クイック〈SLV:3/5〉
・ヒール〈SLV:4/10〉
・魔法付与:炎〈SLV:2/5〉
・魔法付与:氷〈SLV:1/5〉
装備
武器:ミスリルソード(ATK+50,MGI+25)
頭:なし
体:鋼の胸当て(DEF+25)
手:鋼の篭手(TEC+15)
足:走蜥蜴の革靴(STM+15,AGI+15)
───────────────────────
【パワー】
〔ATKを上昇させる技能。SLVが上がると効果と持続時間が増大し、消費MPが減少する〕
【クイック】
〔AGIを上昇させる技能。SLVが上がると効果と持続時間が増大し、消費MPが減少する〕
【ヒール】
〔HPを回復する補助魔法。SLVが上がると回復量が上がる。〕
【魔法付与:炎】
〔武器に炎の魔力を纏わせる付与魔法。SLVが上がると威力と持続時間が増大する。追加でMPを消費することで、持続時間を伸ばすことも可能〕
【魔法付与:氷】
〔武器に氷の魔力を纏わせる付与魔法。SLVが上がると威力と持続時間が増大する。追加でMPを消費することで、持続時間を伸ばすことも可能〕
───────────────────────
「………なんだこいつは、化け物じゃないか」
それが俺の第一印象だった。
こんな奴が来るなんて、完全に想定の範囲外だ。
「まずいですね、これは……さすがにここまでの冒険者は想定していませんでした」
「それよりも気になるのはあいつの状態だ。『憤怒』ってなんだ?」
「私が知りたいですよ!なんでそんな落ち着いてるんですか!?」
俺、あいつに何もしてないぞ?
そう思ってしばらく考え込んでから、俺は1つの答えに辿り着いた。
「………あぁ、もしかして、アルトってやつの友人かなにかか?」
「あっ」
だとすると、かなりまずい。
やつの狙いは間違いなく俺だ。普通の冒険者のように、ある程度探索したからと言って帰ることはなさそうだ。
俺が生き残るためには、ユスフという『強敵』を殺すしかない。
「どどどどどどうしましょう!?やばいですよ!このままじゃ本当に死んじゃいます!!!」
「落ち着け、アスナ」
「どっ、どうすればっ、どうすればいいんですか!?助けて下さい!せんせ──」
「──落ち着け!」
「ひうっ」
「焦って泣き叫んでも何も始まらないだろう。まずは対策を練るんだ」
「対策って言ったってぇ……ぐすっ。あんな化け物に、対抗のしようがあるんですか?」
今までのアスナからは考えられないほどに落ち着きを失っており、俺は少し面食らった。
………しかし、そうか。いくらしっかりしているとは言え、アスナはまだ子供なんだ。俺がしっかりしないと。俺がアスナを導いてやらなければ。それが大人としての役目だ。
「大丈夫だ、アスナ。俺を信じろ」
「あっ……」
そう思うと、反射的にアスナの頭を撫でていた。
落ち着け。落ち着くんだ。冷静に物事を見ろ。どうすればいい?どうすれば勝てる?まずは──
かなりまずい状況だということを理解してからの俺の行動は、自分でも驚くほど速かった。
まず、第2階層の魔物のほとんどを第3階層に退避させ、第1階層のスケルトン達も階段付近まで後退させた。
圧倒的に質で劣っている奴には、数で勝負するしかない。おそらくスケルトンでは足止めにもならないだろうが、何もしないよりはマシだろう。少しでも時間を稼ぐんだ。その間に、有効な手段を……!
「………とりあえずはこんなところか?」
今のところ、勝てるビジョンが全く浮かばない。
それくらい、俺のダンジョンの戦力とユスフの強さには、差があった。
質より量と言ったりもするが、やはり圧倒的な力の下には、数は意味が無い。蹴散らされるだけだ。
だから魔物達を固まって行動させているのは、正直なところ全く意味がない。よくて少し疲れさせられるだけだろう。
だが、それでいい。少しでもあいつを弱らせられれば御の字。目的は時間稼ぎだ。本命は最終階層。そこで決着をつけられさえすれば、それでいい。残りの階層は捨てる。
ただ、その決め手がない。
「……そういえば」
あいつが引っ掛かりそうな……と言うより、間違いなく引っ掛かるであろう手が一つだけある。
これで決めるしかない。倒しきれなかった時点で、俺の負けが確定するだろう。
◇
ついにあの因縁のダンジョンに着いた。軽く探索してみたが、魔物が1匹もいやがらねぇ。
アルトがやったのだろうか。生まれたばかりのダンジョンは魔物の補填も遅いからな。どんな魔物が出るのかは知らねえが、初めてダンジョンに来て、ここまでできるとは。
だが、おそらくアルトはもうこの世にいない。本当に惜しいやつを亡くした。
そう物思いに耽りながら歩いていると、いつの間にか階段に着いていた。
まさか1階層を全滅させたのか?と驚いていると、
───ヒュッ
「っ!?」
どこからともなく矢が飛んできた。
……なるほどな。どうやらここのダンジョンマスターは相当用心深いらしい。魔物を1箇所に固めて俺を叩くつもりだったのか。本当にアルトが倒したんじゃないかと少しばかり思っていたが、やはりそれは違ったようだな。アルトがやられたのも頷ける。
「……にしてもよお。こいつぁ新人どころか、ベテランでもちょいとばかしきついんじゃねぇのか?」
生まれたてにしては、あまりにも異質すぎるこのダンジョンに恐れを感じながら、剣を構える。
しばらく様子を窺っていると、何十もの何かが一斉に飛び出してきた。
全部スケルトンだ。だが、戦略もなにも無い。ただ特攻するだけのやつらに俺が苦戦するはずもなく、あっさりと全滅させた。
所詮はできたばかりのダンジョン。いくら指揮官の頭が回っても、駒が雑魚だけじゃあ意味がねえ。そんなに強いやつがいるわけもないかと少し残念に思いながら、さっさと第2階層へと降りた。
◆◆
「………やはり全滅か」
「どうしましょう、ベルグレッド様、本当に大丈夫なんですか?」
ただ全滅した訳ではない。
一瞬だ。一瞬にして、全滅したのだ。普通に全滅したのとは、やはりワケが違う。
分かってはいたことだが、やはり数で押しても意味は無さそうだ。
「大丈夫だ。安心しろ」
「あぅ」
相当メンタルがやられているらしい。今までの凛とした姿は見る影もなく、歳相応の姿を見せている。
「よしよし」
「えへへ……」
……いや待て、年相応どころか退行していないかこれ………?いや、今気にするべきところはそこじゃない。
アスナの頭を撫でつつ思案するが、やはり何も良い策は出てこない。
「……あの手しかないか」
あいつは、まず間違いなく引っ掛かる。
この手はあいつの目的を利用した手だからだ。
だが、引っ掛かったところで倒せなかったら意味がない。
仮にダメージを与えられたとしても、生還されてしまえばまた来るだろう。その時には、もうこの手は使えない。だから、確実に仕留める。
決行は第3階層。あいつがもぬけの殻の第2階層を抜けて降りてきたら、自然と進行する。後は、俺が一斉攻撃の命令を出すだけだ。
『憤怒』
STMとATKが上がり、TECが下がる。他にも思考力にデバフがかかる。
諦止モード
自身で処理することが不可能な壁にぶつかり、精神的負荷がかかりすぎると陥るアスナの暴走モードその2。
どうすればいいのか分からなくなってしまい、思考が諦めの方向に向く。
普段大人顔負けの立ち居振る舞いをしている反動か、この状態になると軽度の幼児退行を起こす。
精神的負荷がかかる状況から脱却するか、他人からの叱咤激励によって脱却する場合あり。子供同然(実際子供だが)のため、頭を撫でられると不安が和らぐ。このモードから抜け出すまでは、頭を優しく撫でていてあげましょう。
それはいつも背伸びをし、弱みを見せず、心配をかけまいと1人で何でも抱え込もうとする彼女の優しさ故。そして彼女の過去に起因するもの。しかしそれは現実からの逃避とも取れるもので。
彼女が唯一見せた弱みに、貴方はどう向き合うのか。
ちなみに壁はなくてもなります。鍵は精神的負荷なので。
────────────────────────
生まれて1週間程度のやつが「大人」っていうのも変な感じですが、ダンジョンマスターの精神は生まれた時から成熟しているので。「大人」として設定されてるやつは誰がなんと言おうと「大人」なんです。
余談ですが、ベルグレッドは20代半ば辺りに設定されています。親と子ほどではありませんが、それなりに歳は離れています。