9話 スライム風呂
「加藤様!……」
「はっ、はいっ!……」
(偽札がバレたか!?)
しかし、ここで捕まる訳にはいかない。
不本意だが、動かれる前にこの姉ちゃんを捕食するべきか?
最悪の状況を想定し、思案を巡らせる。
「加藤様、後会計となっております……」
「あ、後会計?……」
だが、心配は杞憂だった様だ。
俺は顔を赤くし、素早く一万円札を握る。
「では、いってらっしゃいませ!」
「は、はい……」
握った一万円札をスライムに戻し吸収しながら、足早に更衣室へ向かう。
館内は割と豪華な装飾が施され、高級志向のようだ。
時刻は午前7時。
早い時間だからか、更衣室には誰も居ない。
受付で渡された鍵を使い、ロッカーの扉を開ける。
思えば転生してから一度も身体を見た事が無かった。
服を脱ぎロッカーに仕舞うと、まじまじと自分の裸を眺める。
だが、転生前と比べて特に身体に変化はない。
過不足無く、男の体だった。
試しに両足をスライム化させてみる。
「ドロッ……」
半透明で水色のスライムが上半身を支えている。
今度は人型に戻す。
「ジュグジュグジュグ……」
普通の人型の足に変化した。
改めて不思議な体だと実感する。
首を傾げながら風呂場へ向かうと。
「こりゃすげぇ……」
巨大な風呂が出迎えてくれた。
(さすが高級志向! スケールがそこらの銭湯と桁違いだ!)
軽く体を洗い、ゆっくりと湯船に浸かる。
「ふぅ〜。この体でも風呂は沁みるねぇ〜……」
そんな事を呟くが、風呂場には誰も居ない。
更衣室にも誰も居なかった。
どうやら良い時間に来たようだ。
「は〜ぁ……」
やる気の無い溜息が漏れる。
暫しの時が経ち、ふと思いついた。
(今の俺の体、どのくらいの体積があるんだろう?)
辺りを見回すが、誰も居ない。
一度更衣室に戻り、再度辺りを見回すが、やはり誰も居ない。
(行ける! やるなら今しかない!!)
風呂場の入り口に、スライムを一滴垂らす。
視点を一滴のスライムに切り替えると、俺の足が見えた。
これで誰かが入って来る前に気付ける。
風呂場の天井を見回すが、監視カメラの類いは無かった。
嬉々として風呂場の中央に立つと、全身をスライム化させる。
「トプトプ……」
床にスライムが広がっていく。
「トプトプトプ……」
床一面にスライム溜まりが出来た。
ちなみに排水溝に流れない様に踏ん張っている。
「トプトプトプトプ……」
「ザッバァァァァァ……」
遂に湯船にスライムが流れ始めた。
やがて湯船がスライムで満たされる。
「トプトプトプトプトプ……」
遂に俺の背丈までスライムで埋まる。
だがおかしい、全く体内のスライムが枯渇する気配がない……
「トプトプトプトプトプトプ……」
終いには広大な風呂場は俺の体で埋まってしまった。
だが、スライムを全て放出する事は無かった……
(おいおい、どれだけ増えたんだよ……)
そんな事を考えていると、更衣室で声がする。
「ここの風呂ってすげぇデカいんだよな!」
「マジで! 楽しみだな〜」
視点を一滴のスライムへ切り替えると、二人組の男が服を脱ぎ始めた。
まずい、このままだと色々とまずい……
慌ててスライムを吸収し人型に戻るが、辺りを見回すと浴槽に殆ど湯がない。
二人は服を脱ぎ終わり、いよいよ風呂場へ入ろうとしている。
(まずい! 何か湯の代わりになる物は無いか? 湯の代わりの……あっ!)
湯の代わり、あるじゃないか。
俺は浴槽へ足を伸ばしながら座り、両足をスライム化させ体内のスライムを勢いよく浴槽へ流し込む。
「ブシャァァァァァァ……」
「おおーすげぇ! 東京ドームくらいあるんじゃないか!?」
「バーカ、そんなにねーよ。せいぜいテニスコート6面ってとこだな」
遂に二人が風呂場へ入室してきた。
だが、何とか湯船にスライムを流し終える。
暫くして二人が浴槽へ入ってきた。
「ここの風呂、なんかヌルっとしないか?」
「そういうモンだろ? 何か効能があるんじゃねぇの?」
まずい、少し腹が減ってきた気がする。
ここで捕食するのは問題だ!
「それに、なんか冷たいぞ……」
「そうだな、水風呂か?」
(腹、減ってき……てないっ!!)
耐えろ、耐えろ俺!!
「おれ、この風呂嫌だな。体流してサウナ行こうぜ!」
「そうだな、行こう行こう!」
二人はゆっくり浴槽から出ると、体を洗いサウナへと入っていった。
(ふぅ、助かった。よく耐えたぞ! 俺、偉い!)
自分を褒め称えた後、浴槽のスライムを回収し。
(うーん、次に入る人、ごめん!)
空っぽになった浴槽を横目に苦笑すると、風呂場を後にした。
そして、一滴のスライムを回収し、浴衣に着替えて食堂へ移動する。
※ ※ ※
食堂には畳が敷かれ、座椅子が置かれていた。
テーブルの上に設置されたタブレットで注文するようだ。
注文品が届くと、ロッカーの鍵に付いているバーコードを読む事で会計に反映される仕組みらしい。
今回はすき焼きを注文した。
とにかく肉が食いたいと思ったからだ。
暫くすると浴衣の従業員がすき焼きセットを持って来た。
バーコードを読み込ませ、すき焼きに火をつけると従業員が戻っていく。
数分が経過し、すき焼きがグツグツと音を立て始める。
見ているだけで美味そうだ。
(真実と一緒に来たかったなぁ……)
早く2000万人を殺さなければと思いながら、すき焼きを眺めている。
そろそろ食べようと箸で豆腐を掴み、口へと放り込む。
「あっちぃ!!」
うっかり口の中を火傷してしまった。
スライム化すれば完治するのだが、ここで頭を溶かすのは、まずい……
暫し悩んだ結果、妙案を思い付く。
(舌だけスライム化出来ないか?)
腹をスライム化させ、頭を仕舞うことは出来た。
それならば、舌だけをスライム化させる事も出来る筈だ。
舌に意識を集中させ、スライム化を図る。
「ドロッ……」
どうやら成功した様だ。
もしかしたら、体内の一部をスライム化させることも出来るかもしれない。
ならば、心臓や脳なども人型の時にスライム化出来るのか?
今度、試してみる必要がありそうだ。
さて、再び舌の形へ戻そうと試みるが、ふと疑問が湧く。
(牛肉をスライムで捕食したら美味いのか?)
人をスライムで捕食すると美味い。
だが、人が食べている肉をスライムで食べるとどんな味がするのか気になった。
箸で牛肉を掴み、恐る恐る口の中へ入れる。
「シュゥ……」
そして消化させた。
肝心の味はというと……
(不味くはないが、美味くもない……)
食えない程ではないが、何か物足りない。
やはり人の旨味には勝てなかった。
続いて白菜や人参などを口に入れる。
「シュゥ……」
(うーん、ただの草だ……)
大麻と大差なかった。
しょんぼりと肩を落とし、口の中を人の舌に作り変える。
そして肉を口に入れた。
(う、うめぇ!!)
こんなにも味に違いがあるとは!
歪んだ姿勢を正すと、牛肉を卵に浸し、コメを牛肉で包み口に運ぶ。
(これは幾らでも食えるぞ!)
人とスライムでは全く異なる感じ方に驚愕しつつ、黙々とすき焼きを頬張る。
「はぁ〜食った食った〜」
そして嬉々としてすき焼きを完食し、満足気に食堂を後にした。
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次回の更新は22日の予定です。