30話 謝罪と誓い
俺達は車に乗り込むと、廃墟へ向けて車を走らせた。
すると、ネムが俯きながら呟く。
「ねぇ純、アタシ本当に生きてて良いのかな?」
「お前を恨んでいたシンが生きろと言ったんだ。他に自ら命を絶つ理由があるのか?」
「無いけど……」
「前に屋上(19話)で一人になりたくないと言ってたよな。俺は、あの時お前を受け入れた。お前の居場所はまだあるぞ。一時の感情で全てを投げ捨てるようなことは、もうやめろ!」
ネムは静かに頷いた。
暫しの間、車内を沈黙が支配する。
廃墟の裏手に駐車すると、俺達は黙々と車を降りた。
俺は廃墟の入口に立つと、屋上を見上げ外観を眺める。
しかし、特に変わった点は見受けられない。
試しに床の数カ所を水滴状にスライム化させ、目を閉じて視点を次々に切り替えていく。
1階の空き部屋、2階の大麻、3階の檻、4階の墓、5階の研究所と、内部の映像がスライムを通じて伝わるが、侵入された形跡は無いようだ。
監視の為に水滴状のスライムはそのまま配置する事にした。
4階に到着すると、左手からシンの複製を試みる。
手のひらから勢いよく吹き出したスライムは、次第にシンの体の形状へと変化していく。
やがて形状が定まると水色のスライムが変色し、銀色に輝くシンが顕現した。
「シン、待たせたな」
「いや、一瞬だった。本当に移動したのか?」
「ああ、数十分は移動したと思うぞ」
「そうか……」
シンはスライムへ戻した時点で記憶が保持されているのだろう。
その間は、どうやら時間の感覚も無いようだ。
ネムに視線を向けると、巨大な墓石に手を当て呟いている。
「アタシ、この石に込められた想いなんて考えもしなかった……」
さらに墓石の正面に立つと、ストンと膝を地につける。
「アンタが、どんな思いでこの心臓を待っていたのかわからない。でも、心臓はアタシが奪い、アンタを殺してしまった。それはもう取り返しのつかない事。ごめんなさい! 本当にごめんなさい!!」
そして墓石の前で土下座し、涙を流した。
シンはネムの背後に立ち、拳を握り叫ぶ。
「コージ! お前の心臓を奪った奴を、必ずここで土下座させてやる! 絶対だ! だから、もう少し待ってろよ!!」
二人は各々の想いを乗せて、墓石の前で瞑目した。
暫しの時が経ち、シンがネムの肩を叩く。
「今日はもういい……」
「うん……」
ネムはそっと立ち上がり、俺に視線を合わせて口を開く。
「純、ありがとう。帰ろう……」
「おう。じゃあシン、戻れ……」
俺がシンへ手を翳し、体内へと戻そうとした瞬間。
「パリーン!」
ガラスの割れる音が聞こえてきた。
「ねぇ、今何か割れる音がしなかった?」
「そうだな、オレも聞こえたぞ」
直後、配置していたスライムに違和感を覚える。
目を瞑り視点をスライムへ切り替えると、5階の研究所にラドウの姿があった。
「5階にラドウが侵入した!」
「えっ!?」
「なんだと!?」
ネムは驚愕の表情を浮かべるが、直ぐに険しい顔付きへと変わり、シンは何かを悟ったように目を閉じる。
俺達は5階へと走り、重厚な扉を開けた。
すると、そこには一冊のファイルを抱えたラドウの姿があった。
「ラドウ、やはり戻って来たか! 」
「ふぇっふぇっふぇ。現れおったな、小僧!」
「街にゾンビを放ったのはてめぇか!」
「左様。ワシのサプラ〜イズはどうじゃったかのぅ?」
「何がサプラ〜イズだ! あれでどれだけの人間が苦しんだと思ってるんだ?」
「はて? 失敗作には興味がないからのぅ。10人程度は廃人になったのではないかのぅ?」
「クソが!……今度こそ許さねぇ! 次に廃人になるのはラドウ、てめぇだ!」
俺はラドウの立つ床に意識を向け、スライム化させた。
するとラドウの膝下がスライムの中へと埋もれていく。
「ふぇっふぇっふぇ! 小僧め、建物ごと己の体にしおったか。面白い! 実に面白い下等生物じゃ!」
「ほざけ! 今からお前も俺の体の一部にしてやる!」
ラドウの足を包むスライムを徐々に上半身へと纏わせていく。
「ふぇっふぇっふぇ! ワシを食おうなど100年早いわ!」
しかし、ラドウは懐から小瓶を取り出すと、中の液体を頭から浴びた。
そして液体がラドウを包むスライムへと滴れる。
「シュゥゥゥゥ……」
直後、スライムから煙が上がり、全身に激痛が走る。
「ぐあぁぁぁぁ!!!!」
あまりの痛みに意識が朦朧とし、廃墟はグニャリと歪み、ラドウの拘束が解かれてしまう。
その隙を突いてラドウは窓から逃走を図る。
「あっ! 待ちなさい!」
「ぬっ? ネムよ、生きておったか。さすがはワシの作品じゃ! じゃが……詰めが甘いのぅ!」
ネムはラドウを追うが、ラドウは窓から飛び降りてしまう。
「ああっ!!」
ネムが窓を見下ろすと、ラドウはハンググライダーで空へと飛び去ってしまった。
ネムは歯を食い縛り、ラドウの姿を眺めている。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
しかし、俺の体はジワジワと溶かされていき、廃墟はゼリーの如く歪み続けている。
「ちょっと純! 大丈夫?」
「おい、何が起きたんだ!?」
呻き声に気付いたネムとシンが駆け寄って来た。
「ネムっ!……ラドウが撒いた液体を……外に捨ててくれ……」
「わ、わかったわ!」
ネムは液体を手で掬い取り、窓から捨てた。
すると痛みが和らぎ、徐々に意識がはっきりとしていくと、廃墟は元の姿へと戻っていった。
「ネム、ありがとな……」
「うん……」
暫くして落ち着くと、シンが俺の前に立ちはだかる。
「おい純! これは一体どういう事だ? 何故建物が歪むんだ!」
「何故って……シンの体と同じく、ここも俺の体の一部だからな……」
「なん……だと?」
「証拠を見せてやるよ……」
俺は天井へ意識を向け、左手を翳しスライム化を試みる。
するとドロリと溶けた天井が左手へと吸い込まれていく。
シンは目を丸くして天井や俺の左手を見回している。
「なっ……本当に、純の体はどうなっているんだ?……」
やがて天井に大穴が開くと、空には満月と幾つかの星が輝いていた。
「この建物は全て俺の意思のままに構造を変化させられる。建物を回収し、空き地にする事もな。」
「そう……なのか。まさかこの建物までもがお前の体
だとは思わなかった……」
「そういう事だ。そんなことより、空を見てみろよ……」
俺が空を見上げると、ネムとシンもそれに続く。
「星が綺麗だね……」
「だろ!……」
「オレは星なんてまともに観たことが無かったが、なかなか綺麗なものだな……」
「シン……見ようとしなければ見えないものが、この世界には溢れている。お前にとって復讐は生きる糧だろうが、それだけに囚われていたら全てを失ってしまうんじゃないかと俺は思う」
「見えないものに目を向けろってのか?」
「そうだ。お前に見えなかったものを俺が見せてやる。復讐以外のものをな。だから俺に付いてきてくれないか?」
「オレが見えなかったもの……か。どうせオレはお前の一部だ。拒む事は出来ないんだろう? 良いだろう、オレはお前に付いて行こう」
「ははっ、そうだな。じゃ、改めてよろしくな!」
俺達は拳を合わせ、再び空を見上げた。
都会の空は、せいぜい2等級程度の星しか見られないが、それでも今の俺達には十分綺麗だと感じられた。
だが、俺達が感傷に浸る中、ネムが苦笑交じりにゆっくりと口を開く。
「……純、あの、さ。水を差すようで悪いんだけど、ブラッカのファイルは取り返しに行かなくて良いの?」
「ん? ああ、それなら問題ない。あれも俺の体の一部だからな。奴を叩く為の材料にさせてもらおう」
ラドウが持ち去ったのは俺が複製したファイルだ。
俺の意思でスライムへ戻し、監視する事ができる。
だが、スライムに戻した所でラドウに見つかれば再び溶かされてしまうだろう。
ここは慎重に行動する必要がある。
「そ、それなら良いんだけど……」
「まぁこの事は俺に考えがある。任せとけ!」
ネムは静かに頷いた。
「さて、そろそろ帰るか。シン……その体では目立ってしまう。すまないが俺の中に戻ってくれ」
「ああ、わかった」
俺は左手をシンに翳しスライム化を試みる。
するとシンの体はドロリと溶け、左手へと吸い込まれていった。
そして俺とネムは車に乗り込むと、部屋へ向けて車を走らせる。
時刻は23時を過ぎていた。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
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大変お待たせしてしまい申し訳ございません。
次回の更新は31日を目標としております。
活動報告にて、本編とは関係ないですがスピンオフのようなものを1話掲載しております。
よろしければご覧くださいませ。




