表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/31

28話 シンの過去と怨み

 

「シン、お前は何故あの廃墟に居たんだ?」

「廃墟……か。そうだな、今となっては廃墟だ。だが、昔は病院だったんだ。そして俺は以前、あそこに入院していた……」


 シンは窓に目を向けると、おもむろに語り始める。


 ※ ※ ※


 中学の柔道の試合で足を骨折したオレは、あの病院へ入院する事になってしまった。

 退屈な入院生活が始まると覚悟していたが、意外にも充実した。

 同じ部屋に入院していた奴と意気投合したからだ。


「……なぁお前、歳いくつだ?」

「14歳だよ!」


「本当か! オレも14歳だ! オレ達タメだな!」

「うん! ぼくは佐々木浩二ささきこうじ。きみ、名前は?」


「オレは宮本信一って言うんだ」

「そっか……じゃあシンって呼んで良い?」


「お、おう! 良いぞ! お前の事はコージと呼ぶぞ!」

「良いよ! よろしく、シン!」


 コージはオレとは真逆の性格で、大人しくて先をよく考える奴だった。

 だが、自分の意見はしっかりと持ち、話の筋を通す奴だ。

 オレはコージのそんな所が好きだったんだと思う。


 ある日、オレはコージの病気について知る事になる。


「なぁコージ! 柔道って知ってるか?」

「柔道? 聞いたことあるけど、やった事は無いなぁ。面白いの?」


「ああ! 相手を思いっきり投げ飛ばした時の快感はたまらねぇよ! なぁコージ! 退院したら柔道やろうぜ!」

「う、うん……」


「どうした? 浮かない顔して……」

「ぼく、多分退院出来ないんだ……」


「は? ど……どう言う事だ?」

「実はね、心臓が弱っていて、移植しなければ死ぬんだって」


「う……嘘だろ!?」

「2ヶ月……心臓が見つからなければ、ぼくはあと2ヶ月しか生きられない」


 オレはがっくりと膝を折り、コージのベッドに伏せた。

 初めて死というものを意識した瞬間だった。

 ニュースで死亡事故の報道はされるが、そんなものは何も響かない。

 だが、目の前に居る大切な奴が死ぬ。

 この事がオレの心を深く抉った。


「コージ……オレが何とかしてやる! 絶対、お前を死なせねぇから!!」

「ありがとう。でも、移植は順番待ちなんだ。ぼくの番が来るのを待つ事しか出来ないよ……」


「そんな……」


 オレは非力だ。

 たかが14歳のガキに力なんてあるわけ無いが、この時ほど自身の非力を恨んだ事はない。

 それ以降、オレはコージとの時間を噛み締めるように大切にした。

 だが、1ヶ月を過ぎた頃からコージの体に異変が起きる。


「コージ……顔色悪いぞ?」

「うん……ちょっと体調が優れなくてね……」


「そっか……何かあったらオレに言えよ!」

「うん、ありがとう……」


 コージは次第に衰弱していった。

 だが、オレにはどうする事も出来ず、時間ばかりが過ぎていく。

 しかし、ある日朗報が飛び込んで来た。


「シン……やっと、心臓が……見つかったんだ!」

「本当か!! やったな! これで助かるんだ……」


 コージは弱々しくオレの手を握ると、笑顔で頷いた。

 だが、そんなオレ達の喜びは砕け散る事になる。


「すまないね、移植が延期になってしまったんだ……」


 コージの主治医がとんでもない事をコージに話しているのを耳にした。

 オレは慌てて主治医、狭間に詰め寄った。


「おい狭間はざま先生!! 移植が延期ってどう言う事だよ!? このままじゃ……このままじゃコージがっ!……」

「そうだね。とても残念だけど、浩二君は体質が合わなかったんだ。次のドナーが見つかるまでは、我々が出来る事は限られているんだよ……」


 そう言って、狭間は逃げるように立ち去ってしまった。

 オレ達は希望の絶頂から絶望の淵へと叩き落とされた。

 オレはがっくりと肩を落としながら、自販機コーナーへと向かう。

 そして烏龍茶を買い、病室へ戻ろうとしたその時、狭間が通話している声が聞こえて来た。


「……ええ。ええ。根回しは出来ています。はい、先生の娘さんの心臓は確保しました。移植は問題ありません!」


 オレは愕然とし、全身の力が抜けた。

 ゴトリと烏龍茶が床に転がり、目から涙が溢れる。

 コージの移植は妨害されたんだ。

 狭間あいつが裏切った。

 こんな事が許されるのか?

 オレは沸沸と怒りが湧き、狭間の胸倉を掴んで問いただす。


「おいっ! 今の話は何だよ!! コージの心臓、あるじゃねぇか!!」

「……チッ。移植には順序があるんだ。救うべき順序が。浩二君の身分たいしつには合わなかったんだよ」


 狭間は飄々と語ると、そそくさと歩き出す。

 そして去り際に一言呟いた。


「……まぁあの|子(娘)の適正にも合わないがね」


 オレの怒りは頂点に達し、背後から狭間に殴り掛かった。


「このクソ野郎ぉぉぉぉ!!!!」


 狭間は勢いよく吹っ飛び、口からは出血していた。

 だが、ゆっくりと立ち上がると何事も無かったかのように笑顔になる。


「君はもう少し賢くなった方が良いな。触れてはいけない世界というものがあるんだよ……」


 そう呟くと、狭間は立ち去ってしまった。

 オレはあまりにも不気味な笑顔に鳥肌が立ち、暫くその場から動く事が出来なかった。


 数日後、思いもよらない話が飛び込んで来る。


「宮本君! 電話が掛かってきてるわよ!」

「はい……今行きます」


 看護師に呼ばれ、オレは電話を受ける。


「……は? 今なんて?」

「……残念だけど、お父さんが」


 父親の突然の訃報だった。


 オレは幼い頃、両親が離婚し父親に引き取られた。

 家にはオヤジしか居ない。

 オヤジは、家では呑んだくれのどうしようもない奴だったが、柔道の試合はいつも見守ってくれる。

 そんなオヤジを鬱陶しく思いつつも、心の中では感謝していた。

 しかし、そんなオヤジが死んでしまった。

 死因も奇妙なもので、職場で突然に泡を吹いて倒れたという。

 そこでふと、オレは数日前の狭間との会話を思い出した。


【君はもう少し賢くなった方が良いな。触れてはいけない世界というものがあるんだよ……】


 そして頭に血が上り、狭間の元へと駆け寄ると胸倉を握る。


「てめぇ!! よくもオレのオヤジを……」

「さて、何の事かな? 君もこれで・・・もう少し賢くなってくれると嬉しいのだが……」


 間違いない、犯人はこいつだ。

 しかし、オレに出来る事は何一つなかった。

 途方に暮れる毎日を過ごし、やがて退院の日程が決まる。

 退院まで残り2日に迫った時、遂に最悪の事態が起きた。


「浩二君! 浩二君しっかり!!」


 看護師が慌ててコージに呼び掛けている。

 だが、心電図を計る機械から警報が鳴り響く。

 看護師は更に強い口調でコージへ呼び掛けるが、コージは全く反応しない。

 やがて数値が下がっていき、遂に心電図は0になってしまった。


 病室にピーという電子音が虚しく木霊する。

 そしてオレは目の前が真っ暗になった。


 退院の前日、オレは怒りに飲み込まれていた。


(あの医者が憎い、この病院が憎い、非力な自分が憎い……)


 そんな事を考えながら退院当日となる。

 オレは一人で病院を出ると、自宅へと帰った。

 だが、そこで待っているはずのオヤジはもういない。

 オレは無性に死にたくなった。


(死にたい。だが、狭間あいつをあのままにしておくのは許せない。殺す……あいつを……コージの心臓を奪った奴も……)


 気がつくと、オレはビンを片手に病院の前まで来ていた。

 そして、おもむろにマッチへ火を付けると、ビンへ着火させる。

 そして火炎瓶を窓へ向けて投げ入れた。

 ビンは窓を破り病室の中で砕けると、次第に病室から黒煙をあげる。

 複数の火炎瓶を投げ入れると、病院はたちまち大火事となった。

 やがてオレは警備員に取り押さえられ、警察に引き渡される。

 そして2年間を少年院で過ごす事となった。


 少年院を出ると、オレはあの病院へと向かう。

 だが、そこにはもう病院は無く、あるのは変わり果てた廃墟だった。

 オレは荒地となった廃墟の周辺から、手頃な花を幾つか摘むと、建物の中へと入る。

 そして、4階の嘗てオレ達の病室だった部屋へ入ると、摘んできた花をそっと手向け、手を合わせた。


「アンタ、大人しく捕まりなさい!!」


 しかし、背後から女の声がする。

 振り向くと、猫耳の女が立っていた。

 女はオレを羽交い締めにする。

 オレは必死に抵抗するが、女の圧倒的な腕力には敵わずに意識を失ってしまう。

 気が付くとこの体になっていた。

 そして行く宛の無かったオレは、ラドウとネムこいつらの雑用をするようになった。


 ※ ※ ※


「これがオレが廃墟へ行き着いた経緯だ」


 シンが語り終えると、ネムはガタガタと震え出した。


「ね、ねぇ、シン……その……移植って、何年前の話?」

「オレがお前達の雑用をするようになって2年、少年院へ入って2年……だから約4年前だ」


「ア……アタシね……その病院で……い、移植を受けているのよ……4年前に……」

「!?」


 シンは目を見開くとネムを鋭く見つめる。


「シン……ひ、ひとつだけ教えて……その手術の日って……」

「ああ……」


「「3月14日」」


拙作をお読みくださりありがとうございます。

お気に召しましたら、ブックマークを頂けると嬉しいです。


次回の更新は23日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うおおおお!?!?!? これは凄い展開ですね! やられました!! やはりぼるてんさんは、こういう伏線の回収がお上手ですね!
[良い点] ここで、繋がってきましたか……。 死にたかった女の子と、死にたくなかった男の子。 皮肉ですね……。 新たな敵と、さらにその裏の存在が匂ってきましたね。
[良い点] 狭間先生なにもの!? もしかしたら、ラドウとも関わりがあったりするのでしょうか……。 シンくんもお父さんもお気の毒ですね……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ