28話 シンの過去と怨み
「シン、お前は何故あの廃墟に居たんだ?」
「廃墟……か。そうだな、今となっては廃墟だ。だが、昔は病院だったんだ。そして俺は以前、あそこに入院していた……」
シンは窓に目を向けると、おもむろに語り始める。
※ ※ ※
中学の柔道の試合で足を骨折したオレは、あの病院へ入院する事になってしまった。
退屈な入院生活が始まると覚悟していたが、意外にも充実した。
同じ部屋に入院していた奴と意気投合したからだ。
「……なぁお前、歳いくつだ?」
「14歳だよ!」
「本当か! オレも14歳だ! オレ達タメだな!」
「うん! ぼくは佐々木浩二。きみ、名前は?」
「オレは宮本信一って言うんだ」
「そっか……じゃあシンって呼んで良い?」
「お、おう! 良いぞ! お前の事はコージと呼ぶぞ!」
「良いよ! よろしく、シン!」
コージはオレとは真逆の性格で、大人しくて先をよく考える奴だった。
だが、自分の意見はしっかりと持ち、話の筋を通す奴だ。
オレはコージのそんな所が好きだったんだと思う。
ある日、オレはコージの病気について知る事になる。
「なぁコージ! 柔道って知ってるか?」
「柔道? 聞いたことあるけど、やった事は無いなぁ。面白いの?」
「ああ! 相手を思いっきり投げ飛ばした時の快感はたまらねぇよ! なぁコージ! 退院したら柔道やろうぜ!」
「う、うん……」
「どうした? 浮かない顔して……」
「ぼく、多分退院出来ないんだ……」
「は? ど……どう言う事だ?」
「実はね、心臓が弱っていて、移植しなければ死ぬんだって」
「う……嘘だろ!?」
「2ヶ月……心臓が見つからなければ、ぼくはあと2ヶ月しか生きられない」
オレはがっくりと膝を折り、コージのベッドに伏せた。
初めて死というものを意識した瞬間だった。
ニュースで死亡事故の報道はされるが、そんなものは何も響かない。
だが、目の前に居る大切な奴が死ぬ。
この事がオレの心を深く抉った。
「コージ……オレが何とかしてやる! 絶対、お前を死なせねぇから!!」
「ありがとう。でも、移植は順番待ちなんだ。ぼくの番が来るのを待つ事しか出来ないよ……」
「そんな……」
オレは非力だ。
たかが14歳のガキに力なんてあるわけ無いが、この時ほど自身の非力を恨んだ事はない。
それ以降、オレはコージとの時間を噛み締めるように大切にした。
だが、1ヶ月を過ぎた頃からコージの体に異変が起きる。
「コージ……顔色悪いぞ?」
「うん……ちょっと体調が優れなくてね……」
「そっか……何かあったらオレに言えよ!」
「うん、ありがとう……」
コージは次第に衰弱していった。
だが、オレにはどうする事も出来ず、時間ばかりが過ぎていく。
しかし、ある日朗報が飛び込んで来た。
「シン……やっと、心臓が……見つかったんだ!」
「本当か!! やったな! これで助かるんだ……」
コージは弱々しくオレの手を握ると、笑顔で頷いた。
だが、そんなオレ達の喜びは砕け散る事になる。
「すまないね、移植が延期になってしまったんだ……」
コージの主治医がとんでもない事をコージに話しているのを耳にした。
オレは慌てて主治医、狭間に詰め寄った。
「おい狭間先生!! 移植が延期ってどう言う事だよ!? このままじゃ……このままじゃコージがっ!……」
「そうだね。とても残念だけど、浩二君は体質が合わなかったんだ。次のドナーが見つかるまでは、我々が出来る事は限られているんだよ……」
そう言って、狭間は逃げるように立ち去ってしまった。
オレ達は希望の絶頂から絶望の淵へと叩き落とされた。
オレはがっくりと肩を落としながら、自販機コーナーへと向かう。
そして烏龍茶を買い、病室へ戻ろうとしたその時、狭間が通話している声が聞こえて来た。
「……ええ。ええ。根回しは出来ています。はい、先生の娘さんの心臓は確保しました。移植は問題ありません!」
オレは愕然とし、全身の力が抜けた。
ゴトリと烏龍茶が床に転がり、目から涙が溢れる。
コージの移植は妨害されたんだ。
狭間が裏切った。
こんな事が許されるのか?
オレは沸沸と怒りが湧き、狭間の胸倉を掴んで問いただす。
「おいっ! 今の話は何だよ!! コージの心臓、あるじゃねぇか!!」
「……チッ。移植には順序があるんだ。救うべき順序が。浩二君の身分には合わなかったんだよ」
狭間は飄々と語ると、そそくさと歩き出す。
そして去り際に一言呟いた。
「……まぁあの|子(娘)の適正にも合わないがね」
オレの怒りは頂点に達し、背後から狭間に殴り掛かった。
「このクソ野郎ぉぉぉぉ!!!!」
狭間は勢いよく吹っ飛び、口からは出血していた。
だが、ゆっくりと立ち上がると何事も無かったかのように笑顔になる。
「君はもう少し賢くなった方が良いな。触れてはいけない世界というものがあるんだよ……」
そう呟くと、狭間は立ち去ってしまった。
オレはあまりにも不気味な笑顔に鳥肌が立ち、暫くその場から動く事が出来なかった。
数日後、思いもよらない話が飛び込んで来る。
「宮本君! 電話が掛かってきてるわよ!」
「はい……今行きます」
看護師に呼ばれ、オレは電話を受ける。
「……は? 今なんて?」
「……残念だけど、お父さんが」
父親の突然の訃報だった。
オレは幼い頃、両親が離婚し父親に引き取られた。
家にはオヤジしか居ない。
オヤジは、家では呑んだくれのどうしようもない奴だったが、柔道の試合はいつも見守ってくれる。
そんなオヤジを鬱陶しく思いつつも、心の中では感謝していた。
しかし、そんなオヤジが死んでしまった。
死因も奇妙なもので、職場で突然に泡を吹いて倒れたという。
そこでふと、オレは数日前の狭間との会話を思い出した。
【君はもう少し賢くなった方が良いな。触れてはいけない世界というものがあるんだよ……】
そして頭に血が上り、狭間の元へと駆け寄ると胸倉を握る。
「てめぇ!! よくもオレのオヤジを……」
「さて、何の事かな? 君もこれでもう少し賢くなってくれると嬉しいのだが……」
間違いない、犯人はこいつだ。
しかし、オレに出来る事は何一つなかった。
途方に暮れる毎日を過ごし、やがて退院の日程が決まる。
退院まで残り2日に迫った時、遂に最悪の事態が起きた。
「浩二君! 浩二君しっかり!!」
看護師が慌ててコージに呼び掛けている。
だが、心電図を計る機械から警報が鳴り響く。
看護師は更に強い口調でコージへ呼び掛けるが、コージは全く反応しない。
やがて数値が下がっていき、遂に心電図は0になってしまった。
病室にピーという電子音が虚しく木霊する。
そしてオレは目の前が真っ暗になった。
退院の前日、オレは怒りに飲み込まれていた。
(あの医者が憎い、この病院が憎い、非力な自分が憎い……)
そんな事を考えながら退院当日となる。
オレは一人で病院を出ると、自宅へと帰った。
だが、そこで待っているはずのオヤジはもういない。
オレは無性に死にたくなった。
(死にたい。だが、狭間をあのままにしておくのは許せない。殺す……あいつを……コージの心臓を奪った奴も……)
気がつくと、オレはビンを片手に病院の前まで来ていた。
そして、おもむろにマッチへ火を付けると、ビンへ着火させる。
そして火炎瓶を窓へ向けて投げ入れた。
ビンは窓を破り病室の中で砕けると、次第に病室から黒煙をあげる。
複数の火炎瓶を投げ入れると、病院はたちまち大火事となった。
やがてオレは警備員に取り押さえられ、警察に引き渡される。
そして2年間を少年院で過ごす事となった。
少年院を出ると、オレはあの病院へと向かう。
だが、そこにはもう病院は無く、あるのは変わり果てた廃墟だった。
オレは荒地となった廃墟の周辺から、手頃な花を幾つか摘むと、建物の中へと入る。
そして、4階の嘗てオレ達の病室だった部屋へ入ると、摘んできた花をそっと手向け、手を合わせた。
「アンタ、大人しく捕まりなさい!!」
しかし、背後から女の声がする。
振り向くと、猫耳の女が立っていた。
女はオレを羽交い締めにする。
オレは必死に抵抗するが、女の圧倒的な腕力には敵わずに意識を失ってしまう。
気が付くとこの体になっていた。
そして行く宛の無かったオレは、ラドウとネムの雑用をするようになった。
※ ※ ※
「これがオレが廃墟へ行き着いた経緯だ」
シンが語り終えると、ネムはガタガタと震え出した。
「ね、ねぇ、シン……その……移植って、何年前の話?」
「オレがお前達の雑用をするようになって2年、少年院へ入って2年……だから約4年前だ」
「ア……アタシね……その病院で……い、移植を受けているのよ……4年前に……」
「!?」
シンは目を見開くとネムを鋭く見つめる。
「シン……ひ、ひとつだけ教えて……その手術の日って……」
「ああ……」
「「3月14日」」
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次回の更新は23日の予定です。




