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20話 なんで助けてくれたの?

 

 俺は二年に進級した。

 だが、あいつの嫌がらせは次第にエスカレートしていく。

 物が盗まれる事は無くなったが、今度はスマホへ迷惑メールが届くようになる。

 最初はアダルトサイトの勧誘に始まり、次第に謎の添付ファイルの付いたものが送られ、最後は俺の顔を裸の画像と貼り合わせたコラージュも届くようになった。

 あいつのスマホを覗き見して以降、あいつとは一切、口を利くことがなくなり、関係は益々悪化していく。


 あいつからの執拗な攻撃に、俺の精神は徐々に疲弊していった。


 ※ ※ ※


 ――9日目


 俺は眼が醒めるとベットへ視線を向けた。

 ネムはまだ小さく寝息を立てて眠っている。

 時計を見ると午前8時。

 寝惚け眼を擦りながら、テレビへと命令を下す。


「動け」


 テレビを点けると、朝のニュースが映る。

 画面の見出しには“一夜にして消えた街”と書かれ、レポーターがヘリから中継をしている。


「ご覧ください! 私の足元に広がる空き地。ここは昨日まで、ごく普通の住宅街でした。しかし今日は、ご覧のように何も無い荒れた風景が広がっています! 一体この街に何があったというのでしょうか?……」


 画面に映るのは、昨日俺が捕食した街だった。

 チャンネルを回すと、どのチャンネルでも消えた街についてのニュースを報道している。

 チャンネルを変える度に、ひしひしと事の重大さを認識し、体が震えてきた。


「うぅっ! 俺は……なんてことを……」


 俺が頭を抱えていると、画面は防犯カメラの映像に切り替わった。

 昨日の俺達の遣り取りが流れる。

 ぼんやりとラドウと真実、そして俺の車が映し出された。

 ラドウは真実に迫ると、懐から銃を取り出す。

 俺は車から飛び出し、真実に手を伸ばすと、直後にラドウの銃口が光る。

 そして真実の体が粉砕し、頭部が宙を舞った。

 直後、ラドウはその場を立ち去り、俺はひたすらに左手から真実を複製し続け、野次馬に向けて叫ぶ。


 映像はここで途切れている。

 幸い、顔やナンバープレートが認識できない程に画質は悪い。

 所々モザイク処理が施されてはいるが、そのシーンは容易に想像出来た。


「現場の防犯カメラの映像は以上です。警察はテロの疑いも視野に、捜査を進めています……」


 ゆっくりと視線を落とす。

 あの時の情景がフラッシュバックし、脂汗が吹き出した。


「うわぁぁぁぁ!!」


 そして、床を叩き号泣する。


「なに!?」


 俺の叫びにネムが飛び起きた。

 ネムは不安な表情で俺の顔を見つめる。


「アンタ……何で泣いてるの?……」


 ネムは俺の顔を眺めると、テレビへと視線を変え口元を歪ませる。


「アタシの所為よ……あの子をラドウに伝えたのはアタシ。だからあの子を殺したのはアタシ……ごめんなさい! ……本当にごめんなさいっ……」


 ネムはボロボロと泣き崩れた。

 直接の原因ではないにしろ、ネムが真実の殺害に携わったのは事実だ。

 しかし、今のネムを責めることは出来なかった。

 俺は遣り場のない怒りに苛まれ、再び涙を流す。


「うわぁぁぁぁ……」

「ああぁぁぁぁ……」


 室内に俺達の咽び泣く声が響いた。


 気持ちが落ち着きネムに視線を向けると、ネムは未だに泣き続けている。

 しかし、俺はネムに言葉を投げる。


「俺はお前を許さない。だが、過ぎたことは仕方ない。前を向け! 立ち止まるな! 同じ過ちをしたら、次はお前を殺すからな!」


 ネムは口を紡ぎ鼻をすすると、静かに、そして力強く頷いた。


 暫くしてネムが泣き止むと、俺は左手から真実の赤い帽子を複製し、俯くネムに被せた。

 続いて黒いコートも複製し、ネムの前に置く。

 ネムは猫耳と尻尾を生やしている。

 真夏に帽子とコートを着たネムの姿は異様だが、

 薄着のまま外に出るとトラブルに巻き込まれる可能性があった。


「着ろ……」

「……え?」


「腹減っただろ。何か食いに行くぞ……」

「……うん」


 俺達は部屋を出ると、街へ向けて歩き出す。

 上空には無数のヘリが、真波の家の方角へ向けて飛んでいた。

 おそらく報道関係のヘリだろう。


 暫く歩くと街に到着する。

 ここは真実の家から大分離れている事もあり、大きな混乱は無いようだ。


「何が食いたい?」

「……なんでもいいよ」


 今のネムは自信を失くし、周囲に流されてしまっている。

 このままでは己の意思で決断出来なくなってしまうだろう。

 だから少しでも、ネムに何かを決めさせる必要があった。


「ネム、お前が決めろ」

「……うん」


 ネムは辺りを見回しながら、好みの店を探している。

 やがて数分ほど歩くと、“まぐろ丼”と書かれた店の前で足を止めた。


「……ここにする」

「わかった」


 店頭には券売機が置かれ、食券を購入する仕組みのようだ。


「……あっ、でもアタシお金持ってないよ」

「金の事は気にするな。いいから好きなものを選べ」


「……うん、ありがとう」


 俺は左手から千円札を二枚複製し、券売機に投入した。

 ネムは申し訳なさそうに、まぐろ丼の並の食券を購入し、俺も同じ物を買う。

 席に着くとまぐろ丼が目の前に運ばれる。

 ネムはまぐろを一切れ口に運ぶと、口元が緩んだ。


「美味いか?」

「うん!」


 微笑するネムに、俺は胸を撫で下ろした。

 俺もまぐろを口に運ぶ。

 やはり人の舌で味わう鮪は美味い。

 まぐろを完食し店を出ると、ネムに服を買う事を提案する。


「ネム、お前の服を買いに行くぞ!」

「えっ? ……うん」


 ネムは驚き頷いた。

 近くの衣料品店へ入ると、ネムに指示する。


「好きなものを選べ」

「ありがとう……」


 ネムは再び申し訳なさそうに呟くと、服を選び始める。

 ネムは清楚な白い服と白い帽子を選んだ。

 丈の長いスカートからは、ちらりと尻尾が見え隠れしている。


「それで良いのか?」

「うん……」


 俺は密かに左手に一万円札を二枚複製し、ネムの選んだ服をレジに持っていく。


「お会計は14171円です」


 会計を終え、釣銭を仕舞い商品を受け取る。

 購入した服を腹に抱え店を出ると、静かにスライムで包み込み捕食した。


 ネムの顔は徐々に明るさを取り戻しているようだが、初めて顔を合わせた時の無鉄砲さとは比べ物にならない程に大人しい。

 宛てもなく街を散策していると、喫茶店が目に入った。

 ネムは店頭に置かれたソフトクリームの看板を見つめている。


「ソフトクリーム、食いたいのか?」


 ネムは静かに頷いた。

 俺は千円札を一枚複製し、ネムに渡す。


「これで好きなのを買って来い」

「ありがとう……」


 暫くすると、ネムがソフトクリームを二つ持って戻ってきた。

 どうやらバニラ味のようだ。


「はい、これ」

「おう。ありがとな」


 ネムから釣銭とソフトクリームを受け取り、近くの公園のベンチに座る。

 そして、ネムがソフトクリームをチロリと舐めた。


「……美味しい!」


 ネムの顔が緩んだ。


「良かったな」

「うん!」


 ネムは俺に笑顔で応える。

 その顔は無邪気だが、寂しさも併せ持つ複雑な表情をしていた。


 俺もソフトクリームを一口舐める。


(ネムはこれが好きなのか……)


 そう思いながら、口の中をスライム化させソフトクリームを放り込み捕食した。


 暫くしてネムもソフトクリームを食べ終えると、俺に顔を向ける。


「ねぇ、なんで純はアタシを助けてくれたの?」

「……わからねぇ。なんとなくだ」


「そう……」

「ああ……」


 俺達は暫く空を見上げ、各々の思いを馳せた。

 やがて空が赤く染まると、俺は立ち上がる。


「そろそろ帰るか……」

「うん……」


 俺達は帰路に就く為に歩き出す。

 気が付くと、時刻は17時を回っていた。


拙作をお読みくださりありがとうございます。

お気に召しましたら、ブックマークを頂けると嬉しいです。


次回の更新は26日の予定です。

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