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19話 廃墟の体

 

 室内に一発の銃声が甲高く鳴り響いた。


「なっ……なんで、アタシを……」

「あの程度の下等生物にやられるようでは、ワシの助手など務まる訳がなかろう? ネム、お前も下等生物じゃな!」


 ネムはラドウに銃で胸を撃たれ、口から血を流し倒れた。


「ラドウ……てめぇ! ネムそいつは仲間じゃねぇのか!?」

「はっ、仲間? ネムはワシの作品じゃ。不要なゴミを処分しただけじゃて。まぁ時間稼ぎ程度にはなるじゃろう? しかしのぅ、人間ならば体が粉砕するものじゃが、ネムは穴が開くだけとはのぅ。肉体は傑作じゃな!」


 ラドウは頷くとベッドに飛び乗った。


「ま……って……ラドウ……様……あたしも……一緒に……」

「ネムよ、お前はもう用済みじゃ! 達者でのう。ふぇっふぇっふぇ……」


 ラドウは手を伸ばすネムを蹴り飛ばし嗤うと、ベッドの淵を数回叩く。


「ドゴーン!」


 するとラドウの乗ったベッドは勢いよく壁を突き破り、天空へと飛び去ってしまった。


「ラドウ様……なんで……アタシ……ゴファッ!」


 ネムは一点を見つめ呟き、大量に吐血した。

 このまま放置すれば直に死ぬだろう。

 だが、俺はネムを放置し屋上へ向けて歩き始める。


『あーあ。やっと……見つけた……居場所……だったのにね……』


 しかしネムは哀しく囁いた。

 その瞬間、俺の脳裏に過去の苦い記憶が蘇る。


 ※ ※ ※


 俺は高校時代、それなりに名の知れた進学校へ入学した。

 学期末になるとクラス全員の成績が順位ごとに張り出されるのだが、俺は殆ど一位だった。


「よう、加藤! お前一位かよ! すげぇな。大学も選び放題なんじゃねぇの?」

「おう! ま、俺にとっちゃ余裕だよ、余裕! はっはっは!」


 一年の一学期、成績が張り出されると、あいつ・・・は俺に声を掛け、俺は自慢気に言葉を返した。

 あいつの成績は俺に次ぐ二位だ。

 この時に俺は、気付くべきだったんだ。

 俺に対して、あいつが嫉妬をしていることに。


 ある日俺のペンが無くなった。


「あれ? おっかしいな……」

「よう、加藤。どうした?」


「なぁ、俺のシャーペン見なかったか?」

「シャーペン? 知らねえなぁ。どっかに落としたんだろ?」


「うーん、確かにここに入れといたんだけどなぁ……」

「お前はシャーペンなんて幾らでも買えるだろ? また買えば良いじゃねーか!」


「そうだな……」


 俺は物に対する愛着があり、普段使用している物を無くすことは考え難い。

 誰かが俺のペンケースから抜き取っている事は間違いなかった。

 だが、面倒事を起こしたくなかった俺は、渋々新品のシャーペンを補充する。


 そして数日後の昼休み、再び物が盗まれた。


(クソッ! 今日は消しゴムか……)


「よう! 今日も忘れ物か? お前も大変だなぁ〜」

「忘れたんじゃねぇよ、盗まれてんだよ。いい加減にしろってんだよな……」


「ははは。そんなカリカリすんなって。また買えば良いだろ。お前には大した額じゃねぇんだからよ!」

「そ、そうだな……」


 俺は次第にこいつへ違和感を覚えていく。

 こいつは俺の目を見て話そうとしないからだ。

 纏う空気に距離を感じる。

 怪訝に思いながらも、細かい事は気にせず勉強に明け暮れる日々が続いた。


 だが、沈黙の日常を破る事件が起きる。


 あいつの机にスマホが置かれていた。

 あいつに対しての違和感が俺の左手を動かす。

 悪いと思いながらも、俺はあいつのスマホのホームボタンを押してしまった。

 すると、画面にはSNSのグループトークが表示され、驚愕の事実が突きつけられる。


「|下等(加藤)が今日も忘れ物だってよ。ゴミ箱探せば見つかるのにな。可哀想にw」


 俺は静かにスマホを机へ置き、恐る恐るゴミ箱を覗き込む。

 すると、ゴミ箱から俺の消しゴムが顔を覗かせていた。

 その直後、背後から声が掛けられる。


「困るなぁ、人の携帯を勝手に見てさぁ。これからはどうなるか知らないよ〜?」


 あいつは不気味に嗤いながら俺の肩を叩く。

 俺を監視しているのか?

 困惑、焦り、怒り、全ての感情を、まるで動物を観察するかの如く遠目から見られている。

 あいつへ視線を向けると、あいつは不気味に嗤いながら口を開く。


『ここにお前の居場所はねぇよ』


 嫌がらせの類を受けた事の無い俺は、背筋が凍るような悪寒に襲われ、咄嗟に教室から飛び出した。


 ※ ※ ※


(……クソッ! 嫌なものを思い出しちまった)


 俺は足を止め、棚に置かれたGG161を捕食する。


「食いたい……」

「シュゥ……」


 そして左手からGG161を複製し、ネムの頭へと振りかけた。

 すると、ネムの体は瞬く間に傷が塞がり、火傷が癒えていく。


「アンタ……なんでアタシを助けたのよ……」

「……行く宛が無いなら屋上へ来い。ここに居るなら殺す」


 俺はネムに一言だけ告げ、再び歩き始めた。

 屋上へ上がると、眼下には光り輝く街並みが一望できる。


(俺はこれから、この街を食わなければならないのか……)


 昨日までの俺は、人間という小さな一粒を捕食する事だけを考えていた。

 だが、それは間違いだと気付いてしまった。

 俺が食おうとしているのは、人間だけではない。

 そこに繋がるあらゆるものを、食わなければならないのだ。

 それは決して軽いものではないだろう。

 覚悟を決め、目を瞑り深呼吸をする。


「あっ……アタシも連れてって!!」


 その時、背後からネムが叫ぶ。

 どうやら覚悟を決めたようだ。

 俺はネムへ振り向き呟く。


「お前は信用出来ない」


 さっきは勢いで屋上へ来いと言ってしまったが、ネムは敵だ。

 ラドウから切られたとしても、俺に敵対する可能性が高い。

 安易に受け入れるわけにはいかなかった。

 だが、ネムは鋭い眼差しで俺を見つめる。


「アタシ、何でもする! アンタの言う通りに動く。盾にだってなる。だからもう……一人になりたくない……」


 ネムの強い想いが俺の感情に突き刺さる。

 一人になることの辛さは筆舌し難い。

 俺は暫し瞑目し、決断する。


「ネム、ここへ来い……」


 ネムは頷き、俺の前に立つ。


「口を開けろ……」


 そして、静かに口を開く。

 俺はネムの口に腕を突っ込むと、胃へスライムを流し込む。


「トクッ……トクッ……トクッ……」

「……っ!!」


 ネムの体は痙攣し、目に涙を浮かべるが、拒む様子はない。

 やがて拳大のスライムがネムの胃に収まると、口から腕を引き抜いた。

 するとネムは咳き込みながら、怪訝な顔で口を開く。


「ゲホッ……な、何を……したの?……」

「お前はまだ信用出来ない。だから俺の体の一部を仕込ませてもらった。俺を裏切るならば、お前の体内を食い荒らす」


 俺はネムの胃に流し込んだスライムへ意識を向け、命令を下す。


「振動しろ!」


 すると、ネムの腹部が小刻みに波打つ。


「おえぇぇっ!!」


 そしてネムは嘔吐した。

 だが、胃の内壁に浸透したスライムが吐き戻される事は無かった。

 スライムの振動を止め、ネムに視線を向ける。


「お前、本当に俺に付いて来るのか?」

「……」


 ネムは口を拭うと、再び鋭い眼差しで頷く。

 俺はその覚悟を認め、ネムを連れて行く事を決めた。


「そこで待っていろ。今からここを俺にする……」

「……!?」


 そして俺は両手を広げた。

 ネムが驚愕の表情を浮かべる中、両手から濁流の如くスライムを放出する。


「ゴォォォォ……」


 放出したスライムは壁や階段を伝い、廃墟全体を包み込んでいく。

 5階の研究室、4階の墓石、3階の檻、2階の大麻、そして1階の空き部屋。

 廃墟の全てを包み終えると、ネム以外の全て物へ意識を集中させ捕食を行う。


「食わせろっ!」

「シュゥッ!!」


 廃墟は一瞬のうちに消化され、後にはゼリー状に揺れるスライムの塊が顕現し、ネムはその中へと沈んでいく。


 ※ ※ ※


「お父さん! アタシ、手術は受けないって言ったじゃない!」

「レイ、お父さんを困らせるんじゃないよ。レイにはこれからも元気に生きて欲しいんだ」


「嫌よ! アタシはもういいの。お父さんの政治の道具にされるアタシの気持ち、考えた事ある!?」

「レイ……ふう。仕方ないな。おい!」

「はい……」


「ちょっと何よこの注射! やめて! 離して!! 離……」


 ※ ※ ※


 ネムは俺の体に沈み、意識を失ってしまった。


 この廃墟へラドウが戻ってくることも考えられる。

 よって、此処には廃墟を残しておく必要があった。

 俺はネムを掬い上げると、捕食した廃墟の複製を始める。


「ジュグジュグジュグ……」


 部屋の小物に至るまで、寸分違わぬ状態で再び廃墟の複製が完了した。

 これでラドウが戻ってきたとしても、廃墟をスライム化させ捕食する事が出来るだろう。


 俺はネムを抱きかかえ、廃墟を後にした。

 そして裏道へ行き、左手から車を複製する。


「ブシャァ……ジュグジュグ……ドンッ!」


 ネムを後部座席に寝かせると、自室へ向け車を走らせる。


 部屋に入りネムをベッドに寝かせると、俺は床に座った。

 暫くすると寝息が止まり、ネムが口を開く。


「……ここは?」

「……俺の部屋だ」


「……そう。やっぱりアタシ、棄てられたのね」

「……そうだな」


 俺は無言で俯くと、暫く一点を見つめた。

 そしてベッドへ視線を向け開口する。


「なぁ、ラドウは……」


 しかしネムは、すやすやと寝息を立てていた。

 顔を覗き込むと、哀切に目元から一筋の線を浮かべている。


(俺も寝るか……)


 そんなネムの様子に目を細め、俺も床へ横になり意識を手放した。


拙作をお読みくださりありがとうございます。

お気に召しましたら、ブックマークを頂けると嬉しいです。


次回の更新は19日の予定です。

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