16話 食欲が無い
今回から一人称視点に加え三人称視点も追加となります。
時は遡り、純が窓から飛び降りた直後。
廃墟の5階ではネムがラドウへ抗議していた。
「ラドウ様! なんで止めたのよ!?」
「ネムよ、お前の脚力を活かした策があるのじゃ」
「策? アタシは何をすればいいの?」
「うむ。ネム、お前は奴を追え。但し屋根伝いに上空からな。よいか、決して奴に悟られるなよ? 奴の行動を監視し、活動範囲を掴むのじゃ!」
「な〜るほど、さっすがラドウ様! じゃあアタシはアイツに気付かれずに追いかければいいのね?」
「うむ。頼んだぞ」
「おっけ〜! 任せてよ!」
ネムは窓から飛び出すと、屋根伝いに跳躍し純の後を追う。
「へぇ〜アイツ車で来てたんだ〜」
そして純が車へ乗り込んだ事を確認すると、ネムは屋根伝いに車の追跡を開始した。
純は辺りを見回すと、ゆっくりと車を走らせる。
(いやー、参ったな。完全にやられた。もう精神的にボロボロだ。こんな時はやっぱり、真実の顔を見て癒されないとな……)
そして車は真実の家へ向け速度を上げる。
その背後から、追手が迫る事を知る由も無いまま。
「こんなに高く飛んだのは久しぶりだわ! やっぱりこの体は良いわねぇ。ラドウ様に感謝しなくっちゃ!」
久々の感覚に胸を躍らせながら、ネムは強力な脚力を駆使し純を追い掛ける。
一度の跳躍で10mもの距離を進み、屋根から屋根へ、ビルからビルへと確実に、一定の距離を保ちつつ様子を伺っていた。
やがて車は真実の家の前へ到着する。
時刻は17時を回っていた。
純は意識を集中すると、真実の部屋に設置したスライム製のぬいぐるみの目玉をスライム化し、部屋の様子を確認する。
(スライムは小型カメラより画質が良いなぁ! おっ、真実はそろそろ出勤か〜。今日も清楚な白い服! やっぱり真実は癒されるぜぇ……)
暫くすると部屋の電気が消され、エントランスから真実が現れた。
純は車内から熱い視線を真実へ向ける。
だが、真実は純の視線など知る由も無い。
車内の様子を伺っていたネムは純の行動を見逃さなかった。
「はは〜ん。あのスライム、今出てきた女の事が気になってるのね。さっさとホテルにでも連れ込んじゃえば良いのに。鈍い男ね……いや、人間じゃないから会えないのも仕方ないのかしら? とにかくこれはラドウ様へ報告ね!」
ネムは興味津々に純の行動に目を光らせながら監視を続ける。
(よし、無事真実の出勤も見届けたし、帰るとするか……)
真実の出勤を確認した純は、自室へ向け再び車を走らせた。
「また動き出したわね! 今度は何処に行くのかしら? 」
ネムも再び車と一定の距離を保ちながら後を追う。
やがて車はコインパーキングへ入庫すると、純は車から降りて歩き出した。
そして自室へ入るとシャワーを浴び始める。
「ふぅ〜ん。ここがアイツの家ってわけね。かとう……じゅん? へぇ、アイツ加藤純って言うんだ。スライムの癖に人間みたいに生活しているなんて生意気ね! これもラドウ様へ報告だわ!」
純はシャワーを浴び終えると、ベッドに横たわり、暫し今日の出来事を整理する。
(ネム……あいつはバカ力だが、頭も弱そうだ。スライムで包み込んでしまえば大した事ない。問題はラドウだ。奴は俺の体を溶かす薬を開発した。あの激痛を味わうのは御免だ。次は、あの薬の対策を練らなければ……)
純は情報の整理を終えると静かに意識を手放した。
「寝たみたいね。ここで攫った方が良さそうな気がするけど、ラドウ様に止められてるものね。仕方ないわ、帰りましょう……」
ネムは窓の隙間から純の様子を伺い、ベッドへ横になった事を確認すると、ラドウへ報告の為に廃墟へと帰っていった。
※ ※ ※
――8日目
俺は眼が覚めると、左手にスマホを複製した。
寝惚け眼に欠伸をしながらホーム画面を眺める。
(もう8日か……俺、本当に20日で2000万人を捕食する事なんて出来るのかなぁ……)
この8日間、何もしてこなかった訳じゃ無い。
スライムの体積を増やす為に色々と動いてきたつもりだ。
実際、体積はビル一棟を軽く飲み込める位には増えただろう。
だが、2000万人という途方も無い数に圧倒され、自信を失いつつあった。
現在の捕食人数は30人だ。
このままでは20日の期日に10000人すら満たない。
そろそろ形振り構っていられないだろう。
しかし、廃墟4階の檻に居たゾンビ化した人間達を捕食してから、人間の捕食について及び腰になっていた。
人間を食う事自体に抵抗はない。
だが、活け造りのように苦痛を味わわせる食い方には抵抗がある。
首を落とせば済む話だが、それだけでは解消しない何かが胸の中で渦巻いていた。
暫くスマホを見つめ、結論を導き出そうと思考を巡らす。
人間を捕食しなければならない、これは確定事項だ。
「今日は……食うか!」
意を決して立ち上がり、覚悟を決める。
「しかし、目立ちたくはない……どうすればいい?……」
だが、下手に目立って警察にバレるのは嫌だ。
覚悟を決めるも動けない歯痒さに苛まれていた。
仕方なく部屋を出て車に乗り込み、気分転換にのんびりとオートマで走り出す。
昨日までは俺の体を取り戻す為に躍起になっていたが、捕まったスライムは殺されてしまった。
更に、廃墟へ乗り込むのならば、謎の薬品を振り撒くラドウの対策を練らなければならない。
あの廃墟を放置すれば、新たに苦痛を味わう奴が現れるだろうが、自らの生死を賭けてまで廃墟を潰すには、理由が弱かった。
緊急性が失われ、廃墟に関する緊張も、やや薄れてしまっていたというのもある。
煮え切らない感情のまま車を走らせ、暫くすると繁華街の裏路地へ到着した。
車をマンホールの蓋の上に停車し、車の底面をスライム化させるとマンホールの蓋に命令を下す。
「戻れ!」
「ドロッ……」
ここは以前、下水を捕食した場所だ。
俺の喫茶店と化した下水管に、体内のスライムを流し込む。
「トプトプトプ……」
水飴の如くゆっくりと、だが濁流の如く流れ込む俺の体。
その勢いは留まる事を知らず、マンホールの中を大量のスライムで埋め尽くしていく。
(最近は体積が増えたおかげかスライムの操作が調子良い。複製も、ちゃちゃっと熟せている気がする)
そんな事を考えながら、枝分かれした配管を正確に把握し、地下を張り巡らされた下水管の細部まで下水をゆっくりと捕食しながらスライムを広げていく。
「ゴォォォォ……」
やはり下水は美味い。
人間達の排出する不純な物を浄化していく感覚は快感だ。
このまま下水だけを捕食していたい……
そんな願望を抱きながら、のんびりと下水を啜る。
「ゴォォォォ……ゴゴッ……ゴッ……」
やがて下水管を空にすると、地下のスライムを回収する。
地下へ流し込むよりも早く、スライムが地下から逆流し体内へ収納されていく。
回収は数分も掛からず終了した。
左手からマンホールの蓋を複製すると、マンホールへ被せる。
「仕方ない、誰か食いに行くか……」
車を降りると、気が向かないまま繁華街へ向けて歩き出す。
時刻は15時を回っていた。
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