15話 逆転
「あわわわわ! わかった! 言いますよ、言えば良いんでしょ!」
※ ※ ※
ネムの説明によると、俺の体は5階の一室で研究材料にされているらしい。
回収されたスライムへ意識を向けるが応答が無い。
何らかの危害を受けている事が考えられる。
俺は背中から触手状にしたスライムを伸ばし、スライムに包まれたネムを頭上に吊るすと、5階へ向けて歩き出した。
「なるほどな。では案内しろ!」
「うわわわわぁ! ちょっと離してよ!」
ネムの苦情を余所に階段を登る。
そして5階の堅牢な扉を開くと、ラドウと呼ばれた男がこちらを振り向く。
「なんじゃ、モルモットがまた来たか!」
男は、まるで俺がこの部屋に辿り着くことを予想していたかの如く、平然と俺に視線を向けた。
俺は、こいつにも聞きたい事がある。
肩を竦める男へ向け、質問を投げ掛けた。
「おいお前! 何でこんな所に居るんだ! 俺の体を返せ!」
「お前とは随分な言い草じゃのう。ワシはラドウ。天才科学者じゃ!」
やはり、この男はラドウと言うらしい。
自らを天才科学者と名乗っているところからすると、大した事はなさそうだが……
「ラドウ……俺の体は何処だ!?」
「小僧の体か? 有難く研究材料にさせてもらったわ! もう欠片も残っておらんぞ!」
(欠片も無いだと!? 道理で呼び掛けても反応が無い訳だ。まさか殺されていたとは……しかし、どんな熱にも耐えるスライムの体が、いとも簡単に殺られるのか……)
思わぬ弱点に驚愕する。
「……もう一つ聞きたいことがある。檻に居た奴は何だ!?」
「奴等はここを廃墟だと抜かしおったバカ供よ! 身勝手に入り込み、好き勝手に荒らしたからのう。何をされても文句は言えんじゃろ?」
ラドウは不気味な笑みを浮かべ飄々と答えた。
4階の檻に居たゾンビ化した人間は、廃墟探索に来た奴の成れの果てということか。
おそらく、わざと見張りを置かないことで研究材料となる人間を誘き寄せていたのだろう……
家畜の屠殺ですら苦しませずに殺すというのに、こいつらは苦しませるだけ苦しませて、殺しもしない。
ラドウのやり方に強い憤りを覚えた俺は、ラドウへ向けて殴りかかった。
「てめぇは人を散々痛めつけて何とも思わないのか!!」
ネムを吊るしながら、助走をつけ左手を握りラドウの右頬に拳を叩き込んだ。
「グフッ……」
ラドウは口から血を流すも、不気味な嗤いを浮かべ懐から謎の薬品を取り出した。
俺は訝しみつつも、ラドウの動向に注目し身構える。
すると、ラドウは取り出した薬品を、ネムを包むスライムへ向け振り撒いた。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
その直後、体中に激痛が走る。
(何だこの痛みは……うっ、嘘だろ!?)
頭上のスライムへ目を向けると、液体を掛けられた部分が煙を上げ、溶け始めている。
慌てて背中から伸びる触手状のスライムを切り離し、感覚を遮断した。
「なんだ……これは……」
「ふぇっふぇっふぇ! この薬は小僧の体から作った。辛いじゃろ? 苦しいじゃろ? 小僧の体を緩やかに溶かすこの薬はワシの傑作じゃ! 下等生物よ、ワシのモルモットになれぃ!」
まずい、完全に油断していた。
まさかこんな隠し玉を持っていたとは……
「これで形勢逆転だよっ!」
状況は更に悪くなる。
俺の体から解放されたネムは、水を得た魚の如く、勢いよく腕を振り回す。
そして俺に向かい跳躍し、左手の拳を突き出した。
俺は咄嗟に前屈みになる。
「ゴリゴリゴリッ……」
「いっ!!!!」
しかし、ネムの拳は俺の背骨を抉ったようで、鈍い音が体を伝い、激痛と共に腹から何かが湧き上がる。
「ガハッ!」
俺は大量に吐血し、地面を赤黒く染め上げた。
同時に体が支えを失い、グニャリと前傾に折れ曲がる。
まさか、たった一振りの薬品で、ここまで窮地に追い込まれる事になるとは思いもしなかった。
転生後では最大の、肉体的と精神的の両面で大きく傷付く大敗を喫してしまう。
慌ててスライム化を試み、仕方なく撤退を図る。
「逃がさないよっ!」
だが、ネムは俺にトドメを刺そうと再び飛び掛かった。
「ネム!」
しかしラドウは手を挙げネムを静止する。
その隙に俺はスライム化し窓から飛び降りた。
5階から落下した衝撃で体が飛び散るも、スライム化によりダメージは皆無だ。
意識を集中し、散ったスライムを一点に集める。
「ジュグジュグジュグ……」
そして人型に戻り車に乗り込むと、胸を撫で下ろした。
(助かった……)
周囲を見回し、追手が居ないことを確認すると車を走らせる。
しかし、なぜラドウはあの時ネムを止めたのか、疑問が湧き思案を巡らす。
あの廃墟は、わざと侵入者を誘き寄せる振る舞いをして実験材料となる人間を集めていた。
しかし、外で揉め事を起こすと警察沙汰になる。
そうなれば、廃墟の実態が明らかになり、警察を敵に回す事になるだろう。
それを避ける為にネムを止めたということか。
さらに、ネムは猫耳に尻尾を生やした獣人だ。
そんな奴が街をウロついていたら、職質必至だろう。
やはりあそこでラドウがネムを止めたのは必然か。
だが、どうも腑に落ちない。
念の為、再度辺りを見回すが追手が居る気配はない。
(考え過ぎか?……)
説明出来ない胸騒ぎを感じながら、俺は廃墟を後にした。
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