12話 真実の部屋を俺にする
俺はサービスエリアを出ると、廃墟へ向け車を走らせていた。
高速道路を降り一般道へ出ると、廃墟が目に入る。
そして廃墟近くの太い道へ車を停め、廃墟へ向けて歩き出す。
時刻は16時を過ぎていた。
廃墟を俺にするには、まず建物の中身を把握しなければならないだろう。
何が起きるのか、わからないからな。
1階を覗くが以前と変化は無い。
室内は何も無い空間が広がっている。
2階へ上がると変化があった。
俺が一昨日捕食した大麻の跡へ新たに別の大麻が植えられている。
此処を管理している奴が居るのは間違いない。
慎重に行動するべきだろう。
3階には相変わらず巨大な檻があり、中には誰も居ない。
そして初の4階へ足を踏み入れると、やはり衝撃の光景が広がっていた。
(これは……墓?)
部屋の中央に、天井まで伸びた墓石が聳え立ち、それを囲うようにプランターへ植えられた花が並べられている。
(誰の墓だろうか?)
訝しみつつ墓石の周りを一周するが、特に何も無かった。
だが、5階へ向かおうとした時、何かが近づいてくる気配を感じる。
慌てて全身をスライム化させ、墓石やプランターの影へ潜んだ。
すると何者かが室内に現れる。
「ヴォ、ヴォ、ヴィ、ヴェ、ヴァ、ヴ……」
呻き声を上げるそれは、全身が鉄の様な銀色に輝いている、まるでゴーレムのように巨躯な男だった。
男はゆっくりとした足取りで墓石へ近づいてくる。
「ヴォ、ヴォ、ヴィ、ヴェ、ヴァ、ヴ……」
そして、墓石の前で再び呻き声を上げると、男は5階へと上がっていった。
俺は人型に戻り、周囲を見回す。
(何だよあれ……どう見ても人間じゃないだろ……)
この廃墟には謎が多過ぎる。
流石にこのまま5階の探索を行うのは危険だ。
今日のところは引き返すことにしよう。
今後の作戦を練る必要があると考え、プランターの中に監視の為のスライムを少量隠す事にした。
意識を集中すれば、音や映像、そして感触がこのスライムを通して入ってくる。
まずはこれで様子を伺う事にする。
※ ※ ※
廃墟から出ると、時刻は17時を過ぎていた。
思い返せばこの4日に、様々な事が起こった。
飛び降り自殺の後、転生してスライムとなると、時計やスマホ、人間などを捕食し、今では廃墟の探索を行なっている。
忙しかった4日間、真実の顔を見ていなかった。
突如、真実に会いたいという感情が湧き上がる。
……しかし俺は振られた。
このまま会いに行っても追い返されるだけだろう。
だが俺は、真実の居ない人生は考えられない。
ならば、真実のことを影から見守ってやるべきだ。
今から真実の部屋へ向かえば、真実の出勤時間に重なる。
(丁度いい、今から真実を見守りに行こう!)
車を操作し、真実の住むマンションへ向かった。
※ ※ ※
真実は5階建のマンションの2階の角部屋に住んでいる。
俺は車内で部屋の様子を伺っていると、真実の部屋の電気が消えた。
普段通りこれからキャバクラへ出勤だ。
暫くして、マンションのエントランスから真実が出てきた。
今日も清楚な服装でブレがない。
辺りを見回し何かを気にしている様子だが、不審者は見当たらない。
無事、真実の出勤を見届けると、財布から合鍵を取り出し真実の部屋へ入ろうと試みる。
(なっ! 開かない……)
どうやら鍵が変えられてしまった様だ。
これでは中へ入る事が出来ない。
暫し思案するが、答えは実に単純だった。
(そうか、スライム化すれば良いじゃないか!)
辺りを見回し人が居ない事を確認すると、ポストにスライム化した両腕を突っ込む。
「ドロッ……」
さらに、頭、肩、胴、足と順番にスライム化し、ポストの中へ流し込んでいく。
「トプトプトプトプ……」
そして、取り出し口から溢れ出たスライムを人型に戻す。
「ジュグジュグジュグジュグ……」
こうして無事、真実の部屋に入る事が出来た。
真実の真面目な性格を表すように、室内は綺麗に片付けられている。
ベッドの淵に置かれたぬいぐるみにセットしてあげた小型カメラを確認すると、既に取り除かれていた。
どうやら、お気に召さなかったらしい。
さらに、コンセントに付けてあげたマイクも取り除かれていた。
思い返すと、真実はキャバクラで……
【気持ち悪いからもう来ないで】
そう言っていた。
俺は真実の気持ちをわかっていなかった。
真実に気付かれないように静かに見守ってやらないと、真実に俺の気持ちを押し付ける事になるだろう。
そうなると、きっと真実は不快な思いをする。
それでは見守ってあげている意味が無い。
カメラやマイクでは真実に気付かれてしまう。
だが、今の俺は静かに真実を見守る事が出来る。
(この部屋の中身を、全て俺にする……)
ベッドやぬいぐるみ、家電家具の全てを俺の体に置き換えれば、いつでも真実を見守ってやれる。
早速部屋の中央に立ち、両手から勢いよくスライムを放出する。
「ブシャァァァァ……」
スライムは次第に部屋の中を満たしていき、やがて天井までスライムに埋め尽くされた。
スライムの海となった真実の部屋に、穏やかな食欲を注ぐ。
「食べたいっ」
「シュヮ……」
部屋の中の物がゆっくりと音を立てて消化されていく。
人間を捕食しているわけではないが、心なしかとても美味いような気がする。
(真実が使っているテレビ、真実が使っている冷蔵庫、真実が好きなぬいぐるみ、真実の寝ているベッド、真実の、真実の……真実の全てを、俺に!)
部屋の中身を全て消化すると、一つずつ確実に寸分の狂いもなくスライムで複製した物に置き換えていく。
全ての物を俺の体に置き換え終わると、再びポストの取り出し口に両腕を突っ込む。
そして全身をスライム化し外へ出ると、静かに真実の部屋を後にした。
※ ※ ※
車に戻ると俺の部屋に向けて走り出す。
「はぁ……」
車内で大きく溜息を吐いた。
真実に会いたい、だが会えない。
目の前に真実が居るのに、それが叶わない……
俺の部屋の近くにあるコインパーキングへ車を停め、部屋へ入ると、シャワーを浴びに浴室へ向かう。
シャワーを浴びながら左手をスライム化させ、まじまじと眺めながら暫し瞑目する。
(待ってろ真実、俺は絶対にお前を人間の中で一番幸せにするからな!)
この能力があれば、きっと真実を幸せに出来る。
2000万人を殺す事、それは途方も無い数だが、俺はやってやる。
(全てを喰らい尽くしても、俺は真実を……)
押し寄せる真実への思いと決意を胸に、ベッドへ横になると静かに眠りに就いた。
※ ※ ※
――5日目
俺は体に違和感を感じ、叩き起こされるように目が覚めた。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
お気に召しましたら、ブックマークを頂けると嬉しいです。
人を捕食する事を忘れているような話になっておりますが、もう暫くお待ちください。
次回の更新は27日の予定です。