10話 煽り運転
俺は食堂ですき焼きを堪能し、更衣室へ向かっている。
更衣室に入ると、数人の人間が服を脱いでいた。
時刻は11時を回り、徐々に客が増えてきたようだ。
浴衣から私服へ着替えると、清算の為にレジへと向かう。
途中には様々な地方の特産品が土産として陳列されていた。
(土産か……真実に、買っていってやろうかな……)
だが、真実にキャバクラで言われた言葉を思い出す。
【純くん、気持ち悪いからもう来ないで】
「……」
俺は、真実の為を思って色々と動いたつもりだった。
しかし、真実は嫌がっていた。
今回の土産はどうだ?
真実は喜んでくれるだろうか?
いや、きっと喜んではくれないだろう。
やはり俺は影から真実を見守るべきなんだ。
そう思い、土産の棚を後にした。
※ ※ ※
レジへと向かう途中、歩きながら左手に一万円札を2種類複製する。
レジに着くと、カウンターの姉ちゃんに鍵を渡した。
「ご利用ありがとうございました。お会計は、56,400円になります」
「はい。……って、ごま、ごまん!?」
「あっ、失礼致しました。5,640円になります」
複製した一万円札は2枚だ。
姉ちゃんの前で追加の一万円札を複製する訳にはいかない。
口からスライムが飛び出るかと思う程に驚いた。
(この姉ちゃんは、まったく……食ってやろうか?)
そんな事を考えながら、カルトンへ一万円札を置く。
「10,000円のお預かりで、3360円のお返しになります」
「……あっ、はい」
1,000円足りないが、余計な揉め事は起こしたくない。
金は今後いくらでも手に入るだろう。
渋々釣り銭を受け取り、財布へ仕舞う。
「ありがとうございました! またのご利用をお待ちしております!」
(またのご利用……ねぇ。今度は、真実と……)
そう思いながらレジを後にすると、駐車場へと向かう。
※ ※ ※
駐車場に着くと、止めてある黒い車へ視線を向ける。
思い返すと捕食してから、この車の外観をよく見ていなかった。
改めて眺めると、なかなかカッコイイ。
ここでふと思いついた。
(車の色は変えられるのか?)
車へ意識を集中し、白い乗用車を想像した。
そして、目を見開き車へ命令を送る。
「変われ!!」
「……」
変わらなかった……
何故変わらないのか、正確な理由は不明だ。
だが、考えられるのは塗料を捕食していない為か。
或いは白い乗用車自体を捕食しなければならないのかもしれない。
少し落ち込みつつ車へ乗り込む。
今回は命令ではなくオートマで運転しようと思う。
意識を集中させ、車へ命令を下す。
「動け!」
「ブオォン!」
エンジンが掛かり、メーターが点灯した。
サイドブレーキを下げ、ドライブへギアを変え、アクセルを踏む。
すると、車がゆっくりと動き出した。
どうやらオートマでも運転出来るようだ。
車を売ってから数ヶ月ぶりの運転だが、まぁなんとかなるだろう。
いざとなれば命令すれば良い。
そんな事を考えながら、廃墟を目指して車を走らせた。
やがて高速道路へ合流し、徐々に速度を上げていく。
追い越し車線を走行していると、背後からクラクションが鳴る。
「ビーッビビビーッ!」
(おっと、鳴らされてしまった!)
慌てて車線変更をし、後ろの白い車へ道を譲る。
暫くすると、背後の白い車が俺の車の横に並んだ。
視線を右に向けると、並んだ車を運転している男が、こちらへ向けて中指を立てている。
(これは……所謂煽り運転という奴か? ……面倒くさい)
ふと頭上を迫る標識に目をやると、10km程先にサービスエリアがあるようだ。
なるほど、今日のランチが決まった。
俺は運転席の窓を開け、男と同様に中指を立てる。
すると男は逆上し、助手席の窓を開けた。
(窓を開けたな? ふっ、単純な奴だ……)
「ゴルァ! テメェ舐めとんのか!? アァ? 何とか言えや!!」
隣の車を運転していたのは、チャラい服装をした40代くらいの男だった。
俺は右手でサムズアップし、180度回す。
男へ向け、くたばれの意思を示した。
「こンの野郎!! ブッ殺したる!!」
隣の車がゆっくりと左右の車間距離を詰めてくる。
やがて数センチの幅まで迫った。
(向こうからわざわざ出向いてくれたか。ご苦労!)
俺は静かに右手をスライム化させ、白い車の運転席へ向けスライムを放出する。
まずは男の足元へスライムを流し込み、アクセルとブレーキの操作を奪った。
そしてハンドルにもスライムを纏わせる。
「なっ、テメェ何しやがった!?」
「何って、下拵えだよ」
男は怪訝な表情で俺を睨みつけているが気にしない。
さて次は、男の口の中へ触手状にしたスライムを突っ込む。
「フゴッ!?」
そして数匹のゴキブリを複製し命令を下す。
「動け!」
すると、男の口の中に居るゴキブリ達がゾワゾワと蠢き出す。
「んんー! んー!!」
男は必死で吐き出そうとするが、そうは俺が許さない。
口だけをスライムで塞ぎ、吐き出す事を阻止する。
やがて男はゴキブリを吸い込み、嚥下した。
ゴキブリの頭をスライム化させ視点を変更すると、どうやらゴキブリは男の喉を登ろうとしているようだ。
「ウゴォォォォ!!」
男は首を振り、もがく。
「最期の晩餐はどうだったかな? まだ昼だけどね!」
俺は飄々と嫌味を投げると、男の全身へスライムを纏わせた。
そして意識を集中し、首だけを消化する。
「ウゴォォ……ォッ!!」
ぼとりと頭が落下し、スライムにぶら下がる。
そしてゴキブリへ意識を向け、命令を下す。
「出てこい!」
「カサカサカサ……」
すると、切断した首からゴキブリが顔を出した。
さらにゴキブリへ意思を集中し、命令を発する。
「戻れ!」
「ドロッ……」
ゴキブリは水色のスライムに姿を変え、男の胴体を纏うスライムへ融合した。
どうやら家電のみならず、複製した生物も任意で動かせるようだ。
ぶら下がる男の頭をスライムで包む。
さらに腕に繋がるスライムを伝い、俺の車の中へ引き寄せると腹の中へ仕舞った。
そして男の胴体へ意識を集中し、食欲を注ぐ。
「食べたいっ!」
「シュゥゥ……」
男の胴体が徐々に消化されていく。
だが、のんびりは出来ない。
サービスエリアまで残り数分に迫っていた。
名残惜しいが、食欲を強めて胴体と頭部の消化を加速させる。
やがて消化が終わると、頭の中から先程捕食したチャラい男を掴み、右手からスライムを放ち複製する。
「ジュグジュグジュグ……」
スライムは次第に人間の形に成形されていく。
「……」
そして、目を見開き生気のない男が完成した。
運転席に座らせているが、マネキンのようで若干怖い。
気を取り直して命令を下す。
「運転しろ!」
男は無言でハンドルを握り、スライムから運転を引き継いだ。
アクセルやハンドルを纏うスライムは、俺の腕から伸びるスライムへ融合し、吸収した。
そして右腕を人型に戻し、意識を男へ向け命令を追加する。
「付いて来い!」
「……」
男は無言で頷き、二台の車はサービスエリアへと入っていく。
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次回の更新は22日の予定です。