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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女は旅を終え……。

作者: 鷹村紅士

このお話は【魔王】を倒した後、【聖女】がただの娘に戻る直前の一幕です。

 少年と少女は、生まれた時から一緒にいた。

 家が隣で、お互いの父親同士、母親同士が親友という間柄。

 どちらか一方が忙しい時はもう一方に子供を預けて面倒を見てもらう。

 お互い持ちつ持たれつ、協力しあっていた。

 そんな環境で育てば、少年と少女はずっと一緒にいることに何ら疑問を持たない。

 いや、これからもずっと一緒にいるのだと、お互いが信じて疑わなかった。


 家に、騎士が来るまでは。


 やって来たのはフリオロメン王国の騎士団。

 用件は、少女が【聖女】の資格があるので大神殿へ連れていくというもの。

 彼らの言う【聖女】とは、数百年に一度の周期で現れる、瘴気の集合体【魔王】を浄化できる選ばれし乙女である。

 彼女は神託によって指名され、実質今代の【聖女】だと決まっていた。

 そして、【聖女】が決まれば順次その護衛である【勇者】たちも決められる手はずだ。

 少年は泣いてすがった。

 いなくならないで、と。

 少女も少年を抱き締めて言った。

 一緒じゃなきゃ嫌だ、と。

 しかし、騎士団はそれに構わず少年を蹴りどかし、少女を荷物のように抱えあげて馬車へと放り込んだ。

 粛々と帰ろうとする騎士団。

 少女は勢いよく窓を塞いでいた木の板をぶち破ると、地面を這って馬車を追おうとする少年に叫ぶ。


「絶対に帰ってくるから! 待ってて!」


 少年は笑って、力尽きた。

 少女はそれを見て決意した。


「すぐに帰る」


 ◇◇◇◇◇


 空に満月が輝き、星の光の見えない夜。

 ただ一人佇むのは美しき女性。

 ゆったりとした衣装に身を包んだその人は、今代の【聖女】だ。

 ただの村娘だったあの日から早五年。

 彼女は少年と離れ離れになったあの日からまるで何かに取り憑かれたかのように【聖女】の修行に邁進した。

 嫌々ではなく、自ら進んで、一日でも早く【聖女】となるために。

 一心不乱に一意専心。

 脇目も降らず、ただただ目標へ。

 その甲斐もあってか、彼女は歴代でも類を見ない程の()()を身につけた【聖女】へと至った。

 大神殿の認可を受け、正式な【聖女】となった彼女は直ぐ様選ばれた護衛である【勇者】たちとともに旅立った。

 本来ならば旅を通じて実力を高め、長い時間をかけて瘴気を浄化して行くのが通例であった。

 塵も積もれば山となる、ではないが、コツコツと各地の瘴気の浄化をしていけば瘴気の集合体である【魔王】は新たに瘴気を取り込めなくなり、表面からじわじわと瘴気が大気に解けていく。

 そうすると、【魔王】は徐々に弱体化せざるを得ない。

 そうして弱った所を力をつけた【聖女】によって一気に浄化する。

 それが【聖女】の旅のテンプレートとなっていたのだ。

 先代までは。

 今代の【聖女】は格が違った。

 最初から高い実力を身につけた彼女は時間が惜しいとばかりに旅路を急ぎ、けれどしっかりと瘴気を浄化して、歴史上最速とも言える短期間で【魔王】を浄化して旅を終えてしまったのだ。


 それは全て、かつての少年との約束を守るため。


「……はぁ」


 夜闇を照らす月を見上げ、彼女は熱っぽい息を吐き出す。


「ようやく、終わった」


 今宵は【聖女】が帰還し、その疲れを癒すために人払いされている。

 明日になれば大々的に国民へと【聖女】の帰還と【魔王】の浄化が完了し、危機は去ったと発表する式典が開かれる。

 その時、【聖女】と護衛を担当した【勇者】たちは望むままの褒美を与えられる。

 過去の【聖女】たちも過酷な旅を終え、自分たちの望みを叶えていた。

 ある者はスラムに対しての抜本的改革。

 ある者は辺境への支援。

 ある者は恋願う者との婚姻。

 ある者は目をつけたイケメンたちとの酒池肉林。

 称号として【聖女】と呼ばれているが、その中身は浄化能力のあるただの人間の女だ。

 聖人君子もいれば俗人もいる。

 そして、今代の彼女は……俗人に分類される。

 何故ならば、


「ようやく、会える」


 己の半身とも言える少年。

 彼女の願いは変わらない。

 これからもずっと、少年と共に。

 今も昔も、自分の居場所は少年の隣。

 旅を終えた報酬として既に国や大神殿には伝えてある。

 今後一切干渉せず、ただ一人の女として少年と生きていくということを。

 もちろん誰も彼もが考え直せと捲し立てた。

 富も名声も思いのままだ。王妃にだってなれるぞ。私の妻になれば一生贅沢できるぞ。

 そんな事を言われたが一切興味はなかったので、即座に拒否したが。

 ならばと一斉に少年に向けて害をなそうと動きがあったが、【聖女】の全力全開の守護が展開されていたせいでどれもが失敗に終わった。

 全てが、因果応報。少年にしようとしたことが実行者と黒幕に跳ね返される結果となった。

 しかも彼女はその全てを把握している。

 史上最強の聖女の名は伊達ではない。

 その上で心は一切痛まない。

 だって彼女は聖人君子ではないから。


「はやく、会いたいなぁ」


 月光を浴びる美しき乙女。

 その表情は恋する少女そのもの。

 もしここに画家がいれば、その絵姿を描かずにはいられないほどの光景だろう。


「ああ……ん?」


 再び熱い吐息を吐き出す彼女。

 その表情が一瞬にして曇った。

 原因は、人払いされ、彼女のみの静謐な空間に異物が入り込んだためだ。

 聞こえるのは足音。

 極力静かにしようとしているのだろうが、消しきれずに砂利を踏む、この空間の神聖さを破壊する音。


「誰?」


 先程までの表情から一転、完全な無表情になった彼女は警戒も露に誰何する。


「……や、やあ、奇遇だね」


 煌々と照らされる月光は昼間より暗いとは言え、闇夜よりは遠くが見える。

 彼女の視界に入ってきたのは異物──よく見知った男の姿。

 金髪碧眼、鍛え上げられた精悍な青年で、【聖女】としての旅の同行者にして護衛でもある【勇者】。

 アルビレオ・グリッテン・パインドルワース。

 武門の貴族でその実力は高く、【勇者】専用の武装である【聖剣】と【聖鎧】の担い手である。


「何故ここにいるの」

「あ……いや、その……」


 アルビレオの出現に、【聖女】の機嫌は急降下した。

 声も冷たく硬い。

 それに対し、アルビレオは頬を指でかきつつ言葉を濁す。

 その光景に、【聖女】の心は凍てつき始める。

 アルビレオ。

 彼は【勇者】だ。【勇者】とは【聖女】の護衛集団の筆頭である。

 遥か昔は少数精鋭で行っていたが、今では【聖女】は大人数の護衛によって守られながら旅をする。

 その筆頭には【勇者】の称号と、名工の手によって鍛え上げられた、膨大な魔力を内包し、一騎当千の力を使用者にもたらす【聖剣】と【聖鎧】を貸し与えられる。

 その力は【魔王】とも互角に渡り合えるとも言われ、戦士たちの憧れである。

 そんな今代の【勇者】に対して【聖女】の対応は終始、塩。

 いまでは凍土だ。


「何故、ここにいる」


 再度、問う。

 それでも、アルビレオは「いや……」だの「その……」と言うだけだ。

 彼女はそれがむかつく。

 彼女は始めからさっさとこの旅を終わらせて元の生活に戻りたい、と公言しているし、それに邁進してきた。

 だから、物事を効率よく処理しようとする。

 他人から見ればせっかちで、焦っているようにも見える。

 それ故に、アルビレオのこのはっきりとしない、もたついた行動に苛立つ。


「……何も用がないなら、帰って」

「あ……いや、その、えっと……だ、大事な、話があるんだ!」


 静寂を、大声が破壊する。

 さらに【聖女】の心は凍り、霜どころか雪が降り積もる。


「なら、早くして」


 今までは首だけを動かして肩口から振り返る姿勢だったが、アルビレオと向き合うように相対する。

 すると、アルビレオは息を飲んだ。

 月光を正面から浴びる【勇者】に対して、背後から月光を浴びる【聖女】。

 アルビレオから見れば、【聖女】の顔が闇に包まれて見えなくなり、一転して不気味な姿に見えたからだ。

 しかし、息を思い切り吸うと、


「明日……の、ことなんだ」

「……で?」


 面倒だと隠さない、さっさと話せと言わんばかりの声。


「君は、【聖女】じゃなくなると」

「……だから?」


 何を今さら。

 そう幻聴が聞こえてくるような声だ。

 アルビレオはグッと腹に力を込めた。


「やめてほしい」

「……【聖女】なんて辞めるけど」

「違う! ぼ、僕は、君に、【聖女】をやめるのをやめてほしいんだ!」


 アルビレオはそれが点火材となったのか、今までのまごついていた様子から一転、激しく口と体を動かす。


「君のその力はまだ多くの人に必要なんだ! 史上最速で【魔王】を浄化したなんて偉業を成したんだ。君は遥か未来の歴史にまで名を残すほどの素晴らしい人間なんだ。だから、これからもその力で、より多くの事を成し遂げよう! 僕が、僕がずっと側にいて君を守るから! 【聖女】として僕の側にいてくれ!」


 それは、告白だ。

 長い歴史の中で、【聖女】の恋物語は数多く存在するが、中でも民衆に大人気なのは【聖女】と【勇者】の恋愛を題材とするもの。

 突然大役を任じられた少女とともに旅立つ若者。長い旅の中で幾多の困難に見舞われつつも協力してそれらに立ち向かい、やがて確かな絆を結び、【魔王】を浄化するという最大の山場を乗り越えて二人は結ばれ、幸せに暮らしました。

 要約すればこういう話だ。

 実際、【勇者】と結ばれた【聖女】もいる。

 政略だったり【聖女】の褒美の結果だったり、中には【聖女】の恋人が努力の果てに【勇者】に至ったというものもある。

 ……反対に、結ばれない話もあるのだが。


「ぼ、僕は君が好きだ!」


 アルビレオは叫ぶ。


「君を一目見た時から、心を奪われた! 旅をしている時だって、すぐ側で君の事を見て、守って、君とずっと一緒にいたいと思ったんだ! だから、だから!」


 アルビレオは幼い頃に【聖女】にまつわる本を読んでから、ずっと【勇者】になりたいと願っていた。

 家が武門のお陰で鍛練するには格別の環境が整っており、さらには家族を含めて周囲が()()()の協力を惜しみ無くしてくれたお陰で、晴れて【勇者】として選ばれた。

 アルビレオは思い出す。【勇者】として初めて【聖女】と邂逅した日の事を。

 正式な【聖女】としての正装に身を包み、薄いヴェールで顔を隠して入室してきた彼女。

 その佇まいは一瞬にして空気を変えた。

 御披露目として側仕えの女官によってはずされたヴェールの下の素顔。

 アルビレオは瞬時に恋い焦がれた。

 そして、彼女にかすり傷一つつけずに旅を終わらせようと決意した。

 旅が始まってからも、途中も、終わっても、アルビレオは【聖女】だけしか見ていなかった。


「お願いだ! 僕と、僕と一緒にいてくれ! 君のためならなんでもする! だから、だから! どこかの平民なんか忘れてくれ! そんな奴に君は相応しくない!」


 アルビレオにとって、偉業をなした【聖女】は特別な存在だ。

 なのに、【聖女】は一貫して平民として暮らしたいと公言してきた。

 それは彼にとっては理解できない言葉だった。

 特別な人間は、それに相応しい人間がいる。

 そう彼は主張する。

 故に、偉業を成し遂げた彼女には、自分のような選ばれた人間が相応しいと。

 アルビレオは貴族だ。

 貴族は大なり小なり選民意識がある。そこに政略だとか個人的な欲望だとか、周囲の好き勝手な声が背を押した挙げ句フライハイ! すれば、彼の中では【聖女】は自分のもの、という価値観が芽生えるのは当然の結果だ。


 それが、悲劇を生む。


「……黙れ」


 静かな夜だった。

 アルビレオが台無しにしたが、風もなく、ちょっと肌寒いが、静かな夜だった。

 なのに、アルビレオは強風が吹いたと錯覚した。

 彼は知っている。

 これは、威圧されている時の感覚だということを。

 しかし、今現在、敵がいない状態で威圧されるという状況が理解できなかった。

 確かに敵はいなかった。先程までは。

 今この瞬間、敵が生まれたのだ。

 いや違う。

 アルビレオが、敵となったのだ。


「……お前らは本当に、話を聞かない。まだ子供の方が聞く」


 ビクリとアルビレオは震えた。

 彼にとってあり得ない状況にしばし周囲に気を配っていた所に、急に声をかけられたせいでもあろう。

 最大の理由は、声に殺意が含まれていたからだが。


「私は何度も言っている。【聖女】なんて称号などいらないと。私の願いはただの村娘でいることだと」


 月光によって体の前面が黒く染まった【聖女】が、僅かに体を震わせながら口を開く。


「なのに、勝手に御大層なものを押し付けて、あれもこれも強制して、やってもやらなくても文句ばかり。嫌になる」


 震えが、大きくなる。


「ようやく終わって、願いを言えというから言った。なのに、全員が駄目だと、私の願いを否定する」


 アルビレオは何も言えない。

 目の前にいる、恋い焦がれた【聖女】が、何を言いたいのか理解できないし、黒い人影が蠢くような光景が【魔王】を思い起こさせたから。


「けど、我慢した。あそこに戻って平穏に暮らしたいから。穏便に戻りたいと思ったから。……でも」


 人影が、縮む。

 アルビレオにはそう見えた。


「あいつの事を、悪く言った。大好きなあいつの事を、悪く言った……!」


 右足を前に、左足を後ろに。

 姿勢は前傾。両手は腰だめ。

 顔は闇に染まって見えないが、アルビレオを射抜くように睨み付ける。

 それは、彼にとって見慣れた姿だった。

 今代の【聖女】の戦闘姿勢。

 旅路において、野盗に山賊、凶暴化した獣、その他様々な脅威を相手にしていたのは護衛集団だ。

 ただ、中には瘴気に蝕まれて怪物に変異してしまった存在も相手取る場合もあった。

 そういった場合、常人では被害が大きくなるだけなので、相手をするのは特殊装備を持つ【勇者】の役目だ。

 今回もそうだった。

 けれど、過去のものと違って、今回の旅路では【聖女】も戦闘に参加した。

 積極的に。

 あくまでも【聖女】の役目は瘴気の浄化だ。汚染された大地や、瘴気の塊である【魔王】以外では出番がないと皆が思っていた。

 一応、【聖女】の修行カリキュラムには戦闘訓練も組み込まれている。が、それは簡単な自衛のための護身術程度であり、戦闘になった際には速やかに退避するためのものだ。

 しかし今代の【聖女】は修行時代、普通に戦闘訓練を受けており、格闘戦闘で騎士を制圧する程の技量を身に付けていた!

 するとどうなるか。

 瘴気に侵された怪物相手に、【聖女】が突撃して浄化の力を直接怪物に叩き込むのだ。

 瘴気がなくなれば怪物は、姿は元に戻らないが力は激減する。後は護衛たちでも速やかに処理できる。

 もし今までの【聖女】の旅の詳細なデータが一覧できるのであれば、今代が一番、護衛の人的被害が少なくなっている事だろう。他の諸々もだが。


「僕と、戦うと?」


 先程までの、美人を前にして緊張する童貞の姿ではなく、戦士としての顔でアルビレオが問う。

 戦士として、【勇者】として実戦を経験してきた彼は瞬時に切り替わった。

 しかし──。


「いや……潰す」

「──っ!?」


 ドスの聞いた【聖女】の返答が予想外過ぎて慌てた。


「ま、待ってくれ! ぼ、僕は【勇者】だぞ! 君がいくら鍛えても、僕には通じない! 僕は瘴気に侵されていないから、浄化の力だって意味がない!」


 アルビレオも護衛集団も、旅路の中で【聖女】が戦っている光景は何度も見た。

 しかし彼らにとって、それはあくまでも常人に毛が生えた程度のことという認識しかなかった。

 さらに怪物の相手をできるのは【聖女】の浄化の力が圧倒的だからとも。

 怪物は確かに恐ろしく強大だ。瘴気の侵食が進めば進むほど手に負えなくなる。だからこそ力の源である瘴気の天敵である浄化の力に弱いのだと。


 だから、【聖女】がどんなに強敵と戦おうとも、その強さは浄化の力の強さであり、【聖女】自身はただの人間である。

 そう、どいつもこいつも決めつけていた。

 アルビレオも、そうだ。

 旅の間、ずっと見ていたにも関わらず。

 五メートルを超えるクマと。

 大群を従える巨狼と。

 山岳地帯を統べるオオワシと。

 欲望の赴くままに力を振るう賊と。

 瘴気に侵されていない強大な敵とも戦っていたにも関わらず、か弱く、すぐにでも取り押さえられると決めつけていた。

 だからこそ──。


「手荒な真似はしたくないと思っていたけれど、君がそういう態度なら仕方がない。国のため、そして君の未来のため、捕らえさせてもらう。大丈夫。皆が僕らを祝福してくれると言ってくれている」


 だからこそ、こんな台詞が言える。


「平民のことなんかすぐに忘れ──っ!?」


 だからこそ、戦闘体勢もとれないうちに、【聖女】に滑るように懐へ潜り込まれた。

 気がついた時には、無防備な腹に月光によって照らされた白い拳が迫ってきて。


 細かい金属片を盛大にぶちまけたような耳障りな不協和音が遠くまで響き渡る。


「──っ、は」


 真後ろに五メートル程の後退をさせられたが、さすがは【勇者】。見事なバランス感覚で体勢を建て直し、腰に吊り下げていた鞘から【聖剣】を抜き放つ。

 アルビレオの全身が、天に浮かぶ月と同じ色に光輝いていた。

 これが、【勇者】のみに与えられる【聖鎧】。光り輝くエネルギーの膜は【魔王】の攻撃すら受け止める強度を誇り、【聖女】を守る絶対の盾。

 それが、発動したことにアルビレオは息を飲む。

 これの発動条件は、【勇者】自身が発動させるか、【勇者】の身に危険が迫った時のみ。

 先程、アルビレオは自分の意志では発動させなかった。

 つまり──。


「ぼ、僕を攻撃した──」

「ちっ……!」


 茫然とするアルビレオの耳に舌打ちが聞こえる。

 顔を上げれば、【聖鎧】の輝きに照らされた【聖女】が憎々しげにアルビレオを睨み付けながら、手を振っていた。

 親愛の表現などではない。

 先程、【聖鎧】によって阻まれ、軽く赤くなった手から汚れを払うようにしているのだ。


「……何故」

「やっぱり硬いのにはこれか」


 アルビレオの言葉に反応せず、【聖女】は再び戦闘体勢を取る。

 その手は、拳ではなく──。


「魔王の時の──」


 アルビレオは思い出す。

 旅の最終目的である【魔王】を倒したのは【聖女】の浄化の力だ。

 その手段は、直接【魔王】の体内に浄化の力を叩き込むもので。

 彼が持つ【聖剣】ですら傷一つつけられない【魔王】に、だ。


「──っ!」


 回想していたアルビレオに、無慈悲に突撃する【聖女】。

 アルビレオはどうしていいのか分からなかった。

 今発動している【聖鎧】の防御力は凄まじいが、耐えられるのか分からない。

 ならばどうするか。

 先程は手荒な真似などと言っていたが、手に持つ【聖剣】を使う気は毛頭なかった。

 防御も迎撃も選べず、回避を選ぼうにもすぐ目の前には【聖女】がいて。


(ああ、やはり君は美しい──)


 凛々しく自分を見据える【聖女】に見惚れ。

 放たれた抜き手によってアルビレオは腹をぶち抜かれた。


 ◇◇◇◇◇


 アルビレオをぶちのめした【聖女】はなりふり構わず最低限の身支度を済ますと、厩舎から旅の道中に調教し(しつけ)た愛馬に飛び乗って脱走した。

 部屋には今回の顛末が簡単に記された紙を置いて。

 愛馬は土煙と地響きとともに街道をひた走る。

 途中休憩を挟みつつも愛馬は走り続け、十数日後には見慣れた光景が見えてくる。

 故郷の村だ。

 ただ、巨大な、馬? と聞きたくなるような動物に見目麗しい女が乗っている光景に、村人たちは目を白黒させていたが。

 そんなことは気にせず、【聖女】は愛馬とともに一軒の家の前で急停車。

 愛馬を労うためにポンポンと体を叩くと、【聖女】は颯爽と飛び降りてドアをノックする。


「はーい」


 若い声が応える。

 彼女はいきなり跳ね上がった心臓の鼓動に胸を押さえ、髪を手櫛で整えだす。

 今の今まで彼女は村に帰ることだけを考えて衝動的に行動してきた。

 そして、幼き頃の約束を果たすべく自宅の隣──少年の家にやって来てこれから会えるこの段階に来て後悔した。


(身嗜みを忘れた!)


 今ここにいるのは【聖女】などではなく、一人の村娘でしかない。

 しかし、時既に遅し。

 ドアが開かれた。

 現れたのは、栗色の毛を持つ、若い男だった。

 少々童顔で、可愛らしいとも言われるだろう。

 その目が、彼女を見つめる。

 顔が、熱くなる。

 鼓動が、より激しくなる。


「あ、あの……」


 今まで過酷な旅をしてきたが、それとは別種の緊張でうまく声が出ない。

 それに対し、若い男は。


「……おかえり、ミシェ」


 安心したような、心からの笑顔を見せて彼女を──ミシェリナを労った。


「ただいま、ワンツッ!」


 一目で自分の事を分かってくれた嬉しさに、ミシェリナは愛しいワンツを思い切り抱き締めた。


・聖女。

 幼馴染大好きっ娘。パッと見クールビューティーだけど中身はバーサーカー。

 聖女なんて知ったことか! だけどやらなきゃいけないから最大限身に付けられるスキルを沢山取得してさっさと終わらせて帰る、と決意したので殺る気に満ちたまま邁進。

出来上がったのは撲殺系聖女。魔王の腹を手刀でぶち抜いて倒す。

 勇者も国王も貴族も幼馴染との会瀬を邪魔する障害物としか思っていない。

 村に帰った後、幼馴染とめちゃくちゃ新婚さんごっこ(特上)を楽しんだ。


・勇者

 武門の家柄のお坊ちゃん。才能があって努力も惜しまないから素のスペックは人類トップクラス。そしてチート武装で世界最強クラス。

 でも恋には奥手で女性を前にするとガチガチに固まる。

 聖女に一目惚れするけれどうまく喋れない、なんて事が続いて旅が終わってしまった。で、聖女がとちくるった事を言い出したので勇気を振り絞って告白したら腹に手刀をくらった哀れな人。

聖鎧さんが頑張ったおかげで風穴は開かず、内蔵に深刻なダメージですんだ。

 実は勇者に選ばれたのは家の権力のおかげだったり。

 聖剣や聖鎧にも適性があって、勇者君よりも力を引き出せる人間がいたりする。それでも使い手が強いので見劣りせず。


・少年

 聖女の幼馴染で描写が少ないが童顔の美少年。

 離れ離れになった女の子との約束を健気に守り続け、帰ってきたらおいしい料理をお腹一杯食べさせてあげよう! と腕を磨き続けながら聖女の帰還を待っていた……あれ、これってヒロインの行動じゃね?

 成長した聖女の顔を見てすぐに誰だか分かるぐらいには彼女を愛している。

 その後、あまり人がこないボロい山小屋(二人の思い出の秘密基地)に拉致られて数日はハッスルハッする。


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[良い点] 幼馴染みと結ばれる、ハッピーエンドはよかったです。 [一言] 実はこのお転婆聖女は、村娘時代もやらかしていたのではと思いました。 その後始末をやり続けていた、幼なじみがいなかったから、こん…
[一言] ハッスルハッスル!!www 男前な聖女様楽しかったです♪ ぶっちゃけ邪気払っても鉄は鉄ですし、魔王は魔王ですよね。 なんで引き止められると思うのか。時に思い込みって甚大な被害をもたらしますね…
[一言] この聖女様、ハイデリン・キック使えそう。 説明しよう!ハイデリン・キックとは 某大運動会系MMORPGにて、闇の神ゾディアークに対し光の神ハイデリンが放った渾身の一撃である! もともとハイ…
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