檸檬大攻防戦
ミシミシと軋む扉、透明なガラスの向こうに見える人の群れ。彼らは防御と言うにはあまりにも脆いドアを開こうと押し寄せている。手に手に檸檬を持って…。その扉の内側にいる者達は絶望の表情を浮かべながら、それでも最後の砦を守ろうとラップやお鍋の蓋などを握りしめた。
一体いつからこのようなことになったのだろうか。
最初に制圧されたのは居酒屋だった。大皿が狙われ、それを防ぐため、皿に自分の分を確保しても、追撃され、制圧された。
次に狙われたのは総菜屋だった。自分で好きな物を盛りつけるタイプのところがまず制圧された。そこから徐々にパックに詰められた物まで手を伸ばされた。調理場に彼らが紛れ込めば、どうしようもなかった。
彼らはそこから勢いづいた。弁当屋、コンビニと次々と制圧されていき、とうとうただ一つを除いて全滅してしまったのだ。
その最後の聖域も今や風前の灯火。K●Cは厳密には唐揚げではない。だから今まで目をつけられていなかった。しかし、これを最後の心のよりどころとして、集まった。集まりすぎた。それ故に目をつけられてしまったのだろう。
唐揚げレモンかけ派に。
彼らは半分に切ったレモンという武器をさらに進化させた。レモン絞り器を扇形に薄切りにしたレモンにセットし、そのレバーを引くだけでレモン汁はほとばしる。ある者はスプレータイプの容器にレモン汁を入れて確実に唐揚げにレモンをまぶしていく。
対するレモンかけない派の防御はお粗末なものだった。バリアのごとくかけられたラップやカバーは荒々しい手により剥ぎ取られ、容赦なくレモンが振りかけられた。盾のように構えられた鍋の蓋も防御力はさほどでもなく、スプレー型レモン汁容器の前には何の役にも立たなかった。
怒濤のごとく攻め寄せたレモンかけ派は店舗内を蹂躙し、テーブルの上のチキンも、揚げたチキンを置いておくカウンターの中も、揚げた直後のチキンもまんべんなくレモンをかけ、それらを確認した後満足して去っていった。
後に残るのはレモンをかけられたチキンと、レモン味のしないチキンを求めていた人間達の絶望だった。
やがて一人がふらふらと立ち上がった。目の前にふつふつと空気の泡を出している適温の油。その横にチキン。レモンの香が漂うそれを見る目に涙がじんわりと滲んでくる。瞬きしてそれを振り払い、八つ当たりのようにそのチキンをもう一度油の中にぶち込んだ。ぱちぱちという油で揚げる音。衣の上をジュウジュウと流れていく油。その衣からレモンの香りは抜けている。それに気がついた彼は、ごくりっと喉を鳴らし、おそるおそる口に持っていった。
さくりっとそのチキンをほおばる。ああ、懐かしいチキン。レモン味のしないチキン。やがて歓喜の声が、じゅうじゅうと揚げられるチキンの香ばしい匂いとともに沸き上がった。
お・わ・り
私はレモンかけない派