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生徒Bの叶わぬ恋

作者: 紅十字

 先輩に恋をした。

 自分では人を、それも異性を好きになるなんて想像もつかなかったけど、でもたぶん……これが初恋なのだと思う。


 先輩は僕にとって尊敬する存在で、好意を抱く対象ではなかったはずなのに……いつから僕は先輩を――。

 なんて考えようとしたけれど、でもそんなことにきっと意味はないんだ。


「どうしたの慧君?」


 部活帰り、通学路の道すがら。

 うなじに汗を流す先輩に、僕の目は釘付けになって……。


「い、いえ……」


 我に返った僕は焦った。

 変な目で先輩を見ていたのではないかと、そんな僕を見て失望してしまったのではないかと。

 心が焦る。ひどく焦る。


「私の話、ちゃんと聞いてた? それで……慧君はどう思うの?」


 心臓がドキリと高鳴る。

 胸が痛い、なんて感情になるのは初めてのこと。

 話なんて聞いていやいしない。先輩のことで頭がいっぱいだった。


 先輩の猫のようにあどけない瞳が、僕の胸の内を探ろうと入ってくるような、そんな感覚。

 不思議と嫌な気持ちはしない。

 むしろ、それが心地良いとさえ感じてしまった。

 このまま、僕の先輩に対する気持ちを紐解いてはくれないだろうか?


 そんな淡い――甘えた思考をした自分に、嫌悪を抱く。

 なんて醜いのだろう?

 きっとそんな考えが浮かぶから、僕は僕なんだ。



 ――好きですよ。


 なんて、声を出すことは僕にはできない。

 先輩に対して好意を伝えてしまって、今の関係が壊れるのがひどく怖い。


 怖くて、恐ろしくて……今でも少しだけ足が震えている。

 そんなみっともない姿は見せられないから、頑張って平生を装ってみるけれど……。

 でも、そんな僕の態度なんて先輩にはお見通しで。


 くすくすと、小さな笑い声が聞こえる。

 悪意は、敵意は一切ない。

 その微笑みは、僕を陥れるようなものではなくて、純粋にただ面白いから笑っているだけなのだろう。


 だから、僕も嫌な気持ちにはならない。

 きっと――そんな先輩だからこそ、僕は好きになったんだと思う。



 先輩の横顔をちらりと盗み見る。

 これぐらいは、僕を笑った代わりに許してもらう……なんて少し強気に出てみたりする。

 と、なぜか先輩は僕の方を見ていて。




 ばっちり、ぴったりと目が合ってしまった。

 まるで、磁石のN極とS極のように。

 思わず反射的に目をそらそうとしたけど、ギリギリで踏みとどまる。


 僕にしては十分な成果だ。

 今までの僕なら、なんの迷いもなくすぐに目を背けただろう。

 でも、今は。この瞬間だけはどうしてか目をそらしてはいけないような気がしたんだ。

 ここで目をそらしたら、大切なものを失いそうな予感がした。

 一種の強迫観念に突き動かされて……。


 気づけば、いや違う。無意識のうちに。

 僕は先輩を見つめたまま、胸の内に秘めた言葉を口に出してしまう。

 


「僕は先輩のこと……好き、ですよ?」






 空気が一気に冷めていく。

 それと同時に僕の中でも。急速に何かが冷えていくような感じがした。



 終わった、何もかも。

 僕は先輩に対して、言ってはいけないことを口にしてしまった。

 無意識とはいえ、もう取り返しのつかないことをしたんだ。


 そう思うと、自分でも不思議なくらい物事を冷静に考えられるようになった。

 先輩の顔を見つめる。今度は意図的に、自分の意志ではっきりと。



「後悔はしていませんよ、僕は。本気で好きで、先輩のことを本当に――」


 上手く、言葉にできない。

 それもそうだ。いくら冷静になれたからって僕の腐った性根がいきなり変わるなんてことはない。

 僕は、あくまで僕のままで。

 僕のままだからこそ、この想いは伝えなくてはならない。


 もう、後戻りなんてできない。来るところまで来てしまった。

 なら、何を怯える必要があるのか?

 僕は僕のまま、先輩にこの想いを伝える!



「先輩のことは本当に好き、でした。今までずっと。初めて出会ったころからきっと僕は――()()()に恋をしていたんです」



 先輩は黙ったまま、僕の話を聞いてくれている。

 そんな真摯な態度が好きだ。好きだった。


 けれど、この想いを伝えてしまった以上、僕はこの場には、この関係にはもう戻れない。

 これ以上、先輩に迷惑をかけるわけにはいかなかった。



「本当に大好きでした。本当に。でも、ごめんなさい僕は、僕では……」


 対等な関係にはなれない。

 口には出さず、僕は踵を返す。

 その間際、最後にもう一度だけ先輩を見てみると、涙を流していて。


 きっと、先輩も理解したのだろう。

 僕たちのこの、部活帰りに他愛もない話をするだけの、なんの生産性もない――楽しい時間に終わりが訪れたことを。


「待って!」


 先輩が叫ぶ。

 先輩のあんな声を聴いたのは初めてだ。

 切羽詰まった声さえも可愛らしくて……。




 でも、僕はもう振り返らない。

 振り返ったところで、先輩の顔は見られない。

 線路を横断する電車に物理的に遮られてしまった。


 これで良かったんだ。

 必死にそう、言い聞かせる。

 僕の身勝手な好意で、先輩に迷惑はかけられない。



 これからは先輩にとっての――生徒Bになる。

 そう固く決意して、空を見上げる。




 夕暮れ時の橙に染まった空が、ひどく空虚に感じる。

 細い飛行機雲が橋を架ける。

 その橋を渡るカラスの鳴き声だけが、僕の鼓膜を痛いほどに引き裂いた。


お読みいただき、ありがとうございます!

何かこういった話が読みたいなどのご要望がありましたら、感想欄にお題として書いてくだされば、短編として書くかもしれません。


普段はローファンタジーの方で『一騎当千の災害殺し』という小説を書かせていただいています。

興味がございましたら、是非お立ち寄り下さい!

かなり内容の濃いものとなっています。

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