メガネ探しに向かう説
「お〜い、お兄ちゃん!」
朝っぱらから元気な声が耳に響く。俺の右手が左右に振られているのを感じつつゆっくりと目を開ける。どうせこういうことをするのは……うん、レノだな。
「あっ今日は学校あるんだった!」
すっかり忘れていた。今日は水曜日であった。急いで起きないと、レノが珍しくきちんと起こしてくれたとは感心だ。兄として嬉しく思うぞ。起き上がり制服に着替えようと辺りを見渡しても、広がるのはキャンプの中の光景だ。その出入り口からは岩、岩、と広がる外の景色が見える。ようやく俺の脳に現在の情報伝達が行われ。学校は存在しない、つまり今日は寝れると伝える。
「なんだ、寝れるのか」
なので、俺は再び寝転がり毛布を被る。レノも早く寝ればいいのに。それなのに、レノはソレラとブツブツ何かを話している。うるさいぞ!俺は薄眼を開けて周りを睨みつける。
「これは、レノの魔法の出番だね〜」
「撃ち込もう」
「オッケーそれでは、ミニミニファイヤー」
俺の方に手を向けて謎のセリフを言った。例の[ヤバたんマン]の技とかなのか?やはりああいうアニメは悪影響じゃないか!でも、熱気を感じてなかなかリアルだな。わぁー赤い球が近づいてくるぞ。
「アチー! 何するんだ?」
俺は飛び起きて空中で手足を暴れさせて布団の上に着地する。その球に当たったところは赤くなるし、ヒリヒリする。この程度の外傷しかなかったのは幸いなのかもしれない。
「やった〜起きたね」
「火加減抜群」
こいつら聞いているのか?何が火加減抜群だ、火傷しなかったのはいいとして、火の球をぶつけるところに問題があるだろう。確かに俺は寝ぼけていて、理解すらできていなかったが、そこまでしなくてもいいだろ!まあ、そうでもしないと起きないのが俺の性分だけどね。
「メガネ探しに行くよ?」
「分かってる」
俺は寝足りない気持ちと不服な気持ちを我慢して外に出る。眩しい朝日で目を瞑る……といったことにはならないね。朝というのに紫の雲が広がっている。なんとなく遣る瀬無い気持ちになりつつも焚き火の前に座る。時間の把握がこの世界は難しいな。多分今は朝だとは思うが……
「レンおはよう。ご飯」
そう言ってソレラは食事の入れ物を渡す。俺はあたふたとそれを受け取りながら感謝の言葉を述べる。
「あっありがと」
朝の食事はインスタントカレーと飯盒で炊かれたご飯のようだ。インスタントは結構毎日食べるから飽きてきてるんだけどな。まあ食材がこっちの世界じゃなくて地球のものであるから安心して食べられる。にしても、こっちの世界は呼びにくいよな、確か本物とか言ってたけどそれはそれでおかしい気がする。本物を本物の意味として捉えた時に、何が本物なのかよく分からん。ここは訊くしかない。
「なっなぁ本物以外によっ呼び方ないのか?」
ソレラは皆の分を用意しながら答える。
「そう……なら、ウェールスではどう? 私達大切な文献の名前」
「また変わった名前だなぁ」
ウェールスね、ウェールス、ウェールス……割と呼びにくいじゃないか、まあいいけど。お腹も空いたことだし食べたい。全員焚き火の周りに座り、食事の用意もできたみたいだ。よしっ、俺は両手を合わして、
「いただきます」
味は見た目通りのカレーであって、安心。パクパクと食べているとアレシアが説明を始めた。
「そーだ、自己紹介をしておこう。あたしの名前は アレラ ツア アレシア と言う。アレラと読んでくれて構わないぞー」
それを聞いたレノはさっそく
「はい、アレラさんどうやってメガネ見つけるんですか?」
「それがだな、近くの洞窟に落ちたらしいのだ。だから今日はそこを探索する」
「そうなんだ〜結構楽しみだな〜」
何言ってるんだこいつは、何が楽しみなんだ?洞窟といえば陰湿で危険な場所なんだぞ。仮に敵がいなかったとしても鋭い鍾乳洞や滑りやすい場所はあるはずだ。運が悪けりゃズドンでグハッだ。それぐらいの想像ぐらいしてくれ……俺はそう思いながらご飯をかきこみ食べ終える。既に先に食べ終えて片付けているソレラの手伝いでもするか。そう思い立ち上がろうとするとソレラは、
「私するから」
と言う。そう言うのなら、別に強く反論することでもないのでお言葉に甘えておくか。座り直して火に手をやりあったまっておこう。アレラとレノはまだ色々と話しているようだ、仲良いな。
「…………はい、終わった」
早いな、寝転がってのんびりしようかなと思っていたが。そんな暇はなさそうだ。凄い手際だと思っているとそれを見透かしたようにアレラが話しかけてきた。
「レン君よ、今手際がいいなって思ったりしてただろ?」
「いっいや、まあ……はい」
慌てて答える俺を見てアレラは笑う。そんな笑わなくても、
「不器用なあたしに代わって妹は毎日料理作ったり、洗濯したり、していたからな。いい嫁になりそうだ」
「あっそう……ですね」
少し返答に戸惑いながらも同意しておく。確かにこの手際の良さというのは並のものではないだろう。素人の俺でも才能や熟練された努力というものを感じる。自分には関係のない話だが、きっと嫁になった人は最高だろうね。
「さてさて、そろそろ行くか」
あっもうテントも片付いてる。全く手際が凄い。その一言に尽きるな。俺らはアレラの後を付いて行く。今のところ特に何もなく平穏に歩くことができている。道中のことを説明しようたって岩しかないから諦めてくれよ。そうだな、面白い形の岩とかがあったぞ。一枚岩とか、人の形の岩とか。黙って歩いておくのも暇なので質問でもしよう。
「そっその、洞窟を探索するんですよね?」
「そうだな、洞窟には多少の魔物は出るかもしれないから気をつけろ」
アレラの忠告を受けてやはり危険なんだと認識する。こんな危険な世界に来てしまって良かったんだろうからという後悔をまあ、人数多いしいけるか、という謎の納得で理解しておく。
そうして自分を安心させているとようやく到着したようだ。アレラから軽く指示があり、俺達は荷物を軽く入り口に置いていくことにした。これで身軽足軽といったところか。置いてったものは、具体的にはテントとか使わないものだな。
アレラがここにあると指差す洞窟はゴツゴツした岩に穴が開いたように存在し、暗い坂が下に向かって伸びている。うん、魔物いそうだな。みんな頑張れ!
「さて、ではゆっくりと進んでいくぞ」
えっ、アレラはのんびりさせる暇も与えずにすぐに進んでいく。慌てて後を追うが、床は少しヌルッとしている場所もありこけそうになる。アレラが魔法で辺りを照らしてくれて助かるが、それはそれで奈落の底や鋭い鍾乳石が見えるのが少し問題だが……
「どうやったらメガネがこんな所に落ちるんだよ」
うっかり、文句が口に出てしまった。聞かれたか?でも、事実だからね、これは。わざわざここに落ちる必要ない。
「確かにそうだよね〜」
すぐ後ろから返事が返ってきた。おおっ、レノも分かってくれるか、良き理解者だ。
「偶然だろ」
アレラはそう答えた。うーん、そうかもしれないけど……その偶然ってのはすごい確率だろう。そのせいでこんなに面倒くさいことになってるからね。もう帰ってゆっくりしたい。今更だけど、無断で学校休んでて大丈夫なのだろうか?校長がなんとかしてくれているといいけど……
ブツブツ文句も言ってられないので足元や頭部などに気をつけながらゆっくりとだが確実に洞窟の奥へと歩む。おっと、急にアレラは立ち止まる。
「む、敵がいる。妹よ頼む」
そう言って剣をソレラに渡す。敵?どこにいるんだ?確かに目の前には少し広い場所があっていそうな気もするけど。て、妹に任せるな!姉なんだったらササッと退治しろよ。何もできない俺が言えないのだが……俺は仕方ないよ素手で殴り込みにいくのは無謀だからね。
「分かった」
ソレラはそう言って一歩また一歩とゆっくり歩きながら警戒する。頑張って勝つんだー!俺は応援に徹しよう。レノも少し前に出て協力しようとする。
「レノ、大丈夫だ。一人で任してやれ」
レノは不服そうな顔をしておとなしく引き下がる。例のなんやらファイアーを打ち込みたかったのだろう。ソレラは公園の時のように集中し、辺りを見回す。
「フレイムライト」
ソレラは前もそうだったが必要最低限の呪文しか唱えず、それが辺りの静けさと重なり恐ろしさを増す気がする。それはいいとして、ソレラが放ったその呪文は洞窟内に広がっていき、眩しいぐらい明るい炎が生まれた。そのおかげで敵の姿を目視することができる。魔法を使うと髪留めが取れるのかどういう原理なのかは知らないけど、地面に落ちたので拾っておいてやろう。俺は邪魔にならないように少し前に出てそそくさとそれを取った。
しかし、敵と対面しているというのに何もできない自分が歯がゆいな。大きな力があるとソレラは言うのだが具体的なことは教えてくれないし、力になれないじゃないか。意味深なセリフまで吐いて。
敵は素人の俺でも危険だと分かるぐらいの容姿でもちろん、公園の時よりもだ。数メートルの高さを誇り、ドラゴンのような顔をしていて、現に口から炎を吐いている。大丈夫か、ソレラ。鋭い牙と歯、硬そうなウロコ、刺々しい尾、燃え盛る炎、危険な要素を考える程この敵のヤバさが分かる。
「こっこれって、ドラゴンですか?」
「よく知ってるな、そうだ」
絶句しているレノに対して睨みつけるアレラ。
「この敵はこれでもまだ子供の方だ。そうだな、年齢でいうと君達ぐらい」
ということは、俺は15歳だから、あのドラゴンもそれぐらいってことなのか。うわっあれよりまだ大きくなるとでもいうのか?信じられん。けど、ソレラは強いから大丈夫だろう。それよりも、さっきからレノが怯えて震えている。いつもの軽いノリはどこにいったのやら。
「大丈夫なのか?」
「うっ……うん」
大丈夫ではなさそうだが、なんとか頑張ってくれよ。