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異世界のシンデレラ

作者: 一年卯月

「クリスマスなんてなくなってしまえ」

私は、クリスマスムードたっぷりな映像を映すテレビに向かってそう叫んでいた。

 今夜はクリスマス。ついこの間まで、ハロウィンでバカ騒ぎしていたかと思えば、ハロウィンが終わればもう街はクリスマス一色。街を輝かせる色とりどりなイルミネーションにも電力の無駄だから片っ端からコンセントを抜きたくなったし、そこら中から聴こえてくるクリスマスソングに悪態をつきながら歩く日々。

 私は、長年勤めていた会社を夏に辞めて今ではニートで引きこもり生活。これまで遅刻も欠勤もせずに会社に貢献してきたのだからしばらく休ませろと、ろくに働きもせずに退職金と失業保険でなんとか生きている。

 やっていることと言えば、主にオンラインゲームとネットサーフィンで見ず知らずの人の本当にあったことなのか作り話なのかわからないような話に大笑いする毎日。くだらない検証動画もどれもこれも二番煎じでこれなら私も出来そうじゃんと思っても行動に移すわけではない。要するに怠惰なのだ。

 本日、何度目かの悪態を誰も聞いていないのをいいことにテレビに向かってぼやいたところで、缶ビールが空なのに気が付いた。フラフラになりながら冷蔵庫に取りに行き開けてみたが、缶ビールどころかチューハイ、日本酒すらなかった。酒臭いため息を吐き、扉を勢いよく閉めてテーブルに置いた財布とソファーに放置したままの放置したままのダウンジャケットを羽織って近所のコンビニに行く準備をし、サボを履こうとしたところでなにか聞こえてきた。

 耳をすませてみるとどうやら隣に住んでいるカップルの声でこれからどこに行くなんて楽しそうに話をしている。リア充め。爆ぜてしまえ。

 このままだと、エレベーターで鉢合わせしかねない。あっちはおしゃれしていて、こっちはすっぴん。それと高校ジャージ。いいじゃん。まだ着られるんだから。

 少し、時間をずらそうと寒さに震えながら声が聞こえなくなるのを待った。声が聞こえなくなり、サボを履いてドアノブに手を掛けた瞬間、私の世界はグニャリと歪んだ。


 そして、気がつくと私は見慣れない部屋にいた。その部屋は、薄暗く石造りの壁でできていてどことなく埃っぽい。寝心地の悪そうなベッドには薄っぺらく小汚ない布がかけられていた。

「は?ここはどこ?!」

わけが解らずにいるとドタドタと大きな足音が近づいてきて扉が勢いよく開いた。

「ちょっとシンデレラ!掃除は終わったの?」

シンデレラ?シンデレラってあの?

「私のドレスはどうなっているの?」

「早く洗たくをしなさい」

気の強そうな女の人が入ってきて次々に言ってきた。

「それって私がしなきゃいけないの?」

それを聞いた一番、老けた女の人が口答えしないでさっさとしなさいと私を突き飛ばした。倒れ込んだ私の上に汚れた服が降ってきた。

「それが終わったら食事の準備よ」

と言って出て行った。

 どうやら私はシンデレラの世界に迷い込んでしまったようだ。

 普段、自分の家でもこんなに掃除や洗たくしたことがないのに私は家の中、隅々まで掃除させられた。よく嫁姑ドラマで見る人差し指でホコリが残ってないか確認するあれをリアルでやっている人初めて見たとひそかに感動した。

 掃除機も洗たく機もないからすべて手作業。ほうきはともかく手洗いで洗たくなんてしたことがないっての。色つきのものも全部、洗たく機に突っ込んでいたわよとぶつぶつ言いながら洗う。あ、これストレス発散にいいかも。昔、母が父とけんかした時に夜、台所で無心に汚れた鍋を磨いていたのを思い出した。

 やっと、掃除と洗たくが終わったかと思えば今度は、食事の準備を命じられた。

 台に乗せられたジャガイモ、ニンジンや玉ねぎ。これで何を作れっての?自慢じゃないが普段私の自炊はインスタントラーメンしかしない。しかも具なし。インスタントラーメンで自炊してますって言えないが。

 野菜たちを適当な大きさに切り、鍋に入れる。味付けはどうしたらいいかわからなかったけれど茶色い粉末を入れてみた。軽く味見をしてみたがどうもパンチ力にかけるから欠けるから塩コショウを足してみてやっと食べられる味になった。

 母親たちを呼び、食事を出すと美味しいと言って食べ始めた。私の食事はというとこの味がいまいちなスープとあごが壊れそうな固いパンだった。

 食事が終わり、後片付けをしていると扉をノックする音が聞こえてきて母親が出て対応していた。こっそり聞いてみると近々、お城で舞踏会が催されるらしい。それに呼ばれたらしかった。私も行けるのか聞いてみたらそんなみすぼらしい格好で行けるわけないでしょうと鼻で笑われた。確かにこんなジャージを着ていけるとは思ってなかったけれどなにか服くらいあるでしょうと思ったが、貸してくれるわけもなかった。

 次の日、今晩の食事の材料を買いに私は村までやってきて、一軒の店の前で人だかりがあった。何やら店の主人と着飾られた服を着ている人が言い争いをしているようだった。

 私は噂好きそうなおばさんを捕まえて話を聞いてみた。

 おばさんたちの話ではこの国の王子がまた無理難題を言ったそうでそれができなきゃ店を潰すと脅したそうだ。私は上司と折り合いがつかず他人の手柄を自分のものにするという行為や傲慢な態度にほとほと嫌気がさし仕事を辞めた。だからこういった人は許すことが出来ない。私が着飾った人と話そうとしたときにさっきの噂好きそうなおばさんたちに止められてしまった。

「あんた、どこの誰かわからないけれどあの人に逆らわない方がいいよ」

「そうよ。この国にいたいならね」 

 私は、この国の人ではないしいつ現実世界に帰れるかわからない。でもこの世界は現実世界とはまた違った貧富の差が歴然としていた。あの家には肉、魚といったものが全くなかった。村を歩いてみても店に並んでいるのは、イモ類といった保存のききそうな物ばかり。それはおそらく、この国の王族が至福を私腹を凝らしているに違いない。決して正義心からやることではないのだけれどその食べる分を少しでも分け与えればこの国は変わると思う。でも、ここの人たちは文句を言うどころかそれを受け入れている。私の会社でもそうだった。本当は不満でいっぱいなのに影で文句を言うだけで表ではいい顔をしている。どいつもこいつもいつの時代も同じだと思って立ち去ろうとしたときに呼び止められた。

「お前、この俺になにか文句でもあるのか?」

そう馬車の中から声を掛けられ、周りにいた人たちがザワザワとし始め王子様と、かすかに聞こえた。こいつが諸悪の根元なのだと根源なのだと思わず睨んでしまった。

「なんだ?その目つきは」

この、相手を一瞬で凍りつかせるような物言いに嫌気がさしてくるのを抑えにっこりと笑い、

「なんでもありませんわ。王子様」

と言って私は立ち去った。


 大量のイモ類を買った私は家に戻り蒸かしたやつや薄く切って揚げたもの、スープを作って夕食に出した。そして、2人の姉に命じられ舞踏会に着ていくドレスを縫った。ミシンなんてものがあるわけもなく私は小学生以来やったことがない手縫いでの作業に追われた。完成したドレスはお世辞にもいいものとはいえない代物だったが2人の姉たちはやればできるじゃないと喜んで舞踏会に着て行った。

 当然のように私は舞踏会に連れて行かせてもらえず部屋から見えるお城を眺めていた。

「今頃は、美味しいごちそうとか食べてるんだろうな」

そう呟くと、視界に1匹のネズミが入ってきた。何か言いたげに私の事を見ている。

「あなたも舞踏会に行きたい?」

そう聞こえてきた。あり得ないことだが、最初ネズミがしゃべったのかと思った。だが、その声の主は姿を表した。

「あなたも舞踏会に行きたいんでしょ?」

その声の主は私と同じくらいの年齢で黒い服に黒くとがった帽子を被っている。手には細い棒を持っている。

「でもこんな服じゃ入れてもらえない」

私がそう言うと黒い服の女性は杖を一振りして何か呪文を唱え始めた。その呪文は普段私が聞いている言葉とは違っていて聞き取れなかった。

 呪文を唱え終わると、高校の時に着ていたジャージはフリルのついたドレスに。だらしなくまとめられた髪留めはきれいな宝石が散りばめられたティアラに。そして、サボはガラスの靴になった。

「これで行けるわね」

「でもどうやってお城に向かえばいいの?」

そう私が言うと女性はまた何か唱え始めた。すると、外に置いてあったカボチャが馬車にさっきのネズミが馬になった。

「これで文句はない?」

と、にっこり笑った。

「ありがとう。これでお城に行ける!」

 私は駆け出して馬車に飛び乗った。遠くから女性が何か言っているが聞き取れなかった。

 シンデレラの話なら子供の時に嫌というほど聞かせてもらった。24時の鐘が鳴り終わったら魔法が解けてしまうからそれが解けるまでに戻ってこなければならない。

 さて、ここで問題がひとつ。私は仕事を辞めて約半年。話す相手といえば宅配便のおっちゃんかコンビニ店員の大学生の男の子くらいだ。この絶望なまでのコミュニケーション不足の私が王子様と話すことができるのだろうか。しかもあの王子、性格に難ありだし。まぁなんとかなるでしょと考えるのを止めた。

 馬車が急に止まり私は反動で前につんのめりそうになった。馬車から降りてドレスの裾を軽く直し、髪の毛も直そうと思ったが綺麗にアップされたものが崩れてしまうと私には直せそうにないから触らないでおいた。

 ドレスをつまんで入口に向かった。招待状も持ってないことに気が付いたがこの国の女性なら誰でも入れるらしく中にすんなり入れた。

 中にはせわしなく働いている召使いらしき人以外、男性は真ん中で踊っている王子様だけだった。周りには次は自分の番だと言わんばかりに順番待ちをしている人たちが列をなしていた。もちろんその中に姉たちの姿があったことは言うまでもない。

 曲が終わったタイミングで王子は私に気が付きこっちに近づいてきた。周りからは羨む声が聞こえてきた。それは王子が手を差し出しかしずいたところで嫉妬の声に変わった。これはダンスの誘いだろうか。

 ダンス?!ちょっと待って。私、ダンスって中学生の頃に踊ったマイム・マイムくらいしか知らない。しかも踊ったのがずいぶん前だから踊れるかあやしい。

 差し出された手を取るか考えていた私に王子は強引に掴み、中心に連れてこられた。

「王子。私、踊れない」

出来るだけ小声で私はそう言った。

「安心しろ。どうせ俺しか見ていない」

「そういう問題じゃない」

 確かにみんなの視線は王子しか見えていないようだけど私だってよく見られたい気持ちはある。

「くるくる回っていればいい。足を踏むなよ」

 私は王子に言われた通り足を踏まないように注意しながらステップを踏んでくるくると回った。目が回りそうなのと慣れないステップに疲れかけたときにやっと曲が止まり私は王子から解放された。

 私はバルコニーで姉たちからの追求から逃れるために隠れていたら誰かが来る気配がした。

「あ」

「げっ」

ほとんど、同時にそう口にしていた。ちなみに『げっ』って言ったのは私だ。気まずさに立ち去ろうとしたときに、腕を掴まれた。

「おまえ、この間の女だろう。俺に何か文句あるのか?」

どうやらバレていた様でしかも顔に出ていたらしい。隠し事が出来ないのが私の利点だ。

「じゃあ、言わせてもらうけれど。あの豪勢な食事やこの舞踏会はなに?あなたは村の人のこの国の人の暮らしを知っている?村の人たちは毎日、イモと固くなったパンを食べているのよ。このお金で課金……じゃない。どれだけの人が暮らせると思うの?」

「なにを言っているんだ?この国の住人なら俺に忠義を持って尽くすべきだろう」

と当たり前の事かのように言った。

「王子!私はあなたを絶対に改心させてやる」

とガラスの靴を投げつけた。

 24時の鐘が城中に響き、呆然としている王子を残し私は駆け出した。

 私にかけられた魔法は段々と解けていった。

 フリルの付いたドレスは高校の時に着ていたジャージに。きれいな宝石が散りばめられたティアラはだらしなくまとめられた髪留めに。ガラスの靴はサボに変わった。

 すっかり変わり果てた姿で私は家にとぼとぼ歩いた。家に着く頃にはすっかり足の裏は黒くなり何かの破片で切ったのだろうか擦り傷だらけになった。

 私は黒くなった足を外の井戸で洗い、寝心地の悪いベッドで眠り朝を迎えた。

 次の日、疲れ果て眠った私は外の騒がしさに目が覚めた。声のする方に行くと王子の従者らしき人がが立っていて村中の女の人が順番に対応されている。隣には豪勢な椅子に座って王子がしきりに首を振っている。

 何をやっているのかよく見てみようとしたら誰かに押された気がした。私は、大げさに転んでしまいその結果、そこにいた人に注目される形となった。気まずさが漂う中、立ち去ろうとしたら、従者に呼び止められた。

「貴女はまだこちらは履いてはおられませんか?」

手の上に大事そうに乗せられたそれを見てみると王子に投げつけたたガラスの靴だった。

「………まだですけど」

私がそう言うと、周りからはそんなみすぼらしい格好をした人が王子の相手じゃないという声が聞こえてきた。すると、隣にいた王子が口をひらいた。

「俺は、村中の女にこれを履かせろと言ったはずだ」

その声にそれまで騒いでいた人たちは一斉に黙った。

 従者と王子の前に私は立ちクッションの上に置かれたガラスの靴を履こうとしたその時、

()()()()()()()()()だっけ?」

と私にだけに聞こえる声で言いニヤリと笑った。

 私がガラス靴を履こうとした時に私の世界はまたグニャリと歪んだ。


気が付くと私は自分の家の玄関にいた。どうやら戻ってきたようだ。夢の玉の輿生活が終わった。

「やっぱりクリスマスなんて、リア充なんて滅んでしまえ―――」

と私は部屋の中で叫んだあとにまるでうるさいと言わんばかりに隣からドンッという音が聞こえてきた。

「始めての壁ドンがこんなんじゃ嫌だ」

とうな垂れながら今度は心の中で叫んだ。

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