新事実・・・・?
・・・いる。確かにそこに。サヨは電話の前でたたずむ女性から目を離せなかった。自分が責められているような気持になる後ろ姿。金縛りだろうか、体も動かない。時子とナタリーは気づいていない。いやな汗が首筋を伝う。ついさっき、時子が聞かせてくれた話。よく聞くような怪談。それを今、実際に体験している。そう思うとサヨは少し楽しくなった。
「サヨ!」
「!?」
時子の声でふっと我に返る。顔を上げると、2人が心配そうにこちらを見つめていた。電話の前に女性の姿はもうない。体も動くようだ。
「サヨ先輩?大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫・・・。」
「顔色悪いわよ?」
「そう、ですか・・・?」
サヨの顔は少し青ざめていた。時間のこともあり、3人は女子部屋へ戻ることにした。
「すみません、わたしのせいで・・・。」
部屋に戻ってから、サヨは浮かない顔で謝った。そんなサヨに時子はチョコを差し出す。
「サヨのせいじゃないわよ。
「そうですよ!」
「噂なんて嘘か真かわからないし。まあ、あと2日で何か得られるわよ。」
「やっぱり明日もですか~?」
「当たり前でしょ?絶対あきらめないわ!」
2人が幽霊の話に夢中になっていると、葵とメムが帰ってきた。葵の様子をみるに収穫はなかったようだ。
「お疲れ様です・・・。」
「お疲れ様。そっちも特になしって感じ?」
時子が布団を用意しながら尋ねた。葵はなんとも言えないような表情で答える。
「残念ですねぇ。誰かいた気がしたんですけどぉ・・・。」
「メム的には収穫ありなわけね。そっちは何を調べてたんだっけ?」
「物置部屋の骸骨・・・・のはずだったんですけど・・・。メム先輩が・・・。」
「はいー。シャワールームでしょうかぁ、誰かいたのでそちらに向かったんですー。恥ずかしがり屋さんだったんですかねぇ?私たちが中に入るといなくなっちゃいましたぁ。」
にこやかに語るメムだが、隣の葵の顔は穏やかではない。
「もー、先輩勝手にいかないでって言ったのにー・・・。」
「あらら、ごめんなさいー。」
「まったくどっちが先輩なんだか・・・。」
言いながら、時子は嬉しそうであった。他の女子部員が明日の作戦会議をする中、サヨは自分が見た女性の霊のことを思い出していた。なんだか、見覚えがあるように感じたのだ。
「・・・気のせいかな・・・。」
「電気消すわよー?」
いつの間にかみんな布団にもぐりこんでいた。
「それじゃ、みんなおやすみなさい」
「おやすみなさーい」
「ふにゃぁ・・・・。」
夜遅かったこともあってか、安眠はすぐに訪れた。サヨのもとにも・・・。
――――もうすぐ、夜も更けるそんな折、山小屋の扉がゆっくりと開く。寝静まった部員たちは気づかない。1つの影が、ゆっくりと近づいていくのに・・・。――――
翌朝、サヨは体が重い気がして目を覚ました。しかし、布団が膨らんでいる様子はない。
「んー・・・。」
布団を少しあげて、体との間にわずかな隙間を作る。そこには確かに、いた。サヨの体の上ですやすやと寝息を立てている。
「・・・あの?」
「・・・・ん・・・・。」
「・・・・あのー?」
「・・・・・あら、マスター・・・・・おはようございますー・・・・。」
「おはようございます、じゃなくて。」
「・・・・・目覚めのキスですか?」
「どうしてここにいるんですか?」
眠たそうに目をこすりながら、隙間女は答えた。
「そんなの、マスターが心配だからに決まっています・・・。」
「いやでも、留守番するって・・・。いつからいるんですか?」
「ずっとです・・・。」
「ずっとって・・・。」
「すみませんマスター、出ていくタイミングが、わからなくて・・・隠れていたのでございます。」
「じゃあ、どうして、私の布団の中に・・・?」
「マスターの寝顔を眺めておりましたら、誰かがこの部屋に入ってきまして・・・。見つかってはまずいと思いまして、仕方なく、そう、仕方なく、マスターのお布団にお邪魔させていただきました・・・・。」
恥ずかしそうに両手で頬を覆いながら嬉しそうに成り行きを語る隙間女。その様子にサヨは思わず、苦笑いを浮かべる。こんなことがアリアにばれたらそれこそ、大騒ぎになるだろう。なんとか、隙間女のことを隠しておく術はないものかと思案していると、隣から苦情が飛んできた。
「ちょっと、サヨ、うるさいんだけど・・・。まだまだまぶしいじゃない・・・。」
「あ、すみません、アリアさん・・・。」
「どうしたのよ?虫でも落ちてきた?」
「いえ、なんでもありません。」
サヨはあわてて持っていた布団を離した。とにかくこの場を切り抜けよう。そう覚悟した矢先。
「なによ?なんかあったの?」
がばっとアリアが布団を持ち上げて、覗き込む。
「あ・・・・・。」
「・・・・・はあ・・・・・。」
こぼれる溜息にはいろいろな言葉が詰まっていた。
「サヨ、あなた、つかれてるのよ・・・・。」
「間違って・・・ない、のかな・・・?」
その結論に布団の下から抗議する。
「ワタクシは取りついているわけではないですからね!マスターのおそばにいるだけです!」
「さっさと払ってもらいなさーい。」
それだけ言うと、アリアは自分の布団をかぶりなおした。
「アリアさん、いつのまに戻ってきたんだろう?」
電気を消したときには確かに戻ってなかったはずだ。隙間女の言っていたのはアリアのことなんだろうか。頭を働かせながら、布団から出て周りをみると、向かいでねていたナタリー以外もう部屋にいなかった。
「あれ?先輩たちもう起きてる?」
ひとまず自分の布団を畳み、着替える。
「あの、マスター、ワタクシはいかがいたしましょう?」
「ひとまず、私のカバンの中か、お布団の隙間か・・・隠れていてください。私、先輩たちを探してきます。」
そう告げると、サヨは部屋を出た。一瞬おいしそうな匂いがした気がする。
「?もうご飯作ってるのかな?」
調理場へ向かうと匂いは強くなっていく。匂いのもとへたどり着き、サヨは唖然とした。調理場の隣、食事をするときに使っていたテーブルの上に、食事が用意されていたのだ。
「な、なにこれ?すごい豪華・・・・。」
「あ、サヨ先輩!」
「葵ちゃん、あの、すごいね、なんだか、豪華というか・・・。」
「違います!私たちが作ったものじゃありません!」
「えっ!?」
葵の言葉にサヨは目を丸くする。
「私たちが持ってきた材料全部使ってもこんなに豪華な料理作れませんよ・・・。」
「そ、そうだよね・・・。ロブスターとかいつの間にとってきたのかと思った・・・。」
「今、山小屋の中を先輩方が見て回ってるんです。料理を作った犯人を見つけるのよーって、時子先輩が言いだして・・・。」
「私たち以外にこの山小屋に誰かいるってこと?」
「はい・・・。」
「ど、どうしようか・・・。」
「とにかく、先輩たちと合流しましょう。2人じゃ、ちょっと不安ですし・・・。」
サヨと葵が中へ戻ると、メムと遭遇した。
「あ、いたいた。葵ちゃんとサヨちゃん~。」
「メム先輩、時子先輩は?」
「時子ちゃんは、犯人のところにいますよぉ。」
「はい?」
「こっちですー。」
メムに連れられ、2人は小田原の寝ている部屋へとたどり着く。中には、寝ている小田原と、緊張している様子の時子、そして、小田原に寄り添うように座っている見知らぬ女性の姿があった。
「は、はわわわわわわ・・・!?」
「え、だ、だれ!?」
「あの、私・・・・あ、怪しいものではありませーん・・・・!」
そう言う女性の服装は明らかに怪しかった。夏にも関わらず、長いマフラーを顔の半分まで隠すように巻き、長袖のコートに手袋までしている。どこからどうみても不審者である。
「どっからどうみても怪しいわ!」
「ち、違います!これには事情が!あの、あの・・・話きいてくださーい・・・・・。」
「ど、どうする?てかどうすればいいの?」
不審者の言動もさることながら、時子も混乱している。そこへ、メムが割って入る。
「あなたは、どちらさまですかー?」
「ちょっと、メム!」
メムが近づいて、顔を覗き込むと、不審者は深呼吸してゆっくりと答えた。
「わ、私は、お、小田原の、妻、です・・・・!」
「は?」
「え?」
「えええええええ?!」
3人の悲鳴にも似た驚きが山にこだました。そして、この答えがさらなる混乱を呼び起こす。
「え、え、小田原先生って結婚してたの?」
「聞いたことないです・・・。」
「知らなかった・・・。指輪とかしてるとこみたことないし・・・。」
「あの!」
「は、はい!」
小田原の妻は座りなおした。きれいに両手をそろえて、頭を下げる。
「小田原がお世話になっております。私、イチ、と申します。驚かせてしまったようで、大変、もうしわけありませんでした・・・・。」
丁寧なお辞儀に時子もその場に正座する。
「こ、ちらこそ、すみませんでした。まさか、先生に奥さんがいたなんて知らなくて・・・!」
「いいえ、私、ただでさえこんな格好なのに・・・。こそこそしてしまって!」
「いえいえ、そんな・・・・。」
激しいお辞儀合戦に終止符を打ったのはメムだった。
「じゃあ、あのお料理はイチさんが作ったんですかー?」
「あ、はい、あの、先生が倒れてみなさん不安かなと思いまして、あと、食べ物とか、その、合宿と聞いていたので、ちゃんと食べてるかなと、厚かましくてすみません・・・・。と、とにかくみなさん育ちざかりかと思いまして・・・。せっかくなら暖かいものの方がいいかと、それで、みなさんが眠ってる間に、こっそりと、すみません。」
「それなら、せっかくですし、朝食にしましょうか、葵とサヨはみんなを起こしてきてくれる?」
「わかりました。」
葵とサヨは急いで、ほかの部員を起こしに行った。
「私はお皿とか用意するねー。」
メムが部屋を出ていく。
「あ、私は・・・。」
「私、お茶持ってきますね。先生をお願いします。」
時子は足早に部屋を出て行った。
「あ、はい。」
イチは落ち着かない様子で、眠っている夫を見た。とても穏やかに眠っている。
「・・・・いい生徒たちですね、正児さん。とても、明るくて、しっかりしてて、優しくて・・・。」
手袋をはずして、乾いてしまったタオルを水につける。その手には、長い爪があった。タオルを絞ると、小田原のおでこにタオルを乗せる。傷つけないように、そっと、気を付けながら。
「・・・・私も、あんな風に学校とか行ってみたかったなぁ・・・。」