忙しくなりそう・・・?
夏休みが間近に迫り、オカルト同好会の面々はソワソワと準備を始めていた。
「くれぐれも怪我をしないよう気をつけてくださいね。」
顧問である小田原正児は青白い顔でうっすら笑いを浮かべながら注意を促す。
「先生も楽しみ何ですかね~?」
「小田原先生がうっすら笑ってる時はいいことがあった時か、楽しみなことがある時だけだからね。」
「そうだったんですか!てっきり何か恐ろしいことを企んでいる顔なのかと思ってました。」
ナタリーとサヨが話していると、
「サヨ、ナタリーちょっとこのあと時間ある?」
時子に声をかけられ、2人は部活後、学校近くにある怪しげな通りへと来ていた。
「な、なんだか怖いところですね・・・・。」
「ん?あー慣れてないとそうかもね。私はよく来てるからあんまり怖いと思わないけど。」
どんどん進んでいく時子の後を2人は追いかけ、たどり着いたのは一際怪しげな店構えの喫茶店であった。
「らっしゃい。あら、あなたまた来たの。」
中に入るなり、男か女かわからない店員が時子に話しかけた。
「今日は友達も連れてきたの。ここのオーナーさん。」
「常連さんのお友達ならちょっとだけサービスしてあげないとね。日替わりケーキ、付けたげる。」
「やったー。ここのケーキ美味しいの。あ、ここの席でいい?」
時子は慣れた様子でカウンターへ座った。サヨたちもそれに続く。
「なんだかすごいですね、時子先輩。」
「常連さんっていつから来てるんですか?」
「そうね、確か・・・・。」
「小学生の時からじゃない?」
オーナーが自ら3人分のケーキを運んで来た。
「この子のお父さんがうちの常連だったの。」
「うちのお父さん結構マニアックなところがあるからさ。こう、なんか、変わったものが好きなんだよね。」
「変わり者で悪かったねぇ。」
「いや、別にオーナーが変わってるってわけじゃ・・・。」
「冗談だよ。まあ、ゆっくりしていってね。」
オーナーはするりとカウンターの奥へ消えていった。サヨはカウンターの奥が気になり、オーナーの消えた方をじっと見つめていた。一瞬、ざわっと何かが動いたようだった。
「サヨ?」
「えっ、あ、はい?」
時子の声が聞こえ、サヨはそちらを見る。
「どうしたの?」
「サヨ先輩、オーナーさんが気になるんですかー?」
ナタリーの思わぬ言葉にサヨは少し頬を赤くした。
「いや、そういうわけじゃーーーー。」
「マスターがあんな、パッと見性別わからなくて、何を考えているのかもわからない、ミステリアス雰囲気醸し出してるような人、気にするはずはありませんわ!!」
なぜか、サヨの鞄から抗議の声が上がった。
「鞄が喋った!?!?」
「あ、サヨ、ポケットのところ・・・・。」
「あっ!」
ポケットと鞄との隙間に、奴はいた。何故か恥ずかしそうに頬に手を当てている。
「な、なんでそんなところに!?」
「すみません、マスターと離れている時間がどうしても惜しかったもので・・・・。我慢できなくてつい、出来心、と申しますか・・・・。えへっ。」
「えへっ。じゃないですよ。」
「部活の間もそこに?」
「はい。マスターが楽しそうでワタクシ嬉しい限りですわ。」
「せっかくいたなら部活の時に出てきたらよかったのに。みんな、興味あると思うし。」
「時子先輩、流石にそれは・・・。」
「まあ、ご招待くださいますの?それでしたらぜひ。ですが、ワタクシ、正装は持っていなくて・・・・。」
「なんで正装の必要が?」
サヨの問いかけに隙間女はまた照れたように両頬に手を当て、
「だって、マスターの部活に参加させていただくのですから。ご友人に紹介していただくせっかく機会ですし・・・・。」
「紹介って、お見合いとかじゃないですから。」
「わかっておりますわ。あれですよね。」
「あれ、とは?」
「マスターとワタクシの婚約会見・・・・!」
「違います。」
「えっ、では、結婚式、でしょうか・・・・?」
「どうして部活の時間に私と隙間女さんが式を挙げるんですか・・・・。」
「あははっ。ある意味オカルト的よね、怪異との結婚式!」
「なんだか、ロマンチックですねぇ!」
「ちょっ、2人とも・・・・。」
「冗談、冗談だって。流石に結婚式は部長の権限だけじゃ挙げられないし。」
「そうですよね。ご両親の許可とか、小田原先生の許可とか必要ですよね。あー、ちょっと見てみたかったなぁ、怪異との結婚式・・・・。」
「小田原先生?」
隙間女が低い声で呟いた。
「オカルト同好会の顧問の先生ですよ。部室にいた青白い顔の男の人です。」
「あ、いえ、それはわかっているんです。ただ、あの方・・・・・・。」
言いかけて、隙間女が口を閉ざした。
「?先生がどうかーーーー。」
「なんだか賑やかだね。何の話?」
奥からオーナーが出てきた。サヨは慌てて鞄を足元に置いた。
「結婚式の話です!」
ナタリーが明るく答える。オーナーは微笑みながら、
「年頃だねぇ。」
と言った。
「あ、ねぇ、オーナーって結婚はしてるの?」
「んー?知りたい?」
その笑顔はとても妖艶だった。
「えっ、あー、いやーどうかなぁ?」
常連の時子すら、しどろもどろするほどに。
「ふふっ、秘密だけどね。仕事上そっちの方が都合がいいから。」
「そ、そうなんですか。」
「そうなんです。」
時子とナタリーがオーナーに不思議な魅了をかけられている間、サヨはなぜか、隙間女の様子が気になっていた。そっと鞄を持ち上げ、膝の上に乗せた。
「・・・・・・。」
「君は?」
「えっ!?」
無言で鞄を見つめていると、オーナーがメニュー表を差し出して声をかけてきた。
「何か飲み物はいるかい?2人はコーヒーだって。」
「あ、いえ、私は・・・・お冷やでいいです。」
「かしこまりました。それじゃあ、淹れてくるね。」
オーナーが再び奥へと消えていった。
「・・・・・なんだか、不思議な人ですねぇ。」
「そうよね・・・・。」
時子とナタリーはポワポワとした空気を漂わせていた。
「2人とも、なんか変だけど・・・・どうしたの?」
「・・・・・マスター。」
「あ、隙間女さん。」
「あまり、大きい声を出さないで下さいまし。できれば、あのオーナーには見つかりたくありません。」
いつもより低い声で話す隙間女につられて、サヨも小声で質問する。
「どういうことですか?」
「すぐに帰るべきだと、ワタクシ思いますわ。」
「えっ、でも・・・・。」
「あれは、とても危険なものだと思うのです。マスター、今すぐ2人を連れてお店を出てくださいませ。できるだけ、静かに。」
「お金とかは・・・・。」
「まだ出てきていないので問題ないでしょう。さあ、コーヒーが来る前に、マスター・・・!」
「わ、わかりました。」
サヨは時子とナタリーの腕を掴み、店を出た。
「ちょっと、サヨ、何すんの。」
「まだコーヒー来てないですよぉ!」
「あ、ごめんね、でもなんだか、2人とも様子がおかしかったから・・・・。」
「3人とも、早くここを離れてくださいまし!」
隙間女の声にサヨは2人の腕を掴んだまま走り出した。
「サヨ先輩、どうしちゃったんですか?」
「さ、サヨ、腕痛い!」
「ごめんなさい!ちょっとだけ我慢して下さい!」
店を離れ、見慣れた公園まで来ると、サヨは2人を離した。
「もー、何なんですかぁ・・・。コーヒー飲みたかったのに。」
「なーちゃん、ごめんね。」
言いつつサヨは2人の手元に鞄がないことに気づく。
「あ、鞄・・・・!」
「こちらに、マスター。」
いつの間に出てきたのか、隙間女が2つ鞄を持っていた。
「お忘れになると思って、こっそり持っておりました。どうぞ。」
「え、あ、うん、ありがとう?」
「それでは、そろそろ帰りましょう。もうすぐお夕飯の時間になりますわ。」
辺りはすっかりオレンジに染まっていた。
「もうそんな時間ですか。早く帰らないとです。」
「そうね、帰りましょう。じゃあね、サヨ。」
「はい、2人とも気をつけて。」
「また明日です。」
ナタリーと時子を見送ると、サヨも帰路についた。
「マスター、1つよろしいでしょうか?」
もう鞄のポケットに戻っていた隙間女が尋ねてきた。
「何ですか?」
「先程の喫茶店、できればもう行かない方がいいと思います。時子様にも注意されるべきかと。」
「オーナーさんが、危ない人ってことですか?」
「・・・・・人、なのでしょうか・・・・・。」
「え?」
隙間女の呟きに、サヨは思わず足を止めた。背筋がゾクリとする。
「ど、どういうことです?」
「・・・・・ごめんなさい、マスター、怖がらせるつもりは・・・・。」
「オーナーさんは、人外なんですか?それとも、実は死んでいたとか?」
サヨの目はいつもより生き生きとしていた。
「マスター?確かに人外だと思いますが、ホラー映画のような展開にはならないで下さいましね?」
「妖怪ですか?それとも、悪魔とか?」
「マスター??聞いていまして?」
「ちょっともう一回喫茶店に・・・・・」
「マスター!?」
隙間女は、サヨの足を引っ張った。そのまま引きずる形で家へ向かう。
「はな、離してくださいー。もっかい、ちょっとお話するだけー・・・。」
「ダメです!マスターが危険な目に遇うなんて見過ごせません!!」
その後、しばらく公園付近でひきこさんが出るという噂がひそかに広まっていた・・・・。
「はあ、まーた逃げられたかな?美味しそうだったのに、ざぁーんねん。」
1人だけの喫茶店で、オーナーはコーヒーを啜った。その口元はとても、楽しそうであった。
「あーやっぱもっとキリッとした見た目の方が受けがいいのかなぁ?あんま男っぽくすると逆に女の子寄ってこなくなるんだけど・・・・。現代の女性の好みって難しいなぁ。」
鏡の前で顔を整える。文字通りの意味で。
「目元をもう少しキリッとして、口元は・・・少し口角をあげて・・・・んーバランス悪いなぁ。口角は前のままで、顎のラインをスッキリさせるか・・・。よしよし、こんな感じかな?」
「必死すぎないかしら?」
カウンターに座った客が話しかける。
「こんなもんだよ、今時は。封印されてた奴にはわからない悩みだね。」
「ふーん。私が封印されてる間に、あんたの口調も変わったってわけね。昔はもっと可愛らしい女の子口調だったじゃないの。」
「こっちのが・・・。」
「受けがいいのよね。」
「はあ、なんでまた復活するかなぁ。しかも日本で。なあ、アリア。」
吸血鬼は意地の悪い顔をして答えた。
「それは私の責任じゃないわ。」
「召喚される必要なんてなかっただろ?」
「だから私の責任じゃないってば。」
「たかだか人間に、応じる必要なんかなかっただろって言ってるんだ。」
振り向いた顔を見て、アリアはさらに意地の悪い顔をする。
「・・・・ふぅーん?」
「なんだよ。」
「嫉妬してるんだぁー。あんたじゃなくて、人間の女の子に応じたことー。」
「なっ、するか!なんで僕が人間なんかに!」
「あんたさぁ、夢魔なんだから、封印されてても私に会うことはできたでしょ?私にそんなにぞっこんだったなんてねぇ。」
「だーれがお前なんか。それに封印されてる奴の夢に入り込むなんて、僕達、アンプにはできないよ。そういう下品なことはサキュバスがやるのさ。」
「そんなこと言ってるとまた、こわーいおねぇさまが夢に出てくるかもよ?」
「やめろ、寝れなくなる。」
「それは可哀想に。んじゃ、私はそろそろ帰るわ。服、ありがとね?」
アリアの手には大きな紙袋が握られていた。中にはアリア用の服が何着か入ってたいる。
「そのぐらい構わないよ。」
「また来るわね。」
扉の前に立ち、思い出したように振り向く。
「スーニャ、あの子達に手を出すのは、あんたでも許さないから。」
「・・・・・。」
パタンと扉が閉まる。
「別に僕はお前なんか興味ないって言ってるだろ・・・・。」
喫茶店の明かりが消えた。