馴れ初め・・・・?
飯田サヨは、女子高生である。根暗気味で、ホラー好きな彼女の周りにはあまり人が近寄ってこない。クラスメイトからはいつも敬遠されている。しかし、サヨはそんなこと気にしていなかった。彼女にはオカルト同好会のメンバーがいるからである。部員数全学年合わせて、7人という、小規模な部活ではあるが、本人たちは楽しく活動している。特に、部長である夕野時子と、平部員で1つ年下のナタリー・メアは、サヨと仲良しであった。ある日、ナタリーが時子とサヨに、儀式をしたいと持ちかけた。以前から黒魔術に関心が強かったナタリーは、特殊なルートで黒魔術に関する本を手に入れたのだ。様々な儀式が記されているのを見るうちにどうしても試したい儀式を見つけたのだという。
「3人いないとできない儀式なんです!やってみませんか!!」
「へぇ、何の儀式なの?」
時子が尋ねるとナタリーはニヤリと笑って答えた。
「それは言えませーん!」
「なんでよ?」
「そういうルールなんです!儀式が終わったら説明しますから、とりあえずやってみましょー?」
「わ、私は暇だし、構わないよ?時子さんは、どうしますか?」
「んー、興味深いけどー、黒魔術って生け贄とかいるんでしょう?私たちを生け贄にする気じゃないでしょうね・・・・?」
「そんなことしません!お2人は立っててくれるだけで構いません!」
「ふーん。まあ、面白そうだし、今日はナタリーに付き合ってやるかー。」
「うふふー、ありがとでーす!」
では行きましょうと、ナタリーは歩き出した。2人はそれについて行く。だとりついたのは、大きなお屋敷だった。
「あの、なーちゃん、ここは?」
「私の家ですよ?」
「まじか、こんな大きなとこに住んでたの?」
「はい!友達を連れてくるのは初めてでーす!」
3人が門をくぐると、年老いた執事が1人出迎えてくれた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。」
「ただいまです。あ、先輩2人を連れてきたので、お茶持ってきてくださーい!」
「かしこまりました。」
「あ、えっと、お邪魔します。」
「お邪魔します・・・・。」
「どうぞごゆっくり。」
ナタリーの部屋には、部厚い本や、蝋燭、なに使うのかわからない人が1人すっぽり被れそうな大きな布などがそこかしこに置いてあった。時子とサヨはそれぞれ、部屋の感想を抱きつつ、キョロキョロと見渡していた。3人でも広いと感じる部屋で、ナタリーはいそいそと儀式の準備を始めた。2人は興味深そうにその様子を見ていた。まず、ナタリーは部屋の真ん中に大きく円を書き始めた。どこから持ち出したのか、白いチョークのようなもので書いている。円が書き終わると、その中の部分に何やら文字を書き始めた。細かくしかも、どこの言葉なのかもわからないため、サヨは読めなかった。時子も同じことを思ったようで、ナタリーに質問していた。
「企業秘密ってやつですよー。」
そう答えて、スラスラと文字を書き終えるとその文字のところに布を被った物体を置いた。
「さ、これでオーケーです!時子先輩こっちに立ってて下さい。えっと、サヨ先輩は、そっちに・・・・そうです。」
ナタリー、時子、サヨの3人で真ん中の物体を囲むように立つ。
「では、始めますね!あ、できるだけ動かないで下さい。あと、喋らないで下さいね。落ち着くことが大事らしいですから」
部厚い本を開き、ナタリーは、呪文を唱え始めた。サヨはできるだけ動かないように、されど落ち着いているように努めた。やがて、チョークで書かれた部分が青白く光始めた。ナタリーは、呪文を唱えることに集中しているらしく、動揺を見せない。光が青白い色から赤色へと変化していくと、真ん中に置いてある物体が、布の下でガタガタと動き始めた。次第に激しくなる動きに、サヨはだんだん恐怖を覚え始めた。思わず目を閉じていると、少しずつ静かになっていった。呪文を唱え終わったのだ。ふぅと、ナタリーが息をつこうとした、その瞬間、ドーンッと、雷が落ちた。3人が少しの間、窓の方をみて、視線を物体へと戻すと、いつの間にやら、布を被った物体ではなく、黒い棺へと変わっていた。
「棺、よね?これ」
「一体、いつの間に?」
時子とサヨが顔会わせている横でナタリーは、跳び跳ねて喜んだ。
「成功!大成功ですよ!」
「それ、なんなの?何か入ってるわけじゃ、ないわよね?」
「もー、時子先輩、空の棺なんて召喚してどーするんですかー!」
「いやまあ、それはそうかもしれないけど・・・・。」
「じゃあ、その中には誰かいるの?」
「そのはずですよー。サヨ先輩、気になりますよね!ね!」
「え、あ、まあ、そうだね・・・・。何がいるの?」
「ふふーん、驚かないでくださいね!なんとあの中には!900年も前に封印された吸血鬼が眠っているのです!多分!」
胸を張って説明するナタリーだが、あまり信用できる話ではなかった。
「それで?どうするの?開けるの?」
「はい!開けてみましょう!」
「え、でも、吸血鬼がいるはずなんでしょう?」
「そうです。」
「危ないんじゃないかな?」
「もし、お腹すかせてたら、あんたの血ぜーんぶ吸われて、干からびちゃうわよ?」
「確か、爪も鋭いんでしょ?」
時子とサヨが吸血鬼についてイメージをあれこれ話しているのに、聞く耳持たず、ナタリーは棺を開けようと手を伸ばしていた。仕方がないので、時子がナタリーに後ろから抱きつき、サヨが腕を掴んだ。
「は、離してくださーい!せっかくの機会のなのにー!」
「あ、ちょっと、なーちゃん!暴れないで・・・・・。」
ふと、棺の方から音が聞こえ、サヨはそちらを見た。ゆっくりとだが、蓋が動いているのだ。思わず掴んでいたナタリーの手を離してしまう。すると、バランスを崩し、ナタリーは後ろへ時子ごと倒れこんでしまう。それと、同時に、棺の中から上半身をむくりと起こした。吸血鬼と思われる女は、立っていたサヨと目があった。固まっているサヨを見て、女は口を開いた。
「アンタが私を起こしたの?」
サヨが首を横に振る前に、ナタリーが勢いよく立ち上がり、手をあげた。
「私が起こしました!」
女はナタリーをみやり、
「アンタ、イギリス人?」
「いえ、私はイギリスと、日本のハーフです!」
「あ、そう。それで?私に何の用?」
「・・・・用?」
ナタリーは首をかしげた。
「用事もないのに呼び出したの?」
女はあきれた顔をした。
「はあ、じゃあ、イケニエは?お腹ペコペコなのよねー。何百年も、棺の中にいたから。」
「イケニエ!?あの、眠らせた鶏はイケニエじゃないですか!?」
「あの布の下、鶏がいたの?」
「はい、本に書いてました。」
ナタリーの発言に時子とサヨは少し面喰らっていた。が、そんな2人をよそに女は言った。
「あれは、単なる媒介よ。イケニエじゃないわ。ていうか、吸血鬼召喚するのに、生き血ならまだしも、鶏っておかしいでしょ。」
「それは、確かに・・・・・・でも・・・・・。」
流石のナタリーも黙ってしまった。3人の中の誰かがイケニエにならければならないのだ。
「わ、私が、なります!私が言い出したことですし!」
ナタリーが真っ先に手をあげた。
「んー?あー、アンタはダメよ?呪文、アンタが唱えたんでしょ?規則上、呪文唱えた人間には手出しできないの。帰るときに唱えてもらう必要もあるし、残念だけど、イケニエになれるのは、そっちの2人のどちらかね。」
「え、そんな!」
ナタリーは2人を振り返った。うつむく2人に、ナタリーは申し訳なさそうな視線を向ける。サヨは悩んだ。悩んだ末、意を決した。すっと、女の前に立つ。
「わ、私が、イケニエに、なり、ます・・・・。」
「サヨ!?」
「サヨ先輩・・・・!!」
「あら、友達思いなのね。それじゃあ、遠慮なく、頂こうかしら・・・・・。」
吸血鬼の手が肩に触れる。ぐっと、目を閉じた。吐息がかかる。もうすぐ・・・・と、その時。戸棚がガタガタと揺れ出した。
「?な、何?」
「戸棚が・・・・」
「はぁーい。それ以上マスターに触れるのは許しませんでしてよ?」
戸棚の隙間から少女が1人、サヨの元へ駆け寄り、抱きついた。
「・・・!?!?!?」
サヨは混乱した。見覚えのない少女がいきなり抱きついてきたのである。
「だ、だだ誰!?どちら様!!?」
「あらやだ、ごめんあそばせ、マスター。ワタクシ、つい、でしゃばった真似を・・・・・。」
「いや、あの、私、あなたのこと知らないんですけど!!」
「まあ、そんなに照れなくてもよろしいですわ。1つ屋根の下、共に暮らしておりますのにぃ・・・・・。」
「知りません!知りません!突然何なんですかぁ!?」
「ちょっと!アンタ何なのよ!数百年ぶりの食事の邪魔しないでもらえるかしら?」
吸血鬼の発言に少女はピクリと反応した。
「邪魔?邪魔なのはあなたの方ではなくて?そもそも、食事ってあなたマスターに何をするおつもりです?あまりに卑猥な展開になりそうでしたから、飛び出してきてしまいましてよ?もう少し時間帯を考えてくださいまし!未成年の、少女たちの前だというのに!」
「はあ?ひわいって何よ?そんな言葉知らないわ。ていうか、勘違いしてるようだけど、その子が自分からイケニエになるって言ったのよ?」
「ええ、しかと、見ておりましたわ。マスターってば・・・・・ワタクシというものがありながら、あんな西洋の女に浮気だなんて・・・・!あんまりでしてよ!」
腕をブンブン振り回しながら少女は怒った。
「だから、あなたは誰なんですか!?守護霊様とかですか!?」
少女はサヨから少しだけ離れると、フワリとワンピースの裾をつまみ、可愛らしくお辞儀をした。
「すみません、マスター、ワタクシ、守護霊様のような、神々しい者ではございません。都市伝説はご存じでして?ワタクシ、隙間女と、呼ばれております。俗にいう、怪異、というものですわ。」
キャッ、と両手で顔を覆い、照れたように体をくねらせる少女をよそ目に、今まで呆然としていた時子が口を開いた。
「あの、都市伝説が、なんで、サヨになついてるんですか?」
「あら、マスターとの、馴れ初めですか?うふふ、ワタクシ、とあるタンスに住んでおりまして、偶然そのタンスが、マスターである、サヨ様のお部屋へ置かれたのです。そして、タンスの隙間からマスターの見ているうちに、なんだか、胸が熱くなって・・・・・うふふふふ、お恥ずかしながら、マスターのことで頭がいっぱいになってしまったのですわ。」
「え、でも、普通細い隙間にいるんですよね?」
「ええ、ですが、今回は特例ですわ。マスターのピンチですもの・・・・。助太刀に参るのが、妻として当然の務め・・・・・・。」
「いや、結婚してないですし、私、女ですから!ていうか、私からしたら、今日が初めましてですから!」
一連のやり取りを聞いていた吸血鬼が口を挟んだ。
「なんでこうなるんだか・・・・・。ねぇ、アンタ、名前は?」
サヨを指差して言った。
「え、あ、サヨです、飯田サヨ・・・・・。」
「そう、それじゃあサヨ、あなた、名乗り出たからには私の面倒見なさい。」
そういうとサヨに近づき、首筋にキスをした。赤い口紅の跡が残る。
「なっ!!!なぁ!!!」
隙間女が声にならない悲鳴をあげているのを横目に、吸血鬼は微笑んだ。
「アリア、アリア・ガーネット。私の名前よ。これからよろしくね、契約者?」