大賢者
フェルナリア皇国の首都を流れる川の下流にある森で、
一人の老人が釣り糸を垂れていた。
「ふ~む、ここのところ降り続いた雨の所為で、
水が濁って居るからか、とんと釣れんのう・・・
今日は、この辺にして帰るとするかの。うん?」
その時、川の上流から大きくもないサブローが、
ドンブラコ、ドンブラコと流れて来たそうな・・・
「土左衛門かの?どれ、『浮動』」
老人が呪文を唱えると、
サブローが川より宙へと浮かび上がって老人の方へと、やって来た。
「ふむ、脈はあるようじゃの、『蘇生』」
老人が唱えると、
「ごぼごぼごぼ、ごほっ!ごほっ!」
多量の水を吐き出して、サブローが息を吹き返した。
「うん?」
老人は、多量の水と共に鮎に似た魚が3匹吐き出されたのを見て、
「これは、釣りをするより良く獲れそうじゃのう、
どれ、もう一度沈めてみるかの。」
「何でやねん!」
「おお、意識が戻ったか、どれ『回復』『乾燥』」
老人が唱えると、サブローの顔色が良くなって、
ずぶ濡れだった服や鎧が乾いた。
「おっ!?今のって、爺ちゃんの魔法か?」
「そうじゃよ、どうやら命拾いしたようじゃの。」
「うん、ありがとう爺ちゃん、
でも、俺を助けて良かったのか?
俺、元勇者のサブローだぜ。」
「元勇者?ワシは人里から離れて一人で暮らしておるからのう、
世情には疎いのじゃよ、
それで、元勇者とは、どう言う事なのじゃ?」
「じつは・・・」
サブローは、フェルナリア皇国へ召喚されてから、
現在に至る経緯を心の鬱積を吐き出すように老人に語った。
「そうじゃったのか、確かにお主は少しも悪くないぞ、
この世界を代表して、お主に謝罪しよう、
サブロー済まなかったのう。」
「う、うう、うわ~ん、お、俺、誰にも話を聞いて貰えなくて、
どうして良いか分からなくて・・・ぐすっ、ぐすっ。」
「うん、うん、思い切り泣くが良いぞ、
思いを胸に貯め込むと、悪い方向にしか進めなくなるからのう。」
「ぐすっ、ありがとう爺ちゃん、ぐすっ、ぐすっ。」
暫くしてサブローが泣き止むと老人は、
「どれ、腹が空いただろう、
この先にワシが暮らしている小屋があるから、
飯でも食うとしよう。」と言った。
サブローは老人の前で大泣きして気恥ずかしかったが、
老人が、その事には一言も触れなかったので、
心が温かくなった。
老人がご馳走してくれた飯は、
川魚や山菜を使ったもので、
お城で出されるような豪華なものでは無かったが、
サブローは体の隅々まで栄養が行き渡るように、
美味しく感じられた。
お腹が膨れたサブローは気が緩んだのか、
急に眠気に襲われてウツラウツラし始めた。
「疲れておるのじゃろう、
これからの事は明日話せば良いから、
今日は、もう眠りなさい。」
「うん。」
サブローは横になると、すぐに寝息を立て始めた。
老人は、サブローの鎧などを外してあげると、
自分も床に就いた。
翌朝、サブローは、
こちらの世界に来てから、一番スッキリとした気持ちで目覚めた。
老人は、既に起き出していて朝食の準備をしているようだ。
「爺ちゃん、おはよう!」
「おお、おはようサブロー、良く眠れたかのう。」
「うん、こっちに来てから一番体が休まった感じだよ。」
「それは何よりじゃ、
どれ、あさ飯が出来てるから食べるとしよう。」
「うん。」
食事を済ませてから、後片付けを一緒に手伝ったサブローは、
今後の事を老人に相談する事とした。
「そう言えば、爺ちゃんの名前って何て言うの?」
「ワシか?ワシの名前はヴィンセント・オナルダスじゃよ、
親しい者はヴィンスと呼んでおるのう。」
「じゃあ、ヴィン爺って呼んでいいかな?」
「おう、良いぞい。」
「ヴィン爺は名字があるって事は貴族なの?」
「いや、ワシは平民の出じゃぞい、
戦で戦功を立てたから、
国のお偉いさんから名字を与えられたのじゃ。」
「何で、こんな森の中で一人暮らしをしてるの?」
「そうじゃのう、昔は大賢者と皆から呼ばれて、
もて囃されて良い気になっておったのじゃが、
いつしか年を取って戦に嫌気が差したんじゃよ、
人知れず姿を消して、ここで隠遁生活を送っておるのじゃ。」
「大賢者様かぁ、ヴィン爺って凄かったんだね、
ヴィン爺、俺、この世界で生きて行くために強くなりたいんだ、
俺に戦い方を教えてくれないかな?」
「うむ、この世界は、ある程度の強さを持たねば、
守りたいものを守れんからのう、
いいぞい、ワシが持っているものをサブローに伝えようではないか。」