ルクシア侵攻
ピロン領の領主であるスライバーが、
礼服を着替えてから、騎士団隊長のカタブツを伴って、
街の防護壁の上にある通路より、フェルナリア皇国方面を見ると、
千人を軽く超えると見られる軍勢が、
扇型に展開しているのが見て取れた。
「ギッテル子爵の兵にしては多くないか?」
「はい、お館様、ギッテル領の兵士は、
精々(せいぜい)集めても500程度と思われますので、
応援の軍勢が多数含まれているものと思われます。」
「うむ、そうであるか・・・
うん?誰か、こちらに歩いてくるぞ。」
スライバーや、ピロンの街の兵士たちが見守る中、
扇型に展開した軍勢の中央付近から、
立派な鎧に身を固めた男が、一人で歩いて来るのが見て取れた。
「そこで止まれ!
お前は何者だ!」
街の防護壁から50メートル程の辺りに近づいた段階で、
カタブツが男に声を掛けた。
「ルクシアの腰抜け共、よ~く聞けぇ!
俺は、フェルナリア皇国の千人隊長ゴンザレスだ!
もっとも巷では『怒髪天』と言った方が、
名が通るがな!」
「『怒髪天』だと!」
「あの、傭兵王国ザドスの兵士を相手に、
一歩も引けを取らないという、
あの『怒髪天』のゴンザレスか!」
「何と言う事だ、皇国は本気で攻めて来ているみたいだぞ!」
ピロンの兵士たちからは、
驚愕の声が上がっている。
「その『怒髪天』とやらが、
この街に何の用だ!?」
カタブツが問い掛けた。
「この街に、我が同胞のギッテル子爵に対して、
失礼を働いたサスケとミルクと名乗る冒険者が居る筈だ、
その罪を償わせるので、
速やかに、こちらへ引き渡して貰おう!
もし、拒否するのであれば、
この街は、今日限り消えて無くなると思え!」
「皇国の連中は本気ですかな、お館様。」
カタブツが、小さな声でスライバーに語りかけた。
「うむ、我が街が、少し前までの戦力であれば、
実際に、そうなって居たかも知れんな・・・うん?」
スライバーとカタブツが話をしている、
防護壁の下にある門の辺りで、何か押し問答をしている様だ。
「お、お待ち下さい!」
「いいから、開けてくれよ。」
「今、外に出られると危険です!」
「大丈夫だって、
ちょっと行って、あいつらを黙らせて来るからよ。」
「あなた様を、門より出したら、
私共が、ご領主様より、お叱りを受けてしまいますゆえ、
今一度、御考え直し下さいませ!」
「俺が、自分で出るって言ってんだから、
あんたらの責任じゃ無いぜ、
いいや、もう面倒くさいから、エルザ、リーナ、
お前たちで門を開けてくれよ。」
「分かったよ。」
「アイヨ!」
「お、お待ち下さ・・・うわ~!」
ガコン!と門を閉じていた閂が外れる音が響いた。
そして、ギギ~と重そうな音を発てて門が開くと、
中から、一人の若者が歩いて出て来る、
動き易そうな頑丈な生地を使った服の上に、
何らかの魔獣の皮を使って作られた皮鎧を着込んだ姿から見て、
ゴンザレス千人隊長は冒険者と見て取った。
「ラ、ライ殿!?」
「何と言う事を・・・」
門の上では、街から出て来た人物を見たスライバーや、
カタブツが悲鳴を上げている。
「お主がサスケか?」
「い~や、俺はサスケのダチのライってもんだ、
一応、二つ名もあるが、
自分から名乗るなんて恥ずかしいマネは、
俺には出来んがな。」
「何だと!
それは、俺の事を言っているのか!」
遠まわしに自分が、馬鹿にされていると分かったゴンザレスは、
一瞬、頭に血が上った。
「俺は、別に誰とは言っていないぜ、
自分じゃ出来ないな~って言ってるだけさ。」
「ふん、口の減らん小僧だな、
その、ライとやらが何しに出て来たのだ?」
「さっきの、あんたが言った要求の返事を届けにね・・・」
「そうか、では返事とやらを聞かせて貰おうではないか。」
「いいか?良く聞けよ、
俺たちの返事は『一昨日来やがれ。』だ。」
「ほう、良い度胸だな、
その度胸に免じて、
お主は苦しまずに死なせてやろうではないか、
ただ殺すのでは面白みが無いから、
まずは、お主に攻撃をさせてやるとするから、
掛かって来るが良いぞ。」
「そうか、では折角の好意なんで、
遠慮なく行かせて貰うとするかな。」
ライは、腕をグルグルと廻しながらゴンザレスに近づいて行く。
「うん?お主、剣は使わんのか?」
「ああ、俺は拳の方が本職なんでね。」
「剣の方がダメージが通るだろうに、
遠慮深い小僧だな。」
「いや~、それ程でも無いと思うぜ?
じゃあ、遠慮なく行かせて貰うとするかな、
必殺『雷撃パンチ!』どりゃ~~!」
「グゥワ~~ッ!!」
ゴンザレスは30メートル程、ふっ飛んでゴロゴロと転がり、
パリパリと体から放電しながら、ピクピクと痙攣している。
「な、何だ!?
隊長がやられたぞ!」
「あの小僧は何者なんだ!?
今、拳が光って無かったか?」
皇国軍からは、
ゴンザレスが一撃で伸されたのを見た部下たちから、
驚きの声が上がっている。
「あのパンチは、もしや・・・」
サスケとミルクが、
マッスル王国へと向かっていたのを知っていたギッテル子爵だけは、
あの男の正体に、思いを馳せていた。
「隊長を、お救いするんだ!」
「な~に、敵は一人だ、悪阻るるに足らんぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
「ま、まて!
あ、あのお方は・・・」
ギッテル子爵が静止の声を上げるが、
ゴンザレスの部下たちは、
子爵の命令を聞かずに街に向けて突撃して行ってしまった。