幕間15
時間は少し遡り、
ミルクが、サスケを追ってフェルナリア皇国を出奔してから、
約2か月程後の頃、
魔王に憑依されたサスケが破壊した、
皇都の城の修復作業が、ようやく終わりを見せ、
ささやかな復旧式典が、件の騒ぎが起きた城の中庭にて開催された。
式典には、皇都に屋敷を構える貴族たちも招待されて居り、
皇都の貴族街に屋敷があるサイヤーク・マネキン男爵も、
跡取りである幼い息子を伴って参加していた。
始めは男爵の隣で大人しくしていた息子だが、
父親たちが交わす、大人の会話が理解出来る筈もなく、
次第に退屈感を増していった。
そして、ついに我慢が仕切れなくなった息子は、
父親である男爵に話し掛けた。
「お父様、城の中庭を見て周っても宜しいでしょうか?」
男爵は、少し考えてから息子に告げた。
「城の建物の中には入らずに、
余り遠くに行かないと約束出来るのならば良いぞ。」
「はい、お父様、お約束を致します。」
「うむ、では行って参れ。」
男爵は、すぐに知り合いの貴族たちとの会話に戻った。
父親と別れた息子は、
始めて来た城の、あちらこちらを物珍しげに眺めながら歩いている、
ふと、建物の下の方で、何かがキラリと光った気がした。
「うん?
あれは、何だろう?」
息子は光が見えた方に歩いて行くと、
そこには、城の地下の湿気を防ぐ為にと、
開けられた空気抜きの穴が開いているのが見えた。
「確か、この辺だったよな。」
息子が腰を屈めて穴を覗きこんで見ると、
少し奥に何か光る物があるのが見えた。
普段、警備の兵士たちが定期的に見回っている場所ではあるが、
大人の視線では高すぎて気付けなかった物に、
子供の視線の低さが味方して見付けられたのであろう。
「う~ん、もう少し・・・
よし、取れたぞ!」
息子は手に取った物を、掌に乗せて見た。
「うわ~、キレイだな~。」
それは、直径1センチ程の黒く光る玉で、
その形は真球に近いと見えて、
もし、この場にサスケや、ライが居たら、
『黒いビーダマみたいだな。』と評した事であろう。
「よし、お父様にも見せてあげよう。」
父親の元に向けて走り出した息子だが、
少し走ると立ち止まってしまった。
「お父様に見せたら、取り上げられちゃうかな?」
子供の目から見ても、
その玉には、何か言葉では言い表せない、
魅力を秘めている様に見えたのだ。
「う~ん、やっぱりお父様にも内緒にしておこう。」
息子は、その玉をポケットに仕舞うと、
何食わぬ顔で父親の元へと戻って行った。
拾った時には、凄い宝物だと思っていた息子であるが、
そこは子供の事、
父親と屋敷に帰る頃には、ポケットに入れた宝物の事など、
すっかり忘れていてしまった。
次に、この玉が、日の目を見たのは、
式典から数日後の事であった。
男爵の屋敷に勤める下働きの娘が、
洗い場で、男爵の息子のズボンを洗濯していると、
何かがポチャンと水に落ちたのが見えた。
「あら、何かしら?」
目を凝らして見たが、特別な物は見付けられなかった。
「また坊ちゃまが、
キレイな石でも拾ってポケットに入れたまま、
お忘れになっていたのね、きっと。」
特別な物を見い出せなかった娘は、
自分で、そう結論付けると、
元の洗濯の作業へと戻った。
一方、洗い場に落ちた玉は、
水の流れに運ばれて、
最初は小さな川へ、次は少し大きな川へ、
やがて、皇都でも大き目な川へと流れて行った。
大きな川に流された玉は、
そこで、産卵の為に川を遡って来た魚に、
エサと間違えられて飲み込まれてしまった。
そして、玉を飲み込んだ魚は、
その後も、どんどん川を上って行って、
やがて、産卵場所であり、
人々から『皇国の水瓶』と呼ばれる、
『サダ湖』へと流れ着いた。
折角、目的の湖へと辿り着いた魚であったが、
結局、産卵する事は出来なかった。
その体は、所々(ところどころ)どす黒く変色して弱っており、
産卵出来るだけの体力が残っていなかったのだ。
やがて死んだ魚は、ゆっくりと湖の底へと沈んで行き、
その体からは、まるで意思を持つかの様な、
黒い液体が湖へと拡散して行った。
最初に、その異変に気付いたのは、
サダ湖から、ほど近い場所にある『リング村』の住人たちであった。
幼い娘が、高熱を出して倒れ、
その体には、どす黒い斑点が、あちらこちらに浮かんでいる、
両親は必死に看病したが、娘は数日後に命を落とした。
異変は、それで終わらず、
看病に当たった両親は元より、
亡くなった娘の兄弟も、次々と同じ症状で命を落として行った。
リング村の村長は、すぐに伝染病を疑い、
この地方を納める領主に連絡の使いを出すと共に、
亡くなった家族らと接触した者たちの隔離を始めたが、
接触が無かった村人たちからも、
次々と同じ症状の患者が現われて行って、
連絡を受けた領主の部下が、
現状を把握する為に村を訪れた時には、
村長を始めとする127人からの村人が、
息を引き取った後であった。