プッツン
「うん?冒険者よ、そなたの隣に腰掛けて居るのは、
そなたの女か?」
「はい、我が妻のミルクと申します。」
(ここは、妻と言って置いた方が良さそうだな。)
「こちらからだと横顔しか見えんが、中々の美しさと見た。
ワシの妾として譲る気は無いか?」
もう、既にこの時点で、
サスケは、かなりカチンと来ていた。
「子爵様には申し訳ございませんが、
私は、とても妻を愛して居りますので、
ご容赦の程をお願い申し上げます。」
「ふん、そうか、
おい!そこの女、ワシの妾になれば冒険者なぞより、
良い暮らしが出来るが、どうじゃ?」
「私は、今の冒険者生活が気に入って居りますので、
申し訳ございませんが、ご勘弁願います。」
「おい、そこの女!
ギッテル様が、折角お誘い下さって居るのに断るとは何事だ!
この無礼者が!」
「そうだそうだ!お前は黙って妾になれば良いんだよ!」
「とっとと、こっちに来て、
ギッテル様に土下座をして、お願いせんか!」
サスケは、突然、馬車を停車させた。
「うん?冒険者、馬車が停まった様だが、
一体どうしたのだ?」
「あ~、もう我慢できねぇや、
黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって、
チビリン!兵士どもを眠らせろ!」
「キキ~!」
「うわっ!」
「ぐっ!」
「何!?」
チビリンが、強力な眠り薬が塗布された忍者刀で、
兵士たちをプス!プス!プス!と刺すと、
ガクッと意識を手放した。
「な!何じゃ、この小さいのは!?
おい、冒険者!ワシの兵士たちに何をしたのじゃ!」
「こいつは、チビリンって言って、
俺が造ったゴーレムさ、
兵士たちは、五月蠅いから眠らせたんだよ。」
「何!?それは、お前が造ったゴーレムだと申すのか!?
その様な、生き物に見えるゴーレムは初めて目にするぞ?
それに、ワシの兵士たちを眠らせて、どうする積りじゃ?
フェルナリア皇国の子爵位であるワシに無礼を働いたら、
他国に所属する冒険者と言えどタダでは済まんぞ。」
「ギッテル子爵様、『フェルナリア皇国の貴族は高潔であれ。』と言う、
初代皇帝陛下のお言葉をお忘れになったのですか?」
「お前の様な平民の女に、そんな教えを説かれる覚えは無いわ!」
「は~、平民の服を着てるだけで自国の王女の顔も分からないなんて、
ホント、皇国の貴族は碌なもんじゃ無いな。」
「サスケさん、宜しいのですか?」
「ああ、どの道、これから冒険者として売れてくれば、
遅かれ早かれ、俺たちの正体に気付くヤツらが出て来るだろうからな、
ギッテル子爵には皇帝へのメッセンジャーになって貰おう。」
「王女じゃと?」
子爵は、ミルクの顔を訝しげに見つめている。
「ま、まさか!ミルキィ王女様で在らせられますか!?」
「それは、もう捨てた名前です。
今の私は、ルクシア共和国の冒険者ミルクですわ。」
「王女、何を仰られて居るのですか、
あなた様が居なくなられてからの皇帝陛下のご心痛は、
計り知れませんぞ!」
「お父様が心を痛めているのは、
私の事では無くて、他国への対面ですわ、
もう、私はお父様の道具として使われる気はございませんから、
私の事は、お忘れ下さいとお伝え下さいませ。」
「それから、皇帝には、
俺たちに手を出す気なら、かなりの被害を覚悟して来た方が良いぞって、
言っといてくれ。」
「冒険者よ、
お前は、さっきから無礼な口を利いて居るが、
お前は王女様の何なのじゃ?」
「俺か?
俺は、お前たちの国に勝手に呼び出されて、
勝手に捨てられた恨みを持つ男さ。」
「お主何を言って・・・ま、まさか!?
お主は、偽勇者のサブローか!?
皇都で川に落ちて死んだのでは無かったのか!?」
「生憎と、俺は悪運が強くってな、
お前らに、ぞんざいな扱いを受けた恨みを晴らすまでは、
死んでも死にきれないから、地獄の淵から舞い戻って来たんだよ。」
「ふん、たかが偽勇者ごときに何が出来ると言うのじゃ、
さっさと皇帝陛下に王女を返されてから、
捌きを受けるのじゃな。」
「勇者じゃ無くても、これくらいの事は出来るぜ。」
サスケは、ギッテル子爵にそう告げると、
シュッ!と消え去った。
「ぬっ、ど、どこへ消えたのだ・・・ヒッ!」
サスケが突然消えたのでキョロキョロと探していた子爵の首に、
忍者刀の刃が押し当てられた。
「俺は、騎士や戦士には成れなかったが、
シーフの才能に恵まれていたみたいでな、
皇帝の寝所に忍び込むなんて、
俺に取っちゃ造作も無い事だから、
俺たちに手を出せば、
夜も眠れない生活が待ってると伝えておいてくれや。」
サスケは、ギッテル子爵にそう告げると、
首筋を手刀で打って意識を奪い去った。
「さってと、何か子爵の身分を証明するもんは無いかな?」
「多分、紋章が入った短剣を持っていると思うのですが。」
「うん?内ポケットに入ったコレかな?」
「はい、その短剣ならばギッテル子爵の証明となると思います。」
「じゃあ、これで良いか。」
「その短剣を、どうなさるのですか?」
「ああ、ギッテルの街に寄るのが面倒だから、
使わせて貰おうかと思ってな。」
「はあ、そうなんですか。」
ミルクは、今一つ、サスケの意図が分かっていない様であった。
「よ~し、ギッテルの街が見えて来たから、
この辺で良いかな、
ここなら街から近いし、街道沿いは定期的に魔獣が狩られているから、
少しの間なら大丈夫だろう。」
気絶したギッテル子爵や兵士たちを縛り上げてから、
馬車で運んで来たサスケは、
ギッテルの街が見えて来た所に馬車を停めると、
道端に子爵たちを放り出した。
「あの~、すいませんが、
ここは、ギッテルの街で間違いございませんか?」
サスケは、馬車をギッテルの街まで走らせると、
入り口の門番に話し掛けた。
「うん?お前は冒険者か?
いかにも、ここはギッテルの街だが中に入るのか?」
「いえ、私共は急ぎの旅の途中なので街には立ち寄りませんのですが、
この先の街道にて、ギッテル子爵様よりの言伝をお預かりいたしまして。」
「何!?ご領主様よりの言伝だと?」
「はい、この先で馬車が故障したので、
変わりの馬車を寄越す様にとの事でした。」
「それは、真の事であろうな?」
「はい、この短剣を見せれば分かると仰られていたので、
お預かりして来ました。」
サスケは、先程、子爵から取り上げた短剣を門番に手渡した。
「うむ、確かに、この紋章はご領主様のものに間違い無いな、
分かった、速やかに代わりの馬車を出すとしよう、
ご苦労であったな。」
「いえ、お役に立てて何よりです。
それでは、私共はこれにて失礼申し上げます。」
「うむ、気を付けて行くのだぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
サスケたちは、何食わぬ顔でギッテルの街を後にした。