幕間11
「おい、その情報に間違いはねぇか?」
「おお、冒険者ギルドや街中で確認してきたから、
絶対に間違いねぇぜ。」
サスケとミルクがマッスル王国へと向けて、
ピロンの街を出てから数日後、
ピロンの街の安酒場で密談を交わす2人の男たちが居た。
男たちの名前はチョイとヤークと言い、
傭兵王国として名高いザドス王国にて傭兵をしていたのだが、
その規律の厳しさに嫌気を起こして脱走したのである。
ザドス王国では、
脱走兵が捕まると傭兵訓練所送りとなって、
過酷な根性入魂訓練が課されるのだが、
この二人は、逃げ足の速さと悪運の強さで、
ここルクシア共和国まで、何とか逃げ延びる事が出来たのだった。
「しかし、ここに来て逃走資金が底を付くとはなぁ・・・」
「だから、フェルナリア皇国の首都に寄った時に、
『山賊の親方』とか言う店名の、
高級レストランに入るのは止めようって言ったじゃんか。」
「そう言う、お前だって『すげぇ美味ぇ!』とか、
『こんな美味ぇもん、生まれて初めて食べたぜ!』とか言ってじゃんか。」
「そりゃ、あれだけ美味けりゃ言うだろ!」
「じゃあ、今頃になってグチグチ言うんじゃねぇよ!」
「はいはい、分かりましたよ!
そんで、そのサスケとか言う冒険者だか錬金術士だかの屋敷には、
タンマリと銭があるのに間違い無いんだな?」
「ああ、金だけじゃ無くて、高価な魔導具や治療薬なんかも、
わんさと有るって話だぜ。」
「そいつぁ良いや、俺たちが全部頂くとしようぜ。」
「しかし、そのサスケとか言うヤツも馬鹿だよな、
そんな高価なもんが溢れた屋敷に、
女子供や爺ぃしか置いて居ないってんだからな。」
「おうよ!俺たちが警備の安全性ってやつを教えてやるとしようぜ。」
「ギャハハハッ!
そうだな、なんでも美人のメイド揃いらしいから、
俺たちで護身術ってやつを、手取り胸モミ教えてやろうぜ。」
「バカヤロー、それを言うなら、尻ナデ足取りだろ。」
「そんで、いきなり屋敷に乗り込むのか?」
「いいや、相手は女や年寄りとはいえ、
それなりの抵抗はしてくるだろうからな、
まずは、人質を取って抵抗出来なくするんだ。」
「人質の当ては有るのか?」
「ああ、メイドが夕方近くになると買い物に行く様だから、
そいつを捕まえればバッチリだぜ。」
「ギャハハハハッ!
捕まえる時に、間違って色んな所を触っちゃうかも知れねぇな~。」
「でも、買い物はガキが行く事が多いらしいぜ。」
「ギャハハハハッ!
むしろ、大好物だぜ!」
「ギャハハハハッ!
相変わらず、お前ぇは変態だな!」
「ギャハハハハッ!
ムチで叩かれないと興奮しない、テメェに言われたくねぇぜ!」
「何だと、このヤロォ!」
「やるのか、コラァ!」
取っ組み合いのケンカを始めた2人は、
安酒場の主人である、
頬に大きな傷跡がある巨体の熊タイプ獣人に、
店の外へと叩き出された。
チョイとヤークが悪巧みを交わした日の翌日、
いつもの様に夕方近くなってから、スクルが街へ買い物に出掛けた。
「じゃあ、お母さん、行ってくるね。」
「いつもの様に、チビリンちゃんや、レッドちゃん達が居ないんだから、
気を付けるのよ。」
「うん、ご主人様に頂いた指輪があるから大丈夫だよ、
お姉ちゃん達は、ヴィン爺ぃ様のお手伝いがあるしね。」
「そうね、ライ国王様のご側室であらせられる、
エルザ様、直々にお願いされた中級治療薬造りですから、
納期を遅らせる訳には行かないわね。」
「でしょ、
もうすぐ、エルザ様のご出身国の人達が取りに来るんだから、
お姉ちゃん達には頑張って貰わなきゃね。
じゃ、行って来ま~す!」
「行ってらっしゃい。」
「え~と、ホロホロ鳥の肉と卵は買ったし、
ニラとニンジンとキャベツも買った。
マッドパイソンのお乳とチーズは、
屋敷に届けて貰う様にお願いしたから良いとして・・・こんなもんかな?」
指折り考えているスクルに、話し掛けて来る者が居た。
「お嬢ちゃん、ちょっと聞くけど、
お嬢ちゃんは、サスケって言う人の屋敷の子かな?」
「はい、確かにサスケ様は、私たちのご主人様ですけど、
あなた方は、どちら様でしょうか?」
スクルは、怪しげな雰囲気を持った2人組を、
訝しげに思ったが、
サスケの同僚の冒険者たちには、この様な感じの者たちも居るので、
身元を尋ねてみた。
「俺たちは、サスケの治療薬が欲しくて、
この街に来た傭兵なんだよ。」
「ご主人様の治療薬でしたら、
冒険者ギルドや、街のお店で買えますよ。」
「店で売ってる治療薬は、
高くて俺たちじゃ手が出ないから、
お嬢ちゃんに協力して貰って、
タダで手に入れようかと思ってな。」
チョイがスクルの腕を掴みながら、そう言った。
「ご主人様の、お薬がタダで手に入る筈が無いじゃないですか、
馬鹿な事を言ってないで、早く私の腕を放して下さい。」
「外せるもんなら外してみな!」
「では、遠慮なく。」
スクルがブン!と腕を振ると、
チョイは5メートル程飛んでからゴロゴロと転がって、
立木に激突すると呻き声を上げて気を失った。
「こっ、このガキィ!」
ヤークが大声を上げて、スクルに掴み掛るが、
スクルに足を蹴られるとゴキッ!という音が鳴り響いて、
余りの痛さに蹲ってしまった。
「レディを捕まえて、ガキだなんて失礼な人たちね!」
怒ったスクルは、倒れた2人をそのままにして、
屋敷に向かってスタスタと帰って行ってしまった。
その日の深夜、
サスケの屋敷の様子を窺う二つの影があった。
「くっそ~、あのガキめ、何っつう馬鹿力してやがんだ!」
「まったくだぜ!寝静まったのを見計らって、
この折れた足の、お礼をさせて貰うぜ!」
もちろん、骨折を治療する金など無いヤークは、
足を何本もの木の棒で固定しており、
ロボットの様な歩き方をしている。
「屋敷の電気が消えてから、もう3時間ぐらい経ってるから、
そろそろ良いだろう。」
「よっしゃ!この足のお礼に、
ア~ンな事や、コンコ~ンな事をしてやるぜ!」
2人がソロソロと・・・
いや、一人がソロソロと、もう一人はソロ、ガッタン!ソロ、ガッタン!と、
屋敷に近づいて行く。
「ヤークうるせぇぞ!屋敷の連中が起きちまうじゃねぇか!」
「しょうがねぇだろ!こんな足なんだから!」
「うん?」
屋敷まで、もう少しという所でチョイが足を止めた。
「どうしたんだ?屋敷は目の前じゃねえか。」
「あれって何だろう?」
チョイが指差す方向に、ヤークが目を向けると、
屋敷の植え込みの中に赤く光る点が10個並んでいるのが見えた。
「ホタルか何かじゃねぇか?」
「赤く光るホタルなんて聞いた事ねぇぞ。」
2人が赤い光を見ながら話していると、
光は2つずつに分かれて動き始めた。
「おっ!何か動き出したぞ。」
「何か、俺たち囲まれてねぇか?」
2人を取り囲んだ赤い光は、今度は2人に近づき始めたが、
暗闇に長時間居た2人の目が光の正体に気が付くのには、
いくらも時間が掛からなかった。
「「ゴッ、ゴーレムウルフ!?」」
光の正体は、2人が見た事が無い素材で造られている、
黒いゴーレムウルフの目だったのだ。
「こっ、こんなのが居るなんて聞いてねぇぞ!」
「バカか、お前ぇは!
いちいち、『こんな警備をしていますよ。』
何て、教えるヤツぁ居ねえだろ!」
「そう言う、テメェだって気付か無かったじゃねぇか!」
「「「「「グルァァァァァッ!」」」」」
2人の口喧嘩を、
ゴーレムウルフたちの唸り声が遮った。
「けっ、ケンカなんてしてる場合じゃねぇ、
とにかく逃げるぞ!」
「おう!」
チョイは地面の土を掴むと、
正面に居るゴーレムウルフの顔に向かって投げつけて、
一瞬の隙を付いて横をすり抜けた。
「お、おい!待てよ!」
当然、足が不自由なヤークは逃げる事が出来ない。
「ヤーク、囮になって俺を逃がしてくれた、
お前の事は忘れないからな!」
「ふざけんな、このヤロォ!一人で逃げるつもりか!」
「どうせ、お前の足じゃ逃げ切れねぇだろ?
ここは、俺の為にも尊い犠牲ってヤツになってくれよ!」
屋敷の門へ向かって逃げながら、
そう言っていたチョイの体がピタッ!と停まった。
チョイが振り返って見ると、
いつの間にか近づいていたゴーレムウルフがズボンの腰の辺りを、
ガッチリと咥え込んでいる。
「くそっ!放せよ、このヤロぉ!」
何とか逃れようとするが、強く咥え込まれているのでビクともしない、
あんまり、チョイがバタバタと暴れたので、
ズボンが下着ごとズルリと膝まで降りてしまい、
チョイは、つんのめって前に倒れ込んでしまった。
ゴーレムウルフは、チョイの上に伸し掛かって、
今度は首元を咥え込んだので、
チョイは身動きが完全に封じられてしまった。
「お前、何やってんだ?
それは、新手のプレイか何かか?」
夜の街を見回っていた兵士が、騒ぎを聞きつけてやって来たのだが、
兵士が明かりを向けた、その先には、
尻を丸出しにしたチョイがゴーレムウルフに伸し掛かられている姿が、
照らし出されていた。
結局、2人は警備兵に寄って連行されて行き、
その取り調べによって、ザドス王国の脱走兵である事が判明して、
ちょうど、ピロンの街に治療薬を受け取りに訪れた、
ザドス王国の兵士たちに引き渡されて、連れ帰られて行った。
ザドス王国に帰った2人は傭兵訓練所に叩き込まれたのだが、
サスケの屋敷で、
見捨てて行かれそうになった恨みから、ヤークが広めた。
『ゴーレムウルフに掘られた男』というチョイの称号は、
傭兵たちを笑いの渦に巻き込んだと言う。