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おもいで迷子  作者: 空乃 千尋
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 颯爽と自転車を漕いで1分。古畑家玄関に到着。


 ピーンポーン。


 「こんにちは~」


 「あっ、しおちゃん? ちょっと待っててね」


 すぐにドアが開いて、ともちゃんが顔を出した。久しぶりの私服である。うん。やっぱり可愛い。


 「たっだいま~っ!」


 「おかえり~」


 笑顔で迎えてくれる愛しのともちゃん。あぁ、なんかこのやりとりなつかしいなぁ。そんな感慨に耽りながら、久しぶりに第二の自宅へそそくさと上がり込み、そのままともちゃんの部屋へ。


 本棚にきっちりと並べられた本。ベッドの縁や机の上に上品に座っているぬいぐるみ達。ところどころにちりばめられたキラキラの小物。


 どうして同じ高1女子の部屋でここまで差が出るのだろう。今度ちょっとは部屋を片付けてみようか。


 さてと……。


 「じゃあ、とりあえずどうしよっか?」


 「う~ん。どうしよう? お買いもの行く? あっ。でも、その前にご飯かな?」


 「うんっ! 賛成っ! もう、私お腹ぺっこぺこだもんっ!」


 お腹を抱えて空腹アピール。


 「じゃあ決まりだね。でも、どこがいいかなぁ?」


 「う~ん? じゃあ、ケーキっ! ケーキ食べたい!」


 「え~、それ、ご飯じゃないよぉ。うふふ、でもまぁ、いいかなぁ」


 「よしっ! じゃあ、決まりっ! この間よさそうなお店見つけたんだ!」


 「へぇ! どこにあるのぉ?」


 「う~ん? 自転車ならここから10分くらいかなぁ? まぁ、とりあえず行こうよっ! お腹すいちゃったし!」


 「うんっ! そうだねっ!」


 ということで、愛しのケーキちゃんの下へと出発。現在12時15分。いい感じの空腹感で、自転車を漕ぐ足が早くなる。頬を撫でる風がひんやりと冷たい。


 ぴったり10分のツーリングの後、ちょっと古い洋風な喫茶店に到着。そして看板の文字をすぐに確認。


 ランチ時、ケーキ10%引き!


 「あぁっ! ケーキ安くなるんだ!」


 「ふふふ、そう! 実は前に見かけて眼をつけてたんだ!」


 よかった。前見たときのままだった。


 「じゃあ、入ろっか!」


 「うんっ!」


 と、お店の中へともちゃんをエスコート。


 お店はあんまり広くはなかった。奥の方に女子高生らしき二人組の後ろ姿と、カウンターでコーヒーを片手に新聞を読んでいる男の人の姿が見える。


 カウンターの中で腰掛けているのがマスターだろうか。見事な白髪にまっしろな髭を蓄えたお爺さんがコップを磨いている。


 店内は昼にしては少し薄暗いが、色付きガラスの窓から差し込む光が辺りをぼんやりと彩っており、壁際の机には所狭しとアンティークらしきものが並んでいる。


 なんとも素敵な雰囲気に二人で見蕩れていたのも束の間。どうやらマスターは私たちの来店に気付いていないらしく、一生懸命コップを磨き続けている。困惑し入り口付近に佇む私たち。


 う~ん? これは、とりあえず、勝手に座ったらいいんだろうか。


 微妙に挙動不審になりながら、おずおずと奥へ足を進め、窓際の椅子に腰かける。


 「え~っと……、何か、頼もっか?」


 「う……、うん……、そうだね」


 なんだろう。このぎこちない感じは。初めてのお見合いか。


 まぁ、そんな突っ込みはよしとして。


 「じゃ……、じゃあ、メニューは……」


 展開を進めるべく、テーブルの端の方へ手を伸ばす。


 が、ない。


 いつも調味料や箸置きの側に立てかけてあるはずのあの紙がないのである。


 不意を突かれ、更に挙動不審になりながら他の席の方へと眼をやる。


 が、ない。


 やっぱり何処にも、それらしきものは置いていない。


 「あ……、あれ? メニューないね」


 「えっと……、どういうこと?」


 二人で、唖然として見つめ合う。


 いや、このままじゃ埒が明かない。


 諦めてマスターのコップ磨きの邪魔を決行することにした。


 「あの~……」


 声をかけると、ようやくコップから視線がはずれ、のっそりとこちらに顔を向けた。


 「おや? いらっしゃい」


 いや、今更かよ。っていうか、そうじゃなくって。


 「あの、メニューが見当たらないんですが……」


 「ああ、うちはメニュー作ってないんだよ」


 「はい?」


 一瞬、頭がフリーズした。えっ? メニューがないって一体どういう……?


 「作れるものなら何でも出すよ」

 

 「はぁ?」


 「じゃあ、決まったら声掛けてね」


 「えっ?」


 「ちょっとっ!」と声をかける間もなく、コップ磨きに戻ろうとするマスター。


 いやいや、待て待てと、無理やり凍りついた頭を溶かしてすかさずマスターに声をかける。


 「あの、看板に出てたケーキが食べたいんですけど……」


 「何ケーキ?」


 「えっと……、何ケーキがあるんですか?」


 「う~ん。とりあえずショート、チョコ、チーズ。アップルパイ、レモンパイ、ティラミス、あとモンブランならあるよ」


 指折り数えながら七つのケーキの名前を列挙するマスター。出せる種類が決まっているならメニュー作っとけよ。っていうか、レモンパイ? レモンパイってなんだ? 聞いたことないぞ。


 興味の惹かれるまま「えっと……、じゃあ、レモンパイで」と注文。


 すると、後ろからともちゃんも「じゃあ、私はティラミスお願いします」と続けて注文。


 「あっ、あと紅茶二つ。でいいよね? ともちゃん」


 「うん」


 「じゃあ、それでお願いします」


 「あいよ」


 おもむろに紅茶を入れる準備に取り掛かるマスター。


 え~と……、こんなんで大丈夫なんだろうか? このお店。不親切過ぎるのにも程がある。だいたい人もあんまり入ってないし。あからさまに流行ってないだろ、ここ。


 大丈夫どころではなかった。


 「ん~っ! おいしいぃぃぃっ!」


 一口、口に含んだ瞬間。思わず唸ってしまった。


 これがレモンパイか。クリームたっぷりのパイなのに、レモンの風味が絶妙に溶け合っている。しっかりと甘いのに、爽やかな酸味が完璧なアクセントになっていて、全くしつこさが感じられない。


 「ティラミスもおいしいよ~」


 フォークを口に含み、にっこり顔のともちゃん。


 「ほんとっ! 一口いい?」


 すると、くすくす笑いながら、


 「はい。あ~ん」


 と、差し出してくれたフォークにパクッっとかぶり付く。


 「ん~! これ、やばくない? 超美味しいんだけどっ!」


 「うんっ! そうだね!」


 なんて絶妙なバランスだろう。コーヒーのいい香りとほろ苦さが、見事にクリームの甘さを引きたてている。これはまた後を引く味である。


 「ともちゃんも、これっ! 一口食べてみてっ!」


 差し出したフォークにそっと近づいて、上品に口に含むともちゃん。


 「うんっ! レモンパイもすっごく美味しいね!」


 「ねっ! ねっ!」


 本当に信じらんないくらいの美味さに、しばらく夢中でフォークを口に運び続ける。


 ここはひょっとしたら穴場なのではないだろうか。


 ものの数分で、私のケーキは完食されてしまった。それからもうちょっとして、ともちゃんのお皿にきれいに折りたたまれたラッピング用のフィルムが置かれた。


 「おいしかったぁ~!」


 「うんっ! そうだねっ! すっごくおいしかったね~」


 「あぁ~、満足、満足!」


 不意に足を投げ出しながら、お腹をさすり、紅茶へと手を伸ばす。


 「もうっ、しおちゃんっ!」

 

 恥ずかしそうに私をたしなめるともちゃん。


 しまった。お店の中だった。


 すっかり自分が女子であることを忘れたくつろぎ方をしてしまっていた。


 慌てて足を整え直し、お嬢様の姿勢で紅茶に口を付ける。


 「さてと、じゃあ次どこ行こっか?」


 「う~ん? お洋服とか見に行く?」


 「あっ! そうだっ! ちょっと気になってた服があったんだっ!」


 「へぇ~、どんなのぉ?」


 「ちょっと待ってっ!」


 携帯を出して、このあいだ見つけておいたページを開く。


 そして、ちょっと大人っぽい感じの夏物のワンピースの画像を拡大する。


 「ほらぁっ、これっ!」


 「あぁっ、ほんとだぁ! これ、かわいいね~!」


 「でっしょ~っ! だから、一度実際に見たいと思ってたんだぁっ!」


 携帯からティーカップに手を移し、つい勢いよく残りの紅茶をズズっと飲み干す。


 苦笑するともちゃん。


 しまった。慌てて姿勢を正し、カップだけは優雅にテーブルに置く。


 すると、微笑みながらともちゃんから、


 「じゃあ、いつものとこにしよっか? やっぱり実物見てみないとだしねっ!」


 という嬉しいリアクション。よぉしっ! テンション上がってきたぁっ!


 「うんっ! 決まりっ! あっ、でもその前におトイレっ!」


 静かだった店内に思い切り響き渡る私のおトイレ宣言。


 「もうっ、しおちゃんっ!」


 声を抑えながら、困り顔で牛になるともちゃん。ヤバい。つい声を張り過ぎてしまった。気まずさから微妙に顔をうつ向かせながら、そそくさとお手洗いに向かう。


 しかし、どうしてこのお店流行っている様子がないんだろう。昼時だって言うのにこんなにガラガラだし。まぁ、今の場合はむしろ助かったからいいんだけれども。


 ぼんやりとそんなことを思いながら手を洗い、またまたそそくさと席に戻る。


 「おかえり~」


 「ただいま~」


 「ねぇ、ねぇ、そういえば、このケーキっていくらなんだったけ?」


 「えっ? あれっ? そっ、そういえば……」


 前言撤回。流行る訳ないか。なんて不便なお店なんだろう。


 っていうか、本当にいくらなんだよ! と、呆れながら、絶賛コップ磨き中のマスターの邪魔を再び決行することにする。


 「あの~、お……、お会計なんですけど……」


 「ん? ああ、え~と、ケーキと紅茶二つずつだったっけ」


 「は……、はい」


 「紅茶300円とケーキ400円の10%引きで360円で、一人660円ね」


 普通だ。思っていた以上に普通の値段だった。いや、むしろこの味でこの値段なら割と普通にやすいんじゃないだろうか。


 ともあれ無事金額も分かったので、普通に会計を済ませ、なんとも普通にお店を後にする。


 まぁ、もう一度くらいなら……、いや、あと六回くらいなら来てみてもいいかもしれない。とりあえず次はティラミスで、その次は……。

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