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とりあえず、どうとでもなれっ! と、ひとまずお弁当の存在は忘れることにした。まぁ、帰ったら冷蔵庫にでもしまっておけばいいだろう。
さて、途中下車はしたものの……、どこに行こう?
ちゃんとした目的もないので、ふらふらと駅の周りを彷徨うことになった。
しかし、今日は寒いな。
どう考えても五月の気温じゃない。曇ってるから余計にそうなのかもしれないけど、三月に戻ったみたいな冷え方である。とりあえず、どこかのお店にでも入らないと身体が冷え切ってしまう。
でも午後はともちゃんとデートだから、洋服はまず見に行くし。行き先が全く定まらない。そのままふらついていると、駅から100m位のところに書店を発見。まぁ、ここでいいか。
久しぶりに本屋に立ち寄った。前に入ったのは、え~と、あの単行本の最新刊が出たときだから……。もう二カ月くらい前か。しかも、いつもは学校の帰り道に寄るだけだから、こんな変なタイミングで来ることなんて、まずありえなかった。
そう、本当にありえるはずはなかった。
だから当然、マンガの新刊が出ている訳でもなく、何かめぼしい雑誌がある訳でもないので、仕方なしにぼんやりと週刊誌のコーナーを眺めて回っていた。
ふうん、『週刊バスケット』か。バドミントンはないのかな? なんて、思いながら本を手に取ったときである。
「あれっ? 谷衣ちゃんがいる~」
後ろから、よく聞き覚えのある無駄に爽やかな声が聞こえた。ちっ、この声は……。
「どうしたの~? こんなとこで。めずらしいじゃん」
なんでこいつがいるんだよ。
最近の私の苛立ち要因。高校のクラスメート。でもって一応幼稚園時代の幼馴染の男子が立っていた。
たく、昨日といい、今といい。どうして、妙なタイミングでばっかり現れるんだ。
「別に。たまたまよ」
「ふうん。でも何で制服なの?」
うっ……。この野郎。どうしてちゃんとそこに突っ込むんだよ。
「べっ、別に、こっ、これからちょっと学校に忘れ物を取りに行こうと思って……」
「へぇ~。あっ、わかった。もしかして英語の教科書忘れたとか? 宿題のやつ。あいかわらずそそっかしいな~」
何やら勝手な勘違いをして話を進めてくる。まぁ、実際はもっとそそっかしいミスをしているのだから、まだマシな勘違いではあるのか。
「まっ、まぁ、そんなところよ。っていうか、そっちこそどうしたのよ?」
「ん? いや、俺は毎週来てるよ。それ買いに」
と、私の手元を指差した。そういえば、こいつバスケット部だったっけ。
「それで、谷衣ちゃんもそれ買うの?」
「いや、ただ見てただけだけど……」
「そう、じゃあ、もーらいっと」
と言い、ぶっきらぼうに私の手から本を取り上げるものだから、ついつられて本を取り返そうと反応してしまった。
「あれっ? やっぱり買うの? もしかして、ついにバスケットに興味がっ?」
「違うってっ!」
「いや~っ! やっぱり谷衣ちゃんはうちの部員に欲しいと思ってたんだよっ! 昨日の授業のレイアップもすごかったし! 間違いなくレギュラーも狙えるってっ! ポジションはどこがいいかな? やっぱりセンター?」
「どういう意味よっ! いやっ、だからちっがーうっ! っていうか、あんた、男バスじゃんっ!」
「大丈夫っ! 谷衣ちゃんなら問題ないって!」
「どういう意味よっ!」
「ははははっ!」
「笑うなぁっ!」
まったく、本当にその無駄に爽やかな笑い声がむかつく限りである。
「ははは、じゃあ、入部したくなったら言ってよ!」
「誰がするかぁ!」
「ははははっ!」
笑いながらレジの方へと消えていく。でもなんなんだよ。その無駄に爽やかさは……。
目一杯女子力を否定され、微妙に落胆しながらも、なんとか『週刊バドミントン』を発見。結構面白そうだったので、つい購入してしまった。
350円。ちょっとした痛手である。
気が付けば、もう10時を回っていた。一体何しに出てきたんだか。
いや、そういえば、何の目的もなかったんだっけ。
不意なイベントに思いっきり体力を奪われながらも、とりあえず一旦帰宅。お弁当をしまって、服も着替えなければ。う~ん? 寒いし、一応タイツも履いていくか。
よしっ! と、気持ちを入れ替え、いざともちゃん家へ。自転車を飛ばして、今度は駅と反対へと向かう。
ちなみに、ともちゃんとは幼稚園の頃からずっと同じクラスという奇跡的な付き合いである。でも、家はちょっと離れている。具体的にいうと私の家から駅までと同じくらいの距離で、自転車なら5分くらいで着ける。
そして、ちなみにちなみな話。中学校、小学校、幼稚園と全部その道の途中にあるのだけれども、なぜか全て私の家からは自転車でも4分はかかる距離である。逆に、ともちゃん家からは全て、自転車なら1分くらいの距離だったりする。なんかずるい。
だから、小さい頃はよく「ともちゃん家の子になりたい」なんて思ったものだった。それでもって、よく学校の帰りには入り浸っていた。
随分快調に自転車は進んだらしく、もう幼稚園の側まで到着。そういえば高校に入ってからは初めてともちゃん家に行くなぁ。最後に行ったのは、え~と、中三の春休みだったっけ?
さて、現在11時半。
このままだと思いの外早く着いてしまう。
ちょっと時間が出来たので、暇つぶしにこの辺りをぶらつくことにした。これまた小さい頃入り浸っていた公園に到着。懐かしいので、不意に自転車を止めて中に入ってみた。
砂場で、幼稚園児くらいの子どもたちが山を作っている。昔よくやったなぁ。子どもたちを眺めながらブランコに腰掛ける。これに乗るのもいつ振りだろう。
腰掛けたままぼんやりブランコを揺らす。もう五月初めだけれども、天気の芳しくない今日はやっぱりかなり肌寒い。昔はよく高くまで漕いだものだけど、流石に今はそんな歳じゃない。っていうかスカートだし。
右手には滑り台と砂場、左手には鉄棒とログハウスちっくな屋根つきのベンチと、なんともありがちな普通の公園だ。
よくもまぁ、昔は日が暮れるまでなんて遊べたものである。
ベンチで若い女の人たちがおしゃべりをしている。あの子たちのお母さんだろうか。
「……、でも、あの先生、ちょっと頼りなくないですか?」
どうやら、幼稚園の話をしているみたいだ。
「そう? 若いけど、優しい感じじゃない。私はいいと思いますけど……」
「結構かっこいいですしね」
「それ、関係ないですよ~」
「ですよねぇ~」
「前の園長先生の遠縁らしいですけど……」
「まぁ、お子さんがいなかったんじゃあ、仕方ないですよねぇ……」
すると、砂場で遊んでいた男の子がパタパタと走りだし、その泥だらけになった格好のまま一人の女性に飛びついた。
「ママぁっ! おしっこぉ~っ」
「きゃっ、あぁっ、もうっ! ちょっと! 少し我慢しなさいっ!」
おそらくそれなりのブランド物であろう服が真っ黒である。
「ママぁ~っ!」
しかし、そんなこともお構いなく母親の洋服の裾を引っ張り続ける。
「ああっ、もうっ! ごめんなさいっ。ちょっと行ってきますねっ!」
なんていうか、お母さんも大変だなぁ。っていうか、私もあんな感じだったんだっけ。
そうだ。そういえば、あんな風にやんちゃで、あんな風に無神経極まりない、まさしく《男の子》みたいな感じの子だったのである。
私は、当時からともちゃんとは間違いなく親友ではあったものの、思い出してみれば公園で遊ぶときは全く違うグループに入って遊んでいたのだった。
ともちゃんは、女の子中心のおままごとグループ。
私は、男の子中心の泥遊びグループ。
今思えば何を間違ってそのグループに入っていたのか疑問しか浮かばない。でも、当時は男の子の中に混ざっていてもそれがあたりまえ過ぎて、全く気にもならなかった。
思い出したくもないが、「やっくん」なんて、そのまま男の子みたいな愛称で呼ばれていたなぁ。まぁ、基本年中、動きづらいスカートなんてお断わりの半そで短パンの少年ファッションで過ごしていた訳だし。それに……。
まぁ、ともかく、今思えば、よく寒くなかったものである。
しかも、完全に私を《男の子》だと勘違いしていたヤツもいやがった(ちなみに今年になって再会したあいつのことである。ちなみにあいつはおままごとグループにいたらしい。ともちゃんが言っていたのだから間違いないだろう)。
なんていうか、まだ《女の子》って自覚がなかったってことなのだろう。ともちゃん達、他の女の子はもう《女の子》の自覚を持っていたみたいなのに(幼稚園の男の先生のことを誰々ちゃんが好きとか何とか、恋話らしきものがもうあったらしい)。
周りが早熟だったってことなのか。いや、単純に私が遅れていただけなんだろう。
服装から、趣味まで、そのまんま《男の子》みたいだった私。
なかなか《女の子》になれなかった私。
いや、今もまだ恋話なんて、ちゃんとしたことはないか。
つまり、まだ、相変わらず《女の子》になれていない私。
「はぁ……」
過去の自分を思い出し、ふいに溜息をつく。しかし不思議なもので思い出したくもないことに限って克明に覚えているものである。ほんと、これこそ《黒歴史》だ。
終いには「私もちゃんとお母さんになれるかなぁ?」なんて、自分の将来にまで一抹の不安がよぎったところで、現在11時56分。
いけない。もう、行かなくっちゃっ!




