2
「あれ~? 大丈夫? いつもタフで元気な谷衣ちゃんがどうしちゃったのさ? こんなとこで死んでる場合じゃないよ~。ほらぁ、ご飯の時間だよ~」
馴れ馴れしく、しかもわざとかわざとじゃないのか菓子パンの袋を指に挟んでこれ見よがしに揺らしながら近寄ってくる男子が一人。
「……、うるさい」
まともに顔を上げる気力もなく、机に顔を伏したまま答えた。ていうか、なんでいつも男に使うような形容を混ぜるんだよ。ちゃんと女子扱いしろって言うのだ。
「何でお昼食べないの? まさかダイエットって訳じゃないだろうし。あっ! わかったっ! 大会前に身体を絞ってるんだ! 流石クラス一のスポーツマンっ! やっぱやる気が違うね!」
「……、うるさいっ!」
試合前に減量するとか、私はボクサーか何かっ! ていうか《マン》じゃないっ!
「えっ? 違うの? じゃあ、もしかしてお弁当を忘れちゃったとか? でも、さっき購買にパン買いに行ってたよね? もしかして売り切れだったとか? でも、谷衣ちゃんの脚で間に合わない訳もないだろうに……」
「……、ちっ……、うるさいっ!」
この野郎、無駄に勘がいいな。しかも、更に無駄に爽やかな声が逆に神経を逆撫でしてくるのである。というか、お腹が空き過ぎているのと図星を突かれたので苛立ちが増したのだった。
「え~、そんなに不機嫌にならなくても――」
「……、ぐぅ。……」
ヤバい。何か明らかに女子にあるまじき音が鳴ってしまった。
「……、えっと……、友美ちゃんにお弁当分けてもらえば? ほら、いつもみたいにさ」
一瞬表情が固まりながら、そう言い繋いでくる。どうやらこの野郎、ちゃんと聞き逃さなかったようである。
そう言って指を指す先、いつものグループ(但し私だけ欠けている)にいるともちゃんがチラっとこちらを心配そうに見ていた。
ちなみにいつもお弁当を分けてもらっている訳じゃない。ただおかずの交換をしているだけである。まぁ、もらう比率がちょっと多めなのは御愛嬌だが……。
とりあえす、大丈夫だよっと一瞬、ちゃんと顔だけあげてアピール。ちょっとこっちを気にしながらも、ともちゃんがグループの輪に戻るのを確認。
さて。と再び顔を机に押し付ける。そして一応、無愛想に返事だけしておく。
「いいのっ! っていうか、気安く友美ちゃんって言うなっ!」
お前ごときがともちゃんを親しげに下の名前で呼ぶなっていうのだ。
「えっと……、じゃあ、ともちゃん?」
「ちっ、馴れ馴れしくすんな!」
少し顔を上げて思いっきりにらんでやった。
つい一カ月前まで私達のことすらちゃんと覚えていなかったのに。まぁ、私も人のことは言えなかったのだが。でも、こういう態度はなんかむかつくのである。
「え~、つれないなぁ。幼馴染じゃん、俺達」
そう、つまりこいつも一応幼馴染なのである。ついでに言うと、この高校に幼馴染と言える子は二人しかいない。もちろん一人は私の麗しのともちゃんであり、幼稚園の頃からの同級生である。
そしてもう一人がこいつである。忌わしくも、私の《黒歴史》である幼稚園時代を知っているはずの人物なのだ。まぁ、それから高校までは会う機会すらなく、名前すらちゃんと覚えていなかったようなやつだから、当時の私達のことで何かをとやかく言うこともないだろうけど。
でも、だからこそ、同じ幼稚園だったからという理由だけで急に親しげにされても、何か、何というか気持ちが悪いのである。
「えっと……、古畑ちゃんに……」
「もう、断ったの」
「なんで? もしかして本当にダイエット? 別に無理してやるほど太ってないと思うけどなぁ……。何か顔色も悪いしさぁ。ほら、やっぱり無理しないで、なんなら俺のでよかったら少し――」
「うるさーいっ!」
よくもまぁ、この男子はこうも女子の逆鱗に触れてくるものである。なんというか、無神経なところが本当に男子らしいというか。噛みつかれたいのか。本当に。小さい頃はむしろ女の子みたいで可愛らしい感じだったような記憶があるのだけれど。人間、変わってしまうものである。
キーンコーンカーンコーン。
と、ここで昼休み終了のチャイム。せめてもう少し休みたかったのに。ほんとに「この野郎っ!」という感じである。
もちろんこの後の英語も理科もちゃんと受けられるはずなんてなかった。八割方はぐっすり安眠である。ちなみに残りの二割は、先生のご指名からのクラスの失笑なんてイベントだったりもしたのだが……。
もう、怒る気力すらなくなっていた。
今日は早く帰ってご飯を食べよう。
放課後、部活の先輩に体調不良を訴えると、案外あっさりと帰してもらえた。すんなり仮病を信じてくれたのだった。というか、むちゃくちゃ心配されてしまった。相当ひどい顔色になっていたらしい。
学校から駅までは徒歩5分もかからないのだが、駅から家までは《走って10分》。なけなしの根性で、徒歩約30分。命からがらいつもの散らかりきった自室に辿り着いたのだった。
そうして、ようやくご飯にありつけた。冷蔵庫にあったのは昨日の残り物だけだったけど、すっごく美味しかった。空腹は最大の調味料とは本当にその通りである。
だからつい、いつもよりいっぱい食べてしまった。
というかいつもの倍以上食べていた。無理なダイエットはリバウンドを招くというのはどうやら本当らしい。
そのあとは、お風呂にのんびり入って、髪をしっかり乾かして……。午後9時。もう、そのまま就寝である。荷物の整理とか、知ったことか。布団に潜り込み、携帯を充電器にかける。食べてからすぐ寝ると太るっていうけど。今日はまぁ、よしということにした。
酷い一日だった。そういえば、今朝の夢。「あなたって最低ね」というあの声。あれは正夢か何かだったんだろうか?
なんていうか、本当に最低だ。
「……、……、あなたって最低ね」
「んぅ? うぅ……」
なに?
真っ暗な視界の中、何かが聞こえた。聞き覚えのある、ゆったりとして平坦な女の子の声。そうだ。今朝の夢で聞いたやつだ。
「……、ねぇ」
また同じ声が聞こえる。しかも《最低》だって? 全く何だっていうんだ。まさか今度のも正夢だというのだろうか?
「……、うるさい」
だいたい、今日は疲れているからちゃんと安眠をしたい。
「聞こえてるじゃない。ねぇったら」
「……」
なんだ? 私に話かけているのか? 私の夢のくせに安眠を邪魔するとは生意気な。まぁ、ここは無視、無視……。
「ねぇ」
「もうっ、なによっ!」
夢に突っ込みを入れながら、無理やり重たい瞼をこじあげた。
目を覚ませば、夢からも覚める。そうしたらこの妙な正夢からも逃れられるだろう。
一瞬明るい光に眼が眩んだが、次第にその明るさに少しずつ目が慣れてくる。
しかし随分と気分の悪い目覚めである。せめて夢の中くらい気分よくいさせてくれてもいいじゃないか。まぁ、どうせまだ寝るには早い時間だったから、二度寝すればいいだけなんだけれども。
そんなことを思いながら、漸く完全に開いた視界に目の前の光景を写し込む。
天井がなくなっていた。
というか、壁も、本棚も、ベッドも、机も、山積みの本も、ぬいぐるみも、その他諸々の何だかよくわからないもの達も、一切がなくなっていた。明るいまっ白な空間が広がっている。
あまりの状況に唖然としていると、頭の上からさっきと同じ起伏のない声が聞こえてきた。
「やっと気が付いたの? 本当にあなたって最低ね」




