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「……、まぁ、こういうこともあるかのう」
……、ん?
「ええ……、そうね」
……、なに?
「ふむ、まぁ、仕方がない。だが、悪いものではなかったよ。決して……。じゃから、まぁ、こういうのもありなのじゃろう」
……、仕方がないって?
「ええ」
「では、行くとするかのう」
え? 行くって? どこへ?
「……」
「最後に、お嬢ちゃん。あ…………」
何だって?
声がどんどん遠ざかっていくようで、うまく聞き取れない。
それよりこの声ってあの二人の?
ってことはまだ消えてない。
間に合った?
でも、今最後って?
まどろんだ意識の中で少しずつ今の状況が理解されていく。恐らく、今にもあの九十九神は消えようとしているのである。呼び止めなければ。
しかし、瞼が重く、身体もぴくりとも動かない。
待ってよ! ちゃんと思い出したから! ねぇ!
頭の中では必死に叫んでいるのだが、一切声にはならない。まるで意識と身体の接続がすっぱりと切断されてしまっているようである。全力で身体に動くよう命令しても 、微動だにしない。
こんな……、こんな終わり方なんてあんまりだ。ゴールは目の前なのに、たかだか数センチ先のテープに飛び込めないなんて……。
嫌だっ! そんなの絶対に嫌だっ!
そこまできたら、足が折れようが這いずってでもゴールしてやる。何が仕方ないだ。諦めてたまるものか 。
ねぇっ! 動いてっ! 動いてったらっ! 動けよっ!
この――、起きろぉっ!
気合いが通じたのか上体が跳ね上がる。よしっ! 私の腹筋をなめるなって言うのだ。足は伸ばしたままその場に座り込み、辺りを見回す。あの二人は――?
あれ? ここは――?
オレンジ色の小さな電球のみにうっすらと照らされていたのは、紛れもない私の部屋だった。辺りには誰の姿もなく、聞こえるのは遠くを走っていくバイクの音だけ。
手に触れる布団の感触のリアルさが伝わり、状況が飲み込めていく。
そっか……、私、眼が覚めて……。
なんの気なしにベッドの脇に手を伸ばし、充電器にセットされた携帯を開く。
現在……、4時。
そうして、もう一つのことに気付かされる。つまり、私は間に合わなかったのである。あれだけ夜更かしまでして探し当てたのに、結局何の意味もなかったのだ。
早起きは三文の徳なんて大嘘じゃないか。
睡眠時間、わずか3時間。しかも残ったのは寝不足でぼやけた頭だけである。
あまりのやるせなさにベッドに身体を落とす。本当の起床時間まではまだ3時間はあるのだ。正直眠くて仕方がない。
そのままふて寝で二度寝を決め込み、再びまどろみの中に沈んでいく。
しかし、本当に無駄な時間を過ごしてしまった。一体、何の為に頑張ったというのだろう……。
でも――、まぁ、悪くはなかったかな。
あんな写真も見つかった訳だし。
それに……。……。
……、ん……。まだ、起きなくても平気かな? そうだよね。まだ、さっき眠ったばっかだし……。
でも、一応時計を……。……。
ダメだ。手を伸ばすどころか、瞼が重すぎて眼を開くのすらかったるい。身体が全力で動くことを拒否している。
それに心なしか身体も重い気がする。なんか胸の辺りが上から圧迫されるような感じも……。
ん? 圧迫?
いや、これは身体がかったるいとか言うレベルの話ではない。明らかに何かが乗っている重みだ。
一体何が? 気になり、上体を起こそうとするが、上からの圧力が大き過ぎて、私の腹筋でも持ち上がらない。
諦めて手を伸ばすと、何かに手が当たった。何だろう? 少し撫でてみると何か布地のものみたいな触感が伝わってくる。それに何やら暖かい……。
「ちょっと、何するのよ」
急に、その何かが喋った。
「んぇ?」
驚いて重い瞼を持ち上げる。なんの変哲もない私の部屋の景色が眼に映った。しかし。
「ねぇ、どこ触ってるのよ? いい加減、離してくれないかしら」
何故かあの子どもの九十九神が座っていた。しかも、ちょうど私の胸の上に。
「……、いや、あんたこそ、どこに座ってるのよ?」
「ソファー? 硬くて座り心地悪いけど」
無表情のまま首を傾げる。
「硬くないわよっ! っていうか、ソファーじゃないしっ!」
「そうね。流石にソファーがこんなに硬い訳ないわよね。こんなに硬くて平らなものは……、ベンチかしら?」
「誰が硬くて平らだぁっ! ちゃんとクッションだって付いてるわよっ!」
花の十五乙女になんてことを言うんだ。それに明らかな幼児体型、もとい幼児そのもののこいつが言える台詞ではないだろう。
「クッション? どこにあるのよ?」
「あ、あんたが今座っているところよっ!」
「……、ないじゃない。……、あぁ、こっちね。確かにちょっと付いてるわ」
「そっちじゃな~いっ! っていうか、掴むなぁ! もう。だいたいまだ成長期だって言うのよ。まだまだこれからだし……」
そう、まだまだこれからである。一部、クラスの中には随分とお育ちのよい子もいるが、大半の子はだいたいドングリの背比べである。
しかし、こっちは掴めちゃうのか。
うわ……、マジでだ。
ここのところ油断しすぎてたかな。身体はちゃんと動かしてるけど、食事がなぁ。昨日のケーキ3つなんて最たるものだし。
いや、でも私は成長期だ。そうだよ。きっと少しはこっちにも栄養が回って……。
「そうね。成長期だものね。これをクッションにするには、まだもうちょっと足りないもの。しっかり育てないと」
「どんな成長期だぁっ! だから、そっちの話じゃないわよ」
とんだ中年おっさん体型の出来上がりである。
「そっちじゃない? ……、あぁ。まぁ、確かに贅沢を言えばあと5センチは欲しいわね。180とは言わなくても、せめて……」
「そっちでもなぁ~いっ!」
ちなみに私の身長の方はドングリの何とかではなく、出る杭は何とかと言った感じである。
というか、こっちの成長はいい加減止まってほしいのだが。
「そんなに気にすることないわよ」
「気にするわよ!」
「だって、平均身長位でしょ?」
「えっ? いや、今は平均より遥かに高いんだけど……。ってっ! あんた。今、男子の平均と比べたわねっ!」
「だって、そんな体型の女の子なんているはずないじゃない」
「私はそこまで酷い体型なんかじゃなぁいっ!」
確かに、横は標準、縦は控えめ、高さは長すぎな体型ではあるが、流石にもう男扱いをされるような外見ではないはずである。
……、ねぇ、ないよね?
「っていうか、いい加減、重いから降りなさいよ」
両脇の下から手を入れて、ひょいっと持ち上げる。流石、幼児だけあって軽い。だが、この体勢で子ども1人が軽く持ち上がる腕力というのも如何なものだろう。
「……、いつまで触ってるの? いくらそういうのに興味がある年頃だからって、実際に触るのは犯罪になるのよ」
「誰が高一男子だぁ! っていうか、そんなまな板みたいな体型に興味があるかぁ!」
どう見たって幼児にしか見えないのである。どんなロリコンだよ。それに、どう見たってこの姿は……。
「ふ~ん、じゃあこんな体型じゃなかったら、興味があるのね」
そう、この子は、どう見たって《幼稚園児》なのである。しかも、私はこの子を知っていた。だって……。
「……、ねぇ、無視しないでよ」
「……、ねぇ、あんたってさぁ……」




