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おもいで迷子  作者: 空乃 千尋
25/31

24

 ……。


 読んでしまった。


 しかも三巻まで。


 ついついストーリーの一区切りがつくまで読み進めてしまったのである。しかし、こんなお約束通りの罠に引っ掛かってしまうとは……。


 あぁっ! 何やってるんだよっ! もうっ!


 苛立ちからグシャグシャと髪を掻き乱す。ただでさえ寝癖が酷い髪なのに、寝る前から更に癖をつけるなんて自殺行為である。明日は学校だと言うのに、完全に冷静さを失っていた。


 っていうか、もう10時じゃんっ!


 日付変更まであと二時間。


 部屋は相変わらずの惨状。


 もう、絶望的だ。それに、いい加減寝ないと遅刻しちゃうし……。


 いやっ、でも諦めちゃダメだっ!


 そうだよっ! ほら、あのマンガの主人公だって、諦めなかったからあの絶体絶命の状況から勝利できたんじゃないかっ!


 私だって、諦めなければこの位の窮地なんて乗り切れるはずである。


 きっと、これはあのマンガからのお告げなんだ。私に諦めないで探せばアルバムが見つかるって教えてくれているんだ。うんっ! そういうことにしようっ!


 完全に思考が暴走している気がするが、夜だから仕方がない。


 とりあえず、ようやく気持ちに踏ん切りがつき、捜索作業に集中し始める。


 とはいえ、探す当てがないという事実は変わっていない。手当たり次第に探し始めるが、出てくるのは全く関係のないマンガや教科書ばかり。


 気付けば、身体の右と左に山が出来ていた。久しぶりに自室の床がフローリングだったことに気付かされるまで掘り進めたが、やっぱり見つからない。


 もう既に部屋の7割くらいの本は一度手にとっただろう。しかし、その内の殆んどはやっぱりマンガか教科書だった。たまに大きめのハードカバーの本が出てきたかと思うと、全く読んだ記憶のない図鑑とか、内容を完全に忘却しかけた絵本とか……。


 もはや本当にここにあるのかが不安になってきた。いや、ないはずはない。確かに、間違いなく、一度ここで見つけたことがあったのだ。


 でも、じゃあ、一体どこに?


 もう両側の本の山が私の座高の半分以上の高さまでそびえ立っていた。もはや床の占める領域の方が広くなっている。かつてここまで私の部屋が片付いたことがあっただろうか(実際には本をただ二か所に集めただけである)。だが、そこまでしたのに卒園アルバムは一向に姿を現さない。


 部屋の時計が12時を指す。


 正直、もうタイムリミットである。このままでは金曜の二の舞を踏んでしまうだろう。


 だが、でも……、諦められない。


 山に積み上げた本はもう部屋の9割近くになっているのである。あとたった1割なんだ。ここで引き下がるなんて出来るはずがないじゃないか。


 残りの本は部屋の奥。ベッドの周りにあるものだけである。そして、今までの本は隅々までチェックした。あるとしたらそこにしかない。


 そう思い立って両腕に力を込め、2時間座り続けた重い腰を持ち上げる。もうちょっと。あと少しなんだ。そして身体の支えを腕から脚に任せる。あとは立ち上がって歩き出すだけ……。


 だが、身体がグラつく。脚に力が入らないのだ。長時間体重を掛け過ぎたせいで、脚が完全に痺れ切っている。


 ダメだっ! 倒れるっ! 地球の引力に引き寄せられる身体を支えるべく、咄嗟に手が出る。そして何とか腕で体重を支え、その体勢で踏みとどまろうとしたのだが……。


 手の下には本の山の麓を形成している、何とも摩擦係数の低そうな英語の教科書が。これは、中一? それとも中二の? って、そんなことはどうでもよくって。


 「うそ……」


 勢いよくスライドしたそれは、まるでジェンガの一番底のブロックを無理やり引き抜いたときの

ように、上に積まれた本を引きずりながら崩していく。


 「ひぃ……、ぶふぅっ!」


 衝突の恐怖に眼を瞑った顔が、ベッドの角に思いっきりぶつかった。もちろんそのまま身体はフローリングの床に叩き付けられ、更に横から土砂のように雪崩込んできた本に埋もれていく。


 偶然にも身体は当初向かおうとした先まで運ばれていた。だが、同時に本の土砂もそこに覆い被さるように運ばれており、つまり、それは文字通り今までの努力の成果が崩れ去ったことを意味していた。


 こんなのってない……。こんなのってないよぉ……。


 じ~んと鼻が痛む。俯けに倒れたまま顔だけを上げると、唇まで何かが伝ってくる。もちろん鼻血ではない。正体は今私の視界を霞ませているものである。


 これだけのことがあったんだ。もう、泣いたっていいじゃないか。


 本当に一体なんだって言うんだろう。私が何か悪いことをしたとでも言うのだろうか。確かに部屋の整頓を怠ってきたのは私が悪いかもしれない。でも、それにしたってこの仕打ちはないだろう。


 ふいに、三途の川の河原で子どもが、一つ積んでは母の為、二つ積んでは父の為、と積み上げてきた石の山を、突然現れた鬼に崩されてしまうという場面を思い出した。何かの昔話だっただろうか。その可哀想な子どもと今の自分を重ねて感傷に浸る。


 何て私は可哀想なんだろう。


 だが、この場合、鬼も私であるので、ただの自業自得でしかない。


 ていうか、誰が鬼だっ!


 そんな下らないことを考えているうちに、すっかり涙は退いていた。


 こんなことをしていても仕方がない。目元に残った雫をパジャマの袖で拭い、しっかりと正面を見据える。さぁ、もうちょっと……。


 しかし、目の前に広がる光景は私のなけなしの気力まで奪っていく。ベッドの周りの最後まで残していた一角が、丸ごとさっきの土砂に飲み込まれていたのだ。その余波はベッドの下まで続いている。


 ありえない。


 もう実際にあり得てしまった光景なのに、そんな言葉が頭を埋め尽くす。それだけ信じたくない状況だったのだ。


 それでもちゃんと状況を確認するべく、恐る恐るベッドの下に顔を入れる。手前、三分の一くらいまでが本で埋もれており、更に一冊だけだが、最深部にまで何やら大きめの本が飛ばされているのが見えた。


 何だってあんな奥まで入ってしまったんだろう。


 明らかに不自然な位置にその一冊は落ちていたのである。何て言うか、その一冊だけが壁に向かって蹴飛ばされたかのように、綺麗に壁に張り付いていた。


 なんであれだけ? あぁっ!


 昨日ここで起きたことを思い出した。ちょうどこの部屋の真ん中辺りで思いっきり転んだのである。そう、何か《分厚い本》に躓いて……。


 あいつかっ!


 思わぬところで、この大惨事の元凶を発見。


 当然、部屋をちゃんと片付けていなかった私の所為なのだから、ただの八つ当たりである。だが、そうなのはわかっているがどうにも怒りが収まらない。


 あの野郎っ!


 暗がりの中、おもいっきり当の本を睨みつける。姿はあんまりはっきりは見えないが、ハードカバーの結構大きな本の様だった。


 ん? 待てよ。ハードカバーの大きな本?


 私は何を探していた?


 そうだよっ! まさかっ!


 そう思い、必死で腕を伸ばす。だが流石にそれだけでは届かない。こうなれば仕方ない。ちょっと汚いかもしれないが、意を決してベッドと床の隙間に身体を捩じ込ませる。 指が本に触れる。

もうちょっと……。本の角に指がかかったっ!


 よっしっ! 今だっ!


 ガンっ!


 精一杯の力を込めて手前の方へ引くと、その本は勢いよくベッドの下から飛び出した。


 ちなみに、さっきの音はその本が出した訳ではない。そのときの勢いで上げてしまった私の頭が打ち鳴らした音である。


 右手で頭を押さえると、じんわり痛みが広がっていく。もしかしたら瘤が出来るかもしれない。

痛い。痛いけど……。


 今はそんな頭の痛みより、本の正体の方が気になっていた。ベッドの隙間から身体をにじり出し、真っ先に標的を探して本の土砂に目線を向ける。


 そこには……。

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