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おもいで迷子  作者: 空乃 千尋
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 空と街の境界が薄らと赤さを残しているだけで、外はもうすっかり暗くなっていた。寝不足だったとは言え、いくらなんでも眠り過ぎである。


 眼が覚めてからも気持ちが全く落ち着かないでいた。さっきの夢の所為である。確かに、たかだかただの夢である。でも、気になって仕方がないのである。


 私の所為で……。


 基本的にだが、私は自分が悪いと思うことはしないことにしている。別に正義感が異常に強いとか、そういう訳ではないのだが、昔からこういう罪悪感に苛まれるような状況が非常に苦手なのである。


 しかも、消えるって。


 もう取り返しがつかないじゃないか。そんなの耐えられない。ただ身勝手だというのは承知の上だが、申し訳なさやら後悔やらが渦巻いて、なんていうかとにかく気持ち悪いのである。


 じゃあ、どうする?


 そんなの決まってる。とりあえず園長先生の顔を思い出すんだ。


 どうやって?


 園長先生の顔がわかるもの。そう、あの卒園アルバムだっ! あんまり見たいものではないけど……。でもそんなこと言ってる場合じゃないっ!


 でも今更、間に合う?


 そんなの知らないっ! でもやらないで後悔するくらいならやって後悔した方がいいっ! そもそも諦めるのなんて性に合わないしっ! たとえ負けが決まってたって、試合終了の瞬間まで全力で戦いきるのが私なのである。


 よしっ!


 やることは決まった。あとは行動するのみ。自転車に飛び乗り、すっかり闇に包まれた街の中を走り出す。


 しかし、卒園アルバムか。ともちゃん家にはあるけど、流石に今日は無理か。本人がいなくって部屋にも鍵が掛っているんじゃ見ようがない。



 じゃあ、やっぱり私の部屋か。でも、昨日あんなに探したけど見つからなかったしなぁ。


 いやっ、弱気になるなっ!


 絶対あるんだから丁寧に探せばきっと見つかるはず。それにさっきもうしっかり睡眠はとってあるんだから、時間はいっぱい取れるし。うん。ポジティブシンキング、ポジティブシンキング。


 そんなことを考えながら、夕闇の中、自転車を走らせる。ちょうど行きに来た道を高速で逆走する最中、ふいに明らかに街灯のものではない光が眼に飛び込んできた。真っ暗な闇の中をふらふら浮かんでいるのである。


 えっ? なに? UFO?


 眼を奪われ視線を向ける先、そこは今朝、今の園長先生だと言う男の人から聞いたあのお屋敷だった。


 急いではいたのだが流石に気になり、塀から中を覗きこむ。しかしさっきの光は全く見えず、ただ暗闇が一面に広がっているだけだった。


 見間違いかな?


 まぁ、今どきUFOなんて馬鹿げてるし、せいぜい誰かが懐中電灯かなんかで明かりを点けていたのを勘違いしたのだろう。残念。ちょっとしたタイムロスである。


 ん? ちょっと待て。誰かって?


 そうだよっ! もしここに人がいるとしたら、今朝会ったあの園長先生しかいないじゃないかっ! 確か今は誰も住んでいないけど、たまに掃除しに来てるって言ってたし。


 正直、ラッキーだと思ったのである。だって、ここにならあのアルバムがあるかもしれないらしいし。何よりここが園長先生の家なら本人の写真だってありそうじゃん。しかも、あの人がいるなら話が早いじゃないか。


 思い立ったら即行動。私は走りながら考えるタイプなのである。いや、正確にはただ走っているだけであんまり考えてはいないような気もするのだが。まぁ、それは置いといて。


 とにかく最短で園長先生の顔に辿り着ける道だと思ったので侵入を試みる。


 え? 不法侵入?


 いや、だって今朝歓迎してくれるって言っていたくらいだし。別に勝手に入ったって怒られはしないよねぇ。流石に、ちょっと後ろめたいけど。


 さて、どこか、入れそうなところは? おっ、ここ崩れてる。いけるかも……。


 「あっ……れ? 谷衣ちゃん? こんなとこで何してんの?」


 「うわぁっ! ごめんなさいっ!」


 塀の切れ目を物色していたところ、急に後ろから声を掛けられた。あまりの不意打ちに心臓が破裂しそうになる。


 「え……、いや、そんな急に謝られても……」


 「すみませんっ! 本当にすみませ……、って、なんだ。あんたか」


 よく見知った顔があった。別に見知りたかった訳ではないんだが、そういえば今週はほぼ毎日見ている気がする。


 「いや、なんだ、あんたって……。そんな冷たくしないでよ。俺と谷衣ちゃん仲のじゃん」


 「いや、そんな仲になった記憶ないんだけど」


 「酷いっ! 幼稚園の頃からの付き合いじゃん。ほら、ちょうどそこの。ね、いわば幼馴染じゃん」


 この男子。またぬけぬけと幼馴染面しやがって。


 「ふん。誰が? 私の幼馴染はともちゃんだけよっ!」


 「もう、つれないなぁ。ていうか、こんな時間に、しかもこんなところで一人で何してんのさ?」


 まずい。そう言えば私がここのお屋敷に不法侵入しようとしているのを目撃されてたんだっけ? なんとか誤魔化さないと。


 「う……、い、いや、別に何でもないわよっ! ていうか、別にいいじゃん。だいたい、一応、ここ、うちの近所だし。私が出歩いてたって不思議じゃないでしょ?」


 ダメだ。まともな誤魔化し文句が出てこない。


 「いや、そうじゃなくって。だって、危ないじゃん。ほら、谷衣ちゃん、《女の子》だし」


 「へ?」


 全く予想もしていなかった返事に思考が停止する。えっと、なんだって? 危ない?


 「いや、だから、危ないじゃん。《女の子》の一人歩き」


 「う、うるさいわね。大丈夫よ。知ってるでしょ? 私のタフさ。そんじょそこらの男子より強いんだから……」


 つい、言われたことに反論しようと、心にもないことを言ってしまう。


 「いや、だからって女の子には変わりないないんだからさ。てか、家まで送ろうか?」


 「い、いらないわよっ! ていうか、あんただってこんな時間に何してんのよ?」


 な、なんだこいつ? 急にこんなこと言い出して。


 普段とあまりに違う態度に完全に虚を突かれ、無駄に会話を続けてしまう。


 「え……、い、いや、俺はたまたま通りかかっただけで……。そしたら、壁にしがみついてる谷衣ちゃんが見えたからさ……。ていうか、谷衣ちゃんこそ何してたのさ? こんなところで……」


 すると、せっかく逸れかけていた話題に話が戻りそうになってしまった。早くこいつをどこかに行かせないと。


 「う、うるさぁいっ! いいから、とっとと帰りなさいよ!」


 だが、うまい撃退の仕方など思いつくはずもなく、口から出たのは随分とお座成りなセリフだった。


 「い、いや、まぁ、帰るけどさ……。じゃあ、谷衣ちゃんも気を付けて帰りなよ」


 「はいはい、わかったわよ。じゃあね」


 「うん。じゃあ、また明日」


 まさか、日曜の最後に別れのあいさつを交わすのがこいつになるとは思ってもいなかった。


 ていうか、なんださっきの態度。急に私のことを女の子扱いなんてして。いや、それはそれであっているんだけれども。ああっ、もうっ! なんなんだよ!


 あいつ、こんなところで何をしてたんだろう?

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