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「ちょ……、ちょっとっ! それどうしたのよ?」
仮面の九十九神は身体の下半分以上が完全に消えていたのである。まるで、上半身だけが宙に浮かんでいるように見える。
「ふむ、また欠けてしまったんじゃよ。この通り、もう半分以上が消えてしまった」
「だ……、大丈夫なの?」
「大丈夫な訳ないじゃない。もうこんなに欠けてしまっているのよ。これじゃあ九十九神の使命を果たすどころか、たぶんもうすぐこうやってここに現れていることすら出来なくなるわ」
「で、でも、だって、そもそも私がちゃんと思い出せば、欠けた顔が戻るって話だったんじゃないの? しかも、その後私がなにかを忘れちゃった訳でもない。なのに、どうして?」
「人の想いなんて時間と共に薄れていくものだし、物だっていつまででも壊れずに在り続けることなんて出来ないのよ。想いが消えてしまえば私たちも消えるしかないし、依代になっているものが消えてしまったなら、やっぱりもうこうやって現れることは出来なくなる。そういう脆いものなのよ。九十九神って。だから……、あなたがちゃんと思い出してくれないのなら消えるしかない。つまり、私たちを生かすも殺すもあなた次第なのよ」
「そんな……」
生かすも殺すも私次第って、私がちゃんと思い出せないと死んじゃうってこと? そんな責任重大なことだったなんて……。
「あなたの頭でもやっと理解できたのかしら? それで、ちゃんと責任とってくれるの? それともやっぱり見殺しにするの?」
「それは……、そんなつもりじゃ……」
別に見殺しにするつもりなんてなかった。ただ知らなかったのだ。そもそも、そんなに大事になるとは考えてもいなかったのである。だから、所詮夢の話だなんて思って忘れていた。
「……、昨日、《ただの夢なんかじゃない》、そう言ったじゃない。それなのにあなたは私たちのことを真剣には考えてくれなかった。所詮、ただの夢だと思って」
「……」
言葉が出てこなかった。だって。その通りだったのだ。
「……、そうよね。どうせ忘れていたくらいなんだから、やっぱり、私たちのことなんかどうでもいいのよね?」
「ちがうっ!」
そんなつもりじゃない。別にそんなつもりじゃないんだ。
「何が違うのよ。思い出そうとすらしてくれていないじゃないの」
「だって……、どうしたって思い出せないんだから、そんなの、どうしようもないじゃない」
「どうしようもない? そんなことはないわ。だって、あなたは何の行動も起していないじゃない。本当に真剣なら……」
「いや、お嬢ちゃんをそう責めるもんじゃない」
仮面の九十九神が口を挟んできた。
「別にお嬢ちゃんが悪い訳ではないんじゃから。仕方ないことはあるものじゃよ。使命が果たせずに消えるとしても、そうなるしかないのなら、まぁ、諦めるしかないじゃろう……。しかし……」
そう言って言葉を曇らせる。恐らく表情も曇らせているのだろうが、仮面に隠れたそれは見ることができない。
いや、そもそもその仮面の後ろには表情を作る顔すらないのである。私がそれを思い出せないでいるから。
「申し訳ないのう。お嬢ちゃん。君に伝えなければならないことがある、たったそれだけのことなのに、儂にはそれすら出来なかった。九十九神失格じゃな。本当に、申し訳ないのう」
仮面の下にはそもそも顔がない。しかし、どんな表情をしているかが手に取るように分かる気がした。声が震えていたのである。本当に悔しそうな声で。
そして、この人の謝ることなんかじゃない。この人はただ、私のために伝えるべきことを伝えられない、そのことを悔しがっているのである。そして、それが出来ないのは私の記憶が欠けてしまっているからなのだ。私の所為で。だから、この人が謝ることなんかじゃないのだ。それなのに……。
「……」
あの女の子の九十九神が黙ってこっちを見つめている。いつもだったら皮肉の一つでも言って私を糾弾してきそうな場面なのに、一言も発さずにただ立ち尽くしている。そんな眼で見られると正直きつい。非難された方が
ずっとマシな気すらする。
「む……、そろそろかの? 悪いのう、お嬢ちゃん。どうやらもう時間のようじゃ。残念じゃが……。ここでお別れのようじゃのう」
そう言う仮面の九十九神の身体はもう胸の辺りまで消えてしまっていた。身体がさらさらと、まるで砂が落ちていくように崩れ去っていく。
そんな……。ちょっと待って。まだちゃんと謝ってすらいないのに。もうちょっと、せめて夜まで待ってよ。なんとか、なんとかして思い出すから。
そうだっ! 卒園アルバムっ! あれさえあれば、きっと園長先生の写真だって載っているはずだし。だから、だからまだ……。
「……、あの……」
ねぇ、お願いだから、もう少し待ってよ。こんな終わり方なんて……。
「あの……、お客さん?」
「ふぇっ!」
急な呼び掛けに身体がビクッと跳ね上がる。顔を上げると喫茶店の中だった。
「ああ、ごめん。お疲れのところ悪いんだけれども、もう閉店なんだ。お会計いいかな?」
ぼんやりとした頭にマスターの声が響く。一体どれくらい眠ってしまっていたんだろう。もう18時半っ!
「すっ、すみません。もう出ますねっ!」
「いや、お会計……」
「あっ、ご、ごめんなさい。えっと、いくらでしたっけ?」
「ケーキ3つで1200……、いや、1080円ね」
慌てて千円札二枚を出して精算を終える。お釣りを入れて、残金が小銭だけになった財布を手にお店を後にする。おっと、携帯は? うん。ポケットに入っている。




