19
ヤバい。これはもう限界かもしれない。……、ダメだ。重い。もう身体を支えるのもかったるい。重力が憎い。
いや、決してケーキの食べ過ぎでお腹が重くなったという訳ではない。
急に睡魔が襲ってきたのである。まず間違いなく昨日の夜更かしと、心ゆくまで堪能してしまった3つのケーキの所為だ。
ダメだ。もう、無理。
お店の中でマナー違反なのは承知だが、これだけ眠いとそうも言っていられない。幸いお客さんの人数も多い訳ではないし……。
眠気の誘惑に勝てず、自分の腕を枕にしてテーブルに顔を伏せる。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。
意識がまどろみの中に沈んでいく。睡魔に身を任せるこの感じは非常に心地よい。しかし魔に身を任せるとは何ともよろしくない感じだが。まぁ、どうでもいいか。
ガンっ!
「ぐっ……」
後頭部に強い衝撃が走った。頭に何かがぶつかったようである。
「いったぁっ!」
右腕で痛む箇所を押さえ、薄らと目を開けると、喫茶店のテーブルと自分の腕が見えた。しかし、一体なんだ
って言うんだ。何かが上から落ちてきたのだろうか。いや、それにしたって何が……。
「あら、夢の中でも痛がるのね」
声が聞こえた。夢? そっか私もう寝ちゃってて……。でも、夢の中でも痛いものは痛いのか。
「ええ……、私も今初めて知っ……」
ガンっ!
「あぅっ!」
また頭に衝撃が走った。ていうか、マジで痛いっ!
「ふ~ん。やっぱり夢の中でも頭を蹴られると痛いものなのね。また一つ勉強になったわ。ありがとう」
なるほど。頭を蹴られていたのか。それは痛いはず……。
「って、あんたが蹴ってたのかぁっ!」
左腕から顔を上げ、犯人の姿を拝む。テーブルの上にまっ白な髪の女の子が立っていた。もう夢の中だと言うのに、ここはまださっきの喫茶店の中だった。
「やっと気付いた? 相変わらず鈍いわね」
やっぱりこいつか。九十九神の女の子が相も変わらずの無表情でこちらを見つめていた。
「なにすんのよっ!」
「やっぱり、壊れかけたときは叩いたら治るものなのね」
「誰が壊れかけだぁっ! だいたいいつの時代の電子機器の話よっ! 今の機械だったら大抵一発で壊れるわよ」
「そう。じゃあ、あなたは旧型なのね」
「う、うるさぁ~いっ! まだそんなに古くないわよっ!」
まだ製造からたった15年の新品である。耐用年数ならまだ70年近くあるだろう。賞味期限があと何年あるかは定かではないが……。
「そう。じゃあ作りが雑なのね。どこ製なのかしら?」
「私は純日本製だっ! っていうか雑って言うなっ!」
「そう。まぁ、確かに純国産だからといって全てが良いものとは限らないし。その逆も然りだものね」
「はぁ? なんの話?」
「いいえ。まぁ、あなたの出来の悪さのことはどうでもいいのよ。今更どうなるものではないのだし」
「いや……、あれだけ言っておいてどうでもいいって……」
そうして、相変わらずのこの口の悪さである。しかも、毎回毎回私の安眠を邪魔しやがって……。
「ねぇ、そんなことより、いい加減思い出してくれたのかしら?」
「え?」
ふいに投げかけられた質問の意味がわからず、思考が停止した。
「……、その反応だと完全に忘れてしまっているのね。今朝言ったじゃない。責任取りなさいよって」
「あ……」
そういえば完全に忘れていた。確かにそんな話もあった。
「やっぱり忘れていたのね。あなた本当に若年性なんじゃないかしら?」
「う……、ち、違うわよ。まぁ、すっかり忘れてはいたけれども……」
だって仕方ないじゃないか。朝から口内出血やら携帯消失やらで、そもそもそれどころじゃなかったのである。
どうしても思い出せない記憶。あの園長先生の顔。
何とかして思い出すようにと頼まれていたのだった。まぁ、夢の中のことではあったけれども、でも確かに言われていたのだ。
《責任とりなさいよ》と。
「……、それであなたは、責任を果たしてくれる気はないのね」
「いや、そんな訳じゃ……」
「忘れていたくせに?」
「う……」
「どうせ、所詮ただの夢だと思って真剣に考えていなかったのよね?」
「それは……」
図星だった。こればかりは反論の余地もない。
「……、まぁ、いいわ。でも、どうしてくれるのかしら?」
「はい?」
「ほら。あれ。あなたがいつまで経っても思い出してくれないから」
「え……? ええっ!」
女の子の九十九神が指差す先を見ると、ちょうどさっきまでマスターが立っていたところに、あのもう一人の九十九神がいた。
「ふむ……、どうやら少し困ったことになったみたいじゃのう」
そう言って、カウンターの中から出てきたもう一人の九十九神は、確かにそこにいた。
しかし、ちゃんとはそこにいなかった。




