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おもいで迷子  作者: 空乃 千尋
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 「……、忘れた……」


 いや、違う。


 いや、違わないのだが、別に数学の教科書を忘れた訳ではなくて……。


 電車にはちゃんと間に合った。というか、なんと記録更新の9分強でホームに辿り着き、いつものドアをお迎えすることが出来たのである。そしてこれまたいつも通り、電車の中で待ち合わせしている眼鏡ちゃんの幼馴染を発見し、一安心。そして、ちゃんと昨日入れたはずの教科書が入っているかを確認しようと、鞄の中を覗いたのだった。


 教科書1・5冊分くらいのスペースがぽっかりと空いていた。


 そうか……、そういえば、そんな行動はどこにもなかったよね……。


 お弁当箱を入れ忘れていた。強制ダイエットが決定した瞬間であった。


 「ど……、どうしたの? しおちゃん……。大丈夫?」


 あからさまに深く沈みつつある私に、心配そうな声がかけられた。


 「ともちゃーーーんっ!」


 その可愛い声の主を目掛けて突進し、そのまま顔をめり込ませる。そして腕をからめてそのか細い身体をしっかり確保。ベッドじゃないんだから、もう完全にセクハラである。私が女子で、相手が幼馴染の親友でなければだが。


 「きゃあっ! ちょ、ちょっと……。ねぇ。ほんと、大丈夫? え、えっと……、な、何か忘れちゃったとか? ね、ねぇ、ちょっと……」


 その可愛いらしい声は、もっと心配そうに、どんどんとどもっていく。全く本当に可愛い子である。私が男子だったら絶対にこのまま離さないだろう。もちろん、そんな事をしたら間違いなく痴漢で捕まるだろうけれども。


 でもこの子、本当に痴漢とかにあったらちゃんと抵抗できるんだろうか。非常に心配なところである。しかし、この弱々しい雰囲気が「守ってあげたい」という感じで、余計に可愛かったりするのだが。まぁ、一応女子の私的にはちょっと嫉妬したくなるところである。


 ということで、困惑する幼馴染を解放する。


 「お弁当、忘れちゃったぁ。朝ごはんも食べ損ねたし……、あぁっ! 今日は一日ダイエットだよぉ!」


 「あ、寝坊しちゃったの? え……、えっと、お昼のとき、お弁当ちょっと分けようか?」


 「ううん。ありがとぉ。でも、大丈夫」


 ただでさえ細いこの子をこれ以上痩せさせる訳にはいかない。というか、これ以上痩せられてたまるか。


 「そ……、そう? ほんとにいいの?」


 「うんっ! 大丈夫ったら大丈夫」


 「でも……」


 「大丈夫だってばっ! もうっ!」


 と、勢いに任せてまた幼馴染の細い身体を抱きしめる。「きゃあっ!」と悲鳴を上げるともちゃん。しかし、こんなに可愛くって優しい子がこんな風にいてくれるというのは、嫉ましい、もとい嬉しい限りである。全くどうしたらこんなに女の子らしくなれるというのだろう。


 こんな傍迷惑なコントをやっている内に、電車は無事、私たちの終着駅に着いたのだった。まぁ、私はあんまり無事とは言えないのだったが……。


 というか、あんまりどころではなかった。


 すっかり忘れていたのだが、本日金曜日の時間割は、一限数学、二限体育、三限国語、四限英語、五限理科。


 そっか、二限体育かぁ。ちなみに私は体育が大好きだ。根っからの体育会系なのである。確か今日もバスケだったっけ? あぁ~、楽しみ……。


 ってそうじゃないっ! 二限体育っ?


 冗談じゃないっ! 放課後までお腹がもつ訳がない。


 何としても昼休みには購買でパンを確保しなければ。いや、その前にどうやって体育を生き残るかの方が先決か。どうしたものか……。




 「しおちゃんっ!」


 決してスピードがある訳ではない。しかし、一度バウンドしたボールは完璧なコントロールでバッチリと胸の前に届けられた。


 「詩織止めてっ!」


 キュッ! キュッ! とシューズと床の摩擦音が響き、あっという間に二人にマークに付かれる。


 試合終了まであと1分。6対6の接戦で、たぶんこれが最後の得点チャンス。


 ここで決めなければっ!


 ゴールまであと十数メートル。一番前線に出ているのは私である。


 このままシュート? いや、流石に二人に囲まれたままじゃきつい。


 上半身を左に大きく揺らせて、更に一歩前へ出る。だが、相手の反応も早い。恐らく運動部だろう。すばやく回り込み、その方向に壁が出来上がる。だが。


 身体と反対の床にボールを放つ。そして、左足に力を込め、右前方へと思い切り飛び出す。


 完全に不意を突き、二人のディフェンスを掻い潜る。しかし、向こうも流石の反応で右壁になっていた方が直ぐに追い縋ってくる。


 ゴールまであと数メートル。いくら私が速いとはいえ、ボールをキープしたままでは振り切れない。だったらっ!


 思いっきり加速のついた足でステップを踏む。二歩で踏み切り、そのまま身体を宙へと踊らせる。もっとっ!できる限り高くっ!


 ジャンプの最高地点。最早ブロックなんて一切届きはしない高さである。そこで更に思い切り高く伸ばした右腕からボールを放つ。


 「入れえぇぇぇぇぇっ! ――」




 なんで……。なんでこういうときに限って、試合形式の授業なんだよ。


 こうなったら、足を引っ張る訳にはいかないじゃないか。というか、スポーツウーマンの谷衣ちゃんとしては手なんか抜けない。


 その結果、全力で試合を戦い抜き、チームを勝利に導いたのだった。


 でも、もう限界だった。


 もちろん国語の授業なんてまともに受けられるはずもなく、後半半分以上はずっと死んでいた。あのおじいちゃん先生のゆったりとした朗読が良い子守唄である。ごめんね。おじいちゃん……。


 すっかり熟睡してしまった。


 そんなこんなで、到る昼休み。眼が覚めたときにはもうすでに5分は過ぎていた。


 慌てて飛び起きて購買に向かう。無駄に評判がいいのでいつもは行列が出来ているのだが、すでに生徒の姿一人すら見えない。もちろん、見事に完売していた。


 パンが……。私のパンが……。


 ひどい徒労感を感じながら、フラフラと教室へと戻った。


 空腹を紛らわせるべく、ふて寝を決め込んで机に顔を押し付ける。


 うぅっ。冷たい。

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