16
ピーンポーン。
家の中から軽快な足音が玄関へと近づいてくる。
ガチャ。
バタン。
……。
ピーンポーン。
……。
ガチャ。
ガシッ!
「痛いっ! 痛いってばっ!」
「ねぇ~、ゆう。今何で閉めたのかなぁ~?」
ドアを開け、その後ろに隠れていたゆうの頭にアイアンクローを掛けながら尋問する。全くなんて失礼なヤツだろう。
「いったぁいっ! ごめっ、ごめんってばっ! ほんの冗談、冗談だってばっ!」
「冗談~? 冗談で済んだら警察はいらないわよねぇ~?」
「いやっ、ていうか今の状況だとそっちが不法侵入してるだけって、いたぁっ! 締まってるっ! 締まってるっ! 頭蓋骨っ! 頭蓋骨がぁっ!」
「不法侵入? 私は家に帰ってきただけじゃない。それに今は可愛い弟の頭を撫で撫でしてあげてるだけ。ほらぁ、よ~し、よ~し。可愛い。可愛い」
「ああぁああああっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいぃぃぃっ!」
全く。酷い弟がいたものである。姉弟なのにともちゃんとは大違いだ。まぁでも、鍵を閉めなかっただけマシか。よしっ、許してやろう。
あと一締めしてからっ!
「ああぁあああああぁあああっ!」
「どうしたのぉ? ゆう? そんなに騒いで……」
騒ぎを聞きつけ、ひょっこりともちゃんママが顔を出す。
「あっ、ともちゃんママ。お邪魔してます」
即座に手を離してご挨拶。
「あらっ? やだぁ、しおちゃんじゃないっ! 久しぶりねぇ~」
「いえいえ、こちらこそお久しぶりです」
「まぁ、でも、少し見ない間にすっかり美人さんになっちゃってぇ。もうゆう、素敵なお姉さんが来たからってあんまりはしゃいじゃダメでしょ~」
「いやっ! さっきの悲鳴のどこがはしゃいでたように聞こえるのさっ!」
「ホント大人っぽくなっちゃって。何かおばさんすっごく歳とっちゃった気がするわね」
「無視っ? そこ、無視なの?」
「いやいや、おばさんには全く見えないですよ」
正直、歳の離れたお姉さんくらいにしか見えない。まぁ、流石にその発言はおばさんぽいけれども。
「あら、やだぁ。もうしおちゃんたらお上手ね~。ふふふ、何か欲しいものでもあるかしらぁ?」
「じゃあ、ともちゃんを下さいっ!」
とりあえず即答である。
「あらあら、こんな素敵なお嫁さんがもらえて、ともも幸せ者ね」
こんなアホなセリフを言ってもちゃんと私を女の子扱いしてくれる辺り、相変わらずいい人なともちゃんママである。
「いや、それだとお嫁に行くのはお姉ちゃんだと思うんだけれども……」
「ゆう、何か言った?」
「いえ、何でもないです」
冷静に突っ込むなって言うんだ。まったく、乙女心のわからんヤツめ。
「それでともちゃんっています?」
「あら、そういえば……。今日はいないのかしら?」
「もう……、ちなみにお姉ちゃんなら出かけてるよ」
「えっ! ウソっ?」
「いや、そんなことウソついてどうすんのさ」
「いや、まあそうだけど」
「でも、どこ行ったのかしらね?」
ともちゃんママが頬に手を当てて首を傾げる。
「さあ? そこの彼氏さんに嫌気がさして浮気とかじゃない?」
「誰が彼氏だぁっ!」
「そうよ、ゆう。こんなに可愛い女の子を捕まえて。失礼じゃない」
まったくその通りである。
「彼女さんでしょ」
いや、それはそれで違うんですが。
「いや、いないならいないで大丈夫なんですけど。実は昨日忘れ物しちゃったみたいで出来たらともちゃんの部屋、探させて欲しいんです。本人いないところで申し訳ないんですが」
まぁ、ともちゃんなら勝手に上がっても許してくれるだろう。
「忘れ物……ってまさか! やっぱり燃やす気? お母さんダメだよ! しお姉、お姉ちゃんのアルバムを燃やすつもりなんだよっ!」
何かに思い至ったようで、余計なことをともちゃんママに告げ口するゆう。
「ちっがーうっ! そういうんじゃないからっ!」
しかし違うんだ。少なくとも今は違うのである。
「そうよ、ゆう。しおちゃんがそんなことするはずないじゃないの。ねぇ?」
「え……、ええ」
う……、そんなに信頼されても。ちょっと後ろめたくなり、目を反らす。
「ともの部屋にあるのね。ちょっと待ってて」
「あっ」
呼び掛ける間もなく、ともちゃんママはとたとたと階段を登って行ってしまう。まだ何を忘れたかも話していないのに。まぁ、後で言えばいいか。
「さてと……」
目線を奥の階段から手前の方に移すと、ゆうが今にも獣に襲われかけている小動物みたいな反応をした。
まったく何をそんなに怯えているんだか。
「な、何する気? お姉ちゃんのアルバムなら絶対渡さないからね」
まったくこのシスコンめ。いっつもいっつもお姉ちゃん、お姉ちゃんである。いい歳して、いい加減姉離れしろって言うんだ。
よしっ、ちょっと意地悪してやろう。
「ちょっ、なに? 離してよっ!」
身を引く暇も与えずに、思いっきりゆうの腕を掴む。
「ん~、いやぁ、今日は本当に忘れ物を探しにきただけだったんだけどぉ」
「いや、そうやって油断させておいてこっそり盗んだりするつもりなんだ。だ、騙されないからねっ」
「そんなことないってぇ~。でもぉ、あんたがそこまで言うんならねぇ~。ていうか、これ何かのフリだよね?」
「ちがっ……」
「アルバムのことなんか私はすっかり忘れてたのにぃ~」
「うっ、嘘だっ! その目は絶対に覚えてた目だもん」
「可愛い弟のリクエストじゃあ、しょうがないもんねぇ~」
「いやっ、だれもそんなリクエストなんかして。あぁっ! いったぁっ! 腕っ! 腕がぁっ! ていうか、握力つよぉっ!」
「ああんっ? 誰が男みたいな握力してるってぇっ!」
「言ってないっ! 誰もそんなこと言ってないからぁっ!」
「さっき彼氏とか言ったじゃないっ!」
「だって、それはそっちが最初にふったんじゃ……」
「ああんっ?」
「いったたたたたたたたっ! ごめんなさい! 彼氏じゃなくって、美人な彼女さんです!」
「あらぁ、よくわかってるじゃないの」
「いや、そっちがそう言わせたんじゃ……」
「ああんっ?」
「ごめんなさい。本心から美しいお姉ちゃんだと思っています」
「宜しい」
「はぁ……」
「じゃあ、いい子に育ったゆうにはご褒美をあげよう」
「えっ? ちょっと、なに引っ張って……。ひゃあっ! ちょっ、脇はやめっ! うっ! ふ、はははっ! マジでやめっ! ははは、はははははあはははははっ!」
ちなみにゆうの一番の弱点はくすぐりである。特に脇の下が弱いというのは小さい頃に実証済みだ。ずいぶん久しぶりにやったものの弱いのは相変わらずみたいだった。
「ひっ、ひぃっ! 息が、息がぁ! あはっ、あはははははははっ!」
楽しそうで何よりである。
呼吸の所々に「ひゅうっ!」とか変な音が混じっているような気もするが。まぁ大丈夫だろう。
「どうしたのぉ? またそんなにはしゃいで。もうっ! 仲間外れにしないでよぉ」
ともちゃんママが二階から戻ってくる。
「はぁ、はぁ……。だからぁっ! 今のどこがはしゃいでたように見えるのさっ!」
「え? だって、あんなに楽しそうに笑ってたじゃない?」
「確かに笑ってたけどぉっ! 別に楽しかった訳じゃないよっ!」
「もう、照れちゃってぇ。ごめんなさいね。うちの子、恥ずかしがってるけど、ホントはしおちゃんが来てくれて喜んでるのよ」
「いやっ、だからそうじゃなくってぇっ! 今だって、そこの人に窒息させられかけたんだってばっ!」
「あっ、それでねしおちゃん。悪いんだけれども、とも、部屋に鍵閉めて出掛けちゃったみたいなのよ」
「無視! やっぱり無視なの?」
「あっ、そうですか……。まぁ、やっぱり本人いないところで探すっていうのも何か申し訳ないですし。やっぱり、今はいいですよ」
「普通に会話進めてるし……。もうっ!」
「そう? じゃあ、帰ってきたらともに連絡させるわね」
「すみません。ありがとうございます」
うぅ、残念。
まぁ、しょうがない。ともちゃん家にある可能性はまだある訳だから落ち込む必要もないしね。たぶん……。




