13
「……なのよね。本当に」
「ふむ。全く」
「どうしたらいいかしら?」
「ふむ。どうしたものかのう……」
ん? うぅ……。なに?
「まぁ、本人に自覚がないんだから、そもそも話にならないのよね」
「ふむ。全く」
ん? 何の話?
「まぁ、バカは死ぬまで治らないって言うからね」
「ふむ。全く」
んん? バカ?
「今日もバカみたいな転び方してたみたいだしね」
「ふむ。全く」
私の話かっ! っていうか……。
「誰がバカだぁっ!」
精一杯の腹筋を使って、上体を思いっきり起す。
天井がなくなっており、代わりに真っ青な空が広がっていた。
これは? そう、昨日と同じ。あの夢だ。ということは声の主は?
辺りを見渡すと昨日とは違い、ちゃんと風景があった。どうやらここは大きな家の庭の中らしい。
私の周りには一面に芝生が広がっており、その先には石で出来た高い塀が見える。その塀を辿って振り返ると随分と立派な家が視界に入ってくる。
そしてその側、大きなパラソルが立てかけられていて……。
いた。
まるでどこかのビーチにでもありそうなテーブルに、何やら随分優雅な姿で腰掛けている人影が二つ。
あいつだ。あの無表情な子どもの姿をした九十九神。でも、じゃあもう一人は?
上品なスーツにすらっとした長身のシルエット。木製の杖を手に持ち、洋風な帽子と何やら変な仮面を被った男の人である。
ていうかなんだ? あの人も九十九神なんだろうか?
「ふむ。やっとお目覚めか?」
「いいえ、どちらかというと、やった眠ったんじゃないかしら?」
「ふむ。確かに」
「全く、夜更かしはお肌に悪いのに。やっぱり、女子としての自覚がないのね」
「ふむ。全く」
「うっ、うるさいっ!」
近付いて突っ込みを入れる。いきなりなんてことを言い出すんだ。こいつらは。
「ほら、怒るのもお肌に悪いと昨日教えてあげたのに。学習能力もないのね」
「ふむ。全く」
「ああああああああっ! うるさいっ! うるさいっ! うるさぁいぃぃぃっ!」
「騒がしいのはあなただけよ」
「ふむ。全く」
「うぅ……、はぁ……。もう、ホントに何なのよ……」
一体なんだって言うんだ。どうして毎日こんな変な夢ばっかり……。
「でも、やっぱり女の子には見えないわよね」
いやっ、何て事を言うんだ。私は、少なくとも今は女子らしくしているっ!
「いや、こうしてみるとそんなことはなかろう。しっかり女の子らしくなったみたいじゃし」
うん。そうそう……。
「お世辞は優しさではないわ」
「ふむ……、全く」
いや、そこは認めるなよっ! っていうか。
「さっきから、なんの話をしているのよっ!」
「あなたの話よ」
「ふむ、全く」
「いや……、それはわかってるけど……」
「そう? でも自覚があるならよかったわ。もし自分のことが女の子らしいなんて勘違いしていたらどうしようかと……」
「……、しっ、してないわよっ!」
悔しいが、女子力が足りないことは流石に自覚している。でも、こう他人に言われると腹が立つものである。
「そうよね。だって女の子じゃないものね」
「いやっ、私はれっきとした女子だっ!」
女子であることを否定されていた。いや、女子力がないと男子になるとか、そういうものじゃないから。
「やっぱり勘違いしているのね……」
「憐れんだ眼でみるなぁっ!」
私は生まれてこの方、ずっと女子である。いや、確かに男子みたいな恰好をしていた過去があるのは事実であるが、でも女子のはずである。つい最近に男子バスケ部からスカウトされたこともあったような気もするが……。
ねぇ、私って本当に女子だよねぇ……?
「それに、中2の男子に力で勝っていたものね。そんな女子高生なんている訳ないじゃない」
更に最新情報を補足された。いや、弱気になるな私っ!
「う……、い……、いやっ、あれはあいつが非力なだけで……」
「でも、あの子運動部なんでしょ?」
「う……。いっ、いやそうだけど……」
「やっぱり……」
「ふむ、全く」
「だあああっ! だ~か~らぁ~っ! ていうか、そんなことどうでもいいのよっ! それよりあんた達は一体何なのっ! 何かいつの間にか増えてるし。どこから湧いて出たのよ?」
これ以上どう弁明しても私の方が不利そうなので、話を切り替える。果たしてどうでもいいと言っていいのかはさておきである(もちろんいい訳はない)。
「湧いて出たのはあなたじゃない。私たちは最初からここにいたわ。全く、せっかくお客様にくつろいでもらっていたのに。ほんと、無粋な人ね」
「ふむ、全く」
「人の夢で勝手にくつろぐなぁっ! いやっ、だから、そうじゃなくってっ! ここは私の夢でしょ? なんであんた達はここにいるのよ?」
「あなたの夢? そうね。でも、ここは元々私の居場所だわ」
「へぇっ? はぁ……、何言ってるのよ?」
意味が分からない。ここは紛れもない私の夢の中でしかないはずである。まさか異世界に紛れ込んでしまった訳でもあるまいに……。
「耳が悪いのかしら? それとも、悪いのは頭の方?」
「ふむ、全く」
「ちっが~うっ!」
もう、全く何なんだって言うんだこいつらは。
っていうか、こっちの男の人の方はさっきからほとんど「ふむ、全く」としか言ってないし……。あぁ~っ! ほんとに訳わかんないっ!
「ともかく、私たちは大切な話をしていたのに。どうしてくれるのよ」
いや、なんか立場が逆になっているような……。っていうか、そうだよっ!
「さっき、くつろいでたって言ってたじゃんっ!」
「あら、そうだったかしら?」
「ふむ、確かに」
「だ~か~らぁ~っ! さっきから《ふむ、確かに》じゃなくってぇ……。って、ん? あれっ? いいのか」
「ふむ、全く」
「だめよ。あんまり甘やかしちゃ。すぐ勘違いしちゃうんだから」
「勘違いなんかしてないわよっ!」
「してるわよ。だって、まだ私たちのこと、ちゃんとわかっていないじゃない」
「えっ? え~と、確かあんたは《九十九神》とか言ってたじゃない? そういう設定でしょ? そっちの人はまぁ知らないけど……」
「あら、意外。そこは覚えていたのね。でもやっぱり、本当にちゃんとはわかっていないわ」
「はぁ? 何言ってんのよ。何にせよ、どうせただの私の夢じゃない」
「それが違うのよ。だって私たちは《ただの夢》なんかじゃない」
「はぁ……?」
何を言っているんだ? 意味が分からない。
「やっぱり、ダメなのね。あなた本当に大丈夫? アルツハイマーか何かなのかしら……」
「ふっ、ふざけないでよっ! 私はまだ15才だぁっ!」
「若年性ってやつね。もう手遅れかしら……」
「ちっが~うっ! 私を可愛そうな人みたいに扱うなぁっ!」
「別に可愛そうだなんて思っていないわ。ただ、ダメな人だと思っただけ」
「もっと酷いじゃないっ!」
全く、ほんとになんなんだっ! こいつらは……。やっぱり疫病神か何かじゃないんだろうか。
「別にどう思うかなんて私の勝手じゃない。それを責める権利は誰にもないわ。だから、あなたが私たちを疫病神だと思っていても別に気にはしないわ」
「ふむ、確かに」
「ひっ、人の心を読むなぁっ! あぁあああっ、もうっ……」
叫び過ぎていい加減疲れてしまった。力を抜くとどうやら夢の中でも重力はあるらしく、身体が膝から地面に落ちる。
「あら、夢の中でも疲れるのね」
「ええ……、私も今初めて知ったわ」
「ふむ、しかし、ようやく落ち着いたみたいかのう」
「そういえばそうね」
「ええ……、もう、なんかどうでもよくなってきたわ」
「そうね。あなたの頭ではいくら悩んでも答えなんか出ないものね」
「はい、はい。どうせ私はバカですよ」
「よかったわ。ちゃんと自覚してくれて」
「はぁ……。で、結局あんたたちは何者なのよ? なんで私の夢に……、ていうのは、確か初めからいて、くつろいでいたんだっけ? で、あんたは《九十九神》だったわね。それじゃあ、あなたも同じく《九十九神》なのかしら?」
「ふむ、まぁ、その通りじゃな」
「あら、思ったよりも記憶力いいじゃない」
「まぁ、まだ若いからね。アルツハイマーでもないし」
「そうね、まだ人生の半分しか生きてないものね」
「えぇっ! 私って30才で死んじゃうの?」
「さぁ? でもそれならアルツハイマーになる心配もなくっていいじゃない?」
「いやっ、それってその時点で記憶も何もなくなってるってことじゃんっ!」
「そう? でも案外、そうでもないのかもしれないけどね」
「ふむ、確かに」
「え?」
なんだ、その意味深な発言。
「まぁ、そんなことはどうでもいいけれども」
どうでもいいのかよっ!
「ああ、そう……。それで、だからなんで、その九十九神のあんたたちが私の夢の中に居座ってるのよ?」
いい加減ちゃんと教えて欲しい。そう思って聞いたもの、さっきまでの反応と打って変り、二人は急に口を閉ざした。
「……、なによ? 急に黙り込んじゃって」
「……、ふむ……、なんと言ったらいいものかのう……」
「ほらね。やっぱり本人の自覚がないんだから、どうしようもないのよ」
「はい?」
「……、ねぇ、本当にわからないの?」
「ふむ……、のう、お嬢ちゃん。九十九神がどういうものかは知っておるのかのう?」
しばしの沈黙を破り、話を切り出したのは男の九十九神の方だった。しかし、随分年寄りみたいな話し方をするなぁ。今どきのおじいさんだってこんな話し方はしないんじゃないだろうか。
「はぁ……、えっと……。大切にされた物が魂を持って生まれた妖怪みたいなものだったっけ?」
とりあえず、うろ覚えの知識で答える。正直あんまりよくは分かっていないのである。
「ふむ……、だいたいそうじゃのう。では、儂たちは一体何なんじゃろうな?」
「へっ?」
「いや、お嬢ちゃんのところに現れた儂たちは、一体どういう九十九神なんじゃろうと思ってのう」
「はぁ?」
「……、わからないのよ」
「え……?」
「九十九神というのは誰かの強い想いが、それに関わる物を依代にして現れるものなんじゃよ。その想いと物とが人の形を作ってのう。しかし……」
「しかし?」
「ふむ、これを見てくれるかのう?」
そう言って被っていた仮面を外す。
「え……?」
顔がない。しかしよく絵で見るのっぺらぼうとは違って単に顔が肌色一色になっているのではなく、ちょうど顔の部分に底の深い穴がぽっかり空いてしまったように消えてしまっているのである。
「欠けてしまっておるんじゃよ」
そう言うと外した仮面を被り直す。
「お嬢ちゃん。九十九神には本来、何か使命があるものなんじゃ。だいだいは誰かに何かを伝える役目があるものなんじゃが……。しかし、それがわからないんじゃよ。そう、儂の顔と同じようにそれがすっぽり欠けてしまっておる……」
「はぁ……、でもそんなことを私に言われたって……」
だいたい勝手に私の夢に現れたのはそっちじゃないか。一体どうしろって言うんだ。
「……、ねぇ、まだわからないの? 本当に察しが悪いのね。私たちは他でもない《あなたの所》に現れたのよ」
「い、いや、だから、それがなんだっていうのよ?」
「だから、私たちは、《あなたの九十九神》なのよ。あなたの想いが私たちを産み出し、あなたに伝えるべきことがあって、私たちはこうやってここに現れている」
「ふむ、そう。じゃから、儂らはお嬢ちゃん、君に何かを伝えなければならないはずなんじゃよ。じゃが……、この通り儂は欠けてしまっておる。伝えようにも、伝えるべきこともわからなくなってしまっておる……」
「ピースの足りないパズルは完成しないでしょ? それと同じで、欠けた九十九神も完成しない。だから、当然、その使命だって果たせない……」
「……、のう、お嬢ちゃん。君は何かわからないかのう? ほんの少しでもいい。何か思い当たることはないじゃろうか?」
「いや、そんなこと言われたって……、私にだってわからないわよ」
「いいえ、あなたは知っているはずよ」
「え……」
「あなたの想いが私たちを産み出したって言ったでしょ。だから、あなたが知らない訳がないのよ」
「ふむ。あるいはお嬢ちゃん自身が気付いていない想いなのかもしれないのう。それともすでに忘れてしまった想いなのか……。のう、何か心当たりでもないかのう?」
「そんな、急に心当たりって言われたって……、あっ」
ふいに蘇る記憶。顔がない。どうしても思い出せなかった顔。そうだっ! 園長先生だっ!
「何か思い出せたのかしら?」
「あっ。うん。その、欠けた顔には心当たりが一つ……。実は、幼稚園の先生の顔が思い出せなくなってて」
「ほうっ! それで、それはどんな顔なんじゃ?」
「あっ、いや、どんな顔だったかは思い出せてないんだけれども……」
「なによ。全然役に立たないわね。というか、その歳でどれだけ記憶力がないのかしら……」
「う……」
それに関しては言い訳の仕様がない。というか、自分でも正直、疑問を感じるくらいのド忘れ加減である。
「……、ねぇ。責任とりなさいよ」
「えっ……」
「ふむ、申し訳ないが、お嬢ちゃんが思い出せないとなると……。う~む、どうしたものか?このままでは……。のう。なんとか思い出せないじゃろうか?」
「いやっ、だって……、そんなこと言われても……」
「だって、あなたの思い出じゃない」
確かに私自身の思い出の話ではある。でも、思い出せないものはどうしても思い出せないのだ。
「だって、私の思い出って言ったって、全部何だって覚えてる訳じゃないし……。それに……」
「それに?」
「ほら、印象の強いこととかなら、よく覚えてるもんだけれども……」
「だけど? ……、じゃあ、何かしら? 大切な思い出ではなかったのかしら?」
「……っ!」
《大切じゃない訳じゃない》
そう言おうとしたところで、視界が急にトンネルにでも入ったように暗転する。
あ……、そうか。これ、夢だったのか?
でも、私の思い出?
そんなこと言われても、やっぱりどうしても思い出せない。だから、そんな表情されたって、一体どうしろって言うんだ。
っていうか、最近なんだか変な夢ばっかり見ているような……。
なんだよ、《九十九神》って。なんだよ、私の思い出って。
だいたい、そうなんでもかんでも覚えているって訳ないじゃないか。
そう、思い出なんて総じて元の姿からは変わってしまっているものである。
大抵、今でこそいい思い出だと思っていることも、その当時は嫌なこととか辛いこととかもいっぱいあったはずだ。なのに、不思議といい部分だけが強調されてしまっていたりする。そして、その逆も然りだろう。
だから、どんなに良かったことでも、思い出から抜け落ちてしまうことだってあるはずだ。
たとえ、それがどんなに《大切なもの》だったとしても……。
ヤバい。なんか頭痛くなってきた。っていうか、昨日夜更かししちゃってたんだっけ?
思考が通常の路線に切り替わり、現実のレール上を走り出す。
うぅ……、ダメだ。かったるい。とりあえず、睡眠が足りな過ぎる。あと五分、いや十分……。っていうか、今日は日曜だったか。じゃあ、あと一時間くらいはこのままでいいか……。
ベッドの上で寝返りを打ちながら心地の良い姿勢を探す。結局、枕に顔を突っ伏した状態で落ち着き、そのまま二度寝行きの路線に移っていく。




