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おもいで迷子  作者: 空乃 千尋
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 すっかり暗くなった街の中を、冷たい風を頬に受けながら自転車で抜けていく。


 約5分間。止めずに漕いだ足をペダルから降ろせば家の玄関である。


 ママはすでに帰っているらしく、キッチンから何やらよい香りが漂ってくる。この匂いは?


 「ただいま~」


 「あら、おかえり。もうカレー出来るから、早く来なさいよ」


 やっぱり、カレーである。


 「は~い」


 そんな訳で、とりあえずバッグを置きに部屋へ向かう。無理やり足で散らかった本をかき分けながら机のところまで進む。転ばないようにっと……。


 しかし、ものの例えじゃなく足の踏み場もなくなっている。いい加減、早くなんとかしないとである。


 完全に足元に広がる本の海に水没しながらも、何とかミッション成功。


 さて、あとは戻るだけ……。


 一歩二歩と踏み出した次の三歩目。何やら一際分厚い本に右足を捕られ、上半身のバランスが奪われた。


 むっ、しかしこんなところで躓く訳にはっ! すかさず左足を踏み出して体勢を整える。そして左足に力を入れて全体重を支えにかかる。着地姿勢は完璧。よしっ!


 しかし、ここは《私の部屋》である。


 つまり、ここには足場なんてどこにもなかったのである。


 左足下の積まれた本が徐々にスライドしていくのが靴下越しに伝わってくる。


 「ひぃっ!」


 そして、完全に宙に投げ出された身体が地球の引力に捕まる。


 「き、きゃああぁああぁあっ!」


 右足に引っ掛かった本が盛大に吹き飛ばされる。そして轟音を上げながら、本の山に背中から叩きつけられた。


 ……、痛い。


 しかし、私は全く無事の無傷である。なんたって頑丈なだけが取り柄の身体なのだから。


 でも、痛いものは痛い。


 倒れた身体を引きずりながら、辛くもドアまで辿り着く。


 下に降りるともう調理は終わっていたらしく、すでにお皿にカレーが装われていた。


 「あんたどうしたの? すごい音が聞こえたけど」


 「い……、いや、本に躓いてちょっと転んだだけ」


 「あっそ。っていうか、いい加減片しなさいよ。あんたの部屋。あんなんじゃ、そりゃ転ぶわよ」


 「う……、うん。今度やっとく」


 「早くね。まぁいいから、とりあえず、ちゃっちゃと食べちゃって」


 「うん」


 テーブルの上にはカレーのお皿、スプーン、サラダの大皿、そしてもちろんマヨネーズが並べられている。そう、これが我が家の食卓である。


 さて、早速かけて一口。


 「ん~っ! おいしいぃぃっ!」


 うんっ! やっぱりこれっ! これこそが我が家の味である。ん~っ! 身体に染み渡る。


 「ごちそうさまぁ~っ!」


 ふ~っ! 満腹、満腹っ!


 そんなこんなでコテコテの高カロリーディナーを完食。えっ? カロリー? いいんだっ! 私はちゃんと運動してるんだからっ! 今のところは……。


 でも、バドミントン止めたらどうしよう?


 さて、将来のカロリーコントロールのことは忘れておくとして、ひとまず食後の休憩。土曜七時はドラマの時間である。ソファーに寝転がってぼんやりテレビ画面を見つめる。


 内容は最近始まった若い奥さまが主人公の話であるが、話によると嫁姑間のトラブルやら、奥さん同士の影での対立などが結構リアルに表現されているとかなんとか。


 総じて結構ドロドロした話ではあるのだが、それに対して出てくる子どもたちの演技が、もう何とも異常くらい可愛いのである。最近話題の子役だという話なのだが、将来産むんだったらあんな子が欲しい。っていうか、あんな子に育てたい。


 まぁ、どうしたって私の子なのだから、あんなに可愛い見た目にはならないだろうけど……(相当いい相手が見つかれば可能性はあるかもしれない)。でも、せめて私の二の舞だけは踏ませないようにしなければ。


 そう、女の子が生まれたら、何がなんでも女の子らしく育てなくては。まぁ、そもそも結婚できるかもわからないけれども……。


 ちなみにまだ私は彼氏いない歴=年齢である。うるさいっ! いいんだっ! まだ高1なんだからっ!


 そんなこんなで、きっかり一時間のドラマを見終わり、現在8時。「いい加減お風呂入っちゃってよ」というママからのお達しを受け、バスルームに向かう。




 今日くらいの気温だと湯船が非常に気持ちいい。


 あぁ~、生き返る~。


 腕と脚を思いっきり伸ばし、一瞬オヤジみたいな態度になったところで我に返る。


 いけない、いけない。こんなんじゃ、ちゃんとしたママになれないじゃないか。もっと女性らしく振舞わなければ……。


 しかし、子どもかぁ……。


 今日公園で見た幼稚園児たちじゃないけど、やっぱり大変なんだろうなぁ。っていうか、私も随分我がままやっていたような記憶があるし。


 よく汚れも気にせずに先生たちに飛び乗ったりしてたもんなぁ。あの園長先生はいっつも笑ってたけど……。


 あれっ? そういえば、園長先生ってどんな顔してたっけ?


 頭に霞がかかったように全く思い出せない。歳か? もう歳なのか? いや、そうじゃなくって、え~と……、園長先生。園長先生……。


 あれ?


 ダメだ。全く思い出せない。


 うわぁ……、なんかすっごく落ち込むわ……。くっ、どうして思い出せないんだよ~。まだ、たった10年くらいしか経ってないじゃん。あっれぇ~?


 ド忘れというやつである。もちろん決して若年性なんとかというやつではない。しかし、こうも思い出せないと非常に気持ち悪い。


 ちょっとしたことが気になり過ぎて中々寝付けなくなったと言う経験は割と誰もが持っているものではないだろうか?


 ちなみに私にはある。っていうか、しょっちゅうあるのである。特にこんなときにはいっつもちゃんと眠れなくなってしまう。こうなったら……。気は進まないが、最後の手段をとるしかない。


 あの部屋から探し出すのだ。あの卒園アルバムをっ! 恐らく、今となってはこれしか園長先生の姿が見られそうなものはないだろう。


 そうと決まれば、ゆっくりとお風呂に浸かっている場合ではない。ザバッと湯船から飛び出し、一気に身体を拭く。


 おっと、でもドライヤーで髪を乾かすのは忘れてはいけない。髪は女の命。せっかくここまで伸ばした髪なのに、ここで痛めて枝毛を作る訳にはいかない。


 よしっ! 準備は万端である。いざ、マイルームへっ!




 うっ……。


 もうすっかり忘れていたのだ。そうだよ、どうせ私は三歩歩いたら何でも忘れる鳥頭なんだよ。本当に若年性なんたらなんじゃないだろうか。


 いつも以上に部屋が散らかっていた。


 そう、さっき私が思いっきりすっ転んだからである。そしてさっきはよく見返さなかったのだが、正直これは酷い。


 実はおととい数学の教科書を探してたときに一応は部屋の整理したのだった。まぁ、多少ではあったのだが。 でも、それでも、マンガの大陸、教科書の島、その他の山々というくらいにはちゃんと住み分けをさせたはずだったのである。


 だが、巨大隕石が全ての大陸を破壊し尽くしたかのごとく、全ては海になり果てていた。


 それを宇宙、もとい、廊下から見下ろし、茫然と立ちつくす私。


 「なんだよ……。ホントなんなんだよっ! もう……」


 映画だったらイケメンの主人公がその肩を支えてくれるシーンなのだろうが、現実はそんなに甘くはなく、肩から崩れ落ちる悲劇のヒロイン。


 というかこの場合、私は悲劇のヒロインではなく、巨大隕石の方である。


 そんな災厄の元凶の肩を支える主人公などあろうはずもない。むしろ落下途中でミサイルを撃ち込まれなかったのが不思議なくらいである。


 という訳で、肩から崩れ落ちる巨大隕石。


 というか、そんなものただの二次災害である。


 さてと、気を取り戻して……。えっと……、とりあえず立ち上がり、部屋に背を向けて一歩を踏み出す。


 そうまだ何も終わってはいないのだから、これからもう一度始めればいいのだ。


 それからフラフラと二歩、三歩と踏み出す。そういえば私は鳥頭なんだから三歩歩けば全て忘れられるはず……、でもなかったようである。


 こうして、若年性アルツハイマーによる記憶の喪失の疑いは晴れた。だが、代わりに沢山の何かを失った気がするのは何故だろう。


 そして、振り返ればそこに現実が広がっている。なんだ、ただの大惨事か……。


 当然、捜索は果てしなく難航した。それはそうである。何せ嵐の海どころでないのだから。もはや秩序なんてどこにもなかった。そして数時間の航海もむなしく、船は難破した。ベッドの上に倒れ込み、深く深く沈んでいく。

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