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所変わってともちゃんの部屋。
しかし、相変わらずファンシー極まりない部屋である。
ぬいぐるみの数は、まぁ、私の部屋の方が少し多いと思うが、でも置き方が違うのだ。
ちゃんと本棚やベッドの端、窓の縁の部分にキレイに座っている彼、彼女らはちゃんと種類とか色合いとかに明らかな統一性を持って並べられているのである。なんて言うか、それぞれの空間ごとに一つの世界が出来上がっているのだ。その周りに置いてある小物が、更にその世界に色どりを持たせている。
ん? でも、あの写真立てだけ倒れてるな?
なんでだろ……?
「そっ、そうだぁ! し、しおちゃんっ! この間すっごく懐かしいものを見つけたんだぁ!」
「えっ、なになに?」
ふいに手を伸ばしかけたところで、ともちゃんから声が掛った。なにやら随分大きな本を手に持っている。一体……?
「ほ、ほらぁっ! これっ!」
「う……、それは……」
確かに懐かしいものだった。
「ね~っ、懐かしいでしょ~っ!」
確かに懐かしいものではあるんだけれども……。
「いやっ! 見たくないっ! 見せないでっ! それは私の黒歴史なのっ!」
幼稚園の卒園アルバムである。そしてこの中には……。
「えぇ~、なんでぇ? ほらぁ、これなんか、しおちゃんが駆けっこしてるときの……」
「いやぁぁっ、やめてぇぇっ!」
駆けっこのゴールの瞬間。
一位の子が二位の女の子とほぼ同時くらいにゴールテープを切っている場面である。
そして、この接戦を制し、見事な疾走感を持ってゴールに飛び込んだのは、明らかに運動をやっている風のスポーツ刈りの少年……。
ではなくって私である。
いや、言い訳はさせて欲しいのだが、別に好き好んでこんな男の子みたいな恰好をしていた訳ではない。そういう訳ではないのだが、皆には長い髪の毛が耳やら眼やらに触れて、耐えがたくうっとおしい、っていうか、くすぐったいと感じたことはないだろうか。
そう、当初ママが伸ばしてくれていた髪が耳に届いた頃、そのわずらわしさにどうしても耐え切れず、「ママぁ、これやだぁ!」の一言で、自らの髪を切り捨てる道を選んでしまったのである。
ちなみにそれは入園前のこと。
すなわちこのアルバムの私は全て、どう見ても男の子にしか見えない、触ったら間違いなくちくちくと刺さりそうな頭をして写っているのである。
しかも、遠景からしか写っていないこの写真なんてまだマシな方なのだ。
一人一人の顔写真なんて、見るのもおぞましい。
辛うじて女の子の列に並べられているからよいものの、それでもぱっと見は間違って男の子が一人、その列に混ざってしまったようにしか見えない。
正直、私本人が見てもそうなのだから、他人が見たらもう言わずもがなである。
髪は女の命。
この頃の私は女の命を切り捨てた子なのであって、つまり、女の子とは言えない何か(決して男の子だとは言いたくはないのだが)だったのだ。正直、忘れ去りたい記憶である。
でもこうやって証拠がしっかりと、しかもこの世界には当時同級生だった子の人数分はあるというのだから、忘れるに忘れられないのである。
「……、しおちゃん? どうしたの?」
「……」
「ねぇ、しおちゃんってば?」
「……、ねぇ、ともちゃん?」
「えっ、なに?」
「このアルバムってさ~、この世に何冊あると思う?」
「え……、た、たぶんこの卒園生の人数分だと思うけど……」
「だよね~、じゃあさぁ、たったその人数分だけでいいんだよね?」
「え……っと、しおちゃん? 何を言ってるのかな?」
「ううん。何でもない。ただ、燃やす本の数を確認しただけ……」
「しおちゃんっ!」
「さて、じゃあまずこのアルバムを……」
「いやぁぁっ、やめてぇぇっ!」
虚ろな目のまま一階のキッチンを目指す私。目的はただ一つ。黒歴史の完全消去である。
「しおちゃんっ! ほんと落ち着いてっ! ねぇ、ねぇってばっ!」
しかし、ともちゃんの非力な腕力では私の進撃は止まらない。
「……、燃やさなきゃ。燃やさなきゃ、こんなものぉおおおぉおっ!」
ともちゃんの軽い身体を引きずりながら、気付けばもはやキッチンは目前である。
「やだぁっ! 誰か……、ゆー君っ! たすけてぇぇっ!」
コンロの前に辿り着く直前。ギリギリのタイミングに滑り込むゆう。流石は実は一応陸上部員である。そして、いかに非力な古畑姉弟とはいえ流石に二人がかり。からくも私の進撃は阻止され、アルバムは焼却処分の憂き目から逃れたのであった。
「うぅ……、もう少しで……、もう少しで……」
「しおちゃん……」
「だって……、だってぇ、こうするしか……」
「うん。ごめんね。何か無神経なことしちゃって。でもね。落ち着いて考えてみて。アルバムがあるってことは、たぶん元になったフィルムとかがあるはずでしょ? つまり、それがある限り何度でもアルバムは作れる訳で、たとえみんなのアルバムを全部燃やしても、それを燃やしたりしない限り……、ってあれ?」
何故か、ともちゃんが私より凶悪なことを口走っていた。でも、なるほど、確かに……。
「いやっ! 違うのっ! えっと……、だからね。そんなことしても仕方ないってことで……。それに気にするほどのことじゃないよ。ほら、私だってこんな変な顔の写真撮られちゃってるし……」
ちらっと一瞥。ほっぺたをぷくっと膨らまして、ちょっとすねた表情をしている写真である。もちろん、ちゃんと女の子らしく髪は伸ばされている。しかも、可愛らしい髪留めできれいにまとめられているのだ。
いや、全然可愛いじゃん。
「それに、しおちゃんのこの写真なんて、すっごく可愛いのに……。ほら……」
いや、そんな写真ないから。
「やだぁ、見せないでぇ……」
目を覆い、アルバムを遠ざける。どうせ、どれも全部同じ髪型なんだから、そもそも見る価値がないのである。
「あっ、ごめん……」
ばつが悪そうに謝るともちゃん。
しかし元のフィルムか。なるほどいい考えかもしれない。
もしあるとすれば幼稚園だろうか? いや待てよ。確かいつもイベントのときは園長先生が大きなカメラで写真を撮っていたような……。なんてものを残してくれたのだ。怨むよ、本当に……。しかし、ということは、先生の家かもしれない。でも、どうしたら……。
「……」
「……、しおちゃん?」
「……」
「……、えっと、ごめんねぇ。そんなに気にしてたとは思わなくって……」
「えっ? いや、ごめん。ちょっと考えごとしてただけ。別に怒ってないよ」
「そう? だって、すっごく怖い顔して黙り込んでたから……」
「ううんっ! 何でもないっ! 何でもないっ!」
しまった。つい表情が険しくなって……。
「そう? でも、じゃあ……?」
明らかにさっきの私の態度を気にしている様子のともちゃん。
まずい。しかしこの計画をともちゃんに気付かれる訳には。え~と。
「あっ! そういえば、今日公園で若いお母さん達が話してたんだけど……、今あの園長先生って幼稚園辞めちゃったの?」
とりあえず、話を反らさないと。
「あっ……、もしかしてしおちゃん。知らなかった?」
急に顔を曇らせるともちゃん。
「えっ?」
「あのね……、園長先生だけど。実は……、去年急に倒れちゃったらしくて……」
「えっ! マジでっ!」
うそ……、そんなことになってたなんて……。
「うん……。何かね……、元々大きな持病があったらしいんだけど、それが悪化しちゃったんだって……。だから、今は何か遠縁の親戚さんが後を継いだって聞いてるよ」
「そうだったんだ……」
「うん……」
あの園長先生、もう亡くなってたんだ。
なんかショックだ。カメラが好きみたいで、何かイベントがあると、いつもにこにこしながら、私たちのことを写してくれていた。恐らくこのアルバムの写真も園長先生が残してくれたものなのだろう。
でも、写真は選んで載せて欲しかった。なんで、私ばっかりこんな変な写真……。
まぁ、もういない人に言っても仕方がないことだけれども。
でも、本当にもういないんだ……。
「何かさみしいな……。こう自分の知らないところで色々と変わっちゃうのって……」
「うん……。何か、私たちも随分歳をとっちゃったんだね」
「いや、そんな、お婆ちゃんみたいなこと……、まぁ、でも、そうだよね……」
「うん……、あ、そういえば、幼稚園と言えば、《あの子》も同じ幼稚園だったんだよね?」
「あの子?」
「ほら、あの今年同じクラスになった……」
「ああ、あいつか……」
「い、いや、そんなに嫌そうな顔しなくても……。でも、しおちゃん、最近割と仲良くなったみたいだよね?」
「えっ? 誰が?」
「え……、でも最近よく話してるじゃない?」
「いやいやいや、あいつが勝手に話しかけてくるだけだって。ていうか、絡み方がうざいんだよね、あいつ」
だいたい、これで仲良しなんだったら、人類みんな友達みたいなものである。
「そ、そうなんだ……。そっか……、まだ仲好くはなれてないんだ……」
「はぁ」と溜息を吐くともちゃん。何だろう。私があいつと付き合ってるんじゃないかとでも思っていたのだろうか。
「ていうか、あいつ、私的には、今のところクラス男子の中で相当好感度低いよ。正直、仲良くなるとか、マジありえないんだけど」
とりあえず牽制しておく。気付いたら変な噂にでもなっていたら最悪である。まぁ、ともちゃんがそんな噂を流すとは考えにくいけど。でも、ここで否定をしておけば、少なくともともちゃんには誤解されないで済むし。
「あっ、っていうか、もうこんな時間じゃんっ!」
そんなこんなで、過去話の感傷に浸ったりしている内に、だいぶ時間はたってしまっていたらしい。空を覆う雲の淵から零れ、窓越しに差し込んでくる陽はもう完全に夕方のものである。
薄曇りの灰色の空の一部が真っ赤に燃えあがりながら、空全体はゆっくりと黒色に染まっていく。
もう帰る時間である。




