空から落ちてくる系ヒロインの鳩尾めがけてアッパーカット
こんにちは。
桜雫あもる です。
今作は、友人との会話のなかで「空から落ちてくる系ヒロイン」について話題が上がったことから始まった愉快な一幕を、多分に脚色、さらに空想して書き起こしたものです。
『天空○城 ラピュタ』のリュシ○タ=ト○ル=ウル=ラピ○タさんや、
『○物語』の戦場○原ひ○ぎさんなどがその代表例として称えられる「空から落ちてくる系ヒロイン」。
果たして、彼女たちを格好よく受け止めることは、並の男にできるものなのか(ただし飛○石ははたらかないものとする)。
それを個人的に突き詰めていった結果、こんなことになりました。
どうか、拙い考察を楽しんでいってやってください。
それでは、目眩く図書の世界をご堪能あれ。
もし今、この瞬間に。
俺と正面向かって楽しそうに話をしているこいつの顔を、俺が何の前触れもなく殴ったなら。
こいつはいったいどんな反応をするだろうか。
これはそんな、裕りある先進国で生まれ育ったが故に、生温く腐った心が生んだ前衛的ファンタジー。
その幕開け。
* * * * *
仮に、空から少女が落ちてきたとする。
少女は十七歳女性の標準的な身長、体重である。
少女はパラシュート等の、浮力を生み出す一切を装備していない。
少女は50メートル上空から、自由落下(初速度がゼロの、重力に身を任せた落下運動)をして落ちてきた。
少女は落下中に回転せず、空気抵抗も受け流す。
こんな前提条件で、こんな少女を地上で受け止めようとしたときに、両腕にかかるインパクトは果たしてどれほどになるだろうか。
衝撃は、質量掛ける速さで与えられる。
少女が滞空するための翼を失って、地上まで堕天するのに要する時間は√(2×高さ÷重力加速度)、つまり3.19秒。
少女の身体はこの3.19秒の間に、9.8×3.19メートル毎秒に達する。
わかりにくかったろうか。
要するに、少女が地球でひしゃげる瞬間、少女の身体は1秒間で31.2メートル進む速さにあるということ。
乙女の秘密である体重は、よくも悪くも平均的な52.1キログラムと設定した。(二〇一〇年度、文部科学省及び文化庁公表の「体力・運動能力調査」資料参考)
よって、少女を受け止めたときの衝撃──もとい運動量は、52.1×31.2で算出できる。
答えは1,625キログラムメートル毎秒。
……これだけでは、物理学者か工学系の、専門職に携わる者でなければぴんと来ないだろう。僕にだってわからない。
では、衝撃を受ける時間を1秒と考えて、わかりやすい単位にするために、時間変化を加味して──。
出た、1,625キログラム。
1トン625キログラム、と言い換えれば、その暴力的な力の大きさを実感しやすいだろうか。
つまり、何が言いたかったのかというと。先に仮定したような様相の(物理的に)理想の少女が落下してきた際、漫画を思い出してふわりと下で受け止めようとするのは、ただの自殺行為だということだ。
いくら少女が軽かろうと、空気抵抗がはたらこうと、関係はない。少女の肩甲骨から、長大な翼が覗いていない限り。
少女の重みを感じた瞬間に、腕は法外なスピードで板挟みのようにコンクリートに圧し潰され、手から肘までの骨は粉砕し、急な衝撃に肩関節も無事では済まないだろう。最悪死の危険も考慮しなくてはいけない。
そうなると、落下してきた少女というのはロマンの結晶などではなく、純粋な殺戮兵器だ。
そもそも、少女はなぜ落ちてきたのだろうか。
地上から50メートル上空に不意に現れ、落ちてきた──というのもなんだから、少女は50メートルの高さをもったビルの屋上から落下した、ということにしよう。
いったい、ビルの屋上で何があったのか。
悪い組織に追われて、ビルの屋上まで逃げたが追いつかれ、揉み合ううちに突き落とされてしまったのだろうか。
不幸な境遇と環境に生まれ育ち、遂に耐えきれなくなって、十七年の生涯に終止符を打とうとしたのか。
あるいは、少女は非常に夢見がちで、一歩踏み出せば隣のビルへ飛び移れるとでも信じていたのだろうか。
理由など幾らでも出てきそうだ。
では視点を変えて、地上の男はなぜ、加速した砲弾をふらふらと受け止めに行ってしまったのか。
それは、落下物が少女の形をしていたからだ。
ファンタジー作品を、思い出してみよう。
ファンタジー作品を、思い出してほしい。
見たことのない髪の色をした若い少女が。
露出が高すぎず低すぎない、異世界感を全面に出したペールカラーの服装が、絹のようなロングスカートのフリルが。
陽の光を遮って、不意に空から降ってくる。
ありがちな漫画やアニメのシーンに憧れたことのある普通の男なら、フェロモンに誘われる昆虫の如く落下予想地点に自ら赴いてしまうのではないか。
こう考えれば、ますますこの少女は兵器としての側面が際立つ。
膨大な位置エネルギーを逐一運動エネルギーに変換しながら来襲する少女に、地上の男は逃げることさえ叶わない。
さらに懐疑的になるならば、この落下してくる少女、本当に少女なのだろうか。
それさえ疑わしくはならないか。
本当は、少女の姿を模した人形が、自身を兵器でないかのように欺いているのではないか。
十七歳の体重と、ナチュラルなメイクを施した麗しい容姿で、煩悩溢れる男を無差別に爆撃するための新たなコンセプトが形になった投擲兵器の試作品ということも考えられる。
ファンタジックなお召し物を剥いでしまえば、目に触れない部分は人形の骨格や電子基盤が剥き出し、という惨事もありうる。
地上から見上げている分には少女の身体の半面しか見えないのだから、こちらからは見えていないもう片側は実は何の意匠もないハリボテだった、なんてことだったなら笑えない。
しかし。
実際に、そんなふざけた危惧は杞憂に過ぎないのだろうが。
果たして〝それ〟が生身の少女だった場合と、そうでなかった場合とで、いったい何が違うのだろうか。
それが本物であろうとなかろうと、男は少女によって死ぬ。
受け止めようとして、その夢見がちな命を散らす。
中には、「生きている少女が落ちてきたのなら、一縷の望みにかけて受け止めてみるのが人間として正しいのではないか」と宣う者もいるだろう。
だが、それは見当違い甚だしいお節介だ。
世の中には、作用反作用というものが存在する。
少女を受け止めた男の腕に1,625キログラムの重さが加わったのならば、同時に少女のどこか、男に抱きかかえられた部位にも、逆向きに同じ大きさの力がはたらいてしまう。
それは、少女の五臓六腑が体内で、想像だにしない圧迫によって跡形もなく破裂することをも意味する。骨折などでは済まされない。〝お姫様抱っこ〟を目指したのなら尚更だ。
得てしてこの少女は。
正体がホモ=サピエンスであろうとアンドロイドであろうと、落下してきた時点で必ず一人を葬り去る兵器と化しているのだ。
正体がヒトの場合は、少女と男が。
正体がロボの場合は、男一人が。
たとえ運よく命が助かったとしても、その男がマシュマロかなにかでできていなければ、確実に彼の人生はどん底へと叩き落とされる。
「空から落ちてくる系ヒロイン」とは、つまりは男の夢と希望を巧みに利用した、卑しい兵器なのではなかろうか。
──それならば。
そんなものが、「空から落ちてくる系ヒロイン」だとでもいうのなら。
たとえ、この右腕を生贄にしても構わない、少女の皮を被った国際法に抵触しそうな兵器を、この世から駆逐してやろう。そう、たとえば。
僕は、頭上に少女が落ちてくるのを見つけた瞬間、迷うことなく拳を握って腰を捻り。
目測した少女の凹んだ鳩尾めがけて、渾身のアッパーカットをお見舞いしてやったり──。
* * * * *
僕は不意に、照りつける太陽が頭の上で陰ったのを感じて、空を仰ぎ見た。
雲一つない、澄み渡る空。
その視界の中心に、フリルのスカートを棚引かせ、見たこともないような美麗な髪の広がりを魅せる少女が、顔をこちらへ向けて落下してきていた。
透き通るような白い肌に、仄かに上気した頬が魅力的なコントラストを生み出している。閉じた瞳に揃った睫毛は、逆光でもわかるほど長く、調っている。その体躯は回転などしていない。
僕は廂を作るように額の前へ左手を持ってきて、右手で拳を握って腰を捻った。
少女の唇が僕の唇と重なりそうになるまで逸る思いを押さえつけて、一瞬間。廂を引いて風のように振りかぶって。
僕は、空から落ちてくる系ヒロインの鳩尾を、迷わず目掛けて打ち貫いた──。
* * * * *
これは、もしもの物語。
幻想的な物語なんて始まる由もなかった、世にも奇妙な前日譚。
これにて、幕引き。
※自分の敬愛する作家さんの流儀に則って、この後書きには本作のネタバレは含まれません。
* * * * *
こんにちはこんばんは。
桜雫あもる です。
いかがだったでしょうか。
正直、自分自身おかしな文書構成になっていることがひしひしと感じられて視線が痛いです。
加えて、作中で回転運動はまあ仕方ないにせよ、面倒さのあまり空気抵抗による減速と終端速度を求めるのを怠ったことを、ここでお詫び申し上げます。
一度、三日くらいを〆切にして短編を書いてみようと思い立ち、そして見事実行することができました!
こんな時くらい自分を褒めてあげたい気分なのですが、なにぶん出来上がりが出来上がりですので、ちょいと複雑な気分でもあります。
体を動かさなくなってからめっきり運動神経が鈍ってなってしまい、落ち着いたらスポーツジムか格闘技の道場に通いたいなあ、と現実逃避をする毎日です。
特に、小説のネタの為に柔道や棒術、武術(一般に「中国拳法」と呼ばれる中国大陸の武術の総称)、ボクシングにサバット、ムエタイなどを嗜みたいところであります。
ご一読ありがとうございました。