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詩集

作者: 箕雨シキ

 レンタルしている記憶を、俺が新たに上書いたとき、科される罪と罰とは何だろうか。そう問いかけたとき、漂う影はすこし笑ったように見えた。触れ合える距離にいる目の前の影。そいつは、その手と思しきものを振り上げた。

 そうする勇気がないことが、もうすでに君の罪だろう、と言いながら。


~*~


他人の不幸を大さじ二杯と、死者への冒涜をひとつまみ

愛する人への欲望と、利己主義の塊をどろどろに溶かして

溢れる涙と吐き出した怨嗟と一緒に煮込む

形がなくなるまで煮詰めたら

最後に心が割かれるほどの哀しみを、スパイスに

これはいつまでも忘れられない味

貴方へ贈る、最高で最低のおもてなし


小さな瓶に詰め込んだ夢

いろんな色にいろんな味で

たぷんと揺れるたくさんの夢

嗅いで舐めて眺めて味わう

小さな瓶に詰め込まれた夢

輝く瓶を傾けて

今日もまた、僕は一つずつ零してく


吐息の向こうで嘆く声

負けたくないと、強く、強く

いつまでもここから進めないくせに

叱咤することもできない自分が嫌だと

僕の声は聞こえているだろうか


頭の中で常に溢れている音

漏れ出して、充満していく

そんなこと、あるわけないのに

甘く響き甲高く割れるこの音を

二人で共有できたらどれほど鮮やかだろう

そんなこと、あるわけないのに


例えば何もない世界にぽつり

例えば君がいない世界がひとつ

例えば君が笑う世界がぽつり

例えば何もない世界に、ひらり

例えば、この世界に何があるのか

君にはわかるだろうか

例えばこの世界のどこかに

僕の愛さなかった君がいるなら

ぽつりと立つ僕は

追いかけたくて、逃げ出したいと、

心の底からただ思う


ああ、溢れ出る何かを伝えるのにはこの命は短すぎるのに

ただ枯れて消えるにしては、ずいぶんと長くてしかたない

この部屋にいるのも、すこし飽きてきたのに

まだ僕は、ここからでられないのだろう


また今日も静寂な夜に眠る

疲れを癒すように、心を休めるように

そして脆弱な朝が来る

命を慰めるように、言葉を失うように

そしてまた、残酷なほど長い時間の中で

静寂の夜がやってくる

涙を流すよりも、慟哭を吐くよりも、簡単に

静寂な夜の中で、永遠の安息を求めて眠っていく


僕の手の中には言葉があって

言葉を受け継ぐ先に言葉があって

伝える前に言葉は消えていった

伝達の手段は存在を肯定され

変容を伴って受け継がれるのなら

僕の語る言葉は、僕が語る言葉は

どんな色をしていたのだろう


「ひとりはさみしい」と言った

言葉の響きは色を変えて漂う

互いの空間に漂う色は

互いに違う色味を、響きを、味を、意味を、それぞれ持っているのに

僕の色が、切ない色になる前に

「さみしい」といった言葉は

ひとりぼっちで

意味をなくして消えていった


それなのに、部屋にいるだけで僕は満たされるのだ

この、広く雑味がごった返す、部屋にいるだけで

飽きたとさえ、思っていても尚

僕は空虚に満たされている


ふと気がつくと

外から、革命の足音が聞こえた

遠くまで響くような力強い音は、僕のちょうど目の前で立ち止まった

これ以上は、進めないよ

そういっている気がした

僕は革命と向き合いながら、ただ立っていた

それ以外に、なにもできなかった

革命と、僕。僕と、革命

僕は自分がどうしたいのかわからなくって、

革命から逃げ出した

僕は捕まらない部屋の中に、いるというのに


美しい君、哀れな君、かわいい君、健気な君

いくつもいくつもある、君

どれもすべて君に違いないのに

どれもすべて本当の君じゃない

君はその役を、絶えるまで演じきらなければならなかった

笑っちゃうくらい難儀な君に

遅すぎた僕からの忠告は、やっぱり届かない


いつからか、空に輝く星を忘れていた

そんなものを眺めるより、いつまでも君のそばで笑っていたいと

思ったから、じゃないけれど

僕はもう、この部屋から抜け出す事を忘れている


板と板の狭間から抜け出せない

物語の終わりのはじまり

始まりが終わる頃にまた

板の狭間から抜け出せなくなっている

人生の終着点、旅路の終わり

物語の延長戦は終末論

どこまでいっても、なにをしたって

僕にはなぜ生きているのかなんてわからない


目を閉じて手を伸ばすなら

君のその手をやさしく掴もう

目を開けて足を踏み出すなら

君のそばでやさしく笑おう

僕はそれだけで、よかったのになあ


月の前に涙のあとを

隠し切れない僕の弱さを

なにもかもあざ笑うように

どこまでも消えない現実

願うのは罪だと知った

動かないなら、怠惰であるなら、

進まないなら、学ばないなら、

なにもかもに意味などないと


あるはずのない窓から、月が見えた

忘れられない夜が終わる


 僕はすこし、成長できたかな


「ありがとう、愛しき人」

「さようなら、愛した人」

 巡った季節、思い出せないほど昔の記憶と照らし合わせた。外の景色は変わっていないのだと、脳の隅の忘れられないところが言っていた。あの時のように、またすぐに桜は散って、若葉を芽吹くのだろう。

「愛してた、貴方のことを」

 憎たらしいほど青い空に願ったって届かないし、結局は外にでたってなにも変わらない。

 またここに、桜が咲く頃、僕は思い出すのだろう。なによりも美しくない桜が咲く頃、春の香りに似ている貴方を。きっと。

 あの部屋からでられたところで、僕の胸のしこりはまだ溶けないから。


 ~*~


 既存のぬるま湯に浸かりすぎた君、怠惰に感けている場合じゃないでしょ。ほら、さっさと働け、そんな娯楽で命を浪費するのも安くないよ。

 振り上げた手を僕の頭に落として、影は言った。たしなめるような、笑ったような、安堵したような、声色だった。

 心に広がった焦燥と、切なさと、胸が締め付けられる苦しさに、俺は長く息を吐いた。

 やっぱり俺に、この記憶を上書きする勇気など、なかった。



                     Fin.


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